四半世紀分でも足りないもの
「あの時の君は、間違いなく世界で一番美しいウマ娘だったから!」
彼女が誇らしげになぞるその言葉は、いつかの僕が贈ったものと一言一句違わず。聞き慣れているはずの朗らかな声に、鼓膜から全身へ、ぶわりと熱が広がっていくのがわかる。「にくいねぇ、色男」と先輩であるヒシミラクルのトレーナーに小突かれながら、思わずその場にへたり込んだ。
(放送されたら、間違いなく揶揄われる……)
でも、トップロードの走りを表すのに、これ以上見合う言葉を僕は知らない。
選抜レースの光景は、今もつぶさに覚えている。雨雲の下、泥を跳ね上げながら大きく翼を広げたストライド、周囲の足音を掻き消すほどターフを揺るがす踏み込み。ハナを射抜く強い意志の宿った瞳が、まるで雨雲を振り払うように輝いていた。
生半可な気持ちの者など誰一人いない鍔迫り合い、その中でも一際強く躍動する姿に、僕はずっと心を奪われたままだ。
少し火照りの治った顔を上げると、青葉の下を駆けていく背中が見えた。レースでも追い切りでもない、ただ遊歩道を走っているだけだ。でも踏み出される足取りは少しの迷いもなく、後を追うように金色の尾が、木漏れ日を纏ってきらきら揺れる。それは、彼女が少しずつ積み重ねてきた日々が放つ輝きそのもので。
「やっぱり美しいよ、君は」
僕の世界一は、毎秒君に更新されていく。新しい褒め言葉を知るよりも速く、どれだけ蔵書を積み上げても辿り着けないほど遠く。一生かけても、相応しい言葉は見つからないかもしれない。もしそうなら幸せだなと思いながら、振り向いたトップロードに、小さく手を振り返した。