【閲覧注意】ルフィがウタを娶ろうとした天竜人を殴った3週間後のお話

【閲覧注意】ルフィがウタを娶ろうとした天竜人を殴った3週間後のお話


「明日で…あの日か」



“麦わらのルフィ”という異名をもつ海軍本部の大佐だった男が漁船で呟いた。

“海軍本部の英雄の孫”や“次世代の英雄”、“大将赤犬の後釜”とまで言われた男の顔は暗かった。

彼から笑顔を失われたのはいつのことだったのだろうか。

もう思い出すのも億劫になるほど、彼は疲れ果てていた。



「真上に針が2つ、昼ご飯の時間だ」



婚約者のウタの所持品だった懐中時計を眺めて時間を確認したルフィ。

重い足取りで、だがゆっくりと彼女の居る場所へと向かって行った。



「ウタ!風呂の時間だぞおおおお!」



ウタと呼ばれた女は乾く事が無い敷布団で寝ており、彼の言葉が聴こえなかったのか動く素振りはなかった。

だが、彼も彼女が動くとは思っていない。

起こすのを諦めた様に掛け布団を引っぺがしたルフィは、眠り姫をお姫様抱っこして甲板に戻った。

彼が歩く度に床に体液が零れ落ちていった。



「今日はよ!鼻が尖った魚を釣ったんだ!ぜってぇうめぇぞ!」

「悔しいだろ!!安心しろ!お前が元気になるまで勝負はしないからな!!」

「元気になったら釣り勝負するか!どれだけ魚を釣ったか勝負するんだ!」

「…なあ、目を覚ましてくれ。お前が死んだらおれは……もう生きたくねぇ」



ルフィという男は風呂に入るのが面倒で1週間に1回しか入浴をしなかった。

だが、ウタに「臭い」など「汚い」など言われて毎日入浴させられた。

海軍時代は、風呂に入れる機会あるなら自主的に行くほど彼女に馬鹿にされないように入浴した。

そんな彼女は、既に自力で入浴できる状況ではなく、ルフィの手で身体を洗わないといけなかった。



「おれ…ウタのおかげで物事をしっかりやるようになったんだ」



かつては、誰かに助けてもらわないと生きていていけないと断言した男は追い詰められた環境で変わってしまった。

今では、婚約者を助ける為にたった一人で航海も食事も掃除もやる羽目となった。

以前は爪を掻き立てて自分の髪を洗っていた男は、彼女の髪を指を使ってしっかりと隅々まで洗っている。

右が赤で左が白色という独特な髪は、洗い過ぎで荒れており、かつて観客を魅了した髪ではなくなっていた。



「変だよな。昔はウタに洗ってもらったのに今はおれがウタを洗うなんて」



まず顔を洗って首から胸にと手を伸ばして、そこから脇と両腕、膝裏を洗って股間もしっかりと洗って汚れを落とした。

現世に居る実感を与えるように刺激をありったけ与えて彼女の肉体をほぐした。

これはたまたま遭遇した海賊団の船医からアドバイスを受けて実践しているものだ。

最初はウタの無様な姿を見て笑っていた船医は、他の船員の末路を見せられて命乞いするしかなかった。

ウタ以外の全てを失ったルフィは、彼女を救う為なら悪魔や魔王にすら魂を売り渡す覚悟があるほど狂ってしまった。



「どうだ!洗うのうまくなっただろ!ウタが望むならもっと洗ってやるぞ」

「………ィ……」

「…よしこれで食事ができる」



ルフィがウタを入浴させたのは、食事をさせる為である。

彼女は寝たきりで刺激を与えないと食事すらできない身体になっていた。

1時間以上の入浴をさせてようやく彼女が反応したのをルフィは見逃さなかった!

タオルを使って彼女を拭いて寝衣に着替えさせた彼は急いで魚の刺身を持ってきた。



「食べねぇと生きられねぇ……おれも協力するから一緒に生きような」



ルフィは刺身を手に取って口に入れてしっかりと咀嚼してお粥のようにさせた。

それを彼女に口移しで与えてゆっくりと喉の奥へと流し込むようにした。

それだけでは飲み込めないのでコップの水や喉を触って飲み込めるように尽力した。



「ごほっ」

「ああああああああ!?ゴメン!!すぐに吐き出させるから!!死ぬな!!」



彼の努力がほとんど報われる事がないようでゲル状の刺身が彼女の喉を詰まらせた。

必死に背中を叩いて刺身を吐かせてさきほどの努力は水泡に帰した。

どれだけ頑張っても彼女の口から唾液が垂れて注入した刺身が零れ落ちて床を汚す。

ただでさえ汚物だらけの船室は、生臭くて生暖かい汚物で汚された。

それでも彼は諦めずに何度も口移しで彼女に新鮮な刺身を運び続ける。



「昼ご飯は終わったぞ。あとはゆっくりと休んで回復してくれ」



ルフィは言葉と裏腹に日に日に彼女が弱っているのを実感していた。

最初はショックで失声症で歌う事も話す事もできなかった彼女。

だが日常生活を送るくらいはできていた。

2週間も経たないうちに彼女はルフィの世話無しでは死んでしまうほどになった。



「なあ、おれはどうすればよかったんだ…」



かつては激動の時代に咲いた紅白の花一輪と謳われた“海軍の歌姫”

世界政府加盟国や海軍はおろか海賊ですらその歌声に魅了されてグッズを買い漁って応援されるほどだった。

3週間くらい前は海軍の英雄と歌姫が結婚すると世間や海軍が盛り上がっていた。

歌と容姿で世界を魅了した歌姫は、今では呼吸をして排泄物を垂れ流すだけの存在になり下がった。



「おれは結婚って考えた事無かったけどウタといつまでも一緒に居られるならそれで良いと思った」

「マグマのおっさんもアフロのおっさんも爺ちゃんもケムリンもみんな喜んでくれたよな!」

「ビビもおれたちを祝福してくれたのに……どうしてこうなるんだあああああ!!」



2日前からルフィは一睡もする事ができなくなっていた。

少しでも油断すれば彼女が死ぬと気付いてしまったからだ。

昨日はとうとう彼女が双瞼を開くことすらなかった。

そのせいか瞼を閉じると二度とウタと逢えなくなるという心配で眠れなかった。



「お前が死んだらおれの10年間は何だ!!嫌だ!嫌だああ!約束したじゃねぇか!!絶対に生きるってぇ!!」



生命力を表すウタのビブルカードは日が過ぎる事に消耗が加速していた。

部下も同僚も先輩も上司も知り合いも全員、敵になった。

彼が縋れるのは、動かなくなった婚約者のみ。

ストレスと疲労と寝不足で涙はとうに枯れたはずなのに再び彼は号泣してしまった。



「なんで結婚をする女に手を出した男を殴っただけでウタが死ななきゃならねぇんだあああ!」

「おれは!!おれを許せねぇ!!もうやだあああ!!」



いつもなら悪い奴をぶっ飛ばすだけで全てが丸く収まった。

ウタが記念ライブを開催してみんなで盛り上がって次の島に行く。

それだけで良かったのに。

世界はウタをルフィから引き離そうとした。



「明日は!結婚式!!これでダメならもう……ウタワールドに行きたい!逢いたい!逢いたい!!歌をもう一度聴きたい!歌いたい!勝負したい!!」



何事も無ければ、明日はルフィとウタが海軍本部で結婚式をあげる日だった。

海兵時代は特に考えていなかったが、こうやってウタが死にかけている現実。

もしかしたら奇跡が起こって目覚めるかもしれない最後の希望だった。

本当はルフィもウタが助からないというのは実感していた。

それでも1秒でも彼女の命を紡いでその日を迎えられば希望があると信じている。



「ウタ、明日は結婚式だ!そしたらよ!お前にプレゼントしたいもんがあるんだ!」



空島に居た大蛇のお腹には山ほどの黄金があった。

海兵になったルフィには、黄金など興味は無かったが唯一手に入れたものがある。

小さな箱の中にあった2つのペアリング。

黄金と比べれば大した物じゃないが、いつの日かウタにプレゼントしようと考えた。

センゴク元帥が指輪の手配をしようとした時にそれを笑顔で見せて三大将や中将達を驚かせた。

なんやかんやあって結婚式にその指輪を渡そうとしていたルフィは今でもその考えを改めていない。



「もしこれでダメだったら……おれはおれは」



これほど大騒ぎしても起きないウタに目を向ければ、ズボンの股間が湿っていた。

あらゆる筋肉が衰えた彼女は、膀胱の機能など存在せず小便を垂れ流していた。

頬がこけて骨に覆われた皮しか残っていない彼女はミイラ以上にやせ細っている。

ルフィは定期的に寝返りを打たせる度に彼女の中身が軽くなるのを実感している。

ここから奇跡的に回復しても二度とウタが立ち上がる事はないと分かっていた。



「無理やりでも歌わせてウタワールドに連れて行ってもらうんだ…」



かつて爺ちゃんであるガープ中将からウタの能力について説明された。

ほとんど聴いておらず覚えていない事だらけだが、唯一覚えた事があった。

ウタワールドに意識が連れて行かれた時にウタが死んでしまうと永遠にウタワールドに閉じ込められると言う事。

ウタが死ぬなんて!と憤慨したからこそ覚えているが、今ではルフィはそれが希望であり介護しているのも実はそれが狙いだった。



「ウタ、お前を1人にしねぇ。絶対に!!」



人は生まれた時と死ぬ時は必ず一人だ。

見送る人が居ても結局、孤独で終わるのだがウタだけは特殊だった。

肉体が死んでも精神はウタワールドに取り残される。

つまり、永遠にウタワールドに居るウタと暮らしていけると言う事!



「しししし、また一緒に勝負しような」



もう二度と自分の意志で動けないウタの頭を撫でたルフィは安らかな顔をしていた。

あと半日で結婚式の日を迎える。

その時に指輪を彼女の左手の薬指に填めてプロポーズをする。

『アフロのおっさん』や『先生のおっさん』と相談してルフィが考えた愛の言葉。

それを聴かせてもダメだったら無理やり彼女を歌わせて逝くつもりだった。

『肉体が死んでも心が無事なら生きている』という幼少期のウタの価値観はしっかりとルフィに受け継がれていた。



「この風~~は~~~♪どこから~来たーのと~~~♪」



初めてウタに聴かされた歌を泣きながら口ずさみ始めたルフィ。

これは鎮魂歌ではなくウタと一緒にウタワールドで暮らす為の旅立ちの歌だった。

あそこなら二度と誰にも邪魔されずにウタと一緒に過ごせる。

ウタと一緒にいる為に『海賊王の夢』も『夢の果て』も諦めた彼には迷いはない。

盗まれた漁船から聴こえる歌は、届かないはずのウタワールドに居るウタに届く。

そんな気がした。



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空島編でフォクシーと冒険しているルフィとウタの世界線の未来のお話です。

ちゃんとハッピーエンドに行きますので安心してください

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