噛みつくシュライグ

噛みつくシュライグ

m前のほうのレスの概念をお借りしました。

マスターがまた浮気をした。シュライグは落胆した。

まあ浮気というか、ただ単に他のデッキにお熱でシュライグの出番がかなり減少しているだけなのだが。ランクマッチで新デッキの試運転に明け暮れるマスターを横目に、シュライグは悶々とした表情を浮かべていた。マスターはそんなシュライグには気付かず新デッキの使用感を確かめている。新しく組んだデッキは幻影騎士団であり、次来ると噂される勇者出張と相性がいい……らしいデッキだ。マスターはその前評判と、対幻影騎士団の対策も兼ねてデッキの作成に踏み切ったという。どうやら初動がよくわかっていないようで、すぐ除外ゾーンにモンスターを貯めて動けなくなることはしばしばで、負けが続いている。

それでも新しいデッキの目新しさに再戦に挑む様子は微笑ましい。使っているデッキが自分たち鉄獣であればなおよかったのだが、そうも言ってはいられない。せっかく組んだのだからやはり有効に活用すべきであり、そのためには展開を覚えること、つまり実践が肝要とシュライグは考える。そして、勝ったり負けたりを繰り返していたマスターは漸く休憩のためシュライグの傍に寄ってきた。


「マスター、調子は」


そう聞いたシュライグに、マスターは無念そうに首を振った。こういう時不機嫌になったりしてマスターに当たったりしていたこともあったが、今のシュライグには多少の心の余裕ができていた。マスターは自室でデュエルを行うが、自室や共用スペースで待機していた以前と違いデュエル中も共にいることを許可されている。もちろん使っている幻影騎士団モンスターたちもそこらへんでふよふよしているし、こっちでも採用され、そしてさっき壊獣に踏みつぶされ不貞腐れているデスフェニ君もいる。


「そうか、まあ根を詰めすぎるな、気分転換も必要だ」


シュライグは言外に自分たちを使うように主張してみる。幻影騎士たちがその場からすっと消えた。気を遣わせただろうか。部屋から自分たち以外がいなくなったことを確認し、シュライグは罪悪感を覚えながらマスターを少し抱き寄せた。そのまま首筋に吸い付く。マスターは抵抗せずそれを受け入れた。唇を放した後に、さりげなく存在を主張する赤い痣に、シュライグは満足げに笑った。


「そろそろ、俺たちも必要じゃないか?」

「うん……まあそうなんだけども……ちょっとそういう気分じゃないっていうか……」


予想外の言葉に虚を突かれる。ここは鉄獣を使う流れだろうどう考えても。なんでいやーちょっと今回はパスで……みたいな反応をするんだこの人は。シュライグは困惑して尋ねた。


「……俺たちを使う気分じゃない?」

「いやー何と言うか……間違いなく今一番使い慣れてるし勝とうと思ったら鉄獣だしもうちょっとしたら使おうと思ってたけど」

「なんだ……何が不満なんだ……」


いつかの仄暗い感情が沸き上がるが、何とかそれを抑えつける。傍に居るだけでは飽き足らず唯一無二の繋がりをもらった身なのだ、それ以上縛ってはならないと自制する。そもそもマスターの浮気性を我慢するためにこうやって常に傍で行動しているのだから。再度悶々とするシュライグにマスターは答える。


「最近また新しく組んだのでそっちも練習したいって言うか」

「ま~た新しいデッキ組んだのかマスター?俺は知らなかったが」


少し圧をかけてみる。笑顔が強張っているのを自覚しつつも、直さずにマスターに向き直った。マスターは目を逸らしながらデッキを見せてくる。


「はい……こちらが新しく組んだ焔聖騎士でございます。」


シュライグの目に飛び込んできたのは見目麗しいイケメン軍団だった。そういえばゴッドフェニックスギアフリードを引いていたし、そいつを有効活用できるデッキを探していると思っていたが……この面食いはまた顔の良さでデッキを組んだらしい。


「……」

「あの……展開自体はハリラドン展開ですのでそこまでお時間とらせませんが……ルイキュー採用型の回し方がちょっと特殊だから確認したいだけですのでちょっと回してきてもよろし」

「マスター」

「はいなんでございますか」

「今日はもうデュエルはやめよう」

「え」


どうやらこの浮気性のわからずやには仕置きが必要らしい。シュライグはデュエル端末の電源を落とした。





マスターの体を引き寄せ、そのまま脇のベッドに押し倒す。服に手を掛けたとき、腕を掴まれ止められるがそのまま払って胸元を露わにする。抗議の声を無視して、シュライグはそのまま首筋に噛みついた。赤く歯形が浮かび上がり、マスターは痛みで顔をしかめた。


「痛いか、マスター」

シュライグは問いかける。

「俺だって……俺だって痛いんだ、マスター」

「君が他のやつを使い始める度に、ほかの奴に靡くんじゃないかって、もう俺を見ないんじゃないかって、そう思うだけで辛くて……痛い」

「だから、確かめさせてくれ」


そう言って、シュライグはマスターに笑いかけた。


マスターの耳にかぶりつき、そのまま舐めあげる。震えが伝わってくるが、構わず顎に力を入れると口の中に血の味が広がる。とっさに噛みつくのを止め、にじみ出る血を舐めとった。滲みるようで顔をしかめるマスター。その様子を見て少し罪悪感が湧くが、すぐに仄暗い感情に塗りつぶされた。

(俺はずっと痛いのを我慢してきたんだから)

(マスターにもこれぐらいは)

そう思って、シュライグはマスターの腕に視線を移した。

マスターの手首をつかみ、前腕に歯を立てそのまま跡をつけていく。マスターの血の味が口内に満ちる。あまり外傷をつけすぎてもいけないので、少し噛む力を弱めて内出血程度にとどめる。続けて手の腹や二の腕にも次々と自らの跡を刻印する。……かなり目立つところにもつけてしまった。これからの季節なおさら隠しようもないが、構わず赤い跡を散らした。


そうやってマスターの体に跡をつけるのに夢中になっていたシュライグだったが、ふと我に返るとそこには体中のあちこちから血をにじませるマスターの姿があった。

「っ!すまない、マスター……」

とっさにやりすぎた、と思い謝罪の言葉を口に出す。痛かっただろうに、マスターは一言も文句を言わなかった。それに甘えて傷つけ続けたのは自分だ。シュライグは自己嫌悪の念に苛まれた。

「……本当に、すまない」

愛想をつかされるだろうか。別にマスターの心が離れたわけではないのにこんな仕打ちをしてしまった。いや、そんな心配をさせるようなことをする方もどうかとは思うが。

うなだれたままマスターから離れようとしたシュライグは、マスターの傷だらけの腕によって再度ベッドに倒れ込んだ。

「マスター?」

マスターは困惑するシュライグを抱き寄せ、そのまま背中をあやすようにたたいた。そのままシュライグを抱きしめる。

「……怒ってないのか」

マスターは答えなかった。抱きしめられる強さが強くなるのをシュライグは感じた。

(受け入れてくれるのだろうか)

シュライグは愛を受け取るのに慣れていない。だからこそ相手の心が離れることへの恐怖が強く、試し行動をとりたがってしまうのだろうとシュライグ自身自覚している。それでもいいのだろうか。そんな俺でもこの人は。

「……マスター」

シュライグもまた、マスターに答えるように抱きしめ返した。






「……ということがあってな」

「……そうかよ。で、それを俺に言ってどうするんだ」

シュライグはルガルとの飲みの席でその時のことを自慢げに語っていた。いつもの凛々しい顔もふにゃふにゃと緩まっている。一方のルガルは割とどうでもよさそうに聞き流している。

(お前が思ってる以上にあのマスター殿はお前にご執心だと思うがね)

ルガルはそんなことを思うが口には出さない。対面のシュライグはかなり酒が入っているし、そんなことを言えばいい気になってさらに酒が進むだろう。そうなれば介抱するのは自分である。

ただ、ルガルは一つだけ忠告しておくことにした。

「あんまり調子乗ってやりすぎるなよ」

「なんでだ?やっぱり愛想つかされたり……」

「ちげーよ。めんどくせぇから。お前もマスターも」

シュライグからそのことを聞く前に、ルガルは噛み跡の件をマスターからも自慢されていた。

めんどくせぇ二人の聞き役に収まってしまったルガルは、これからも続くであろう惚気を聞かされる日々への愚痴をそっと心のうちにしまい込み、そのまま酒を流し込んだ。

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