噂(ラウペト/ペトラ視点)
スレの設定お借りしました・ごくうっすらR18
「…ラウダ先輩、噂、聞きました? 先輩と私って結婚するらしいっすよ? 知らなかったなー」
私はそう言って、隣に座って俯いているラウダ先輩の顔を覗き込んだ。
ラウダ先輩と週末の休みを利用して一泊二日の旅行に出発した時には、あんなことになるなんて夢にも思わなかった…と言えばちょっとだけ嘘になる。ちらりとそんな可能性が頭をよぎって、まさかね、とすぐに打ち消した。
先輩はこれまで全然そんな素振りを見せたことのない人だったから。二人きりで過ごす時間でさえ、先輩がハグやキスをしてくることは稀だったし、その動作もどこか遠慮がちだった。
…だから、昼間に観光したあと宿で夕食を食べて、交代でお風呂に入り、二つ並んだ別々のベッドで寝ようとしたところで――先輩が私のベッドの上に上がってきた時には、驚いて固まってしまった。
嫌なら嫌だと言ってくれればやめるから。先輩はそう言って片手でそっと私の肩を撫で、まだ少し湿った私の髪にもう片方の手の指を入れて櫛(くしけず)った。
これから何が起こるのか理解しても不思議と止めようという気は起きず、私はそのまま先輩に身を預けた。
「…驚かせてごめん」
「…いえ…」
――行為の後、先に口を開いたのは先輩の方だった。決して嫌ではなかったけど…何の覚悟もしていなかったから、終始先輩を受け入れるだけでいっぱいいっぱいで、全てが終わった後も霞がかかったみたいに頭がぼんやりしていた。
先輩いわく、これまでは抑えが効かなくなりそうなのが怖くてむやみに私に触れることは避けてきた。でも今回、私に旅行に誘われて、二人で同じ部屋に泊まるとなったら、衝動を抑えきれなくなってしまった…と。
…そっか。考えれば考えるほど、交際中の男女が一緒に泊まるということの意味を思い知る。これまで、先輩はこうならないように我慢してくれてたんだ。それを…その努力を、私が台無しにした――
ラウダ先輩は頭を冷やしたいからと、自分のベッドへと戻っていった。私も、この状況で図々しく先輩と添い寝する気にはなれず、自分のベッドで一人で眠りについた。自分でもいい気なものだと思うけど、行為の疲れもあってぐっすり眠り込んでしまった。
次の日も観光をしたはずなのに、正直なところ上の空で何を見たのかよく覚えていない。昨日の夜、何度も私の名前を呼んだ先輩の声や熱っぽい視線が頭から離れなかった。
そのまま学園に戻って、当たり障りのない会話はするものの気まずくてお互いの顔もまともに見られないでいたら、あっという間に私たちの間に何があったのかが広まってしまった。
旅行に行く前は、フェルシーや他の友人たちに進展があったか聞かれたとしても「そんな訳ないじゃん、だってあのラウダ先輩だよ?」と答えるつもりでいたのに。
そんな中、ラウダ先輩がいつになく真剣な顔でこう言った。
「ペトラ…実は、二人で旅行したことが父にばれてしまって…旅先では何もなかったって説明したけど、ペトラのことをどうしても紹介しろって言うんだ。
もちろん無理にとは言わない。父と僕だけじゃなく兄さんも一緒だし、ちょっとした食事会だと思ってくれればいいから、父に会ってもらえないかな?」
…何だか話が大ごとになってしまった。どうせ何も起こらないんだから、なんて思ってた私が間違っていたと今更噛みしめる。大切な息子が女と二人で旅行に行ったなんて、普通の親御さんなら心配するに決まってる。
うちの両親は――私がラウダ先輩と付き合っていると知ると諸手を挙げて喜んで、旅行にだって快く送り出した。両親が何を考えてるかは何となくわかってる。私はそんな目的――両親のジェターク社内での覚えをめでたくするために先輩と付き合ってる訳じゃないって、いつか理解してもらわなくちゃいけない。
ラウダ先輩、それに、同席してくれたグエル先輩のおかげもあって、お二人のお父様――ジェタークCEOとの食事会はつつがなく終了した。
気難しそうに見えたCEOも、ジェターク社のMSの話題になると笑顔が増えたのが印象的だった。
私はと言えば、内心CEOに対して隠し事をしていることにヒヤヒヤして、食事の味なんかろくに感じなかったけど…
――そして、現在。
「…ラウダ先輩、噂、聞きました? 先輩と私って結婚するらしいっすよ? 知らなかったなー」
私がそう意地悪を言うと、ラウダ先輩は目を泳がせた。
「…あー、すまないペトラ、君を紹介したからって父が何か早合点したみたいで…
…本当は、僕が父に『将来ペトラと結婚するつもりだ』って言ってしまったせいだと思う…」
「…何で一回嘘ついたんですか」
「…ごめん」
「どうして私の結婚話が、私の知らないところで進んでるんですか?」
「本当にごめん!」
ラウダ先輩の口から「結婚」という言葉が出たことはなかったけど、その可能性も視野に入れて私と交際してくれていることは何となく察していた。
きっと私と旅行に行ったことをお父様から責められて、真面目なお付き合いだと説明するためにそう言ってくれたんだろう。
それでも…結婚なんて大切な話、噂話じゃなくて先輩の口から最初に聞きたかった。
「…先輩の気も知らないで軽い気持ちで旅行に誘ったこと、本っ当に申し訳なかったって思ってます。
ここまで噂になるとは思わなくて、先輩にもご家族にもご迷惑をかけてしまって…
でも…でも、私とラウダ先輩が…、したって話は広まっちゃうし、その上結婚だの妊娠だのって噂まで…
こんなんじゃ私、もう余所にはお嫁に行けません! だから…責任…とってください…」
元はと言えば、私が旅行に行こうなんて言いだしたのが全ての元凶だという後ろめたさから、声が小さくなる。
「……余所に、って…」
「え?」
「…僕以外の男と、結婚するかもしれないってこと…?」
嘘…ラウダ先輩が、いもしない男性にこんなにわかりやすく嫉妬してくれることなんてあるんだ。
「…それは、ただの可能性の話であって…先輩が私にどうしてほしいか、ちゃんと言ってくれれば前向きに検討させていただきます」
セックスのセの字も出なければ結婚のけの字も出ない学生同士の清いお付き合いが、ここ一週間ほどで180度変わってしまった。突然の人生の転機。あまりに目まぐるしすぎる。
でも、もう覚悟を決めた。先輩が肝心なことを言ってくれさえすれば、YESと言う用意はできている。
ラウダ先輩は咳払いをして、困ったように私を見る。
「…プロポーズは僕が学校を卒業してから然るべき時に必ずするって約束する。
…稼ぎのない身で無責任なことは言えないし、ほら、指輪とかの準備も必要だし」
「…その気持ちは嬉しいですけど…今は、言葉だけで充分ですから」
少し迷ったあと、ラウダ先輩は私の両手を取った。
「…ペトラ・イッタ。僕と…改めて、結婚を前提に交際してください」
うーん…「結婚してください」とは言わないところが先輩なりの誠意なんだろう。どこか煮え切らない気もするけど、まあいいか。正式なプロポーズは将来の楽しみに取っておくことにする。
「…謹んでお受けします」
そう言った途端、泣くつもりなんてなかったのにうっすらと涙が出て、ラウダ先輩を慌てさせてしまった。
――学園中、さらにはベネリット・グループ内を駆け巡っていた無責任な噂話は、「ラウダ・ニールとペトラ・イッタが正式に婚約し、二人はペトラの学校卒業を待ってから結婚する予定である」という正しい情報へと訂正された。
End