喧嘩ップルの海兵ルウタ2/2

喧嘩ップルの海兵ルウタ2/2

Nera

深夜に軍艦の食糧庫でルフィ大佐が何かをしていた。

現行犯逮捕された大佐は黙秘を続けており事件の進展がなかった。

幼馴染に盗み食いの疑いが掛かったせいでウタ准将の機嫌が悪かった。

書類整理にも中々手を付けずに悩んでいたら部下からの提案があった。



「准将殿!訓練で身体を動かして気分転換されてはどうですか?」



たった一言でウタは微笑んで執務室に居た海兵全員が巻き込まれた。

逃げ出そうにも准将権限のせいで逃げ切る事などできやしない。

楽しそうに歩く准将にトレーニングルームに強制連行された一同。



「今から合同訓練を開始するわ!!」



ウタ准将は、模擬刀ならぬ模擬槍を持って嬉しそうに訓練を宣言した。

それと対照的にルフィと海兵たちは嫌がった顔をしつつも訓練に参加した。

その20分後、ボロボロになった15名の海兵たちが床でへばっていた。



「つ、強すぎる……」

「……瞬殺された」

「誰だよウタ准将をその気にさせたバカは…」



今回のウタはストレスを発散させるように矛先が丸まった槍で大暴れした。

彼女が最も得意とするのは槍術だが、海戦では柄が味方に当たるなど使いづらい。

ましてや歌姫として最前線に出る事はまれなので得意の槍術は訓練で披露される。

その結果、槍の風圧だけで訓練相手がぶっ飛ばされるという不思議な現象が起きた。



「あんたたち情けないわよ!これじゃあ海賊から市民を守れないわよ!」

「ウタ准将が強すぎるんです!!」

「大佐!ウタ准将の訓練相手になってください!もうやだ!!」



大の男たちが19歳の乙女の訓練相手を嫌がって大佐に押し付けようとしていた。

実際、ルフィはウタに本気を出せないだけで実力が拮抗しているのは彼だけだ。

准将権限で大佐から雑用に降格された男はそれを聴いて嫌がった。



「嫌だ。おれはウタを傷付けたくねぇ!」

「雑用さん、これは訓練なのよ?」

「お前じゃおれに勝てないぞ」

「へぇ……言ってくれるじゃない」



ルフィの挑発に乗ったウタは柄を握り締めて笑った。

目が笑っていないのに気付いたお目付け役の大尉はゆっくりと動き出した。

彼の後に続くように海兵たちも巻き込まれない様にこっそり距離を取り始めた。



「おれの拳はピストルより強いって言っただろ?」

「じゃあ、私の蹴りは大砲より強い!」

「おれの蹴りは軍艦をぶっ壊すぞ」

「私の槍さばきは艦隊を滅ぼすの!」



口喧嘩が苛烈となり手に負えなくなってきた。

双方とも退けないのかどんどん表現が苛烈になっていく。



「雑用如きが准将の私に盾突くなんて100年早いわ!」

「じゃあ、どっちが上から決着をつけてやる!」

「乗った!!ここじゃ狭いから甲板で決着をつけましょう!」



たかが訓練なのに実戦と同じように2人は本気で挑む気になった。

仲良く甲板に駆け上がっていく上官たちを見届ける一同。

数分後に戦闘の衝撃で軍艦が転覆しそうになり阿鼻叫喚の大騒ぎになった。



「“威国”!!」

「“拳骨防御”!!」



“エルバフの槍”を披露するウタにルフィは拳で応えた。

もはや軍艦内で訓練などできずに空中戦を始めた上級将校たち。

甲板員たちは逃げる事も出来ずにマストや甲板にしがみ付いていた。



「誰かお二方を止めろ!!軍艦が攻撃の余波で沈むぞ!!」



嘆く海兵の言葉など彼らには聴こえない。

本気で戦いを挑んでいるせいで虫のような声など聞こえはしない。



「“五月雨突き”!!」

「“拳骨流し”!!」



ウタから放たれた音速の突きを武装硬化した双拳で次々と受け流していく。

反撃はしないもののガードや受け身をルフィはしっかりとこなした。

彼女もある程度、隙を作っており、息のあったタイミングで攻撃をしていた。

部下からみれば目視が追い付かない速度なのでたまったものではない。



「ふぅー…強くなったね」

「まだまだ強くなるぞ!」

「もっと麦わら帽子が似合う男になるんだぞ」」



思春期の女が2歳下の男の健闘を褒め称える甘酸っぱい青春である。

2人の訓練に巻き込まれて死屍累々となった海兵たちを見なければそうであろう。

たかが2人の訓練の余波で死にかけるなど海兵として無念にもほどがある。



「トレーニングルームに戻ろうか」

「そうだな」



もはやルフィを罰していたのを忘れているウタはルフィの手を取った。

彼らは仲良く船内に入っていくのを確認した見張りは、ようやく休めたのか倒れ込んだ。

さきほどと変わって静寂とした軍艦を照らす太陽は地平線へと沈もうとしている。



「ふう!一汗掻いた後の水分補給は格別だね」

「あー疲れた…」



トレーニングルームに戻ると海兵の姿はなく2人はゆっくりと休憩していた。

ルフィからタオルを受け取ったウタは顔をタオルで拭いて水分補給をした。

見聞色の覇気を駆使して近くに2人以外のを確認して身体の汗を拭き始めた。



「ねえルフィ!汗を拭かないの?」

「だって拭くタオルねぇし…」

「はぁ!?だからタオル4枚持ってきてって言ったでしょうが!!」

「おれの分って分からなかったし…」



一向に汗を拭かないルフィをウタが問い出すとタオルがないと告げた。

呆れた彼女は自分が拭いていたタオルを差し出した。



「って!そっちじゃない!!」



差し出した手ではなく背中に隠していたタオルをルフィが取ってしまった。

脇や腹を拭いたタオルを取られたウタは慌てて取り返そうとしたが遅かった。

ルフィはささっと少しだけ湿ったタオルで顔を拭いた。



「ん?どうした?」

「このバカあああああああああああ!!」

「痛ぇええええ!?」



わざわざタオルを嗅ぐように拭いたルフィを見て思わずウタは彼を殴打した。

なんで殴られたか理解できない雑用は、彼女に殴られ続けた。



「はぁはぁ……また汗を掻いちゃった」



またしても汗を掻いたウタは残ったタオルで身体を拭いた。

ついでにルフィから強奪したタオルを顔に近づけると顔を顰めるほどの匂いがあった。

ルフィと自分の汗と体臭が混じり合ったタオル。



『うえっ……さすがに2人分は臭い』



既に結婚している2人は、それを証明する手段も証拠もない。

しかし結婚している以上、いつかこうやって混ざり合う体臭を嗅ぐ機会があるのか。

環境や立場のせいで結婚している実感がないウタには答えは出なかった。

とにかく寝室に戻ってタオルを洗濯しようとするとルフィが声をかけてきた。



「なあ、ちょっと食堂に行っていいか?」

「…あんた、なんで怒られたか理解してないの?」

「お願いだ…行かせてくれ!!」



真剣な眼差しで頭を下げたルフィを見てウタは少しだけ考え込んだ。

出した結論は1つだった。



「そこまで言うなら行ってきなさい」

「ありがとう」



ルフィを信じて送り出す。

どうしても幼馴染を疑いきれずに許してしまう自分をウタは自嘲するしかなかった。

感謝して走り去っていくルフィの姿を見送った後、彼女は時計を見た。

双針は18時半を示しておりもうすぐ夕飯の時間だった。



「結局、私は何をしたかったの…」



ルフィと離れ離れになるのが嫌で抵抗していたら部下を巻き込んで終わった。

もうじき1日が終わりそうで何の解決もしてない現状に彼女は溜息を吐いた。

寝室に戻って洗濯をして洗濯物を干したら夕飯の時間となった。



「あー!うるさいわね!すぐ行くわよ!!」



防音がされている密室にはベルがある。

遠隔操作で鳴らされたベルを聴いてウタは食堂に向かった。



「あれ?」



しかし食堂に辿り着くと先着していた部下の様子がおかしかった。

なにかよそよそしいというか、露骨に視線を逸らしていた。

確かに迷惑をかけたとはいえここまで嫌われたつもりはなかった。



「変ね」



先に食堂に行ったはずのルフィの姿は見えない。

それどころかいつもなら近寄って来る部下が自分から距離を取っている。

寂しがり屋の彼女は内心で悲しみながら19時半の夕食を満喫した。



「はぁ……報告書に始末書……あれもあったか」



紅白の髪で構成されたぴょこ耳が垂れたウタは食堂から出ようとした。



「何の真似?」

「准将、もう暫くお席についてください」

「私は書類の始末に忙しいの!そこを退いて!!」

「ダメです!!」



すると部下たちが立ち塞がって退室を妨害してきた。

気分がどん底だったウタは少しずつ苛立っていく。

覇気が少しだけ漏れただけで場の空気が変わるほどだた。



「もうじきルフィ大佐がいらっしゃいます」

「……確かにもうすぐ20時ね」



ルフィが20時に深夜に食糧庫に居た真相を話す。

そう言ってたのを思い出したウタは素直に席に着いた。

まだかまだかとルフィを待っていたら部下たちが食堂に勢揃いした。



『甲板員まで来たの?何のために…?』



何か自分の知らない所で進行している事がある。

それを知ったウタは不愉快で仕方がなかった。

「なんなの!?」と叫ぼうとした時、厨房からルフィが現れた。

箱を持ってウタの席に向かって歩いて来た。



「ウタ……」

「どうしたの?」

「取っ手を持って蓋を取ってくれないか?」



ゆっくりと机の上に置かれた箱を指差してルフィは告げた。

緊張しているのか彼らしくない表情を見たウタは更に訳が分からなかった。

とりあえず言われたままに取っ手を掴んで箱の蓋を取った。



「なにこれ?」

「おれが作ったホイップマシマシのパンケーキだ」



箱の中にはぐちゃぐちゃになった白い物体がある。

何故かホイップが溢れそうに塗りたくっており一瞬、何の料理か理解できなかった。



「これを私に?」

「ああ、ウタ!誕生日おめでとう!!」



ルフィは料理長と相談してウタの誕生日にパンケーキをプレゼントする事にした。

そしたら料理長がルフィが作ってあげるべきだと告げた。

料理長の熱意に押された彼は、彼の指導の元でパンケーキの準備をしていた。

昨晩は材料の調達に食糧庫に向かったら警備兵に見つかって騒動になった。

これが事件の真相だった。



「ウタ准将!水臭いじゃないですか!なんで教えてくれなかったんですか!?」

「え?だって忘れていたし…」

「「「「ええええええええーーーーッ!?」」」」



鈍感で約束くらいしか覚えないルフィ大佐ですら覚えていたウタの誕生日。

当の本人が忘れていたという衝撃は、海兵たちの叫びで示された。

ぎゃあぎゃあ騒いでいる海兵の顔を両手で押し出してウタはケーキと向き合った。



「いただきます」



ウタはスクランブルエッグと化したパンケーキをスプーンで口元に運んだ。

柔らかいホイップが乗った物体を口に含み、ゆっくりと味わっている。

調理したルフィや海兵たちは固唾を吞んでその様子を見守った。




「美味しい」




何気ないその一言がルフィを安堵させて海兵たちを興奮させた!!




「イヤッッホォォォオオォオウ!!」

「これもう告白を通り越して結婚だろ!」

「次はお二人でベッドインだああああああ!!」

「いつ新時代するんですか!?」



ルフィのパンケーキを楽しみたいのに騒動で食べられない。

苛立ったウタは無言で入り口にあった釘バッドを手に取った。

「やべぇ」と海兵たちが思った時にはもう遅い。

ルフィとウタ以外で興奮して騒ぎまくった海兵は全員ノックアウトされた。



「これで静かに食べられる」

「おれも食べて良い?」

「私へのプレゼントじゃないの?まあいいわ。口を開けなさい」



美味しそうにパンケーキを食べているウタを見て自分も食べたくなったルフィ。

彼の言葉を聴いて呆れながらもまんざらではない様でウタはあっさり受け入れた。



「はい!あ~~~~~ん!」

「あーん!もぐっ!」

「どう?美味しいよね!」

「ほぉうほぉひいい!」

「口に物入れて喋るな!!」

「ほげえええ!!」



相変わらずマナーがなってないルフィにウタは鉄拳制裁した。

さきほどと違って優しく、そして笑顔でやってのけた。

願わくば、この関係が続く事をウタは願いながら一緒にパンケーキを楽しんだ。



「はい、ルフィ大佐とウタ准将の関係は相変わらず親密です」



一方その頃、お目付け役の大尉は、直通<ホットライン>電伝虫で連絡していた。

ツガイの電伝虫しか通じない代わりにその念波は感知されず長距離で連絡ができる。

その希少性や重要性から海軍大将ですら2セットしか授与されないほど貴重だった。

その経緯から察する通り、大尉の相手はもちろん、サカズキ大将である。



「ならいい。絶対に2人を離すな!!無理やり夫婦にしてもかまわん」

「承知しました」



サカズキ大将から大尉に命じられた勅令。

それはルフィ大佐とウタ准将に試練を与えつつ関係を保てという命令だった。



「しかし、軍法会議をチラつかせるなど無理があったのでは?」

「海兵として成長してもらわなければ困るんけ!常識を身に付けんと!!」



海軍の公式歌姫であるウタの精神は、かなり歪で壊れかけている。

ルフィという精神安定剤がなければ大将赤犬すらドン引きする狂犬と化す女。

厄介な事に大海賊の“赤髪のシャンクス”の娘というのが更に頭痛の種となっていた。

故にサカズキは、ウタとルフィの関係に気を遣っている。



「今、どこにおる?」

「あと半日もあれば海軍本部に帰投できます」

「ならば大佐と准将にわしの部屋に来るように言っておけ。なるべく穏便にな」

「ハッ、了解しました。では後程、本部に一報を入れさせてもらいます」

「気ぃつけて帰れよ」

「ハッ!」



電伝虫の通話が切られたのを確認した大尉は夜空を見上げた。

満月でいつもより夜空が明るく快晴で星々がしっかりと見えた。



「これを使わずに済んでよかった」



軍法会議に出す書類を笑いながらビリビリに破いた大尉はそれをゴミ箱に捨てた。

月光は、角灯を点火しなくても動けるくらいには明るく照らされていた。

まるで2人の仲が末永く続く様に真夜中で航海する軍艦を月光が照らしている。

そんな気がしつつも彼は様子を確認する為、騒がしくなってきた食堂へと戻った。



END

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