嗚咽は

嗚咽は


虚圏に連れてこられた織姫の主な仕事は、先んじて拉致されていた友人の治療だった。毎日のように過度な暴力、友人曰く『虐待』を受けているせいか、彼女は一日が終わる頃にはどこかしらの骨が折れ、ひどい裂傷を負っているのが常だ。それでも泣き言一つ言わず、ありがとうなあと息も絶え絶えに織姫に告げるのが、彼女であった。



その日もまた、織姫は呼び出されて友人の元へと歩いていた。部屋自体はかなり近く、見張りもいるため逃げ出すことはできない。そうしていつも通りに扉を開けようとして、何かの違和を覚えた。

いつもなら、扉に手をかけた時点で霊圧を感知した友人が一声かけてくる筈なのだ。それが、今回はなぜか無言のままだ。嫌な予感をひしひしと感じながら、織姫はそっと扉を開けた。


「おじゃまします……入るね」

「……ん、織姫ちゃんか」

「っ、」


彼女はベッドに横になっていた。その視線は天井を向いたままで、ふわふわと柔らかく光を反射する髪の毛は荒れている。そして、いつもきちんと着込んでいる服が、今日に限ってはベッドの横に乱雑に捨てられていた。肢体はベッドの上に投げ出され、薄い毛布がかろうじてその身を覆っていた。

それが何を意味しているか、分からぬわけではない。彼女は織姫に視線を向け、困ったように笑った。


「ああ、これな、ちょっとだけ……うん」


彼女は普段の明朗さを置き去りにして言い淀み、そして何も言うことなく口を閉ざした。織姫は慌てて走り寄って、普段使っているのだろう毛布で彼女を包む。


「えっと、お風呂行こっか!それから、私が治すから、そしたら、」

「織姫ちゃん」


じっと、彼女の瞳が織姫を映す。そのあまりに必死な視線を向けられて、織姫の言葉が止まった。泣き出しそうな表情で、ぐっと両手を握りしめて、掠れた声で彼女は懇願する。


「おねがい……だれにもいわんで」


その声を聞いて、思わず織姫は彼女を抱きしめていた。彼女はきゅっと唇を噛み締めて、織姫の肩に顔を埋める。

嗚咽が響いてくるのに、そう時間はかからなかった。


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