4章(前半)

4章(前半)

善悪反転レインコードss

※4章をふわっと個人的に妄想してみました。

※反転セスの探偵特殊能力について個人的に解釈しています。

※キャラ付けや関係性などは筆者個人の妄想に基づいています。また、独自の補完があったりします。

※グロ描写を含みます(例:アニメダンロン3の洗脳シーンレベル)


※4章は閉塞感が凄そうだな~というのが発端で形にし始めましたが、長くなったのでここで分割。

 後半では「反転ヤコウ達にやられてばかりと思うなよ!」的な光の展開になっていく……はず……(未定)



 研究所に不法侵入し、ウエスカ博士の死亡現場に立ち会わせていた重要参考人(という名の、格好の冤罪候補)なのに、ユーマ達は手厚く保護された。

 ユーマ達を援護する為に後続で侵入を目論んでいたスワロとセスも、不気味な程に丁寧に出迎えられた。

 廊下で腹部に傷を負って倒れていたヨミーの治療さえも認められた。

 病院ではなく、アマテラス社管轄下の治療室だったが、マコト=カグツチの権力が及び、保安部以外にも彼の部下も詰めているので、ヨミーの安全はひとまず保障された。

『気を付けて、ご主人様。モジャモジャ頭、ヤバいオーラを出してる…』

(……わかってる)

 広々とした一室に『招待』され、探偵達は各々殺気立っていた。相対するヤコウは温和そうに微笑んでいる一方で、周囲に控えている彼の幹部達の表情は硬かった。


 さて、問題はここからだ。

 ————ここからだ、という時に、ヤコウがその映像をお披露目した。映像機器の準備こそ幹部にやらせていたが、媒体機器だけは自分で差し込んだ。

 不気味なくらい優しい笑顔で、席にどうぞ、お茶とお茶菓子もあると勧められたが、誰も座らなかったし、誰も口にできるはずも無かった。


 ヨミー様、もう戻れません。

 顔向けができません。

 忘れてください。

 待っていなくていいです。

 待たないでください。

 約束、守れなくて、ごめんなさい……。


 それは、一人の男が、ヨミーの名を叫びながら謝罪している映像だった。

 投薬に耐えて、拷問に耐えて、耐えて、耐えて、耐えていたけど、遂には壊れていく。

 フィナーレを飾るのは、かの果物仕掛けの時計という作品の拷問描写を連想させる、精神の破壊だった。


 投薬。

 拘束服。

 椅子に縛り付ける。

 瞼を見開いた状態で固定。

 眼球に目薬。

 鑑賞。

 投薬。

 前頭葉。

 かき混ぜる。

 塞ぐ。

 出来上がり。


 小一時間程度。編集されても、それだけの時間を要する内容と密度の、ヨミーがウエスカ博士を刺したと納得できるような映像だった。

「…面目ない。ウエスカ博士の後ろ暗い件は、オレ達としても調べちゃいたんだぜ? だが、いざ叩いてみたら、こんなデッカイ埃が見つかっちまってな」

 スパンクは顔中から脂汗を滲ませ、唖然としていた。

 ギヨームは、感情が削げ落ちた冷ややかな目で、ヤコウを含めた保安部の面々を軽蔑していた。

 スワロは表情こそ変わらないが、顔色はどこまでも悪く、土色にまで至っていた。

 セスは映像が終わり次第、俯いてしまった。拡声器を握り締める手を戦慄かせている。

 ドミニクは、両目を血走らせ、息を荒くしていた。それが自分にできる最大の感情表現であるが故に。

(…………こんなの、って)

『……ご主人様。しっかり』

「まだあるぞ? 新鮮ホヤホヤの確定的な証拠映像も……ハハ、お通夜みたいな空気だな」

 ユーマはすっかり蒼褪め、涙目になっていた。死に神ちゃんの励ましがユーマを少しずつ冷静にさせていく一方で、ヤコウは決まりきった演劇の台詞を諳んじるように、薄ら寒い程に平然と言ってのける。

「オレはあいつに散々酷い事をしてきたからな。謝罪がてら、教えてやったんだよ」

「…………ヨミー様も、これを、見たの…?」

「ああ。オレらの不手際で事務所を沈めちまった後にな。ちょうど単独行動してたのを捕まえたんだ」

「……」

「おいおい、ただ見せる為だけに接触したわけがないだろ? ちゃんと逮捕するって伝えたさ! ただ、それが裏目に出たみたいでな……悲しいぜ、ったく」

「ウエスカ博士が……権威があるとは言え、一介の博士が、拷問によって元殺し屋を再びその道へ戻したと……そう仰るの?」

「ああ、そうだ」

 スワロは恐ろしい程に静かに『尋問』していた。彼女の顔色が相変わらず土色なのを見る限り、どうやらヤコウは嘘を吐いていないらしい。

 普段は奔放な面が目立つギヨームが、保安部から目を離さぬまま後ずさりしながら、スワロの背へと励ますように腕を伸ばしかけて……しかし、迷いを経たのだろう、下ろしてしまった。

「……その映像。保安部の、隠し撮り…ですか…?」

「ん? ああ」

 セスは顔を上げ、拡声器を使って質問する。

「記録は、いつのものですか…?」

「いつって、そりゃあ……二年とちょっと前ぐらいだったかな。正確な日付は覚えてないんだ、悪いな」

「あなた方が、押収した時期は…?」

「それも、二年とちょっと前ぐらいだな」

「……どうなんです? スワロ」

「……嘘は、言っていないわ」

 ミシ、と。セスの握力が増した拍子に、拡声器の取っ手にヒビが入りかけた。

「…あなた達には、真実を暴くだけの捜査能力がある…以前、ヨミー様から伺った通りのようですね」

「へぇ。あいつ、そんな風に言ってたのか」

「……二年以上も経過した今になって…ですか」

「……やれやれ、そのレディの存在は恐ろしいよ。本当の事しか喋れやしない。あるいは表現を上手く考えなきゃならない」

 怒りが決壊しそうなのは、セスやスワロだけでは無い。収拾がつかなくなるからと発言を控えるスパンクも侮蔑の念を浮かべていたし、ドミニクはずっと息を荒げていた。

 だけど、ギヨームは……。

「…あのさー。独裁者気取りのクソダサパーマ野郎。魚雷の時と言い、笑えるラインを超えてんだけど」

 ギヨームが冷たく吐き捨てた。普段のテンションの高さを思えば、彼女の怒りが知れるというもの。

 だが、ヤコウは意に介さずに飄々と肩を竦める。

「オレは司法に則って裁こうとしたんだ。それをヨミーが勝手に…」

「どの口が司法ってほざいてんのー? ……ってか、そんだけヨミー様をイジメ抜いたって事でしょ」

 クギ男事件然り、エーテルア女学院の件然り、レジスタンスの件然り。裏では保安部が糸を引いていた。

 今回もそうなのかと、ギヨームは憤っていた。

「ってか聞いてないんだけど!? ヨミー様がアンタと単独で接触してたなんて……ッ」

「簡単な話だ。質問されず、答える必要が生じなかったからだ。それで恋人の『尋問』も潜り抜けた」

「これは知らなくていいとして、スワロが知らないのはおかしい!」

「……本人を前に説明させるなよ。レディ・スワロにこそ相談できないだろ? 人としても、探偵としても」

「はぁ~ッ!!!??」

 火山が噴火するようにギヨームはキレた。

「ア、アンタ、知らない所でヨミー様に何を吹き込んだのよっ!」

「冷めてるようで熱いんだな。ヤングのそういう熱意、おじさんには眩しいよ」

「そもそもあの魚雷だってワザとっぽいし! 部下のせいにしてトカゲの尻尾切りするとかダッサー!」

「おたくの上司は切り捨てるのが下手で、部下達を盛大に巻き込んだだけみたいだけどな。おかげで皆さん、本来なら共犯の疑いで取り調べられる立場にある」

「脅してるつもりかぁーッ!」

「ギ、ギヨーム、よせ! スワロとセスが耐えてんだぞ…!」

 喋れば喋る分だけ、ギヨームの冷ややかだったガワがボロボロと崩れていく。悪循環に陥るように、探偵にあるまじき視野搾取へと陥っていく。

 何なら、危うくヤコウへと掴み掛かろうとするので、スパンクが必死に説得していた。

 二大武闘派であるハララとヴィヴィアは今の所大人しかったが、いつでも動けるようにと身構えている。

 ドミニクの『怪力』で対抗する手段も無くは無いが、そもそも戦闘が勃発した時点で事態は拗れ切って修正ができない。

(……こ、これ、空気が変じゃない?)

『ギザ歯ちゃんがモジャモジャ頭のペースに乗せられてるせいだよ! 天然ストレートが犯人でも仕方ないって態度で暴れてるから…!』

 数々の修羅場を共に潜り抜けてきたユーマと死に神ちゃんは焦る。

 ヨミーが犯人だ、という空気がより濃厚に醸成されていくのを肌で感じたからだ。

『っ、んあー! 探偵だろうが! しっかりしろー! ガチのフレンドリーファイアをかますヤツがあるかぁーっ!』

 ギヨームのそれはヨミーを想っての暴走だった。想い自体に善悪は無く、それ故に危険だ。どちらであれ、暴走は暴走だ。

『あのモジャモジャ頭、初犯じゃないね! ソイツが犯人ですって空気を作り慣れてるよ!』

 そして、危機感を抱いていたのは、ユーマと死に神ちゃんだけでは無かった。

「いい加減にしろ、このバカが!」

「うるさぁーい! ……って、ドミニク、アンタ……っ」

 偏見ながら、息を荒げる巨漢が最も暴れそうなのに……その当の巨漢は、ギヨームの肩に手を置いた。もうやめろ、と告げるように。

「…………はぁ。スワロが手を出す前に、自発的に黙れたようですね…不協和音は、苛々します…」

 セスは鬱陶しそうに呟いていた。

 この場面だけを切り取れば、ギヨームだけが浅はかだ。だが、ギヨームの暴走に呆れながらも、誰も本格的に責めない辺り……冷静に見える者達とて、精神的に逼迫している。

 寧ろ、ギヨームが言いたい事を発散してくれたおかげで冷静で居られるまである。


「じゃ、ユーマくん。調査しておいで」

「……え?」


 空気が、変わった。

 ヤコウの一言をきっかけに、その場に居る全員の視線がユーマへと集めた。

「これは保安部の責任でもある。だから協力する。オレの権限が及ぶ限り、幾らでも。ただ、超探偵全員を自由に動かすのは許可できない。見習いのユーマくん一人だけならいいぞ」

 人の好さそうな笑顔で、ヤコウは図太く言ってのける。

 言われている側のユーマは、既にヤコウの思惑に薄っすらと感づいていて、顔色が悪くなる一方だった。

「とは言っても、証拠は基本こちらで揃えてるしなぁ。すぐに終わっちゃいそうだ」

「……ヤ、ヤコウ部長」

「あぁ、でも、今まで色々あったしな。キミ自身で納得できるまで調べてもいい。ただ、時間制限は与える。適当な所で切り上げてくれ」

「……あなたは、何を考えているんですか? どうしてボクを指名するんですか?」

 保安部で幾らでもどうにでもなるのに、なぜ、敢えてユーマを指定して謎を解かせようとするのか?

 それをユーマが尋ねれば、ヤコウは優しい表情のままで答えてくれる。

「ヨミーがこのまま無事に回復すれば、次に狙うのはユーマくんだ」

「……え?」

「…ユーマくん。アマテラス急行で謎の突然死を遂げたのは、キミが真実を暴いた結果に死なせたのは、さっきの映像のヤツ……ヨミーの親友だったんだ」

「……」

「親友の心を殺したウエスカ博士を殺したんだぞ? 次は、命を奪ったユーマくんに決まってる」

 誰からも反論は無い。超探偵達からすら。

 「ヨミー様は、そんな事……」とギヨームが声を洩らすが、掻き消える程に小さかった。

 ヨミーが犯人ならば、その動機が親友の件ならば……可能性を検討し、真実を追求する職業柄、決して無責任な事を言えない故に。

「……キミが死ぬなんて、間違ってる」

 ヤコウは席を立つ。

 誰も一言も喋らない空間で、ユーマの真ん前まで歩み寄って、わざわざ背を屈めて目線を合わせる。

「正当防衛だ。オレが保障する。探偵の本懐である真実を、解かせてあげるよ」

 ユーマの耳元で囁かれる、甘言。

 ユーマが謎を解けば犯人は死ぬ。今回の場合、その相手はヨミーである可能性が極めて高い。

 だけど、別にいいじゃないか、自分の命を守る為なのだから仕方ない、キミは悪くない……そのように許しを与えるヤコウは、傲慢なのに慈悲深く錯覚してしまう矛盾の塊だった。

『……と、とにかく、調査しないとどうにもなんないよ! でも、保安部が基本証拠を集めてるって絶望的だなぁ~。しかもご主人様単独? 心配だよ…………ご主人様? 聞こえてる?』

 捜査を始めなければ元も子も無い。そう思って死に神ちゃんは発言していたが、ユーマの意識は未だヤコウとの対話に注がれていた。

 ユーマをかどわかそうとする、目の前の人の真意を読もうと瞳を覗き込む。

 だが、濁り切っている事しかわからない。これでは、ヤコウが腹の底で何を考えていても何もわからない。その断絶に慄きながら、ユーマは言いなりになるものかと言葉を紡ぐ。

「ヨ、ヨミー所長の御友人の件は、知っています」

「……へえ?」

 ユーマの言葉に、他の超探偵達はみんな大なり小なり反応を示していた。一番反応が希薄なスワロですら、ユーマの方を向くという形で反応していた。

「他の超探偵の反応からして、キミ限定の非公開だったみたいだが……あいつから絡まれたのか?」

「…い、いえ。ボクの方から、です」

「……ふーん。本当に見習いか? 超探偵顔負けの洞察力だな。将来有望な若者を見るとおじさん嬉しいよ」

 ユーマが弁解したのは、罪悪感からだ。

 元居た世界では、アマテラス急行における事件の真犯人とヨミーは繋がっていた。その不安から、ヨミーへと直接確認するに至ったのだ。

 疑った果てに信頼が生まれる。そう言ってしまえば聞こえは良いけれど、他の世界のそっくりさんの悪行で要らぬ不信感を買うだなんて、この世界で生きるヨミー=ヘルスマイルにとっては理不尽極まりない。

 ……そして、ヨミーはその理不尽を呑んで、ユーマと向き合ってくれた。

「話をした限り、ヨミー所長がボクを恨んでいるとは思えません。ボクが解決した事件の犯人が、死ぬ事についても……真剣に耳を傾けてくれました」

 死に神ちゃんとの契約の関係上、話せる範囲は非常に限られていたが。

 ユーマの言葉に、うんうんとヤコウは頷く。その物分かりの良さそうな態度が、得体が知れなくて不気味だった。

「…そうだな。『ヨミー=ヘルスマイル』なら、そうするだろう。けど、オレはね、それでも心配だなぁ」

『ぶっキルしないとマズいぞって結論ありきだね、このモジャモジャ頭。

 ってか、ご主人様大丈夫? ここまで言っといてマジで犯人だったらどーすんの。今回は、元居た世界的に覚悟しなきゃいけないんだよ』

(……解かないと、わからないよ、それは)

『そんなんだからご主人様、事件を解く度に悲劇の主人公みたいなツラになってんでしょうが! 放っておけなーい!』

 ——ユーマ。よく話してくれたな。辛かったよな。……そう励ましてくれたヨミー所長の言葉が偽りだったなんて、決めつけたくなかった。

「……あとで見せるけど、証拠映像にばっちり残ってんだけどなぁ」

 信じたいんだな、とヤコウはごちる。その目は全く笑っていない。

「忠告しておく。真実が優しい事なんて、歴史上ただの一度もありはしなかったんだぜ」

 探偵では無い故か、その台詞は元居た世界のヤコウ=フーリオが言うのとは意味合いが全く異なっていた。

 どうせ残酷な真実に泣いて崩折れるんだろう、という嘲笑と……なぜだか慈悲を含ませていた。




 保安部の部長と幹部、それから超探偵達を部屋に残し、ユーマは調査を開始した。

 ユーマを基本妨害せず、協力するという話に嘘偽りは無かった。

 元居た世界ではヴィヴィアの幽体離脱で捜査した部屋に、ユーマがちょっと説明をするだけで通された。

 尤も、ヨミーが居る治療室への立ち入りは禁止されていた。試しに遥々向かってみたが、治療室までの道中に居た保安部員に止められた。厳重な警備体制を敷かれていて打つ手は無かった。

『けど、ご主人様一人ってのはなー…』

(…ボクだけは許可されたのは、見習いだから許しても体裁を保てるって事かな)

『どうだろ。あのモジャモジャ頭、ゲロ以下の匂いをプンプンさせといて、なんっかご主人様にゲロ甘だからね』

(……いや、ボクに甘いと言うより…)

『——時間です。報告をしなさい、ユーマ』

(わっ!?)

 死に神ちゃんとの会話の途中、急に第三者の声が頭の中に響く。セスだった。ユーマは驚いて足を止めそうになる。

 セスは探偵特殊能力『テレパシー』を用い、一定時間毎にユーマと交信していた。脳波だけで電話の真似事ができる能力だが、送信単体なら容易い一方で送受信は脳の負荷が増すらしい。

 ……なぜ私の脳だけが疲れるんですか…? と恨みがましく一方的に睨まれた件はまだ記憶に新しかった。

 それでも、ユーマの相談相手となり、ユーマの推理に協力しようと積極的なのは変わらない。

(セスさん。保安部の人達の捜査結果…今の所、ボクが調べた情報と一致しています)

『……元々、真っ当に仕事をしていた連中です。腐敗している癖に…腕は、まともですね…』

 はぁ、と億劫そうな溜息。『テレパシー』でも言語自体とは無関係な彼の癖が反映されている。本当に電話みたいな能力だなと思う。

『はぁー。電話みたいな能力だからオレ様ちゃんには聞こえなーい。ご主人様を間に挟んで…ってのもすっとろいし、頑張ってねー』

 イメージ処理的に電話が連想されるのは、ユーマと魂が繋がっている死に神ちゃんには届いていないからだ。任意的な能力のようで、セスが望んだ話し相手とのみやり取りを交わせる。

 ……通信可能な範囲が狭いんですよ…電話の方が便利じゃないですか…? という言葉と共にジメッとした目で睨まれた件もまだ記憶に新しい。

 自分の脳だけが疲れると愚痴っていた件と言い、セスは自身の能力を不服に思っている節がある。凄いと思うのだが、それを伝えた所でセスは嫌味でも聞いたように顔を顰める。ヨミーの台詞だったら問答無用で上機嫌になるのに。


(セスさん、そっちの状況はどうなってるんですか? ヤコウ部長達から、何か言われたりしていますか?)

『……さぁ。今、私は、目隠しと耳栓をされていますので、こちらの状況は不明です』

(…え!?)

『…脳波計も、です。今、反応していると思いますよ」

(そ、そんな……)

『私の探偵特殊能力は既に把握されています。完全には防げずとも、せめてもの一矢…のつもりかと』

(……それって、通話する度に向こうに気づかれるんですよね? こんな風にボクと話してたら、セスさんの身が危険なんじゃないですか?)

『…………はぁ。…それよりも調査をしなさい。保安部が示した物と同じであろうとも、私に教えなさい』

 セスがまた溜息を零す。本人は冷静なつもりだが、相当頭に来ているらしい。視界と聴覚を制限されて拘束されているのだから無理も無い。

『元々…私だけ別部屋にする予定だったそうです』

(えっ?)

『……』

(あ、…すみません。黙ってますね。どうぞ、セスさん)

 驚いたユーマの反応にセスが不機嫌そうに沈黙したのは、もうあなたにはこちらに提供する情報はないですよね? じゃあ返信しないでくれますかね頭が疲れるんですけど? という意味である。

 承諾も無くいきなり始めておいて身勝手な理屈だが、突っ込んでもセスの機嫌が拗れるし脳を消耗させるだけだし、ユーマは大人しくした。

 死に神ちゃんは『は? 舐めんじゃねぇぞ陰キャ。オメーをサンドバッグにしてやろうか?』と怒り、空想のセスを見立ててシュッシュッとシャドーボクシングをした。


『私だけ別部屋に隔離するべきだと幹部達は意見を揃えていたようですが、ヤコウ部長のおかげで…この程度で済んでいる…ですが、私が感謝する謂れはありません。

 ヤコウ部長は、ヨミー様とは通信できない距離だから、と宥めたようです。……私達が集められた部屋は、ヨミー様がおられる治療室から逆算して選ばれたようです。

 ……はあ。ヨミー様とそう離れずに済んだのは、この力が及ぶ範囲の狭さのおかげ……ですかね……。

 死にかけという建前による、病院への移送……いえ、ありませんね。CEOの目がありますから、そこまで勝手はできないでしょう。連中としても、内々で処理できる方が好都合でしょうし……。

 距離はあれども、通話できずとも、ヨミー様が同じ施設内……走れずとも、歩いて…充分に……できそう、ですね。

 会えても……不確定要素が多過ぎます……ヨミー様…』

 ……かなりご立腹のようだ。話が長い。

 しかも途中からヨミーの話ばかりになっていて、水増しもされていた。一応、捜査には関係がある(……たぶん)のだが。


『…色々とお伝えしましたが。ユーマ、真実を暴きなさい。それがヨミー様の為になります』

(…………セスさんは、それでいいんですか? もしもの、時は……)

『……私は、腐敗した保安部とは、違うんですよ…』

 セスの“声”は低かった。

『ヨミー様が本当に人を殺められたのなら、殺してでも止めます…ヨミー様が嫌う保安部の実態が再生産されるなど、悪夢です…』

 ……物騒な表現だが、覚悟が伝わる。

『……あなたが殺される事はありません。…伝えましたよ』

(セスさん……)

 ユーマの捜査に自発的に協力している時点で、セスはヨミーが迎える結末に覚悟を決めているのだろう。

 口を挟むのは、無粋なのだろう。

『……ユーマ』

(えっ、…はい、何でしょうか)

『あなたの、謎解き。関与した者は、代償に記憶を失うそうですが……構いません。…次は、私を誘ってください』

(……わかりました)

『……約束、ですよ』

 セスは、本気で事件について知りたがっている。

 ……ヨミーの忠臣であるセスが覚悟を示しているのだ。ユーマも覚悟を示さねば釣り合いが取れない。

『…………そろそろ、切ります。またドミニクと繋げます。…はぁ。ギヨームを説得しろ、と……何度も伝えないといけません…ギヨームみたいな人は、直接伝えても意味がありませんし……』

 セスはユーマ以外の面子とも『テレパシー』でやり取りをしている。

 保安部の面々がセスだけは隔離しろとヤコウに意見するだけはあった。




 …………セスが、かなりの無理を押して、セスなりに捜査に協力してくれていたのだと、目の前の現実は突きつけていた。

「や、やぁ、ユーマくん……その、ごめんね? あ、あいつらには、セス=バロウズには触るなって命令しといたから……」

 ヤコウが機嫌を窺うように謝罪の言葉を口にした。ユーマの性格次第では煽っているのかと憤っただろう。

 ヤコウとしても想定外だったのか、冷や汗をダラダラと流している。人工的な灯りに照らされる顔色も、不健康なくらいに悪かった。


 セスは、床の上で倒れていた。超探偵達が看護する過程で姿勢を整えてくれたのか、恐らくセスが一番楽だと感じていると思われる仰向けだった。

 意識はあるが、殆ど沈んでいる。酸素を求めて喘ぐように荒く、ゆっくりとした呼吸を繰り返しているが、まだ到底足りない。まともに喋れる状態では無かった。

 主に看護しているのはスワロのようで、彼女は手慣れた様子でセスの口にスポイトらしき物で何かを含ませていた。数滴ずつであっても咽かねない、誤嚥しかねないと危ぶまれる状況。繊細な技量と経験が試される。

「……そ、それ、ブドウ糖だよな? 脳が疲れた時は~…ってなんか昔CMで観たような」

「…ちょっと黙ってて。これも黙るから」

 ギヨームは冷静さを取り戻していた。ヤコウと普通に話せている。

 ……いや。あのハイテンションな喋り方が失せている。不利益な自らの暴走を時間経過で自覚していったのか、自己嫌悪が滲んでいた。


 その後、手持ち無沙汰なスパンクが事のあらましを説明してくれたのだが……。

 脳波計を見守っていたヤコウは、急にセスの耳栓を外して「もうやめろ」と言った。

 その時は、『テレパシー』でユーマを含めた面々と秘密ながら堂々と意思を交わすセスに痺れを切らしたのかと、周囲は思ったのだが……程無くして、それどころでは無くなった。

「直後に脳波計がぶっ壊れてな。……セスの様子もおかしくなった」

 電子基盤が熱を帯び続ければ、やがて基盤自体がおかしくなってしまう。壊れてしまう。それが、セスの頭でも起ころうとしていた。

 それに最初に気づいたのは、皮肉にもヤコウだった。

「御丁寧にも、部下共に手を出すなと指示し、看護は私達に任せてくれている…というわけだ」

 スパンクの歯切れの悪い言い方は、よりにもよってヤコウが最初に気づいたという点が引っ掛かっているのだろう。

 超探偵側の不甲斐なさが露見した件であったが、同時にヤコウが『敵』をしっかりと観察していると判明した件でもあった。余裕のつもりか超探偵達を見逃す事が多いヤコウだが、彼の目は節穴では無かった。

『みんなの反応からして、ぶっ倒れるくらいに使ったのは初めてみたいだね。……そりゃ、電話に嫉妬するわけだよ』

 死に神ちゃんは同情するような声色で、腕を組みながら納得していた。

『ま、まぁ、あいつの能力、捜査には碌に役立たなかったけどね。ヨミー様ヨミー様ってうるさいばっかりだったし。あいつが、勝手に、無駄に……勝手に、こうなった、だけで……』

 これまで、ユーマと共に多くの事件を解決してきたのが、彼女の心に影響を及ぼしているのだろうか。

 多少の情が疼いたらしく、歯切れが悪かった。

『……ご主人様。オレ様ちゃん達が集めた証拠、どうなんだろ。あいつが無駄に死にかけただけで終わったりする……の、かな』

 ユーマは即答しかねた。

 証拠は集めた。ヨミーが犯人だという証拠ばかりが集まった。

 ……そうではない、かも知れない証拠はあった。けど、確証までは至っていない。


「……部長。…ユーマ=ココヘッドは帰ってきました。答えを聞きましょう」

「…………ああ、そうだな」

「……ユーマくん」

 だが、時間は進む。進むしかない。

 待機を命じられ、大人しく棒立ちになっている幹部の内の一人・ヴィヴィアが、ヤコウの指示を仰いだ上で、ユーマを見据えてくる。何も見えない、闇のような瞳だ。

「……安楽椅子探偵からの助言で、何か、わかったかい?」

 安楽椅子探偵。セスを指しているのだろう。

 即答しかねるユーマの煮え切らない態度に、ヴィヴィアは暗い笑みを深める。他の幹部達は特に反応しない。超探偵達は緊迫とした面持ちだ。

 ……ヤコウは、電灯の真下に居るせいか、モジャモジャとした前髪が邪魔になって影が作られ、表情がとても見え辛かった。

「解かない、という選択もある。その場合、我々保安部がヨミー=ヘルスマイルを処刑する。……君が、憎まれ役を買う事は無いよ?」

 ヴィヴィアは甘言で誘惑してくる。どっちにしても死ぬしかないよね? なら、こっちでやっておくよ? と、ヨミー所長が犯人という大前提ありきの誘導。

 ……絶望的に甘美な誘いだった。保安部が裏で糸を引いているにしても、実行犯はヨミーだった。ユーマが集めた証拠の“殆ど”も、そうだと指している。


「いえ。ボクが、謎を解きます」

 ……だが、そうでは無い可能性も、示唆されていた。

 そして、その可能性が、ユーマが幻視した泡沫に過ぎないとしても……ユーマ自身が、それをこれから確かめに行くのだ。

「あなた達の仰る通りだとしても、それでも、その時はボクが所長を…止めます」

「……助かりたいから?」

「いえ。所長の為に、ここで止めないといけないんです」

「……正しい事なら、何でもできる? 正義感で、罪悪感を誤魔化せる? それほどまでの覚悟が、あるの?」

「……」

「……ただ。キミの言い方、ちょっと不思議だね」

 ヴィヴィアは、ゆっくりと首を傾げる。

「まだ、わかってないけど、今から解く……不思議な宣告だ。どういう仕組みか、わからない。…まぁ。キミの謎解き、その結果を、期待して待っている事にしようか」

 それから、セスの方へと振り向く。

 一時的な知恵熱に魘されて呻いているセスへと、忌々しそうに呟く。

「『我々はあなた達とは違う』……か。どう、違うのかな……」

『…なーんか知らない所で因縁があったみたいだね』

 ま、本当に知らないけど。死に神ちゃんはそう言い切って、『準備はいい?』とユーマに促してくる。

『あの状態の根暗アグレッシブを巻き込んで、使えるかなー……ってか、大丈夫? 謎迷宮の中に入ったら、意識が回復すんのかなー…?』

(…いや、セスさんと一緒に行こう。約束したんだ)

『……そりゃそうだね。あのタイプ、一生ネチネチ恨んできそうだし。じゃ、行こう!』




(前半終了)

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