探偵達との語らい風小話
善悪反転レインコードss※ヘルスマイル探偵事務所組の語らいをイメージした小話をふわっと妄想してみました。
※キャラ付けや関係性などは筆者個人の妄想に基づいています。また、独自の補完があったりします。
※死に神ちゃんの最後の締めくくりの台詞は省略しています。
※小話によってシリアスだったりギャグだったり温度差が激しいです。
※順とお話のイメージ
反転ヨミー:光のヨミー所長による応急処置の見解
反転スパンク:スパンクの金ぴかコートは忍ぶ気が無さそう
反転スワロ:ヨミー強火勢
反転セス:花束を片手に時計塔へ
反転ギヨーム&ドミニク:ギヨームちゃんのクッキング動画
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・ヨミー=ヘルスマイル編
自分を含めたカナイ区の人々が肉まんをソウルフードだと認識するようになったきっかけは、空白の一週間事件だとヨミーは述べた。
三年前の、あの頃。
カナイ区の全市民が一週間分の記憶を喪失し、しかも各自てんでバラバラの場所で気絶していた。
なぜだか雨が降り止まないし、多くの建物が破損していた。
正体不明の新CEOによりカナイ区の鎖国を宣言され、外から生活用品や医療品が輸入された。
「当時の食事ってのが肉まんばっかりで、飽きるぐらいにそればっかり食ってたんだ。その頃のありがたみが残ってるのか知らないが、まだまだ飽きてねーんだ」
そう言って、ヨミーは袋買いした肉まんを自分一人で平らげた。
「……そう言えば、ヨミー所長って応急手当てが上手ですよね」
「ん? ああ」
所長の席で食事を終えたヨミーに、ユーマはふと思い出したように呟いた。
肉まんの話題には、意図して反応を返さなかった。
ヨミーは空白の一週間事件の直後、混乱を収めるべく当時のカナイ区を駆け回っていた。時に医療従事者と協力した経験から医療系の知識を増やした。
その後、保安部と敵対関係に陥った事で、皮肉にも実技の腕前も上がった。同僚や部下とは早々に縁が切れたので、対象は主に自分の体だったそうだが……。
応急処置の話題は、空白の一週間と関連性がある。
だから、不自然では無いはずだ。
「ボクも、お手伝いをした方がいいんですかね?」
「……」
ヨミーは食後の一杯にと紅茶を啜り、ふぅ、と一息吐く。
「ユーマ。毒蛇に噛まれた時、どう対処する?」
「え? ……それは、病院に行くべきじゃないかと思います」
「傷口を焼いて切り取るって民間療法を知らねーのか?」
「ま、待ってください、ヨミー所長」
応急処置を手伝った方がいいのか? と投げた質問のボールが、トゲだらけに改造されて投げ返された。そんな気分だった。
「どうした、ユーマ」
「それ、応急処置の域を超えてませんか? 医者以外が手を出すのは危ないですよ」
「……ほう?」
「毒で壊死した細胞を外科手術的に除去するなんて、素人には荷が重いです。文字通り傷口を抉る真似になります。専門家に診てもらうべきですよ」
『ご主人様!? ……あ、あれー? 契約はまだ続いてるから、記憶って言うか、実感は戻ってないよね?』
ユーマの横で死に神ちゃんは驚愕し、ヨミーは感心するように目を細めていた。
「…応急処置の手伝いの件だったか。検討してやってもいいぜ」
……もしも、映画でよく見る民間療法だと無難な返答をしていたら、全く異なる反応だっただろう。
死に神ちゃんはノってくれただろうし、ヨミーは確かに映画で多用される表現だと頷きながら実際には誤った知識だと解説してくれただろう。
その上で、オレや超探偵に頼ってりゃいいんだよ、と適当にお茶を濁していただろう。
だが、そうはならなかった。
有名過ぎる誤った民間療法を意図して例に挙げたヨミーは、ユーマの返答が及第点を超えていた事に機嫌を良くしていた。
なぜ、ヨミーが機嫌を良くしたのか。
程無くして、当のヨミーから説明された。
「素人判断は怖ぇぜ? 何せ、当時のオレが医者どもを手伝えたのは、余計な手出しを絶対にしねぇって信頼されたからだ」
ヨミーは三年前を振り返っていた。懐かしんでいる、と称するには苦々しさが垣間見える。
「やらない善にやる偽善とは言うが、やらない善には意味があるんだよ。寛大なオレですら自称知識人が鬱陶しかったからな、本職の医者どもはキレまくってたろうぜ」
生々しい実例こそ出さないが、素人が付け焼き刃の知識で対処したばかりに事態が悪化した実例を幾つも目にしてきたのだろう。
善きサマリア人の法にも限度はある。
「素人からの貰い物は善意だけで充分だ。何もせずに見てるだけでも…応援してくれてるだけでも、案外役に立つもんだぜ」
知識も経験も伴わぬ善意では解決し得えず、生半可な悪意よりも事態を悪化させた事例。それを鑑みた上での結論。
そうだと知らなければ、無力な人間を肯定する甘い言葉だと誤解しそうだった。
保安部に楯突くからと、お人好しに非ず。
結果として誰も傷つかずに済むよう、厳しいながら配慮した結果による、素人は引っ込んでいろという意思表示。
それはヨミーが冷たいという証左にはならない。
それを冷たさだと決めつけるのは、やる偽善の悪質さを軽視し過ぎている。
『でも、お医者さんが信用できるのって割と最近の価値観じゃない? ちょっと前までは治療の為に水銀を処方してたし』
(一体いつの時代だよ、それ…)
『知識も倫理もスフレみたいにフワッフワな時代! 殺人と不幸な事故の境界線って何だろうねって賢者を兼任してた頃があったんだよ。聞きたい?』
(……遠慮するよ)
横で死に神ちゃんが騒いでいる。
現代とは常識も価値観も一般に浸透する知識も異なる時代の謎迷宮。異なる時代における殺人の定義。
気になると言えば気になるが、うっかり質問すれば長く続きそうなので、適当な所で話を切っておいた。
◆ ◆ ◆
・スパンク=カッツォーネル編
スパンクとはギンマ地区でばったりと鉢合わせた。
好物であるサーロインステーキを堪能し、ご機嫌だったスパンクと世間話に興じていた折、その話題は服へと及んだ。
世界探偵機構に所属する探偵には、見習いであっても制服を支給されるのだが、着用は義務では無い。変装から嗜好まで、各々の事情を幅広く鑑みられている。
元居た世界では、夜行探偵事務所まで辿り着けた超探偵達は全員思い思いの私服だった。
それを思えば、この世界のヘルスマイル探偵事務所の面々は、制服をまともに着ている方に分類される。
……約一名を除いて。
「所長のことか?」
「え?」
『マジで言ってんのかこの金ピカ』
金色に反射する派手なコートを着用するスパンクによる、まさかのボケ。
ユーマは困ってしまい、反応に窮した。死に神ちゃんは冷めていた。
例えば、スワロは肩に掛けるように羽織っている。
セスは几帳面に着込んでいる。連日の雨で湿気ているカナイ区でも、襟首や袖のボタンをしっかり留めている。
ギヨームは制服の上に青色のジャンパー。
身長2mを優に超えるドミニクでさえ、特注の丈夫な素材の制服を着ている。
着ていないのはヨミーとスパンクの二人だが、ヨミーの場合は黒系のスーツ姿だ。
以上の通り、超探偵は順当に制服を着用しているし、ヨミーのスーツは地味で落ち着いている(彼は自らの容姿が華やかだと自覚しているので、恐らくわざとバランスを取っている)。
だからこそ、一人だけ金ピカなコートを着ているスパンクの浮きっぷりが凄いのだ。
「確かにヨミー所長はスーツ姿ですけど、スパンクさんも結構目立つコートを着ていると思うんですが……」
……目の前の悪趣味に煌びやかな現実から目を逸らさず、スパンクの事だとやんわりと指摘する。
別に、ヨミー所長も確かに……とか何とか誤魔化す理由も無いのだし。
青色のネオンライトが多数を占めるこのギンマ地区で、スパンクの派手なコートは負けずに映えていた。
一周回って、まさか超探偵だとは信じ難い格好である。
逆手に取る心理的な効果を狙っている可能性は無くも無いが、九割九分スパンクの趣味だろう。
「これも制服だぞ」
「え?」
「制服を裏返して金に染めてやったんだ」
「えぇっ!?」
『制服を魔改造する一昔前のヤンキーなの? この金ピカって丁度その世代?』
過ごした時間は短いながら、アマテラス急行で無念の死を遂げたメラミ=ゴールドマインは世界探偵機構の制服に不満を持ち、変えたい等と愚痴っていた。
派手な容姿とは裏腹に理性的であった彼女は、世界探偵機構の規則に働きかけるつもりだった。恐らく、自分の服を改造したいと言うよりは、基本デザイン自体にメスを入れたがっていた。
それを思えば、スパンクの行動は個人主義の範疇に収まりながらもぶっ飛んでいた。
ヘルスマイル事務所では比較的世話焼きに分類されるスパンクだが、彼もまた超探偵。我が強く、本来なら周囲を振り回す側なのだ。
他のメンバーが、所長のヨミーさえも含めて、スパンクと同じぐらいに我が強かったり、我が上回っている者ばかりなので、相対的に世話焼きに見えるだけである。
「何を驚いた面をしている。七色の布をツギハギにしたみたいに改造したヤツも居たが、そいつに比べれば金色一色は地味だぞ」
そんなレアケースを出されても困る。
「たっ探偵として忍ぶつもりはないんですか…!?」
「どこに居ても話題に上がる超探偵がコソコソする理由なんぞあるか? できると思っていやがるのか?」
「そ、そんな正論みたいな言い方されても……っ」
なまじ中途半端に理屈を用いられるが、ユーマには趣味の為に理論を武装しているようにしか思えなかった。
「何ならユーマ、貴様の服を改造してやろうか?」
「えええええ遠慮しますっ!!」
自らの制服が悪趣味に改造されかねない危機に、ユーマは咄嗟に叫び返してしまった。
感覚が庶民派のユーマには、スパンクの厚意はありがた迷惑だった。
◆ ◆ ◆
・スワロ=エレクトロ編
ヘルスマイル探偵事務所に着いた初日の、スワロとの問答。
ヨミー所長を信じられるかと問い質された時、ユーマの脳裏に過ったのは元居た世界の記憶——ヨミー部長の悪行の数々だった。
最後に思い浮かべたのは、その最たる許し難き所業。
邪魔者を処分する為にヤコウ所長の復讐心を利用した。復讐を遂げるべく死に体になったヤコウ所長を踏みつけ、罵倒し、愚弄し、侮辱した。
その直後に失脚し、法的な報いを受ける事になったとは言え、ユーマの蟠りが解きほぐされたかどうかは別なのだ。
蟠りとは、言ってしまえば、即ち、憎悪だった。
元居た世界でのレジスタンスの件で、金目当ての悪人なら死んでも良かったのかと自己嫌悪したばかりだったのに、それでも許せなかった。
だから。
その男と同じ顔をした、この世界のヨミー所長を信じられるかと問われたユーマは——。
あの時の問答に、ユーマは否と答えた。
スワロからすれば、己の恋人を侮られたと不愉快だろうし、他の者達にとっても気に食わなかっただろう——と、思っていたのだが。
皆、理性的な対応をしてくれた。
ヨミーは徐々に慣れれば良いと容認してくれたし、スワロもユーマを気に掛けてくれている。他の超探偵達もユーマに排他的では無かった。
「アマテラス急行のことを思えば、無理もない反応だと思うけれど?」
この世界のヨミーについて知るにつれて、じくじくと罪悪感が膿んできた。
元居た世界のヨミー部長と比べるのは、あまりにも失礼だ。
そう思えるようになったユーマは、あの時の答えについてスワロに謝ったのだが、当のスワロから「だから、謝る必要はないのよ」と返された。
「超探偵に成り代わった偽者から陥れられかけた、その直後だもの。不信感が露わになっても不思議じゃないわ」
スワロから指摘されて、あの時の己は憎悪で思考が鈍り、客観的な視点が欠けていたのだと思い至った。
もしも、無理をして信じていると答えていたら、感情的にも、客観的な論理的にも、瞬く間に破綻して墓穴を掘っていただろう。
みんな、ユーマに気を遣ってくれていた。
冤罪で殺人犯にされかけて、傷ついて、信じるのが怖くなっているのだと、配慮してくれていた。
自分は、異なる世界の、顔が同じなだけの別人への憎悪のせいで、それに気づくのが遅れたのだ。
………自分が、情けなかった。
スワロは今は不在のヨミーの代わりにと請け負っていた事務作業を一旦止め、ユーマと向き合う。
「……むしろ、私の方こそ、予告なしで『尋問』をして、あなたに急な選択を強いたわ。怒る人は怒ったけど、あなたはどうなの?」
『そうだよご主人様! 言っちゃえ言っちゃえ! 洗礼という名のパワハラだったからね、アレ!』
死に神ちゃんがユーマに反撃しろと勧めてくるが、あまり気が進まなかった。
同じ顔だからと人となりを疑っていた負い目からか、自分の事情を隠す癖にスワロを責めるのはお門違いだと思えたからだ。
本当に何も知らない自分だったら。何の偏見も無い自分だったら。躓くような過程を経ずとも、ヨミー所長を最初から信じる選択肢を取れたのだろうに。
「…ヨミー所長を守りたいから、というのはわかります。ただ、力を入れて警戒しているんだな、とも思います」
『ご主人様ってばお人好し過ぎじゃん。許可なしで嘘発見器を使われたようなもんだよ? せっかくの怒れるチャンスをフイにして、チョロいんだから』
死に神ちゃんはやれやれと肩を竦めていた。
「……三年」
不意に、スワロはぽつりと呟いた。
「ヨミー様が耐えられた期間よ。私が、カナイ区へ密入国すると判断し損ねていた年数でもあるわ」
「密入国……そこまで、思い詰めてるんですか?」
「…世界探偵機構から命ぜられるのを待たず、行動に移すべきだった。もしくはカナイ区への出向を申し出るべきだった。その後悔が、私を時に過激にさせるわ」
それは、本人が口にした通り、後悔の念だ。
あるいは、後悔という体による、愛する人を苦境に立たせたカナイ区の腐敗への憤りだった。
……ヨミー所長は気にしていないだろうと励ますべきかと悩んだが、思い留まった。
ヨミーが悪人では無いかと疑心暗鬼を向け続けていた己が、どの口で言えると言うのか。まだまだ、知らない癖に。
それに、気にしていないなら幾らでも傷ついて良い道理は無いから、実際に言おうものならスワロを失望させるだろう。
「最初は信じられなくてもいいの。ヨミー様の人柄を知っていって、少しずつ信じられるようになったらいいのよ」
後悔を一区切りさせ、スワロはユーマに諭す。とても優しい、慈悲深い声だった。
「信じることができたら、そのあと、裏切らないで頂戴ね」
優しい、優しい、声のままで。
裏切ったら絶対に許さないから、と。
台詞通りの感情を、静かながら溢れさせていた。
「……ヨミー所長を、愛してるんですね」
「もちろんよ」
スワロの答えに、ユーマは眩しそうに目を細めた。
——元居た世界での知識を思えば。カナイ区の住民の正体が同じならば。
ヨミーを信じ始めた反動で、ヨミーとスワロの関係は如何様な結末を迎えるのかと思いを馳せたからだ。
カナイ区の真実は、カナイ区の住民が受け止めて考えるべきだ。
元居た世界の自分は、そう選択した。
この世界でも同じ議題にぶつかれば、同じ選択をするだろう。
……だから、二人の未来は、二人で考えて貰う事になるのだ。
◆ ◆ ◆
・セス=バロウズ編
ギンマ地区で、ポンチョ型レインコートの後ろ姿を見かけた。フード部分から垂れ下がっている緑色の装飾の紐が、歩く度に揺れている。
セスだ。セスが、花束を両腕で抱えている。心なしか、急ぎ足だった。
「……セスさん?」
何となしに、ユーマはその後ろ姿へと呼びかけた。
セスは足を止める。はあ、と溜息を吐き、億劫そうに振り返る。花束を片手で抱え直し、腰から提げていた拡声器を手に取った。
「ヨミー様から、後輩の面倒を見よと拝命を頂いています。…命令を受けた分の仕事はしますよ。何用ですか、ユーマ」
『恩着せがましい言い方だなー。面倒見たくないなら無視すりゃいいじゃん』
話しかけられたから、仕方なく応じる。そんな態度に死に神ちゃんはプンプンと怒っている。
セスのつっけんどんな態度にはユーマも驚いたし、話しかけない方が良かったのかと躊躇いかけたが、それで黙ったり何でもないと会話を切り上げたら、それこそセスを怒らせかねない。
「その花、セスさんが買ったんですか?」
「…ええ。美しいでしょう?」
「えぇ、そうですね」
「……」
「……えっと」
『雑談に鈍い陰キャタイプだねー。SNSの自動返信機能ぐらいは喋れて欲しいんだけど』
死に神ちゃんは既に後悔し始めていたが、こちらから話しかけたのだからと妙に律儀なユーマはセスとの質疑応答めいた語らいをもう少し続ける。
「その花って…確か、アマテラス社の研究で、カナイ区の環境に適応させた花なんですよね」
「……おや。知っているんですか」
「ええ、まぁ」
元居た世界でのセスがそう言っていたのを、ユーマは記憶から引っ張り出した。
この世界のセスは頷き、片手で抱える花束を一瞥した。まだ枯れていない、と確認するように。
「…場所を変わりましょう」
「え?」
「……道の往来で、立ち話というのも、疲れますから」
「えっと…」
「仕事分は、相手をします」
『ご主人様。断るなら今だよ。いいの? 本当にいいの?』
急に流れが変わった。
仕事だから面倒を見ると、その為の長話に適切な場所へ移ると、セスから提案された。
横から死に神ちゃんが断るべきだと助言されるが、ユーマは頷いた。
……ここで保留にしようとすれば、セスから不機嫌そうに再び催促をされ、結局頷く破目になりそうだと、何となくだが思った。
セスに案内されたのは時計塔だった。クギ男事件で因縁のあった建物だ。
階段を登り続ける。目的地は最上階だと聞かされたが、その途中でセスは謎の奇行を挟んだ。
三階の倉庫へと赴くも、扉も開けずにその前で十秒ほど佇んでいた。
その後、何事も無かったかのように再び階段を登り始め、最上階に到着した。時計塔の、時計部分の裏側に該当する場所だ。
『花束を片手にご主人様と二人っきりになって、何を企んでやがんだぁ~!? 展開次第ではぶっキルすべきだよねコレ!』
(べ、別にそんな怪しい雰囲気じゃないよ!?)
『状況が怪しい!』
死に神ちゃんは辛辣だった。彼女は誰に対しても容赦ないが、何やら変な邪推でセスを威嚇してシャドーボクシングをしていた。
死に神ちゃんを宥めるも、そんなユーマ自身とて、時計塔の最上階へと案内されるのは予想外だった。少し雑談をしたかっただけなのに。
勝手知ったる様子からして、セスは何度もここに足を運んでいるらしい。
「ここ…落ち着いてお話ができそうですね」
「……でしょう? 素晴らしい音も、よく響くんですよ」
「音…」
雨音だろうか?
……いや。ここでしか聞けない音を意味するのならば。
きっと、時計が針を刻む音を指すのだろう。
「ですが、まだ聴ける範疇ですが、徐々に軋んでいっています。…少し前まで、腕の良い職人が手入れをしていたと言うのに。惜しい人材が亡くなられたものです」
なぜ、セスが時計塔の屋上へと招いたのか。
それは、きっと花束が枯れる前に、この場所に来たかったからだ。
なぜかと言えば。
「その花束、ジエイさんへの献花ですか?」
「……」
カナイ区で死者が出た場合、立ち入り禁止区域へと運ばれて埋葬される。
だから、死者が埋められた場所へ何かを捧げる事ができない。
だから、死者が直接亡くなった建物へと赴いて、何かをしてあげたかったのだろう。
だから、途中、三階の倉庫に立ち寄ったのだろう。寧ろ、必要不可欠な工程だったのだ。
言い当てられたセスは、はあ、と溜息を零す。
「……顔も知りませんが、腕の良い時計職人だと…この場所は、好きなので…時計の修繕をしていた御仁への、礼儀が必要かと…」
面識も無い人間への献花について、ユーマが指摘するや否や、セスはつらつらと理由を述べ始めた。自分は不審者では無い、という自己弁護めいている。
ユーマは別に気にしていないし、それどころか、立派な事だと思うのだが。
なお、状況が怪しいと警戒していた死に神ちゃんの機嫌は直ったが、『いちいち溜息とかテンション下がるー…』と冷めていた。
「…枯れる前に来ねば、失礼だと思いましてね」
「それでボクをここに呼んだんですね」
「……ええ。あなたの用は雑談のようなのでどこででも済ませられますが、私の用はそうじゃないんですよ」
死者を弔いたいセスの心意気自体は立派なのに、溜息や丁寧な口調では誤魔化し切れない余計な物言いのおかげで、小馬鹿にしている態度に見えなくも無かった。
「ここに花を置くんですか?」
「…置きませんよ。このまま持って帰り、片します。傍からは可燃ゴミですから」
「そんな言い方、しなくてもいいんじゃないですか?」
「……世の献花の末路を、少しは学ぶことをオススメしますよ」
つっけんどんで近寄り難い雰囲気だし、発言も基本的に神経質で慣れ親しむのは難しい。それ自体は事実なので、フォローするのはシビアだ。
だが、気に入っている時計塔の修理に携わっていた人物だからと気に留めて、個人的に追悼していたのも事実だ。
前述の二つの要素は、同時に成立し得る。
付き合い難い人物だが、決して薄情では無いのだ。
◆ ◆ ◆
・ギヨーム=ホール&ドミニク=フルタンク編
※注:ギヨームがセスをネタっぽいあだ名で呼びます。
「ハロっちゃー! 全世界のドレイどもー! ハッピーな生活をコスり倒してるー?」
元居た世界のギヨームの台詞よりも多少マイルドだが、それでもなお物騒な挨拶だった。
ギヨームはカナイ区での任務を終えてからの未来に備え、動画を撮り溜めている。
ギヨームの動画配信は、超探偵の身分をオープンにしているのでギヨームの生存報告も結果的に兼ねている。
長期的な任務で動画投稿の間隔が開いても、超探偵のネームバリューのおかげで登録者数が減る心配とは無縁らしい。
「来る直前に撮ったアレが最終回打ち切りになったら再生数がエグいだろーねー!」
『おっ、ギザ歯ちゃん面白いこと言うじゃん!』
(面白がっちゃ駄目だよ!)
ブラックなジョークを早口で並べ立てた彼女は、偶然そこに居たユーマをカメラマン役に任命し、冷蔵庫から必要な材料をひょいひょいっと取り出す。
探偵事務所の冷蔵庫に食材や調味料が揃っているのは、ギヨームがヨミーに充実させて欲しいと強請った——もとい、説得した結果だった。
スワロと一緒にご飯食べたいよね? レッツ自炊チャレンジ!
自炊の経験が無い? 練習しよ! レッツ自炊チャレンジ(二度目)!!
惣菜で妥協したい? お惣菜をみぞれ和えにしよ! レッツ自炊チャレンジ(三度目)!!!
ねーねー! レモン水って爽やかだよ! だからレモンを常備しよ!
ダシにするな? 自分で買ってこい? ヨミー様も好きになろーよ!
——尤も、その実態は、説得の皮を被ったゴリ押しだった。自らの欲求を実現させるべく、ヨミーが折れるまでそれっぽい理由を携えて直談判し続けたのだ。
ちなみに、根負けしたヨミーはどうせだからと吹っ切れ、本当に自炊するようになった。
今回は火種を使わないからと、応接間のテーブルで撮影が開始された。
ドミニクが粉砕した氷砂糖から、ギヨームはラムネを手作りする。最初から砂糖を購入すれば済みそうだが、ドミニクの出番を用意する都合によるものだろう。
コーンスターチと混ぜて、レモン水で溶かして、重曹と混ぜて、食紅で色を付け、製氷機を型代わりにする。
簡単な手順だが、動画映えするようにとラムネはカラフルに彩られていた。
「できあがったラムネちゃん達はちゃーんとあとでカブトムシにあげちゃうからー! じゃ、バイっちゃー!」
できたての手作りラムネはほろほろと崩れ易いが、ギヨームは器用にも半透明の包装紙でくるくるっと包んでいき、軽々と瓶詰めにした。
最後の挨拶も終わり、撮影は締めくくられた。
「どもどもー、ありがとねユーマ!」
ユーマはギヨームにカメラを渡しながら、ギヨームの台詞の中で気になる点があったので尋ねる。
「ギヨームさん。カブトムシって言ってましたけど、昆虫を飼ってるんですか?」
「ん? そんなワケないっしょー、あだ名だよ」
「あだ名? …誰のですか?」
「セス」
「セスさん!?」
『え? あの陰キャ眼鏡って木登りでも得意なの? それとも夏休みを昆虫採集に捧げた眩しい少年期でもあったの?』
ユーマは吃驚して思わず叫んだ。死に神ちゃんも意外そうにしていた。
なお、同じ空間には所長の席で書類を眺めていたヨミーが居たのだが、動画の撮影に配慮して無言だった彼は「オメーそのあだ名は二度と使わないって約束してたよな?」とギヨームを窘めてくる。
「あ、あの…カブトムシって…?」
ユーマから尋ねたが、仮にユーマから尋ねずとも、ギヨームの方から自主的に説明してくれそうな空気があった。
「ヨミー様。説明したいんで、もーちょっとカブトムシ呼びを続けまーす」
「おい、約束はどうした」
「実はとっくに破っててセスと揉めちゃったんで守る意味なくなってます」
「オメーら、いつの間に……」
さらっとユーマの存在が免罪符にされた。
ヨミーもヨミーで、今明かされたばかりの事実に呆れたように頬杖をついていた。
それはさておきギヨームはマイペースだった。
「前ねー、砂糖水を自作してゴクゴク飲んでたんだよね。レモンのフレーバーも一切ない、ホンットにただの砂糖水。それを見かけて以来、これの中じゃセスをカブトムシ扱いしてるよ」
なぜセスのあだ名がカブトムシなのか。
その疑問は一瞬にして氷解し、ユーマはセスを弁護する言葉を紡げず押し黙った。
『マジでカブトムシじゃん!!』
(や、やめてあげてよ死に神ちゃん…!)
『言い方に迷いがあるね!? ご主人様も内心同じようなこと思ったでしょ!』
「…一応言っとくが、探偵特殊能力で脳が疲れる影響で、無性に糖分が欲しくなるんだからな? そこの所はわかってやれよ、ユーマ」
『あの反応、天然ストレートも同じこと思ってるじゃん。理由知るまで困惑してたタイプだね、アレは』
ヨミーがフォローしてくるが、僅かに目を逸らしているし、若干歯切れも悪かった。
糖の摂取という意味では効率が良いが、それでも砂糖水はあんまりなセレクトだ。視覚的に侘びしいし、素っ気無いし、何とも言えぬ気持ちにさせられる。
はっきりと言って、酷い。
なお、場の流れを断ち切る注釈になるが、本物のカブトムシに砂糖水を与えるのは健康に良くなかったりする。昆虫用のゼリーを購入する事を推奨しておく。
「だからさー、見兼ねちゃって。こーしてお菓子を作ってあげてるってワケ」
「そ…そうなんですね」
「そうなのー! ほぼ砂糖のお菓子が嬉しいみたいだから、色々アレンジしてんの。砂糖は色々応用効いて形を変えられるから何とかなるっしょって感じ」
カブトムシ呼ばわりはさておき(と言うか、恐らく全員同じ感想だ。言い出したのがギヨームというだけで)、ギヨームなりにセスを気遣っているらしい。
本人が述べた通り、見兼ねる余り、何とかしてあげたくなったのだろう。
だが、話を聞いている限り、セスとギヨームは相性が良さそうには思えない。主にセスの方が苦手そうに避けていそうだ。ドミニクを経由して渡すのだろうか。
「ま、そーいうコトで! 報酬のラムネちゃん! 一個あげるー!」
「あ、ありがとうございます」
『駄菓子一個で扱き使われる……ご主人様の労働環境が劣悪だぁ~』
ギヨームは歯を見せながら笑って、瓶の中から手作りラムネを一粒摘み、ユーマの手へと握らせてきた。
その瞬間、死に神ちゃんが『あぁん!?』と唸ったが、別にそんな荒れるような場面でも無いはずだ。
(終了)