命をときほぐすモノ

命をときほぐすモノ



「ギィィィ!! ギィギィギィ!!」


 けたたましいオルゴールの音と共に、小さな影がマキノの店に飛び込んできた。突然の大音量に思わず拭いていたグラスを落としそうになったが素早く掴みなおして棚に戻す。


 安堵のため息をつきつつカウンターから少し身を乗り出して覗いてみると、ウタが何か両手に持ったままギィギィと鳴いていた。


「あら、どうしたのウタちゃ……」


 その手に持っているものを確認してマキノの動きが停止する。

 ウタの頭部の方を見ると、いつもなら頭の上で揺れているはずの一対の輪っかが1つ欠け、根元の糸がちりちりにほつれている。

 一体どうしたの、と再び声を掛けようとした時、扉を勢いよく開けてルフィが飛び込んできた。


「待てよウタ! 悪かったってば!」


「ギッ!! ギギギィッ!! ギィギィ!」


「わざとじゃねえって……そんなに怒ることないだろお……」


「ギィギィギィ! ギィッ!!」


 いつになく激しい勢いでまくし立てるウタ。必死に謝るルフィにぷいと背を向け、持っているソレを強く抱き締める。

 もう一度ウタの手元の赤い輪っか状の布を見て、マキノは大体の事情を理解した。


「……これはルフィが悪いわね。ウタちゃん、こっちにおいで。直してあげる」


「キィ……」


「マキノまでなんだよお。確かにおれが悪かったけど、本当にわざとじゃないんだって」


 眉尻を下げて珍しく困り果てている様子のルフィに、マキノは裁縫箱の中身を取り出しながら苦笑いする。


「ルフィがわざと意地悪をするような子じゃないっていうのはちゃんと分かってる。でも今回はウタちゃんもちょっとショックを受けちゃったのよ」


 何かを堪えるように小さく震えるウタの背中を優しく擦って慰める。その様子を見ていたルフィは不思議そうに首を捻り、顔を見上げてマキノに問いかける。


「……なんで? 破れるのはいつものことだろ?」


 ルフィの言う通り、ウタの布で出来た柔らかい身体が破けたのは一度や二度ではない。痛みもないようだし縫えば解決するので、本人もルフィもそこまで重く見たことはなかった。だから今回誤って千切ってしまった直後、何故あんなにウタが動揺していたのか分からなかった。


「そうね、でも髪はまた特別。昔から「髪は女の命」って言うぐらい女の子にとって大事なものなのよ」


「かみのけが?」


『絶対イヤだ! 服も汚れるし、髪も崩れちゃう!』


 不意に、脳裏に聞き覚えのない少女の声が響いた。


 この記憶がいつのかも、誰のものかも分からない。だが記憶の中の少女も髪の形が崩れるのを嫌がっていたことやウタの反応を思い出すに、マキノの言うことは確かなんだろう。


「(命と同じくらい大切なものか……)」


 自分にとってそれに値するものはなんだろう。ウタやマキノなど周りの人たちは勿論掛け替えのない存在だとして、物でいえばシャンクスから預かっている麦わら帽子だろうか。

 この帽子を乱暴に扱われたら……と想像し、自分はウタにとって酷い行いをしてしまったのだということをルフィは理解した。


「ウタ、ごめんな」


 改めて謝罪の気持ちを伝える。修復を終えたばかりの輪っか(髪)を確かめるように撫でていたウタはルフィの顔をじっと見つめると、気恥ずかしそうに頷いてキィと一言鳴いた。


「ふふ、もう怒ってないって」


「ウタァ~~!」


「キッ!? ギィ~~!」


 これが今から大体12年前の記憶である。


・・・・・


「……なあ~ナミ~、まだか~?」


「あとこのお店で終わりだから大人しく待ってなさい」


 大きな島に立ち寄った時恒例の生活用品の大量買い込み。おれはその荷物持ちの為にナミの後ろについて回っていた。


 少ない時はパンパンの買い物袋を両手からぶら下げる程度で済むが、近頃満足に買い物出来るような機会に恵まれなかったこともあって、あれもこれもと買い揃え、山のような荷物を抱きかかえる羽目になっている。


 物の管理とか苦手なおれに代わって色々考えてくれるのは感謝してるけど、こういう時のナミは人使いがめちゃくちゃ荒い。力にはそれなりに自信があるつもりだけど、長い時間あちこち歩き回ったせいで流石にバテてきた。


「あとはブラシとかのアメニティ系よね……えーっと……」


 そういってナミはメモを片手にしゃがみ込んで店の商品を選びはじめた。ただつっ立っているだけではつまらないので、おれもぼんやりと並べられている物を見てみる。


 身だしなみに使うものを中心に扱っている店のようだ。クリームや香水、小瓶に入った液体、細々とした化粧用品……興味が無いおれにはどれも同じに見えるけど、ナミは一つ一つ手に取って難しそうに悩んでいる。


「うーん、デザインが良いけど値段がなあ……」


「なあナミ」


「んー?」


「ウタにそれ買ったら喜ぶかな」


 何気なく問い掛けた瞬間、ナミは青い顔をして尻もちをついた。


「どしたお前」


「ど、どうしたはこっちの台詞よ……何なの急に……」


 ブラシを持ってない方の手で尻についた土埃を払いながら立ち上がるナミに、おれは昔の出来事をかいつまんで説明する。


 話を聞いた後ナミは苦々しい顔をしながら「あんたそういう事やりそうだわ」と唸った。おれそんな雑に見えっかなあ。


 とにかく、昔の詫びという訳でもないけど、人間に戻ってナミやロビンと同じように大人のオンナになれた以上、ウタも髪の毛とか気を遣うようになるんじゃないかと、そういうのに詳しくないながらも考えた。


「なるほど……あんたにしては殊勝な心掛けね」


 ナミはうんうんと頷いた後、店員に呼び掛けた。元気の良い返事をして店員がこっちに小走りで向かってくる。


「さ、一緒に選ぶわよ」


「え゙っ、おれこういうのサッパリだぞ」


「大体のことは私と店員さんで決めて候補を絞るから。送るのはルフィなのよ? あのコの好きそうなのしっかり選んでみせて」


「おれ分かるかなあ……」


 こいつは航路を決める以上になかなか難しい選択だ……。


 ちんぷんかんぷんな用語を並べながら喋り始めたナミと店員の脇でおれは頭を抱えた。



「ウタ」


「--ん?」


 海を眺めながら歌っているところを背後から呼び止めると、その長い赤と白の髪を靡かせながらウタはこっちに振り向いた。


「なんか用?」


「これ、やるよ」


「えっ」


 こういう贈り物とかあんまりしたこと無いから、それっぽい言葉が思い付かない。

 まあ、こんな感じか?なんて思いながらほいと軽く紙袋を手渡すと、ウタは目をまん丸にして後ろの輪っかを逆立たせた。


「あのルフィが……プレゼント……?!」


「ナミにも似たような反応されたな……そんなに変か?」


「変っていうか、あんまりルフィがこういう事するイメージが無いっていうか…………ねえ、開けてみてもいい?」


「おう」


 紙袋を開けるウタの顔から目が離せない。少しドキドキしたような表情に、何故かこっちまで緊張する。中身を確認した瞬間、「わ……」と小さく声を漏らした。


「これ……ヘアブラシだよね。……こっちはオイル?」


「獣毛のブラシとそのオイル合わせて使うと良いんだってよ。潮風で髪が痛みやすいから……って言ってたかな。よく覚えてねえや」


 袋から取り出してまじまじとブラシを見つめる。殆どあの2人に任せっきりだったけど、最終的に3つほど並べられて、なんとなくウタにはこの淡いピンクと黒のブラシが似合うと思って選んだ。

「でもどうして突然」


「昔さ、おれ、お前の髪乱暴に扱ったことあっただろ。それ思い出して、なんとなく」


 それを聞いたウタは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした後、口元を押さえて笑いだした。


「なんで笑うんだよ?!」


「ご、ごめ……。まさかあの時の事覚えてて、気にしてくれてたなんて思わなくて……っ!」


 こっちは後ろめたい気持ちだったのに、まさかこんなに笑われるとは。やっぱり慣れないことはするもんじゃないのか。


「おれはあん時、お前がめちゃくちゃ怒ってたから大事なもん傷つけちまったんだなって……!」


「ふふ……っ、そうだね。あの時は私もムキになりすぎたよね」


 昔を思い出すように目を細めると、ブラシを袋にしまい、ニッと歯を見せて笑った。


「ありがと、すっごく嬉しい! 大事にするねっ!」


 「早速部屋に置いてくる!」そう言って背を向けて駆けていった。船の中に入っていくまで、ウタの揺れる後ろ髪を眺める。



「……嬉しい、って言ってたよな?」


 誰に問い掛ける訳でもなくひとり呟く。胸の中をくすぐるようなこの気持ちはなんなんだろうとおれは首を捻った。

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