4章(中)

4章(中)

善悪反転レインコードss

※4章をふわっと個人的に妄想してみました、の続き。

※キャラ付けや関係性などは筆者個人の妄想に基づいています。また、独自の補完があったりします。

※雰囲気を演出する為にそれっぽいトリックを添えていますがガバいです。


※ガバガバのトリックを添えた為に長くなったのでまた一旦切っています。

※謎迷宮のルールに個人的な解釈を取り入れている部分があります。



 今回、謎迷宮に入るまでに猶予があった。

 ヤコウは至極挑発的な言動をしながらも、物腰だけは不気味な程に穏やかだった。

 解けるものなら解いて御覧、という上から目線特有の傲慢な余裕。下手な威圧よりも悪質な重みが、場の空気を支配していた。

 それでも、ちょっとだけ時間があった。

 今すぐ誰かが死ぬような心配は無かった。

 ヨミーは医務室で適切な治療を受けられている。マコトの権力も及んでいるので、ヤコウの無理強いは罷り通らない。誅殺される心配は無い。

 だから、セスを謎迷宮へと招く為に。捜査中にセスと能力を共有したという実績を作る為に。

「……セスさん。失礼します」

 ユーマは敢えて重苦しい空気を歩き抜き、朦朧とした意識で仰臥しているセスの前で膝を折り、その手を握った。

 場に緊張感が走った。保安部の面々には既に知られている。超探偵達も身構えながら事の成り行きを静観している。

 ハララ、ヴィヴィア、デスヒコ、フブキ——その四人から険しい面持ちで睨まれたが、ユーマは怯まなかった。ヤコウ一人だけが興味深そうに視線を注いでくるが、絆されまいと気を強く保つ。

『わー、すっごい目。みんな今にもご主人様を襲ってきそう。ハンターの目付きだよ』

(…しょうがないだろ。謎迷宮に連れて行くって約束したんだから、条件を満たさないと)

『あーあ。前回、行くぞー! ってテンション上げて宣言しちゃったのになー』

(前回……?)

『気にしない気にしない』

 これまで散々超探偵達と手を繋いできて、その度に能力を共有してきた。

 特にドミニクの時なんか、ユーマの細腕で巨大過ぎる瓦礫を退かせたので、保安部からも一目瞭然だった。

 ユーマ一人だけが捜査を許可され、他の超探偵との直接的な協力を禁じられたのは、その点が絡んでいる。

 それ故、この行動は堂々たる挑発なのだが、この段階に至れば隠そうとする素振りこそが無駄である。

(…………ユー、マ。何か…私にだけ、伝えたい事が?)

 セスは、朦朧とした意識ながらユーマからの『テレパシー』に律儀に応えてくれた。

『セスさんとの約束を叶える為には、捜査中に能力を共有したという実績が必要なんです。だから、こうして因果をこじつけています』

(……そう、です、か)

 今のセスは、例えユーマ主導であっても辛そうだった。あまり無理をさせまいと、セスへの送信はそれ以上は控えた。


「ユーマ。不審な点はあったかしら?」

 セスの看護に付きっ切りだったスワロが、ユーマへと言葉を投げかけてきた。

『……ありませんでした』

 ユーマが『テレパシー』で返したのは、捜査の為に『テレパシー』の能力を共有したという実績を更に強める為だった。

「そう。あなたなりに答えが見えかけている……と言った所かしら?

(……何も? 何一つ、なかったの? ヨミー様が保安部の掌の上で踊らされていたと?)」

『セスさんと同じ所が気になるんですね…』

 スワロは口頭では当たり障りの無い返事をしながら『テレパシー』では全く異なるやり取りを返してきた。

 超探偵なら苦でもないかも知れないが、一般的には、口でAの内容を喋りながら頭でBの内容を考えるというのは、やってみると存外難しいものだ。

 スワロは易々とこなせるばかりか、表情を変えず、顔色もそれ以上悪化させず好転もさせない。流石と言うべきか。

「いいわ。早く始めてちょうだい。

(この超探偵スワロが右腕になる事を選んだ人よ? 相応の期待を抱いて然るべきよ)」

 自己肯定感の高さを主張しながらの、ヨミーへの信頼。

 惚れた欲目で節穴になっている可能性も否めないが、本人に直接その事を指摘するのは失礼だし、勇気とは名ばかりの蛮勇も湧かなかった。

「あてつけがましいぞ。僕達の捜査に不備はない」

 謎迷宮で謎を解こうとすれば、その間、時が停止する。

 人々は停止した時を認識できず、動き始めた時で真相が解かれたかと思えば、犯人は息絶えている。

 詳しい事情を知らずとも、何度も繰り返されてきた前提を思えば、スワロの言葉は初々しく、わざとらしかった。

 そのわざとらしさが鼻につくのは自明の理だと言わんばかりに、特に突っかかってきたのはハララだった。

「あら。探偵見習いに四度も渡って出し抜かれただけあって、呑気さは未だ健在のようね」

「呑気なのはキミの方だ」

 スワロはフンと鼻で笑う。保安部に付け入られまいと高飛車に振る舞い、臆していなかった。

「恋人が罪人として処刑されるか、仲間の手によって死ぬか、そもそもその前に力尽きるかの瀬戸際なんだぞ」

「心配のつもり? やはり呑気よ。このスワロが、その程度の脅迫で涙すると?」

 スワロが急に言葉のギアを上げたのは、ユーマに集中していた敵愾心を分散させる為だろう。

「…仲間にやらせても平気なのか?」

「あなた達に任せるよりも公平な裁決が下されるわ。第一、散々偽証を重ねておいて、今更正しい捜査ですって?」

「その探偵見習いが見つけた証拠は、僕らの調査と一致しているはずだ」

「証拠は同じでも、推理する者は違うわ」

 それでいて、ユーマへの気遣いまでしてくれた。

「もしヨミー様が罪を犯していたならば、自らが背負われるべきよ」

「……道理で相談されなかったわけだ。その潔癖さは、裁きを下せるだろうが、救いには——」

「ハ、ハララ。その辺で矛を収めてくれよ、な?」

 ハララとスワロのやり取りは、やり取りの体裁による言葉での殴り合いは、淡々とした声量とは裏腹に険悪さがヒートアップしていく。

 無理矢理終止符を打ったのはヤコウだった。さも苦労人だとアピールするような困ったような笑顔を浮かべ、ハララを諫めていた。

 上司にそんな顔をさせた事に思う所があるのか、ハララは大人しく引き下がった。


 これで謎迷宮へと誘う条件を満たせたかと思い、ユーマはセスの手を放した。重力に抗えず落ちるだろうから、床へと下ろしてから。

「気に病む事はないよ、ユーマくん」

「……ヤコウ、部長」

 真綿で首を絞めるような、窒息しそうな、優しさに擬態した憎悪。

 ユーマは肩を強張らせ、ヤコウを見つめ返す。

「レディ・スワロ以外の超探偵の皆さんもキミを止めようとしないだろ? だから自信を持ちなよ。事実上の満場一致だ」

「クソダサパーマ野郎…ッ」

「……嫌らしい野郎だな」

 ヤコウの言い方は柔らかくて、穏やかで、善意に満ちている。

 それが嘘では無いものだから、超探偵達は反論こそするが、ヤコウが滴らせて止まない薄気味悪さに動揺を禁じ得なかった。

 精神が破綻していると乱暴に片づけてしまえば楽だ————けれども、探偵である以上、何かあるかも知れないと探究せざるを得ない。だからこそ、薄気味悪さと向き合い続けるしか無い。

「ヴィヴィアの案も悪くはないと思ってる。処刑なんて慣れっこだ。恨まれるのも、どうでもいい。どうする?」

 ヤコウは、自らが従える幹部達のようにユーマを武力的に邪魔せず、然れども、時間制限内に答えを出せないのなら、保安部の判断でヨミーを処刑するという決定権を握り締めたまま放さない。

 だからユーマは、結局、謎迷宮に頼らざるを得ない。

 ヨミーが犯人じゃないかも知れない可能性を確かめたいから。

 その結果、ヨミーを死なせるかも知れないと恐れながら。

 ヨミーを助ける為に、推定ヨミーが犯人であると濃厚な謎を解く。少しでも気を抜くと、保安部に任せれば良いじゃないかと責任転嫁の邪念が生まれる状況だった。

 なまじヤコウが優しそうで、真剣に取り組んでくれそうな顔をしているものだから。


(勝手過ぎるよ、そんなの……っ!)

 ユーマの決意が、更に強まった。


 保安部に任せるのは論外だ。保安部に都合良く歪められ、例え真実でも保安部の利になるタイミングで明かされる。大勢の犠牲が出た後で、だ。

 今回は真面目に仕事をしているような顔をしているが、そもそも例の映像を二年以上も放置していた。

 そんな保安部の……ヤコウの言いなりになるのは、避けねばならない。善意に擬態した懐柔だろうが、本物の善意だろうが、関係無いのだ。

「いいえ。お断りします」

 ユーマが明言すれば、ヤコウは「……野暮だったかな?」と何が面白いのか楽しそうに肩を揺らしていた。

『よよよよ良かったー! 絆されないよね、そりゃそうだよね、オレ様ちゃん信じてたよ!』

(…本当に信じてた? その割には動揺してない?)

『ご主人様って甘ちゃんな時と覚悟を決めた時の差が凄いんだよ! その温度差で風邪ぐらい軽く引けるんだってば!』

 相手が相手だったからだろう。死に神ちゃんから万が一を案じられていた。


 ◆


・デスヒコが変装して映像を偽造した可能性

→ 同時刻にデスヒコはユーマ達の前に現れていた 〇

 保安部の下っ端の変装をユーマ達の前で解いた 〇


・ウエスカ博士は誰に怯えて研究室に引きこもっていた?

→ ヨミー・ヘルスマイル 〇


・ウエスカ博士がヨミーに怯えていた理由は?

→ ヨミーの親友の件 〇


・ウエスカ博士を殺害したのは?

→ 奇殺師フィンク 〇


・ウエスカ博士が自ら研究室から飛び出したのは?

→ ボヤ騒ぎ 〇


・ウエスカ博士の研究室のボヤ騒ぎを仕組んだのは?

→ ヤコウ ×


・ウエスカ博士の研究室のボヤ騒ぎを仕組んだのは?(二度目)

→ 偶発的な事故 〇


・なぜ奇殺師フィンクはウエスカ博士を殺害した?

→ 他の者からウエスカ博士殺しを依頼されていた 〇


・奇殺師フィンクを雇ったのは?

→ ヤコウ 〇


・ヨミーを刺したのは誰?

→ 奇殺師フィンク 〇


『なんじゃこりゃあああっ!!!』

 謎迷宮に入り、謎を解いて、謎怪人を倒して、そうして得られた真相に死に神ちゃんは思わず絶叫した。

「っ、うるさい、ですよ…!」

 セスは不愉快そうに耳を塞ぎながら死に神ちゃんから距離を置き、結果としてユーマに近寄った。

 この世界限定で言えば、下手人がヨミーではなくヤコウが雇った殺し屋だった事には新鮮な衝撃があるだろう。

 だが、元居た世界の知識のおかげで、死に神ちゃんは『殺し屋が犯人だなんて安直過ぎる!』と吃驚していた。

『しかも、ウエスカ博士が自分から出てきたのはボヤ騒ぎのせい? お間抜けな真相じゃん! 何これ何これ何これーっ!』

「……死神とは、複雑怪奇な謎がお好みですか?」

『“死に神ちゃん”っつってんでしょ!』

 死に神ちゃんが頭を抱えているのを見て、セスは純粋な疑問を挟んできた。

 ユーマは下手に口を挟めなかった。セス視点も死に神ちゃん視点も理解できるし、感情的には死に神ちゃん寄りだし、迂闊に挟まる事ができなかった。

『犯人は殺し屋かよって驚いただけだから! 謎が深ければ深いほど美味し~いって脳味噌噛み噛みするタイプの魔物じゃないからね、死に神ちゃんは!』

「…魔物? 死神のみならず、魔物まで存在するんですか?」

『元ネタ知らないなら突っ込まないで!』

「はい? ……はぁ」

 セスは嫌そうに溜息を零す。言語化こそしなかったが、零した溜息は死に神ちゃんの言動を明らかに面倒臭がっていた。死に神ちゃんもあっかんべーをしている。

 どうも、セスと死に神ちゃんは波長が合わないらしい。

 謎迷宮に入る時だって、死に神ちゃんの口から解刀などが吐き出される一連の流れを見終えてから下品だとドン引きしていた。神経質で気難しいと知っていたが、ユーマの想像以上だった。


『あーあ。ストレートに殺し屋説が真相なんだね。モジャモジャ頭の面の皮、一枚で千枚分あるんじゃない?』

 死に神ちゃんはがっくりと拍子抜けしていた。

 元居た世界で、最初はそうだと思っていた、奇殺師フィンクによる一連の犯行。それが真相だったからだ。

「…ヤコウ=フーリオが茶番を仕組んでいたとわかったのに、何がストレートですか」

『あー、死に神ちゃん口が滑っちゃった。意味までは教えないもんねー』

「……ユーマ。あなた、私の知らない所で苦労していたんですね。同情します」

『死に神ちゃんに問題があるみたいな言い方やめてくんない!?』

 死に神ちゃんとセスのやり取りが終わるのを待っていたら、謎迷宮内で時間切れを迎えてしまう。冗談ながら、あながち大袈裟でも無い。

 ユーマはこれまでの推理を纏める。

「ヤコウ部長は、ヨミー所長に殺人をさせたかった……のは嘘じゃないけど、真の目的はウエスカ博士の死。ヨミー所長を焚き付けたのは、あくまでもカモフラージュで、殺し屋にはヨミー所長の殺害も依頼していた……」

『何が“真実を解かせてあげる”だよ! 自分が雇った殺し屋が全部やってんじゃん!』

「…ヨミー様が本当に殺すかどうか、あの男の中では未確定だった…のかと。そうならなかった場合は、スケープゴートに最適だと思ったのでは?」

『あんな風に脅しておいて! 心臓が超合金タワシでできてんの!? 面の皮の億枚張りだよー!』

 死に神ちゃんはプンプンと怒っていた。

 だが、ユーマは、死に神ちゃんと反比例するように静かだった。

「……」

『どうしたの、ご主人様。さっさと殺し屋をぶっキルして、モジャモジャ頭に言ってやろ! 騙しやがったなーって!』

「…いや、待って。まだ、納得できていない所があるんだ」

『えーっ!? あとは殺し屋を今度こそ追い詰めるだけなんだけど!?』

 死に神ちゃんから急かされるが、ユーマは踏み止まり、なおも思考を重ねる。

『ご主人様は、何が引っ掛かってるの?』

 ユーマが何か納得いっていないのならば、と死に神ちゃんは一応大人しくなる。

「…納得できないのは、どの点ですか?」

 一言も発さなくなったユーマに痺れを切らしたように、セスが億劫そうに言及してきた。今回の謎迷宮におけるアシスト役という自覚が一応はある為だろう。

「セスさん。あなたなら、わかってもらえると思うんですが……」

 ユーマは纏わりつくような眼差しに屈さず、答える。

 こう言ってはアレだが、セスの扱い方がだんだんとわかってきたので、相応の言い回しをしながら。

「ヨミー所長は、掌の上で踊らされるような人じゃないんですよね?」

「…当然です」

「スワロさんも同じ事を言っていました。それほどの信頼を得ているヨミー所長が、ヤコウ部長に挑発され、まんまと乗せられたとは思えないんです」

「……」

 ユーマの言葉に、セスは黙して逡巡していた。

 一方、死に神ちゃんは元居た世界でのトラウマから勘繰っているのかと少しだけ不安になっていた。


「……あなたに、ヨミー様の深謀が、わかるんですか…?」

 セスは、はぁあ……と溜息を零す。拡声器越しなので、彼が吐き出した陰鬱とした声がそのまま広がった。

「…どうなんです、ユーマ。答えなさい」

「まだ、わかりません」

「……わからない?」

「時間はあります。ですから、今から調べ直します」

「…………時間制限に焦り、早計に陥らないのは、褒めて差し上げますよ」

 途端、セスが鎧のように纏っていた殺気が鎮まった。

 わからない、と素直に保留にした事が、却って良かったらしい。

「…ならば、調べなさい、ユーマ」

「はい」

『あ~ん? 上から目線でいい気になってんなよ、根暗アグレッシブ。ここじゃご主人様が主人公だかんな? オメーはサブサポート役だかんな?』

 セスがユーマに先輩面をし過ぎているのが気に食わなかったようで、死に神ちゃんが威嚇する。

「後輩の面倒を見よ、とヨミー様から拝命されています。相応の手助けはしますよ」

 そんな死に神ちゃんの態度にセスは肩を竦めていた。

「…ですが、同情しますよ。こんな下品な存在に憑かれているとは」

『はぁああ~? 謎が解けてもこの謎迷宮に置き去りにしてやろうか? 死に神ちゃんやっちゃうぞ?』

「セスさん。死に神ちゃんは確かにちょっとうるさいですし、ちょっとジョークが不謹慎ですし、ちょっと強引ですし、殺人事件に凄く興奮しますけども…」

「……最後の要素は、ちょっとでは済まないんですね」

「それでも、ずっと一緒に事件を乗り越えてきたパートナーなんです」

『きゃー! ご主人様のデレ期だー! 教育係として頑張ってきた甲斐があったってもんだよー!』

 ユーマと死に神ちゃんのやり取りに、セスは不機嫌そうに口を噤んだ。

 セスからすれば、えっ急に何を惚気ているんですか…? と吃驚する程のベタベタの距離感でじゃれ合っているように思えたからだ。

「…私には関係ない話です」

『はぁ~? 元はと言えばオメーが話を振ってきたんだろうがよ~、空気をブチ壊すなー!』

 セスは嘆息した。向き不向きは関係無く、自分がしっかりせねば…とセスなりに使命感を漲らせていた。

 なお、仮にセスがその本音を洩らした場合、おま言う案件! と死に神ちゃんから突っ込まれていただろう。




・ヨミーがウエスカ博士に会いたがっていた理由は?

→ ウエスカ博士を助ける為 ×


「っ……!」

 答えを間違えたので、ダメージを負った。

 事件の大筋は解決した。だが、ヨミーの行動原理についてはまだ解決していない。

 復讐を二の次にしてウエスカ博士を助けに行った——のでは無い、なら。


・ヨミーがウエスカ博士に会いたがっていた理由は?

→ ウエスカ博士を殺す為 ×


「これも、違う…」

「……ヨミー様の深謀を二択で図るのは、軽率。ならば、道を遡りましょう」

 ヨミー関連で不穏な雰囲気を滲ませながらも、セスはアシストしてくれた。

『オレ様ちゃんがワープさせたげようか?』

「それってボクの寿命と引き換えだよね? 遠慮するよ。セスさん、走りましょう」

「…仲良く倫理が吹き飛んでるんですか?」

『それって死に神ちゃん的には誉め言葉だからねー』

「死に神ちゃんと過ごした時間は短くないですからね。掛け合いには慣れてきちゃいましたよ」

「……然様で」

 自らの寿命すらネタにできるとは、とセスは何度目かわからぬ嘆息をまた吐いた。




・ウエスカ博士の背中に複数の刺し傷があったのは?

→ ヨミーが刺した 〇


・ヨミーはウエスカ博士が死んでいた事に気づいていた?

→ 気づいていた 〇


・ヨミーはなぜウエスカ博士の死体を何度も刺した?

→ 自らが殺したと偽装する為 〇


・ヨミーが自らが殺人犯だと疑われる行動を取った理由は?

→ ヤコウに騙された振りをする為 〇


『これって……天然ストレートは、犯人じゃない……けど……』

 最終的に到着したフロアでは、ヨミーが待ち構えていた。その表情は真っ黒に塗り潰されて全く見えなかった。

 さぁ、私は何を考えているでしょう? と問題を投げかける癖に、そのヒントは少な過ぎた。核に至るには、何かが絶望的に足りない。

「…死体の損壊も罪ですよ」

『この謎迷宮はウエスカ博士殺しの謎が最大の論点だから! 殺してないなら天然ストレートは別に死んだりしないよ! ってか死なせらんない!』

「……おや。それは吉報です」

『良くなーい! 良くないから死に神ちゃん戸惑ってるの!』

 死に神ちゃんはまた頭を抱えて暴れ始める。

 セスは鬱陶しそうに後ずさりし、死に神ちゃんから距離を置いた。他者との距離感に過敏な男だ。だからこそ、ヨミーという特例が際立つのだが。

「ヨミー所長は、わざとヤコウ部長の思惑に乗って、復讐する振りをした…?」

『ま、まさか、モジャモジャ頭と天然ストレートがグルだったとか?』

「…はあ? ヨミー様が、あの男と手を組むとお思いですか?」

「……いえ。ヤコウ部長もですが……ヨミー所長も、利用する気だったんです。わざと犯人扱いされて…何かを……したかったんだと、思います……」

『あーっ! それが何なのよって話なのに堂々巡りになっちゃうー!』

 死に神ちゃんが混乱するのも無理は無い。

 犯人ではないが、意図して犯人の振りをした関係者のホワイダニットに、こうも振り回されているのだから。

 蓋を開ければヤコウによる茶番なのに、なぜだかヨミーが便乗している不可解さが、一向に紐解けない。

『おい、天然ストレート! 突っ立ってないでヒント寄越せー! 謎迷宮に出演してんでしょ、攻撃でも何でもいいから反応しろー!』

「……オメーらよぉ」

『うわっ! 本当に喋り始めた!!』

 キレた死に神ちゃんの一喝に、顔が見えないヨミーが反応した。

「ウエスカ一人をどうにかした程度で、あいつの尊厳が贖われるとでも?」

 謎迷宮の登場人物としてのヨミーの言い振りは、ユーマ達の理解が足りないと苛立つように刺々しかった。

「第一、主犯はウエスカじゃねぇんだよ。目を逸らすなよ。あいつは保安部に協力していた。そして、ウエスカは、ヤコウに脅される立場だった…」

 真っ暗な表情のまま、呪詛を吐くように、血を吐くように、呪いを吐くように。

「オレの本当の目的は、ヤコウ=フーリオだ」

 何ら恥じず、断言した。

 次の瞬間、ヨミーは地を踏み抜くように蹴った。その瞬間、地下室への扉が出現した。

『ま、まだ続きがあるのー!?』

「……ヒントを寄越せっつったのはテメーだろ」

『い、言ったけど! バトルなし? デスマッチなし? 親切過ぎる! こんなの謎迷宮じゃない、謎道路だよー!』

 犯行自体は解き明かせても、まだ、この事件の裏側には何かがあるらしい。




・ウエスカ博士の研究室のボヤ騒ぎは誰が仕組んだ?

→ ヤコウ 〇


・殺し屋とヤコウによる共犯——にならない理由は?

→ 偶然だった ×


・殺し屋とヤコウによる共犯——にならない理由は?(二度目)

→ 意図していなかった ×


・殺し屋とヤコウによる共犯——にならない理由は?(三度目)

→ 必然だと認めるには偶然性が高過ぎる 〇


・ボヤ騒ぎの偶然性とは?

→ 起こったらいいな、ぐらいの『イタズラ心』だった 〇


・……他にも偶然性のある『罠』はあった?

→ あった 〇


「二年以上前から……ウエスカ博士が引きこもる前から罠を仕掛けていたんだ。否応なしに研究室から出たがるように。それが偶然にも効果を発揮した……」

 地下室へと進んで判明したのは、ヤコウの破綻した悪意だった。


「…なぜ、共犯扱いにできないんですか?」

 セスは不服そうに死に神ちゃんへと異議を唱えていた。

 敬愛するヨミーを貶めようとした男への尋常ならざる、殺意にまで達する敵意。

『定義の問題だよ』

 それを迸らせるセスに、死に神ちゃんは淡々と諭す。

『例えばさ。その人が通りそうな所に、そうとは知らずにバナナの皮を置くよね。で、その人がバナナの皮で滑って転んで死んじゃったら……それは事故? それとも、殺人?』

「それは……故意じゃなくても、バナナの皮を置いた人が犯人になっちゃうんじゃ…」

『違うよ』

 怒りで震えているセスの代わりにユーマが答えたけれども、死に神ちゃんはバッサリと否定した。

『殺意ってのはね。こうすれば死ぬだろうって意図して起こす気持ちなんだよ。その人が死ぬと思わずにテキトーに置いただけなら、殺意は認められないんだよ』

 だからね、事故なんだよ。

 つい少し前までのテンションとは打って変わり、謎迷宮のシステムの根幹に纏わる殺意の定義を説明する彼女の姿は淡白だった。

『昔、似たようなケースはオッケーだったんだけどねー。死ねばいいのにって仕掛けてた罠が発動しちゃったケースだったかな』

「…では、なぜ、今回に限って罷り通らぬのですか…!」

『あのモジャモジャ頭、どうせ死ぬわけがないって適当に仕掛けただけ…みたい。だから、殺意じゃなくて偶然なんだよ。共犯だって定義できない。謎じゃなくて事故でしょって扱われる』

「な、んですか、それ、は……!」

『それが直接的な死因になったってわけでもないしねー』

「ですが、あの男が直接噛んでいた事には、違わないでしょう…!」

『犯人や殺人の定義って舞台によって違うけど、オレ様ちゃんの謎迷宮じゃそういうルールなの!」

 真の論点は、謎との関連性だ。

 誰かが、煉瓦で突発的に殴り殺したとしよう。

 その誰かの近くにたまたま煉瓦を置いただけの、例えば壁の修繕用にと新たに購入した煉瓦をそこに置いていただけの何者かは、謎に関係していると言えるのか。

 煉瓦を売った店の従業員は、店長は、仕入先は、謎に関係していると言えるのか。

 つまりはそういう事なのだと、死に神ちゃんは説明していた。

『ウエスカ博士が部屋から出た理由は? って理由で作られた謎迷宮ならいけたよ! でも、この謎迷宮は、ウエスカ博士の死因に纏わるものだから!』

 悪意を煮詰めた悪質なイタズラなのに、悪気が無いから、関連を見出せない。破綻した状況が成立している。

『因果関係が薄過ぎて無いに等しいんだよ!』

「殺意が、なかった…? そ、そんな、馬鹿な、ことが…何も考えずに仕掛けた、とでも…?」

 ヤコウが犯行自体に関与しているのに、悪意が破綻しているから共犯の定義から潜り抜けてしまった。

 殺し屋を雇っただけだと処理される。

 ヤコウが殺し屋を使って指示を出したならば、殺し屋自体を道具だと解釈すれば……とは通じない。殺し屋は道具では無く一人の人間なのだと換算する故に。

 だから、犯人は殺し屋、それでこの謎はお終い、と結論付けられる。

 セスが悔しそうに歯軋りする隣で、ユーマは考えていた。

(“どうせ死なない”……? それって……)

 ヤコウが共犯だと認められない判定に愕然とするのを通り越して、その先を考えていた。




・ヨミーの真の目的は?

→ ヤコウの殺害 △


 △? なんだ、それは。

 〇か、×か。そのどちらでも無い、第三の意図が存在する。


「…見事です、ユーマ」

 セスが、ゆうらりと幽霊のように歩を進める。

 進めて、進めて、くるりと振り返る。

 ユーマと対峙するように。

「私は、知っていました」

「……え?」

「この事件が起こるより、ずっと前。ヨミー様は、己が深謀を、私に打ち明けてくださっていました…」

『…ご主人様。こいつ、最初から天然ストレートとはグルだったって自白してるよ』

 だから、呆気に取られてる時間は無いよ、と死に神ちゃんからフォローされる。今からやるべき事を諭される。

 だが、最初からヨミーの思惑を知った上で協力していたとして、それはそれとして、ユーマの推理をアシストしてくれたのも事実だった。

「……ユーマ。及第点、です」

 セスは、ぱち、ぱち、と拍手を始める。

 茶化しているのかと呆気に取られるような、突拍子の無い行動。

 だが、セスの目は真剣だった。

『て、敵対しながら、何言ってんの?』

「…敵対? 好きに捉えてもらって結構」

 それは、つまり——どういう事なのか?

「さぁ。もっと先へ進みなさい。ヨミー様の深謀の、その最奥まで。私が導きます。その為に私は名乗りを上げました。辿り着きなさい」

 この事件の本質は、殺人事件そのものに非ず。

 殺人事件のガワを被った、不謹慎な、タヌキとキツネの化かし合いだ。




(中終了)

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