噂(ラウペト/ラウダ視点)

噂(ラウペト/ラウダ視点)

スレの設定お借りしました

・ごくうっすらR18

・ペトラ視点よりも少しシリアスめです


「…ラウダ先輩、噂、聞きました? 先輩と私って結婚するらしいっすよ? 知らなかったなー」


隣に座るペトラは、そう言って俯いている僕の顔を覗き込んだ。




ペトラから旅行に誘われた時は、内心気が気でなかった。

まさか、ペトラは「その」つもりなんだろうか…? しかし、旅行先の情報を楽しそうに話す彼女からは特に裏の意図は感じられない。同じ部屋に泊まっても、僕が何もしてこないものと信じてくれているのだろう。


ペトラには話していなかったものの、実は以前から父は僕とペトラとの交際に渋い顔をしている。ジェターク社員であるペトラの両親が、娘を利用して僕や兄さん、そして父に媚びを売ろうとしているのではないかと思っているらしい。

…実際、ペトラの両親と会った印象からすると、父の疑いはあながち間違いでもなさそうだった。娘が可愛くないというわけではないのだろうが、ペトラに対する「CEOの息子を捕まえてくれるとはでかしたぞ」という空気をありありと感じたのを覚えている。

とは言え、親は親、子供は子供だ。生まれが生まれのため、これでも人の顔色を窺う…とりわけ好悪の念を感じ取ることには長けているつもりだ。ペトラが両親のために好きでもない男と交際するような女性とは思えなかった。


ペトラが学校を卒業するまでは一線を越えてしまわないよう、彼女と接触する時は常に細心の注意を払ってきた。だが…ペトラにもっと触れたいという欲がないと言えば嘘になる。

寮の規則や消灯時間を気にする必要のない場所でペトラと一晩を過ごして、果たしてどこまで冷静さを保てるのだろうか?

それに――ペトラと一度でも関係を持ってしまえば、今後父に交際を反対された時の切り札になるのでは? そんな汚い考えが頭をよぎり、振り払おうとしてもなかなか消えてくれない。


当日、宿に着いてからはペトラと何を話したのかほとんど記憶にない。食事の後や入浴後、僕を信頼しきってすっかりくつろいだ様子のペトラを見れば見るほど心がざわついた。

――結局、僕のなけなしの理性は、初めて見るペトラの無防備な姿の数々の前では全く役に立たなかった。

もし拒まれたら潔く引き下がろうと思っていたが、最後まで拒まれなかったのをいいことに随分無理をさせた、と思う。ペトラの柔らかな髪と肌に触れた途端、父や会社のことなど頭から吹き飛んで衝動のまま行為に溺れきってしまった。

拒否こそされなかったとは言え、ペトラが望んだわけでもないことをしてしまった後ろめたさから、彼女に言い訳じみた謝罪をして自分のベッドに戻った。




旅行から帰って3日もすると、僕とペトラの関係についての噂話は学園中に知れ渡った。気まずさからお互いぎこちない接し方になってしまっていたのが仇になったようだ。

アスティカシアの生徒たちの噂好きは知っていたつもりだが、まさかこれほどまでとは――男の僕はまだしも、ペトラに対して申し訳が立たない。


どうしたものかと頭を抱えているうちに噂は父の耳にまで入り、僕はジェターク本社の父の執務室に呼び出された。


「…お前がイッタ家のお嬢さんに手を出したという噂が広まっているようだが、本当か?」

「…事実です」


隠しても仕方がない。ペトラの不利にならない範囲で、正直に本当のことを話すことにする。


「馬鹿者! 前からイッタ家の娘との交際には反対だと再三言っていたのを聞いていなかったのか!?

何より、結婚前のお嬢さんに手を出すとは何事だ! 少しはジェターク家や相手のお嬢さんの名誉を考えろ!」


…普通であればもっともなことだが、よりにもよって父がそれを言うのか。殴られることも覚悟の上で、僕は口を開いた。


「…お言葉を返すようですが、それなら僕の母さんのことはどうなりますか?

現役CEOに愛人と隠し子がいると発覚した時のジェターク家の名誉と、愛人だ不倫相手だと後ろ指を指された母さんの名誉は…」


――僕と僕の母の存在が表沙汰になった当時は相当に騒がれ、ジェターク社の株価も急落したと聞いている…というか当時の記事のアーカイブを読んで知っている。

想像していた以上に父への効果は覿面(てきめん)だった。


「…!」

「僕に関しては、『女性に手が早いのは父さん譲りだ』という噂も出回っているようですが…」

「あー、いや…さっきのは言葉の綾だ、忘れなさい」


…さすがの父も、自分のことを棚に上げてまで僕を責めることはできないらしい。これ以上言うのはやめておこう。


「…父さんが僕をジェターク家に引き取ってくださったことには感謝しています。

でも、僕はペトラを僕の母さんのようにするつもりはありません。彼女が学校を卒業したら結婚しようと思っています。今度父さんにも紹介させてください」


――ペトラに妙なプレッシャーをかけたくはないので結婚という言葉を出したことはなかったが、付き合い始めた時から意識していたことだった。時が経つほどその思いは深くなり、今ではペトラ以外の女性と結婚することは考えられなかった。

父は一度天を仰ぎ、改めて僕に向き直った。


「…そのお嬢さん…ペトラさんと言ったか、お前の生まれのことは知っているんだな?」

「ペトラの両親はジェターク社の社員ですし、僕からも話したので当然知っています」

「…そうか。…わかった、会おう。日取りを調整したら追って連絡する」


父にも思うところがあったのだろう。面談は意外なほど平穏に終わった。

…そう言えばペトラだけでなくペトラの両親も僕の出生について特に気にしている様子はなかったな、とふと思った。これまで嫌というほど浴びて慣れてしまった好奇の視線を、彼らからは感じなかった。


後日、父との食事会の日程の候補が決まり、心配した兄さんも僕とペトラを援護するために同席してくれることになった。

後は肝心のペトラだけだが…父に会ってほしいことを一体どう説明したらいいんだ?

ペトラと僕との間に何があったか、父が知っているとわかればきっとペトラは恥ずかしがるだろうし身構えもするだろう。となれば、父は事実を知らないということにしておこう。

それに、僕がペトラと結婚しようと思っていることを伝えて父に紹介したいと話すのも彼女を緊張させてしまう。

考えに考え抜き、最終的に決定した誘い文句がこれだった。


「ペトラ…実は、二人で旅行したことが父にばれてしまって…旅先では何もなかったって説明したけど、ペトラのことをどうしても紹介しろって言うんだ。

もちろん無理にとは言わない。父と僕だけじゃなく兄さんも一緒だし、ちょっとした食事会だと思ってくれればいいから、父に会ってもらえないかな?」


当日、食事会は何とか滞りなく終了した。

父には事前に「旅先であったことについては触れないでほしい」「早く結婚しろだの、ましてや孫の顔が見たいだのとプレッシャーをかけるようなことは言わないでほしい」と釘を刺しておいた。

兄さんはペトラが優秀なメカニックであることや、僕や他の仲間たちと一緒に兄さんをよくサポートしていることを父に話してくれたし、ジェターク社製のMSについてメカニック視点から興奮気味に話すペトラの様子には父も好印象を持ったようだった。


これで一安心だ、と思っていたのも束の間、今度はどこからかペトラと僕が結婚間近らしいという噂が流れ始めた。

父を問いただすと、あっさりと出どころは自分だろうと白状した。


「…取引先の人間に、お前とペトラさんの関係のことを当てこすられてな…二人は結婚する予定で既に俺への挨拶も済んでいるから心配には及ばんと言っておいた」

「そんな勝手に…ペトラにはまだ結婚の話はしていないんですよ!」

「この際、正式に結婚を申し込んだらどうだ? あんなにいいお嬢さんはなかなかいないぞ。うかうかしているうちに他の男に盗られたら我が家の損失だからな」


…以前はあれほど交際に反対していたというのに、さすがに手のひらを返しすぎじゃないか?

だが、結婚のことをペトラに話さなければならないのは確かだ。何と切り出したらいいのかと迷っているさなか、ペトラから呼び出しの着信があった。




――そして、現在。


「…ラウダ先輩、噂、聞きました? 先輩と私って結婚するらしいっすよ? 知らなかったなー」


ペトラからじっとりとした目を向けられ、僕は思わず目を泳がせた。


「…あー、すまないペトラ、君を紹介したからって父が何か早合点したみたいで…

…本当は、僕が父に『将来ペトラと結婚するつもりだ』って言ってしまったせいだと思う…」

「…何で一回嘘ついたんですか」

「…ごめん」

「どうして私の結婚話が、私の知らないところで進んでるんですか?」

「本当にごめん!」


ペトラが怒るのも無理はない。ここはひたすら謝るしかない。


「…先輩の気も知らないで軽い気持ちで旅行に誘ったこと、本っ当に申し訳なかったって思ってます。

ここまで噂になるとは思わなくて、先輩にもご家族にもご迷惑をかけてしまって…

でも…でも、私とラウダ先輩が…、したって話は広まっちゃうし、その上結婚だの妊娠だのって噂まで…

こんなんじゃ私、もう余所にはお嫁に行けません! だから…責任…とってください…」


妊娠!? …いや、避妊具は付けていたし、第一あれから一週間程度しか経っていないのに妊娠が判明するのは早すぎる。全く、無責任な噂にも限度がある。

いや、それより今ペトラは何と言った?


「……余所に、って…」

「え?」

「…僕以外の男と、結婚するかもしれないってこと…?」


父の「他の男に盗られたら…」という言葉を思い出す。その時は、そんな馬鹿なと気にも留めなかったが…


「…それは、ただの可能性の話であって…先輩が私にどうしてほしいか、ちゃんと言ってくれれば前向きに検討させていただきます」


――僕と結婚してほしければ、きちんとそう言えということか。

でも、まだ給料も貰っていない学生がプロポーズだなんて…指輪代くらい自分で働いて用意したいし、父に援助してもらうのは願い下げだ。ペトラの両親だってきっとそんな情けないことは許さな…あの様子ではもしかするとあまり気にしないかもしれないが、僕にもプライドというものがある。

咳払いをして、ペトラをなだめるように言う。


「…プロポーズは僕が学校を卒業してから然るべき時に必ずするって約束する。

…稼ぎのない身で無責任なことは言えないし、ほら、指輪とかの準備も必要だし」

「…その気持ちは嬉しいですけど…今は、言葉だけで充分ですから」


――少し考えた後、僕はペトラの両手を取った。


「…ペトラ・イッタ。僕と…改めて、結婚を前提に交際してください」


…こんな言葉ではペトラは満足しないかもしれない。だが、「結婚してください」とはまだ言えない。学校を卒業して働き始めたら、今度こそペトラに似合う指輪を見繕って正式なプロポーズをしよう。だから…


「…謹んでお受けします」


申し出を承諾してもらえたことにほっとしていると、ペトラの目に涙が滲んで、僕は慌ててハンカチを探した。




――学園中、さらにはベネリット・グループ内を駆け巡っていた無責任な噂話は、「ラウダ・ニールとペトラ・イッタが正式に婚約し、二人はペトラの学校卒業を待ってから結婚する予定である」という正しい情報へと訂正された。




…後日、正式に婚約したからには隠し事はよそうと、ペトラを父に紹介するに至った正しい経緯を説明したところペトラからこっ酷く叱られた。

お詫びにランチとお茶とディナー付きのデートをすることで、ようやく機嫌を直してもらえたのだった。


End

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