嘘を吐くときはご計画的に

嘘を吐くときはご計画的に


4月。桜があちらこちらでちらほらと花開いている様子が見受けられるようになった今日この頃。

トレセン学園でも道沿いの桜が開花し新入生達を祝うかの如く花吹雪を降らせていた。

そんなある日――というより本日4月1日。私はオグリから呼び出しを受けていた。

場所はお馴染みの中庭。

暖かい日差しが木の葉の合間をすり抜けて木漏れ日となって降り注ぐ。

とはいえ、まだ肌寒さも覚える朝方だ。三寒四温というやつだろうか。

時折、吹き抜ける風の冷たさに身を竦めてしまう。こんなことなら上着を一枚羽織ってくるべきだったか。そんな後悔も頭に浮かぶが後に遅いというべきだ。

中庭の大樹の元で待ち合わせ。それもこんな季節に。人によっては何かと勘違いしてしまいそうなシチュエーションだが、私には今日呼び出された要件についておおよその検討がついていた。

4月1日、この日に行われるイベント。

――エイプリルフール。今日1日だけは自由に嘘をついても許される日だ。

全く誰が最初に考え出したのだろうか酷いイベントだとは思わなくもない。

嘘をつかれても笑って許しましょうなどと、とんでもないことじゃないか。

みんなその気になって必死で嘘をついてはいるが、自由には責任が伴うということを忘れている気がしてならない。

そして、そのことに思いが至らなかった者には当然報いも与えられるということも。

というのも、何を隠そうその報いを受けた者が私だ。

あれは去年の4月のことだったか。

ちょうどあの日も今日みたいな天気だったな。



あの時、私はまだオグリに対していい印象を抱いてはいなかった。

今でこそ、親友のような――側から見てればそれ以上に見られるらしいが――付き合いをしているがあの当時はむしろその逆、強い敵対心を抱いていたのを覚えている。

いわゆる『地方から来たぽっと出の癖に』と思っていた頃だった。

どうにかこの気に入らないやつに一泡吹かせてやりたい。そう思い続けあれこれと謀略を巡らせてはいるものの何一つ上手くいった試しがなかった。それどころか、そんな私の思いとは裏腹にオグリに感謝される結果ばかりでオグリにギャフンと言わせるどころか妙に懐かれてしまう。

周囲からも、ある者からは微笑ましく見守られ、ある者からは冷やかし混じりの生暖かい視線を送られ、酷い時は媚を売っているように見えたのか冷笑と軽蔑の眼差しを送られるなどもう散々。

そんな私につけられたあだ名が『オグリギャル』という不名誉なものだ。

どうかしなければ。そう躍起になっていた頃。

そんな時、迎えた4月1日のエイプリルフール。

今日を逃す手はない。

今日という今日こそ、とびっきりの嘘でも吐いてあの芦毛の馬鹿をギャフンと言わせてやる。

そう息巻いていた私は、いつものように中庭で私のお弁当を頬張るオグリに向かって言った。

「ねえ、オグリ」

「ほえ?」

おかずの最後の一口を口に入れながら怪訝そうな面持ちでこちらを見るオグリ。

こちらに視線を向けながらも美味しそうに咀嚼することをやめようとはしない。

「言いたいことがあるの」

「――ングッ、なんだ?」

「あのね?」

口の中のものをすっかり飲み込んで私の言葉を待つオグリに私はたっぷりと間をとってから言ってやった。

「私、あなたのことが大っ嫌い」

言ってやった。

さあ、言ってやったわよ。

さて、どんな反応を見せてくれるのかしら。

せいぜい慌てふためいてその情けない姿を見せてくれるといいわ。

そんな意地の悪いことを思いながらほくそ笑んでいると。

――カシャン。

甲高い音が中庭に響いた。

視線の先には地面に落ちたお弁当箱と箸。

視線を上げてみるとそこには――下唇を噛みながらじわじわと目に涙を溜めていくオグリの姿が。

「――っ!」

「え、ちょ、オグリ!?」

こちらの声も聞かずにその場から走り出したオグリ。

「ちょ、ちょっと待ってよオグリ!?」

私は慌てて弁当箱を拾ってオグリの後を追った。

しまった。まさかこんな反応が返ってくるとは思わなかった。

「ちょっと待ちなさいよオグリー!」

「イチに嫌われたぁー!」

「嘘! 嘘なの! 今日、エイプリルフール――」

「もうお終いだー!」

「話を聞けえ!」

こうして、学園内を爆走していくオグリと激しい追いかけっこを繰り広げる羽目になった私はその後どうにかオグリの誤解を解き、話を聞いて駆けつけたタマ先輩とイナリ先輩にこっぴどく叱られ、挙げ句の果てにはオグリと仲良く生徒会に呼び出されてエアグルーヴ先輩から説教をもらうなど散々な目にあったとさ。



「今にして思えば酷い目にあったものね……」

誰もいない中庭でふとそんなことを呟く。

因果応報とはよく言ったものだ。

しみじみとそんなことを思っていれば背後から「イチ」と聞き慣れた声がする。

「すまない、待たせてしまったか?」

噂をすれば何とやら。

ベンチの背もたれ越しに振り返ってみればオグリが申し訳なさそうな表情でそこに立っていた。

「ううん、今来たところ」

お決まりのセリフを言ってやれば「そうか。ならよかった」とすっかり表情を明るくするオグリ。こういうセリフを素直に受け取るところがまあこいつの可愛いところでもある。

そのまま私の隣に腰を下ろすと深呼吸をひとつして、やがて意を決したかのように「イチ」と真剣な面持ちで私を呼んだ。

「なあに?」

「その、今日は言いたいことがあるんだ」

そらきた。

予想していた通りの展開。

おおかた去年のお返しというやつだろう。

私は”さあ、どこからでも掛かってきなさい”と姿勢を正して身構える。

そうしてオグリの嘘を吐くのを待とうとし――。

「今日はエイプリルフールだな」

盛大に前のめりにずっこける。

「イチ!?」

慌てるオグリ。

間一髪、ベンチに手をついて転倒するのをこらえる私。

いや、いやいやいや、フツー言うか?

仮にも嘘を吐こうとしてるんでしょ?

オグリのやることに困惑していれば「大丈夫かイチ!?」と心配そうにこちらを伺ってくる。

「大丈夫、なんでもないから……」

どうにか体制を立て直して着崩れを正す。

いや待て。あくまで今日がエイプリルフールと言っただけだ。まだ話題を振っただけかもしれない。

改めて姿勢を正して未だ慌てふためいているオグリに向き直る。

「イチ、本当に大丈夫――」

「大丈夫! なんでもないです!! それで?」

「あ、ああ、ならいいんだ。それでな――」

ひとつ深呼吸をおいてオグリは言った。

「だから、私も今からイチに嘘を吐こうと思う」

再び私はずっこけた。

おまけに今度はベンチからも落ちた。

「イチィッ!?」

悲鳴に近い声を上げてオグリが駆け寄ってくる。

「どうしたんだイチ!? やっぱり何かあったのか!?」

「大丈夫、大丈夫だから……」

痛む体を起こしながらオグリの手を借りて立ち上がる。

いや、なんでさ!

なんでわざわざ嘘を吐くって宣言するの!

まじめか!

馬鹿か!

馬鹿まじめか!

一通り心のなかでツッコミを入れたあと深呼吸をする。

よし、いくらか落ち着いた。

「それで?」

「へ?」

気が抜けたような声を上げて怪訝そうな表情をしているオグリ。目が点になるってこういうことか。

「どんな嘘を吐いてくれるのかしら?」

ここまで来るといっそ清々しいくらいに開き直れた。

覚悟ができたとも言える。

もう、どんな嘘をつかれても耐えられそうだ。

まあ、嘘と宣言されてる時点で覚悟もなにもあったもんじゃないが。

「聞かせてよ」

知らず知らずに圧を発していたのだろうかオグリはいくらか見をすくめながら叱られる子供のような表情でこっちを見ている。

大丈夫よオグリ。怒ってないから。ええ本当に怒ってませんとも。

散々情けない姿をさらされたけどこっちは平気よ。

――しょうもない嘘ついたら承知しない!

やがておずおずと「じゃ、じゃあ言うぞ?」と心細そうにオグリが言う。

――さあ来い!

今度こそ身構えてオグリの嘘に備える。

沈黙する二人。

木々の間を風が吹き抜けていく音。

学生たちのふざけ合う声。

トレーニングに勤しむ子たちの掛け声。

チャイムの音が高らかに鳴り響いて――。

「って、早く言いなさいよ!!」

とうとう我慢できずに叫んでしまった。

「いや、どんだけ貯めんのよ! そんなに重要なことでもないでしょ!? さっと言いなさいよ、さっと! なんでどっかのクイズ番組みたいな事やってんのよ私たちは!」

そんなヤキモチした気持ちを一息に吐き出すと、オグリは「い、いやあのな?」といかにも申し訳無さそうにしながら奥歯に物が挟まったように言う。

「何よ!? はっきり言いなさいよ!」

「わ、分かった」

くだらないことだったら承知しないんだから。

「実は――」

そして私はその一言に思わず目を剥いた。

「嘘を吐くというのが嘘なんだ」

一瞬の空白。

じゃあ何か?

私、一人で勝手にやきもきして、勝手にずっこけて、盛大に勘違いして、滑稽な一人芝居をしていたのか?

つまりは、だ。

――オグリに一杯食わされた。

ひとつ息を吐いて軽く笑いながら天を仰ぐ。

「い、イチ?」

「悔しいいいいいぃーーー!」

この日、私は学園で一番大きな声を上げた。


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