ヘルスマイル探偵事務所関連+α

ヘルスマイル探偵事務所関連+α

善悪反転レインコードss

※プロローグの辺りをふわっと妄想してみました。

※ヘルスマイル探偵事務所の面々の雰囲気を掴みたいのが発端のssです。

※キャラ付けや関係性などは筆者個人の妄想に基づいています。また、独自の補完があったりします。



 時間が巻き戻ったのではなく、似て非なる異世界へと迷い込んだ。

 そう理解したのは、保安部所属のハララに冤罪で連行されそうになり、カナイ区最後の探偵だと名乗ったヨミーに助けられた時だった。

「オレの街でずいぶんと羽振りがいいな、ハララ=ナイトメア」

「…この街は君のものじゃないぞ、ヨミー=ヘルスマイル」

「『カナイ区生まれカナイ区育ちという意味です』ってご丁寧に注釈を入れないと通じないのか? アマテラス社の入社筆記試験には国語の項目が欠けていると見た」

 駅内をバイクで乗り込むとんでもない二人組が現れたかと思えば、その二人組はヨミーとスワロだった。

「そうやっていつまで我が物顔で歩いていられるかな。長生きできると思うなよ」

「私物化してんのはオメーらだろ、権力の犬どもが」

 アマテラス社の白い制服を着ているハララとは対照的に、ヨミーとスワロは世界探偵機構の制服と思わしき恰好だった。

 両者共に黒いレインコートを羽織っているので、その下の服は見え辛い(それもあって、ユーマはハララが保安部に所属していると気づくのに時間を要してしまい、油断して追い詰められていた)。

「そいつから手を引け」

「その要求に素直に応じる理由はない。それどころか、君達ごとしょっ引きたいぐらいだ。これは公務執行妨害だぞ」

 ハララとヨミーは、言葉で殺し合っているかの如く互いに睨み合い、殺伐としていた。

「このカナイ区から脱出できない限り、オレ達の命はオメーら天下の保安部サマのものなんだろ? 短絡的に点数稼ぎしねーと飼い主にどやされでもするのか?」

「……」

「世界探偵機構に訴えてやるぞ、オメーらの暴挙を!」

 格好良さそうに啖呵を切った直後、ヨミーはハッと失笑して肩を竦める。

「……って言いてぇ所だが、オメーらのおかげで実行できなくて悲しいぜ~! 通信機器の使用が絶望的な中、一人でもカナイ区から脱出できれば報告できるのによ!」

 そうだっただろうか。

 元居た世界の夜行探偵事務所では、特殊な回線で世界探偵機構の本部とアクセスしていたはずだが。

 ……ブラフの可能性がある。

「そんな強過ぎるオメーらがヒョロガリ一人を連行するのに必死になり過ぎるのは似合わねぇぜ」

 ヨミーが行っているのは、延命だとか、死刑の執行猶予だとか、そういった類の、その場凌ぎの交渉だった。

 いつでも自分達を殺せる程に保安部は強大なのだから今だけは見逃してくれ、といった命乞いに解釈できなくもない。

「お釈迦様が掌から逃げようとする猿を必死に掴もうとするんじゃ、テメーが猿以下だって証明してるようなモンだろ?」

 ただ、仮にヨミー流のヨイショだったとして、ハララには恐らく通用していない。煽られている、とさえ思われていそうだった。

 生きた心地がしないながら、静観していたユーマだったが……。

「っ、あ、え、っと……」

「安心なさい」

 ヨミーの付き添いで同行しているスワロにそっと肩を掴まれ、引き寄せられた。

「あのバイクは三人乗りも可能よ。もしもの時は死ぬ気でしがみつきなさい」

 肩を掴む力が強いと感じたのは一瞬だけだった。引き寄せられてからは、何かあればユーマを連れてバイクへと翻せるようにと、その為に肩に手を置いてくれている。

「…あ、あの。ヨミー、さんを手助けしなくてもいいんですか?」

 ハララが実力行使に移った場合、ハララの目の前に立つヨミーが最も危険だ。それなのにスワロはヨミーから離れていて良いのか。

 ユーマがそう疑問を口にする時、ヨミーをさん付けで呼ぶのに抵抗感があり、詰まりかけた。

 ……感づかれたのか、スワロは意味深そうにユーマの顔を見つめてくるが、幸か不幸かその点には触れられずに済んだ。

「……心配は無用よ。それと、一つ忠告するわ。状況を見誤らないで。一番危ないのはあなたなのよ。自分の心配をしなさい」

「あ、ありがとう、ございます」


『…………ご主人様。そろそろ突っ込むねー。たぶんご主人様も同じことを考えてるだろうけどさ、誰? このヒトたち』

 ヨミーはユーマを守ろうと身を張ってくれている。スワロはいざという時の退路の確保に余念がない。

 その光景は、元居た世界を思えば異質だった。すぐには受け入れ難かった。

 死に神ちゃんもその差異に驚き、困惑している様子だった。尤も、彼女の方が、違和感を述べながらもユーマより状況を許容している。

『これ、別人だよ』

(別人なのは見てわかるよ!)

『いやー、別人扱いにも種類があるでしょ? 例えば、立場が入れ替わってるから態度も変わってるだけ、とか。でも、このヒトたちは、たぶん、そうじゃない……』

(……それは、どういう意味?)

『似てるのは顔と声と口調だけで、あとは生まれも育ちも人格も人間関係もまるっきり別って意味』

(本当に別人だよそれは!!!)

『でしょー? その場合、立場がチェンジしてるだけって考えるとストレスでハゲちゃうかも。けど勘違いだったらご主人様が寝首を掻かれてぶっキルされちゃうし、そんなの絶対イヤだし……う~ん……う~~~ん……ま、そん時は逃避行! 回れ右しよ!』

(保安部と探偵事務所から、ってこと!?)

『頑張ろ!』

(……そ、そうならないことを祈りたいよ)

 死に神ちゃんは悩まし気に腕を組んで頭を捻らせていたが、わからずとも無理もない。

 と言うか、推察を立てて貰えるだけ、精神的に随分と助けられていた。

(ちなみに、立場が入れ替わってるだけって推測がなしだと思った理由、ある?)

『あるよ! ってかご主人様、さっきからオレ様ちゃんの方が探偵っぽくなってんじゃん。相当テンパってんだね』

(……否定できない。と言うかその通りだよ。真実から逃げちゃいけないのに)

『逃げてないでしょ? ただ、進めなくて足が止まってるってだけ。だからオレ様ちゃんが背中を押したげるよ!』

(死に神ちゃん……)

『あ、そうそう、ご主人様の質問の答えだけどね、立場が入れ替わってるだけであのヨミーがご主人様を助けるなんてあり得ないってドン引きしたからだよ』

(…言われてみると、確かに)

『ま、打算の可能性もあるっちゃあるし、程々に警戒していこ~』

 脳内で死に神ちゃんと会話し、状況を俯瞰して整理する。彼女とのやり取りに今までも助けられてきたが、今回は特にひとしおだった。


「…………わかった。今回は手を引いてやろう」

 ユーマが死に神ちゃんと脳内でやり取りをしていた一方で、ハララとヨミーの睨み合いも決着が付いた。

「今はもう月も見えない。君の言う通り、いつでも何とでもなる」

 手を引いてやる、と言った割にはハララの眼光は眼鏡の奥で爛々としていた。

 一旦は煮え湯を飲み下すと決めたが、いつか必ず倍返し以上にしてやる、と敵愾心を剥き出しにしていた。

「今のこの街は新月よりも明るいだろ。ネオン塗れなんだからよ。月夜に襲撃するよりも、ずーっとラクなんじゃねぇか?」

 ヨミーは肩を竦めてせせら笑っている。

 ……どうやら、元居た世界と比較すると、目に見えて関係が険悪らしい事は見て取れた。




 前述の経緯でユーマが連れて来られたのは、ヘルスマイル探偵事務所だった。元居た世界と同じく、河川敷の潜水艦だ。

 看板には、夜行探偵事務所ではなくヘルスマイル探偵事務所の文字が発光している。文字数を元居た世界と同じサイズの看板に無理矢理詰め込んでいる為、若干読み辛かった。

 余談だが、数日後にユーマがその疑問を口にした事から端を発して改名騒動が起こり、結局元の木阿弥に落ち着く事となる。

「ナンバー1直々の指令だ。オメーら超探偵がカナイ区に集められた真の目的は、“カナイ区最大の秘密”を探る為だとよ。つまりはアマテラス社との日常的な全面戦争だ」

 元居た世界では、この時点でのヤコウ所長は既に逃げ腰だった。できれば引き受けたくない、けれども命令だから仕方ない、といった具合に。

 この世界のヨミー所長は前向きに好戦的なようだった。

「なんってことだ、いっそ聞かなかったことにできりゃあ平穏に…………なぁんて逃げ腰は許さねぇからな。ナンバー1からの有り難いお達しなんだ、逆らったら承知しねぇぞ」

「元より私はヨミー様に従うつもりです」

「わ~! ヨミー様ってば、ナンバー1様の威を借りてテンション超アゲアゲでワルイ顔しちゃってる! ドミニクもそう思うっしょー?」

「……」

「……私は、ヨミー様の為に……っま、待ちなさい! いつの間に……」

「そっちの番だぞセス。負けたら約束通り金払ってもらうからな」

 キャスティングこそ違えど、流れは元居た世界と似ていた。ただ、そのキャスティングに未だ慣れる事ができず、ユーマは困惑しっ放しだったのだが。

 ナンバー1からの指令の直後、所長であるヨミーは椅子に優雅にふんぞり返っていた。自信満々をその身で体現している。その脇には、愛する右腕だと言って憚らないスワロが整然と控えていた。

 ギヨームはビビッドカラーのエプロンを着けて台所に立っており、ドミニクに力仕事を押し付け……もとい、任せている。この世界のギヨームはクッキング系動画配信者で、けれどもカナイ区ではできないからと実はストレスを溜めているらしい。

 セスはヨミーに陶酔しながら目を細めていたが、オセロの盤面を今一度見下ろし、両目を見開いて絶句していた。抗議らしき言葉を対戦相手であるスパンクにぶつけるも、生憎と小声過ぎるので聞き取り辛い。


『人生は与えられたカードで頑張るしかないって聞くけど、ポーカーでブタしか作れないんじゃやる気が出ないな~。あっ、でも、実はポーカーじゃなくてブタのしっぽかも知れないし、それなら頑張りようがあるかも』

(ブ、ブタのしっぽ?)

『あれれ。ご主人様、トランプ遊びに疎いんだ~?』

 ユーマがこの探偵事務所の面子から心理的に距離を置きがちになったのは、悪意故では無いとは言え、残念ながら致し方のない側面もあった。

 元居た世界で敵対していた保安部の者達が、この世界では探偵で、ユーマの味方で……という奇天烈な状況を納得するには、時間が必要だった。


 その時のユーマは、雑多な可能性に頭を悩ませていた。

 なまじ元居た世界の知識があるからこそ、色眼鏡を外すのに時間が掛かった。

 死に神ちゃんからはナシっぽいと否定されたが、たまたま立場が逆なだけで、敵対しているか否かで対応が変わっているだけで、当人の性格は同じでは……という思考からの脱却は難しかった。

 その場合、特にヨミーの動向に気を付ける必要がある……という建前で、あのヨミーと姿形がそっくりの人物に対し、警戒心が拭えなかった。

 ユーマの複雑な心情を死に神ちゃんは察していたが、ユーマ第一主義の彼女はそれはそれで仕方ないと放任してくれた。


 後にして思えば、わかっているようで、わかっていなかった。随分と見当違いの心配をしていた。

 この世界におけるヤコウの立ち居振る舞いを目にして、ようやっと思い知らされ、わからされるのだった。


 そしてユーマ=ココヘッドは、わからされた時点ではまだ底には到達していなかった事を、後に推理にて暴く。

 この世界の真実は、二重底になっている。

 ヤコウ=フーリオは元居た世界でのヨミーのように権力欲の塊なのだと思い込んだままでは、真の解決には辿り着けない。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


※以下、この世界の偽ジルチってどういう立ち位置? に対する個人的なアンサーが発端の文章です。

※復讐者と化した反転ヤコウ視点。ヤバい事に手を染めている描写がちらほらと散見。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「あぁ、別に気にするな。いつも通り体裁を整えてくれりゃ、あとはハンコ押しといてやるから」

「……」

「書き直しとか面倒な事はさせない。今日はもう上がっていいぞ」

 そう言い残し、入りかけた保安部のフロアから出て行こうとした、が……急に心変わりを起こし、足を止めた。

 ヤコウの投げ槍で無関心な態度に傷ついているハララを労わる為ではなく、ハララの傷ついた顔を観察する為だった。尤も、そんな顔を見た所で、ヤコウの心は満たされなければ癒されない。

 なぜなら、ヤコウは他人の不幸を嘲笑できる悪趣味な人間ではないからだ。

 誰かの傷ついた顔を見れば、しかもそれが信頼できる部下であれば、立場も忘れて駆け寄るような人間なのだ。

 だが、目の前のハララ=ナイトメアは、人間じゃないから、そうしない。それだけだ。実にシンプルでわかりやすい理屈の下、ヤコウは行動している。

「オレは別に怒ってないぞ?」

「……僕は、まだ何も言っていないぞ」

「…本当にぃ? これからなんか言うつもりだったんじゃ?」

「……、部長…」

 ハララとのやり取りで、ふとした瞬間、憎悪が洩れそうになる。と言うか、たぶん洩れている。

 ハララが窮したように沈黙したのを見兼ねて、ヤコウは表情筋を緩めて心にもなく笑う。

「ごめんごめん、言葉にトゲがあったかな? そう暗い顔するなよ。オレはお前らのおかげで、こうしてアマテラス社でうまい空気を吸えてる。ついでにカナイ区の犯罪も思い通りにできる!

 ……ま、本当に思い通りにしたいなら、あのCEOを何とかしなきゃならないんだが」

「そのCEOが呼び寄せた超探偵達の内、五名の侵入を許してしまった。そして今日、見習いとは言え、あと一人……」

「だが、本来は何十人も押し寄せてきてたんだ。数は減らせたよ。ご苦労さん。これでも食って帰って寝てろ」

 ヤコウは懐からカマサキ地区で大人気の肉まんを取り出し、ハララに手渡す。

 ヤコウは肉まんが大嫌いだ。だが、自分も肉まんを食べていると印象付ける為、吐き気を堪えながら毎日購入している。

 だから、ハララに渡したのは廃品処理ぐらいの気持ちだったのだが、ハララの目に光が灯った。


(『ハララ』みたいな顔、しやがって)

 ヤコウは内心で舌打ちした。


 恐らく、ハララは食べたからと言って帰って寝たりはしないだろう。

 ハララが、ヤコウの手足としてカナイ区を駆け回っているのは知っている。知っているが、それを労ったりはせず、ヤコウはひらひらと手を振って退室した。

 己の背へと、ハララの手が縋るように伸ばされかけた事を気配で察しながら、敢えて無視した。




 CEOのマコト=カグツチとすれ違う時、これ見よがしに肉まんを齧った。決して飲み込まないよう、ずっと噛み続けていた。

 自室に戻り、何重にも鍵を掛けた後、ヤコウは顔から血の気を引かせながらゴミ箱へと嘔吐した。

 ……自らもホムンクルスだと誤認させる為のアピールとは言え、こんなおぞましい物を頬張る事にはいつまで経っても慣れなかった。

(……いや、違う。これが正しいんだ。慣れちまったら、あいつらに顔向けできない)

 げえげえと吐き終えて、口を濯いで、ヤコウはベッドへと倒れ込んで体を丸める。

 自室のベッドなのに安心できなくて、身を守るように縮こまった。


 ヤコウ=フーリオ保安部部長は、三年前の空白の一週間で生き残った唯一の人間である。

 それ故、現在のカナイ区の住民を憎悪していた。

 このカナイ区のどこに居ても、心はいつだって最愛の妻や信頼できる部下達が化け物共に食い殺されたあの日に取り残されていた。


 今や、このカナイ区は化け物共が住まう魔窟だ。

 表面上だけ人間ぶっていても、騙されるものか。騙されてはならない。

 唯一生き物った人間として、化け物共に食い殺された亡者に報いる義務があるのだから。

 それ故、本来ならば超探偵は何十人でも訪れて欲しい。辿り着いた超探偵の邪魔もしたくない。だが、呼び寄せたのがCEOで、CEOの目的が保安部の権力削減だからと、仕方なく形だけでも敵対せざるを得ない。

(人間だってバレちまったら、『保護』される……駄目だ。オレには、やらなきゃいけない事がある……)

 ヤコウの願いは、カナイ区の住民を食らっておきながらその人生を乗っ取ったホムンクルスを守ろうとするCEOの目を欺き、ホムンクルスを全員抹殺する事だった。

 唯一生き残った人間だから助けてくれ、ほら血が赤いだろう……と弁解する気は一切無かった。

 訳もわからずに無念の内に食い殺された者達を思えば、自分一人だけのうのうと生き延びる選択肢は論外だった。


「……どうせ、“見て”んだろ。ヴィヴィア」

 ぽつり、とヤコウは呟いた。

 確信があった訳では無い。恐らく居る、と憶測で勝手に呟いただけだ。後にヴィヴィアに会った時、探りを入れて確認している。

 『幽体離脱』でプライバシーを覗くな、と厳命する事は可能だ。ヴィヴィアも従うだろう。だが、締め付け過ぎると他の抜け道を探されかねないので、意図して放置していた。

 気づいているし不愉快けど、でもお前のやっている事だから許すよ、と……この許しは、ヴィヴィアにとってさぞや甘い蜜となっていよう。

(まるで虫だな……)

 ヤコウは感慨もなく思った後、仰向けになり、片腕で自らの両目を覆ってしまう。

「余計な気を回すなよ。食える時は食ってっからな。…あーあ、お天道様が恋しいぜ」

 雨はもう、うんざりだ。

 ……天気も、住民の正体も、すっかり変わってしまったカナイ区では、ヤコウは豹変したと蔑まれている。

 ヤコウ=フーリオは、初心を忘れて権力欲に囚われた。妻が失踪しても探しもせず、出世にばかりこだわる見下げ果てたゲスのカス。

 部下の形をした人食いの化け物達は、ヤコウを蔑む者達をひっそりと裏でシメてくれている。どうでも良い。勝手にすれば良い。回り回ってヤコウの目的に貢献されるので、止める理由も無い。

「クギ男の件、ちゃんと任せたぞ。失敗しても責任は取らねぇ。お前が単独でやったって切り捨てるからな」

 トカゲの尻尾切りを堂々と宣告し、また身を丸めて不貞寝する。

 理解し難いが、これが却ってヴィヴィアの忠誠心を高める。実に不可解な精神構造だ。元となった人間と同じく、全く以て不思議なヤツだ。

 何かあれば見放すと明け透けに遠慮なく物申されるのが、寧ろ信頼の証だと誤認するとは。彼の生育環境は歪んでいたと知っているが、想像以上である。


 それでも、『ヴィヴィア=トワイライト』とは、ヤコウの『妻』殺しまでも黙認するような人物だっただろうか。


 ホムンクルスにも、元となった人間と同じ能力が備わっている。

 空白の一週間を生き延びたヤコウは、その最終日に自分と妻のホムンクルスを葬ったのだが、その現場の一部始終をヴィヴィア=トワイライトの形をしたホムンクルスにも“見られていた”。

 完全に誤算だったが、幸いにもリカバリーが利いた。

 二人きりの空間でヴィヴィアから言及された瞬間、目の前のコイツもバラバラ死体にせねばと体が動いたものだが……事の次第を聞いて、色々と考えて、止めた。

 ヴィヴィアが“見た”一部始終とは、ヤコウが妻の形をした化け物をバラバラにし、下水道の工事に託けてコンクリートに埋めた場面だった。

 ギリギリ、問題の無い場面だった。いや、配偶者の殺人現場だなんて、本当は問題があるはずだけど、ヴィヴィアが共犯ぶって秘密を守ってくれる範囲内だったのだ。

 もし、ヤコウ自身のホムンクルス関連の場面だったら、流石に……。


 話を戻そう。

 果たして、本物の『ヴィヴィア=トワイライト』も同じ事をするだろうか、と。

 答えは、是だ。

 『ヴィヴィア=トワイライト』も同じように地獄に堕ちる決断をしただろう。

 奴らは、本物と寸分違わぬ思考回路の存在故、そう言い切れる。……本物を、食い殺しておきながら。

 そうして本物と比べて、本物と違わぬと実感して、だからこそ憎悪を維持させ続けて、ヤコウは復讐心を忘れまいと戒めていた。

 自分さえ納得すれば、誤魔化せば、優しい想いに惑わされれば……なんて逃げ道を自ら塞ぎながら。


「あと、ハララのことは……まぁ、ほんとに、よくやったと思ってる」

 上司らしく、一応は気を遣う。一応は。

 その正体を思えば、お釣りが来るくらいに優しいはずだ。

「ただ、ヨミーへの嫌がらせは程々にな。反社会的な連中を弾圧し過ぎると逆に英雄視される。現に、オレらのこと嫌いな連中から一定の人気を得ちゃってるし」

 自室での、ヴィヴィアが“見ている”のを前提としたやり取り。結果論だが、保安部の秘密保持に貢献してくれている。

 ヴィヴィアがそこに“居る”のが体感七割を超えた頃から、これはこれで便利だから利用し続けようとヤコウは吹っ切れた。

「ヨミーは探偵特殊能力を持たないが、だからこそ基礎スペックで認められた優秀なヤツだ。もうとっくに行き着いているはずだ。アマテラス急行における連続殺人事件の真犯人が、自分の親友だってことに」

 嫌がらせは、もう充分だろう?

 ヤコウはそう続けながら、まぁそれはこっちが用意したニセモノのゴールなんだけど……と失笑する。

 くるり、くるり、と目を覆っている腕とは逆の手で弧を描く。

 ただ指を動かしているとも、格好付けてウロボロスを意味しているとも、グルグル回ってるだけじゃゴールに辿り着けねぇよクソがと悪態を吐いているようにも、解釈次第で如何様にも映る。

「……いいか? 黙っとけよ。このカードをあいつに切るのは、オレだ」

 ヤコウは有無を言わせぬ威圧感を漂わせながら断言し、腕を下ろして瞼を閉じた。

 もう寝るからやり取りはお終いだ、と態度で如実に示す為だった。

 とは言っても、本当には眠っておらず、瞼を閉じながら思考を続けているのだが。


 なぜ、ヨミーの親友がアマテラス急行列車で連続殺人犯となったのか。ヨミーを裏切り、憎きアマテラス社の先兵となり、捨て駒となり、散ったのか。

 その答えは、ヤコウとウエスカ博士による共犯だ。社内で順調に地位を確立していったヤコウはウエスカ博士を脅迫し、彼を通じてヨミーの親友を……。

(薬物にも洗脳にも、すげー耐性があったなぁ。……ま、最後には脳をいじられて屈服して、オレのことヤコウ様って呼んでたけどな)

 ヨミーの親友を手駒にする過程は、説得という名の拷問を超えた尊厳破壊の映像記録は、手元でちゃんと管理している。自室に置き去りになんかしない。肌身離さず隠し持っている。

 ヨミーの親友の人格を強制的に塗り潰した、唯一無二の証拠。コートの中に隠しているそれを、ヤコウはまるで大切な物のように丁重に触れて実感を確かめていた。

 だって、本当に大切なのだ。この壊れてしまった心にとって。

 これをヨミーに見せつけてやれば、探偵だと思い込んでいる化け物が殺人を犯す動機になるだろう。殺意の矛先はウエスカ博士へと誘導するが、仮に自分に向かっても構いやしなかった。できる限り対処はするが、その時はその時だ。

 ヤコウの赤い血が流れても、それはそれで問題は無いと破綻した無敵感に酔っていた。ホムンクルスへの糾弾に繋がるのであれば、どう転んでも構わなかった。

(大切な親友の尊厳を穢されたんだ。怒らなきゃ“人間”じゃねぇよな? ……なんて、な)

 ヤコウが生きる目的は、ホムンクルスの殲滅。

 それ以外にあり得ない。それが達成できるならば、命も惜しくない。

 その為に、都合の良い証拠を探偵達に掴ませる。幾らでも用意する。奴らは無理矢理握らせた証拠は拒むだろうが、自分で苦労して掴んだ証拠ならば許容するはずだ。

 後味が悪くとも、他ならぬ自分達が得た真実であれば、彼らは受け入れてくれるはずだ……。


 瞼を閉じている内に本当に眠くなってきて、ヤコウはゆっくりと意識を手放していく。

 寝る度に悪夢に魘されるけれども、それでも眠る。睡眠薬を服用すれば夢を見ずに休めるけれども、使わずに眠る。

 食い殺された亡者達が唯一生き残ったヤコウを糾弾する悪夢は、ヤコウの指針となり得るのだから。

 ……だから、最近、困り始めている。

 夢の景色は暗いから顔は見えないけれども、懐かしい複数の声から『もう、やめて』と懇願されるようになったから。




(終了)

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