団子を食べに行った話

団子を食べに行った話


「おいしっ…これ凄く美味しいですよ師匠。幾らでも食べれそうです!」

「確かに…こんなに美味しい団子は初めてですね」


三条通りにある茶屋。そこで彼と沖田は店外にある長椅子に腰かけ、並んで団子を頬張っていた。

近藤から教えてもらったその店で彼らが今食べているのは、聞いた通り「素晴らしく美味い」としか言い様のない団子だった。


「凄く甘いのに口の中に残らなくて、癖がなくてどんどん食べれます!これが品のある甘さってやつですかね」

「餡もそうですが、団子そのものもいいですね。固くすぎず粘りすぎずで噛むのが楽しいです」

「それでいてお茶にも合う…いやお茶も美味しいですねこれ!京の茶屋って凄い!」

「美味しい店が幾らでもあるとは聞いてましたけど、これほどとは思いませんでしたね」


試しに三串頼んだがあっという間に二人とも食べきってしまい、追加で五串ずつ頼む。だがそれも来た途端にどんどん減っていく。

夢中で団子を頬張るその様は仲の良い姉妹 ──── 実際の性別で言えば兄妹なのだが ──── のようで、なんとものどかなものだった。

のどかなものだったが ────


「…貴様ら。壬生浪だな?」


──── それは唐突に終わりを告げた。

声の主を見ると、中々に上等な着物を纏った男が何人か取り巻きらしき人数を引き連れ往来の真ん中に仁王立ちをしていた。

彼がその声に答えるより早く、沖田が喋り出す。


「みぶろうひぶみれすひょ」

「沖田君、食べながら喋らない。飲み込んでから喋りましょう」

「…んぐっ。時々お母さんみたいなこと言いますよね師匠」

「どうでもいいわ!」


団子を咀嚼しながら喋る弟子に注意していると、話しかけてきた男が激昂する。

激昂するのみならず、腰の刀に手をかけ引き抜こうとしていた。


「貴様らのような幕府の犬は生かしてはおけぬ。この私 ────」


男が名乗っているが、彼の耳には既に言葉が入っていない。

体格・重心・刀の長さ・敵の人数・位置・この場の地形・通行人や店の人間…ありとあらゆる情報を統合し、頭の中で処理していく。

男の他に取り巻きが五名。つまり今見えている限り敵は総勢六名。

全員筋肉の付き具合や重心の位置からそれなり以上には剣に打ち込んできたことが見て取れる。

しかし数の理を活かす ──── 自分と沖田を囲むような位置取りをしていないことから実戦経験は浅いと分かる。


つまり、不意を突かれれば脆い。

そう結論つけた彼は、食べ終わった団子の串を一本名乗っていた相手に放り投げる。

勢いをつけて速く投げつけるのではない。水を入れた竹筒を輩に渡してやる時のように、優しく緩やかに軽く「ぽん」と放る。

相手が必ず『見えて』『反応出来る』ように、だ。


「ふんっ!」


一瞬驚きで動きが止まるが、男はすぐに刀を振って串を叩き ──── 否、斬り落とした。

宙にある串を斬り落とす、というのは大した腕ではある。がそれは彼にとって予想通りの動きであり、あまりにも無駄な動きだった。

串を放ってから一拍置いて立ち上がると、右から左に。自分から見て左から右へ。男が剣を振る動きに合わせ、抜き打ちで斬りつける。


「かひゅっ」


首を落とそうなどとは思わない。三寸斬り込めば人は死ぬ。血の管を切れれば事足りる。

間抜けな声を上げた男の首から血が溢れ出るよりも早く、振り切った姿勢のまま次の一歩を踏み出す。

男の後ろにいる別の相手が構えようとするその「先の先」を取り、手首を返して袈裟掛けに斬りつける。

愛刀の長船兼光は手応えらしい手応えを感じさせず、肩から胸にかけて骨諸共相手の身体を斬り裂いた。


「ひっ…」


瞬く間に首魁らしい男ともう一人が斬られたのを見て、残った男達が後ずさりをする。

そのうちの一人、もっとも刀を低く構えている相手に対し躊躇うことなく棒手裏剣をそうするかのように兼光を打つ。

最上大業物だからというわけではないだろうが、綺麗に真っ直ぐ飛んだ兼光は男が反応するより早く喉を貫き刀身の中ほどまで埋まる。

しかし投擲によって武器を失った彼に残った相手が殺到 ──── してくることはない。

残った相手のうち一人は腰を抜かしてその場にへたりこんでおり、他の二人は ────


「師匠、一人生かしておけばいいんですよね?」

「はい。出来れば多く捕まえたいところですけど、こういう場合は一人いればいいです。屯所まで連れて行くのも大変ですから」


──── 沖田が既に斬ったからだ。

ただ一人残され、放心状態の男を後ろ手に縛り立たせる。そこで頼まれごとを思い出した彼は沖田へ声をかける。


「沖田君。私はこの人を屯所に連れていくので、代金を払ってきてください。あと近藤さんが『五串買ってきてほしい』と言っていたのでお土産にそれを」

「了解です。私の分も買っていいですか?」

「あー…私もまだ食べたい…どうせならみんなの分も買いましょうか。三十串買ってきてください。これで」

「分かりましたー」


人を斬った直後だというのに、まるで何事もなかったように朗らかな会話を行う師弟。

それを聞きながら、捕縛された男は全身を震わせていた。

六人いた。出身はバラバラだったが、自分含め誰も彼も多少なりとも腕に覚えがあった。頭目に至っては雲弘流の免許持ちだったのだ。

それが刀を抜いただけで、一太刀も打ち合わせることなく。戦いらしい戦いもすることなく。一方的に五人が斬られたのだ。


そして斬った連中は、傷一つどころか息一つ乱していない。

その上斬った直後だというのに、何事もなかったかのように団子の話などしている。

なにより、頭目を斬った男は。女のような顔をしたこの男は ────


「団子以外になにか買ってもいいですけど、無駄遣いはし過ぎちゃ駄目ですよ沖田君」

「だからお母さんですか、あなたは!」


斬り合いの前も、最中も、その後も。変わらず呑気そうな笑みを浮かべたままだ。


──── 人間じゃ、ねえ。こいつらは人を斬るために生まれてきた化生だ ────


頭に浮かんだのはそんな考え。人間でないものに手など出してはならなかったのだ、と。

あまりにも遅すぎる後悔に包まれながら、彼は化物の巣穴 ──── 壬生浪士組の屯所へと引き立てられていった。

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