反転ヴィヴィアの話

反転ヴィヴィアの話

善悪反転レインコードss

※反転ヴィヴィア視点による、反転ヴィヴィア視点による、ユーマっておっかないな~というssです。

※キャラ付けや関係性などは筆者個人の妄想に基づいています。また、独自の補完があったりします。


※実質二周目だからと、みんなの理解度を超速にしています。

※時系列は1章。2章へと繋がるイメージで反転デスヒコが登場します。



 保安部の捜査課長ヴィヴィア=トワイライトが向かったのは、ホテル『サン・アンド・ムーン』だった。

 ロビーに設置されたピアノの下へと猫のように潜り込み、横になって目を瞑る。引き連れた部下達には見張りを命じた。決して起こそうとするな、とも厳命した。

 ヴィヴィアの能力を知っているか否かで、捜査中か職務放棄か、認識が極端に別れる光景だった。

 だが、何れにせよ、従業員達からの目は冷たい。ホテルを筆頭に観光業は壊滅同然、助成金という名の首輪で経営が成り立っている有様。観光業が成り立たなくなったそもそもの原因であるアマテラス社——それが世間の見解だ——の関係者が嫌悪されても致し方無い。


 『幽体離脱』で、探偵事務所が着いている河川敷を観察する。

 二人用の大きな赤い傘。上空からは人そのものは窺えないが、あそこにはヨミーとスワロ。恰幅の良過ぎる男はスパンク、それから子供のように小柄な少年は見習いのユーマ。

 地上まで降りて、真横から念の為に人物を確認する。やっぱり傘の中にはヨミーとスワロが居たし、その他二名も見間違いでは無かった。

 物理法則を無視して情報収集が可能なので、超探偵達の名前や外見は把握済みだ。できれば探偵特殊能力も把握しておきたい。何なら、この場で誰か使ってくれないかと思う。


「オメーら、“クギ男”事件に首を突っ込みやがったな?」

 ヨミーがやれやれと肩を竦めている。最悪の場合、三時間後には保安部の手で連行される身の上なのに、余裕綽々だった。

「ヴィヴィアの野郎が首を突っ込むなって警告してきやがった。オメーらを売れば今回の件は手打ちにするが、しなけりゃオレは豚箱行きだそうだ」

「幾らだ? 小僧は知らんが、私は値が張るぞ。保安部には潤沢な資金があるだろうからな、払えそうなモンだが」

「…売らねぇよ。馬鹿馬鹿しい」

 スパンク流のジョークがお気に召さなかったようで、ヨミーはニコリともしなかった。

「三時間だけ待っててやると警告された。それまでに解決してこい」

「えっ、えぇっ!?」

 毅然と言い切ったヨミーに、ヴィヴィアはほんの少し落胆した。それから、少々の苛立ち。やはり、脅迫は無意味だった。ならば有言実行するより他に無い。

 首を突っ込んだ側のユーマが驚くのは、巻き込まれた被害者であるヨミーの物分かりが良過ぎるからだろう。

「ボクらが…と言うか、ボクが首を突っ込んだ事を怒らないんですか!?」

「連中に任せたら連中の好きなタイミングで収束されちまう。三日後か、それとも十年後か。しかも冤罪の危険がデカい」

「ヨ、ヨミー所長……」

「もしもの時はオレが投獄されて責任を取る。日和ってんじゃねぇぞ」

「…………っ、は、はい!」

 スパンクは「達成料は後払いで勘弁してやる」と半ば呆れながら力強く頷き、ユーマは理解を超えて献身が過ぎる姿勢に困惑しながらもおずおずと首肯していた。

「……と、ヨミー様は仰るけど、最悪の事態を防ぐのは責務。失敗は許されないと肝に銘じ、捜査に励むように」

「なんてオレの最愛の右腕は宣っちゃいるが、構わねぇ。その代わり、妥協すんじゃねぇぞ。いいな?」

「…………聞いたわね? ヨミー様の慈悲深い御言葉を。裏切ろうものなら、このスワロが制裁するわ」

 ヨミーの言動は信頼関係を前提としている上、果たされずとも許すと公言しているも同義だった。

 スワロが冷ややかに目を光らせ、半ばヨミーの発言に被せるように失敗を許さぬと鋼鉄の姿勢を貫くのも致し方あるまい。彼女はヨミーを愛しているが、それはヨミーの全てを肯定する事では無いと理解している。

 放っておけば、最悪の場合、ヨミー一人が傷ついて終わりかねないと危惧している。

 その最悪を避けたがるのは、恋人のサガであろう。

 ……少し前まで、もうやっていられるかと言わんばかりに濁った目をしていた癖に、ヨミーは持ち直していた。外から恋人が遥々駆けつけてくれたのが、とても効いているらしい。

 ……親友の件には、未だ折り合いがつかず苦しんでいる癖に。

(……?)

 幽体の身ながら、ストレスを発散するように爪を噛んでいたヴィヴィアは、ふと、ユーマの肩付近に『モヤらしき何か』がふよふよと浮いていると気づき、目を凝らす。

 次の瞬間、ユーマがこちらを“見て”きた。その拍子に視線が交わり、ヴィヴィアは息を詰めた。

「どうした小僧。早く解決しないと所長が豚箱行きだ。タダ働きだけは御免だ、急ぐぞ」

「……っ、ま、待ってください! み、皆さんにお話があります!」

 その後、思い詰めるような表情で僅かな逡巡を経た後、意を決したように、ヴィヴィアに“見られている”のを覚悟でユーマは叫んだ。

 ユーマの様子が一変したのが一目瞭然だった為だろう。急かしていたスパンクは虚を衝かれ、強がる笑みを浮かべていたヨミーの顔が真剣になり、スワロも何事かと怜悧な眼差しを向けた。


 ……別に、絶対の秘密では無い。知っている人は知っている。だが、カナイ区に来て間もない少年が、それを知っているだなんて。

 いや。知っているまでなら、まだ許容できたのだ。

 問題にするべき点は、幽体のヴィヴィアを認識できたという点だ。

 ……幽体で良かった。生身だったら、心臓が壊れる程に動悸を刻んでいただろうから。

 それでもヴィヴィアは冷静だった。ここで焦って逃亡する愚行を犯さず、敢えてこの場に留まり続けていた。

 情報を、集めねばならない。

「っ、“見える”のか、ユーマ!」

「…視界の及ぶ範囲なら、わかります。……ヨミー所長。その反応、もしかしてヴィヴィアさんの力を知ってたんですか?」

「その能力で鳴り物入りで入社したって一部の界隈じゃ専ら有名だったモンでな。……そうか、感知できるんだな?」

「は、はい! …っ、あ、その、疲れた時は、無理、かも…です」

「それでも上出来だ!!」

「待ちやがれ所長! 確証がないぞ! 本当だったとしても、この会話が盗聴されてんだよな!?」

「疑ってる時間が無駄だ。犬どもに噛みつかれる豚箱に誰が好き好んで行くかよ、狂犬病のワクチンを寄越せってんだ。あと盗聴云々っつっても向こうは所詮一人、こっちは人海戦術でバラけりゃいいんだよ。全員同時に監視できるならやってみろよヴィヴィア=トワイライト!」

「ヨッヨミー所長! まだヴィヴィアさんは“居ます”ので、挑発は程々に……!」

「バカ所長が! 人海戦術と大見得を切れるほど人員が居ねぇだろうがよ! ッ、特別料金を別途要求するからな!」

 確かに、勘づかれた事には驚いた。初めてだった。

 だが、たかが探偵見習い一人が幽体を感知できる程度だ。それで後手に回らずに済むと安堵したなら、その思い上がりを叩き潰さねばなるまい。

 光明が差した事で浮かれるのは、わからないでもないけど、愚かだ。

 己は、特殊能力に驕り、保安部の捜査課長に就いている訳では無いのだから。


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『あ! 貧血ヴァンパイア! また出たまた出た、ランダムエンカウントの野良敵みたーい! なんでか見えちゃうー!

 経験が死ぬほど邪魔になる事があれば生きる事もある。元居た世界で貧血ヴァンパイアと謎迷宮を突破したのは無駄じゃなかったってワケね。オレ様ちゃんの大金星~!

 ……まー、って事は、向こうからもオレ様ちゃんが見えてるんだけどねぇ。

 あーもー、しょうがないなぁ。ご主人様を睨んでくるのが気に食わないし、ってか何様だよってムカつくし、現れたら教えたげるよ』


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 “クギ男”の事件は、不可解な終わりを遂げた。

 ユーマの希望により、事件の関係者がその場に集められたのだが、関係者の内二名が謎の怪死を遂げた。

 心不全。アマテラス急行列車の“真犯人”と同じ死に方だった。

(……犯人は…今、死んだ人達? ……また、急に、死んだ……?)

 犯人が判明しても、死なれてはその後の取り調べも何もあったものでは無い。真実を暴き死を以て裁く、と宣告するように暴力的な解決だった。


 ……出し抜かれてしまった。

 だが、得られた情報の価値は変わらない。

 ヴィヴィアが出し抜かれた起点は、セス=バロウズによる探偵特殊能力だった。その詳細を、今後つぶさに観察せねばならない。

 …………次があれば、だが。心臓がきゅうっと冷えるような思いをしながら、ヴィヴィアは項垂れる。

 ……何かが、おかしい。ユーマは死人が出た事に狼狽しているけど、“慣れている”のでは?

 真相に行き着いたら、犯人を死なせる、探偵特殊能力? あまりにも突飛過ぎる、非人道的な、だが警察機関もしくはそれに値する組織が腐敗した空間においては有益な異能。

 そんな恐ろしい発想が浮かぶ程度には、ヴィヴィアは異能に慣れ親しんでいた。尤も、それにしたって突拍子も無いのだが。

(あの『モヤ』、何か関係がある……死神……?)

 ヴィヴィアは困惑する一方で、人質として立ち会わせていたヨミーの表情が一瞬強張ったのをしっかりと確認していた。

 ……親友の死因が、形を変えて再現された。けれど、あくまでも偶然でしかない。感情で飛びつきそうになるのを堪える姿は、ヴィヴィアやスワロのようなヨミーの背景を理解する者には痛々しかった。

 強いて違いを挙げれば、スワロは憐れみながらも冷静さを保って一線を引いているが、ヴィヴィアは見て見ぬ振りをしていた。


「ユーマ=ココヘッド……私を、よくも、“見つけてくれた”ね……」

「ヴィ、ヴィヴィアさん……」

「……迷信とは偶然から端を発する、幻想……けれども……二度、重なれば……果たして、偶然かな……? まるで、死神、だ……ッ」

 ヴィヴィアは、背を曲げて、両手で目元を隠し、戦慄きながら、呪詛を吐くように唸った。

 終わり方がどうであれ、保安部の鼻が明かされたのだ。それに相応しい態度を取る。悪人は惨めに負け惜しみを喚くのがお似合い、という古典的なフィナーレを飾るように。

 道化を演じるなんて、今更過ぎる。

 容疑者の内二名が急死するという奇怪な推理ショーが終わるや否や、現場に駆け付けて事態を収めたヤコウへと報告する為に。彼はヴィヴィアの力と献身は信じているから、ヴィヴィア流の言い回しの意味を正しく解釈してくれる。

 報告書を使えば、証拠が残ってしまう。だから駄目だ。それに、これより己は報告書を提出するどころでは無くなる。


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『貧血ヴァンパイア、敵ポジだからって遠慮一切ナッシングでツッコミを入れてきたーッ! オレ様ちゃんの存在をなんとなーく察知してるのを大々的に暴露してきたーッ!

 まあ、謎迷宮によるぶっキルは証拠ゼロだから、負け惜しみだとしか思わなかったみたいだけど……。だよね? 不安だぁ……。

 先が思いやられちゃうよ。実質二周目だからって展開にギアが掛かってる感じ。オレ様ちゃんの許可なく難易度が上がってんじゃん、心折設計ってか!? コラー!』


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 ヴィヴィアは独房で、猫のように身を丸めて横になっていた。

 刑期はたったの三日間。形骸化した処罰だ。「副部長のオイラを差し置いてエコヒイキかよ!」とデスヒコがうるさく叫んだ事によって、デスヒコを宥める為にと実現しただけ。

 流石は贔屓の幹部だと周囲から冷笑される一方で、ヴィヴィアの顔色は悪かった。

 ……あの人は、わかっていて、わざとヴィヴィアを罰するのを避けようとした。罰されている間は、少なくともあの人に見て貰える。そんなヴィヴィアの願望に詳しい故に。

 善意では無く、悪意による放任。体中の血がざわつくような、とてつもない不安。贔屓されていると悪口を囁く人々の声が暖かい、と錯誤する程の孤独。


「ヴィ、ヴィヴィア様。明日には釈放されますね」

「……もう? 残念だね。たった三日。けど、…なぜだろう。永遠に等しい拷問を受けた気分だ」

「ヴィヴィア様……」

 看守から労われる。

 それにヴィヴィアが親切に応じるのは、その看守の正体が変装したデスヒコだと見破っているからだ。

「……ここから、出たら。また、部長に、健康診断のこと……言わないと」

「そ、そうですよ。それをヤコウ部長に言えるのはヴィヴィア様だけです!」

「……毎年、断られてるけどね」

「う、うぅ」

 場の空気を弛緩させるようなやり取りだが、真剣な話だ。

 昔とは違い、今のヤコウは病院嫌いだ。せめて健康診断だけでもと勧めても、『注射器が怖いのよ、血を抜かれるとか勘弁~!』と笑っていない目でふざけられ、力ずくで連れて行こうとすれば獣のように暴れられる。

 ……獣のように暴れる、という点については、実を言えば、見た事が無い。ヴィヴィアが心を鬼にしてヤコウの腕を掴もうとした寸前、フブキが血相を変えて仲裁してきたからだ。

 フブキが時を戻して無かった事にする程に暴れたのだと察し、愕然とさせられた。

 それ以降、力ずくはやめた。埒の明かぬ状況でも天真爛漫で、ある種の空気の読めなさは、淀みがちな保安部の空気の清涼剤に等しい。そんなフブキがしゃくり上げていた姿が、ヴィヴィアを含めた保安部の面々の心に更なる闇を落としたからだ。

 一部では、ヤコウの性格の豹変は精神科案件ではないかと疑われている。病院嫌いになったのも、自覚があるからじゃないのか、と。

 そういった噂について、ヴィヴィア達は良い気分はしないけれど、否定し切る事もできない。かつてのヤコウを知る者こそ、世間の人々のように権力に憑かれたのだと掌を返せずに困惑しているのだから。


「デスヒコ様、酷いんですよ。部長に可愛がられてるから三日で済んだってみんなに言い回ってるんです。お給料を減らせとか、課長からヒラに降格させろとか……! ヤコウ部長が真に受けちゃったら、あ、あの人、何も責任を取れない癖に……っ!」

 ヴィヴィア派の看守を演じるデスヒコが、ヴィヴィア本人に自らの所業を告白する、傍からは異常で滑稽な光景。これが喜劇だったら、どれだけの嘲笑と拍手を誘うのだろうか。

 ……ヤコウは、笑ってくれないだろう。あの人は、児戯に等しい対立の真意を看過している。勝手にやっていろ、と見もしてくれない。

「私はヴィヴィア様のことを、いつもお慕いしております。け、けど、手引きはしませんよ! 明日まで服役していてくださいね」

「……心配は要らないよ」

 けれど、ヴィヴィアは喜劇の主役で在りながら、観客側の心情にもなりながら、デスヒコの演技をちゃんと観ていた。

 幹部が全員仲良くしているより、適度に対立を示した方が、自分達を、延いてはヤコウを失脚させようとする動きを掴み易い。隙があった方が油断を誘い易い。

 だから、ヴィヴィアは表向きにはデスヒコと敵対しながら、裏では手を結んで情報を交換し合っている。ハララは苛立ち交じりの静観、フブキはオロオロとしながらの傍観という役だ。

「ユーマ=ココヘッドって人、見習いなのに凄かったんですか?」

「私が、処分を受けている原因だしね……。敵を褒めて、自分を上げているように見えるかい? デスヒコなら、そう言いそうだけど」

「わっ私、そんなこと、言いたくもありませんよ!」

 ……知っているよ、デスヒコくん。

 演じられながらの台詞に、ヴィヴィアは静かに相槌を打つ。

 ヴィヴィアだけでは無い。ハララも、フブキも、知っている。……ヤコウだって、本当は知っているはずだ。

「たぶん……デスヒコの変装なんて一発で見破るんじゃないかな……」

「ヴィヴィアさんの幽体離脱がバレちゃったぐらいですもんね」

「……尤も、デスヒコが係る舞台はエーテルア女学院だ。邪魔される、とは考え辛い…かな」

「えー! デスヒコさんも痛い目を見ちゃえばいいんですよ! まっ、一番痛い目を見て欲しいのは、そのユーマって人なんですけどね! ヴィヴィアさんに恥をかかせて、本っ当に、ほんとうに、ゆるせねぇよ……ッ」

「……」

 ヴィヴィアは、みんなよりも更に少しだけ詳しく知っている。

 あくどい真似をするなら本物の悪人を模倣するのが良かろうと、資料室で過去の犯罪記録を、特に異常者とされる犯人の経歴や心理のプロファイリングを読み耽って……本当の事件現場に遭遇したようにボロボロと涙を零して項垂れていたのも。

 かのエーテルア女学院で起きた“自殺”を隠蔽した夜、げえげえと吐いていたのも。謝罪の言葉を口にしかけて、何様の立場で謝るつもりかと思い直して、そうやって噛み締めた唇から、またげえげえと吐き始めた事も。


「…………あ、すみません! 看守の分際で、過ぎた発言でした」

「……いや」

 知っている。

 それが何の免罪符にならない事も、知っている。

 だけど。地獄に堕ちるしかないなら、せめて知らねばならない。

「…気を付けて、ね」

「わ、わぁ。励まされるなんて、何だか恥ずかしいですね。でも嬉しいです! 今日も明日も、これからも、お仕事頑張ります!」

「……」

 デスヒコの心情を思えば、上出来だと褒めたかったし、辛いよねゴメンねって慰めたかった。

 だけど、自分達は今更止まる事ができない。生半可な傷の舐め合いは、もうやめたい、と足を止める猛毒になりかねないから。

 ……薬? 違う。毒だ。足を止めるのだから、毒に決まっている。


 保安部は腐敗の温床だ。暗くて、暖かくて……だけど、なんて酷い場所なのか。

 悪意が無くても、こんなに根腐れするものなのか。


 ◆


 ヤコウ=フーリオは、部長の席で思案に没頭していた。眉間に皴を寄せながら、頭を冴えさせる為に不健康にも煙草を十本以上吸っていた。

「……死神、ねぇ」

 ヤコウの頭を悩ませているのは、ユーマ=ココヘッドの件だった。

 ヤコウは、ヴィヴィアを信頼していないが、ヴィヴィアの能力は信頼している。彼は幽体離脱だけの男では無い。頭脳も探偵顔負けに優秀だ(尤も、探偵だったら感情を最優先させて真実を隠すなど論外なのだが……)。

 そんな男が、証拠がなくともヤコウへ伝えると決めたのだ。どれだけ突飛だろうと信じるに値する。

(……さて、どうするかね)

 ヨミーを人殺しだと“自覚”させる計画の仔細を練っているのだが、ユーマの存在が急に絡んできたので、ヤコウは頭を悩ませていた。

 失敗はできない。人間を死なせるのは、論外だ。そう思って煙草ごと唇を噛み締めるが、計画を諦める気は毛頭無かった。

(ヴィヴィアが気づいたんだ。…ヨミーも別のアプローチから気づいていると見ていい)

 アマテラス急行での事件の犯人は、ヨミーの親友だった。

 ユーマが謎を解いた事で、ヨミーの親友は死んだ。

 今の所、ヨミーにウエスカ博士を殺させるつもりだが……ヨミーは、親友の心を壊したウエスカ博士の次に、親友の命を奪ったユーマに手を掛けようとするのではあるまいか……?

 これは計画を大々的に修正するべきか、それとも……。


(……だったら、ヨミーがウエスカかオレを殺す事件をユーマくんに解かせれば、ヨミーは死んで、ユーマくんは死なずに済むよな?)

 ふと、ヤコウは閃いた。

 道が違えば世界探偵機構に認められる優秀な頭脳で、己の目的を遂行させながらユーマを死なせずに済む作戦を思いついた。思いつけてしまった。


(計画の大筋は変わらない、か)

 ヨミーが人を殺したら、その事件をユーマに解決させれば良い。そうすれば憂いは断たれる。うん、そうしよう。

 でも、そうならない可能性はあるし、保険は掛けておこう。保険は大事だ。

 結論は出た。ヤコウは天井を仰ぎ、う~ん…と腕を伸ばし、肩を鳴らした。




(終了)

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