命と向き合う旅 Day2
ハワトリア西部、アースマンレーススタート地点。同じく西部にあるブリスティンホテルを本拠地とする水妃モルガンが特異点ハワトリアを消滅させる為開催した、山岳・溶岩・海上を走破する前人未到の一大レースイベント、アースマンレースのスタート地点である。
前回開催されたレースでは、優勝賞品に1億QPと「マスターと一週間、特異点が消えるまでふたりきり」というとんでもない賞品が出され、会場は大盛りあがり。主催者であるモルガンも自身の名代として、ランスロットの名を冠する妖精騎士、メリュジーヌを派遣し優勝賞品の奪取を目論むも鈴鹿御前とタッグを組んだ藤丸がメリュジーヌの弱点を突く見事な作戦(ズル?)を展開し見事優勝。モルガンの野望を打ち砕いたのだった。(ちなみに派遣されたメリュジーヌは名代の意味を一切理解しておらず、仮に優勝していればこのハワトリアは海の藻屑と化していたであろう。)
そんなこんなで、レースは幕を降ろしたのだが、大好評だったレースの結果を経て規模と参加条件を広くした第2回を開催することをモルガンは決定。今日は近く開催される本戦に向けての予選会が実施される為、大勢の人でごった返していた。
スタートが近づくにつれ選手と観客の熱気も上がっていく中、少し離れた木陰でやる気なさそうにストレッチをしている銀髪の少女がいた。
「はぁ~…テンション上がんな〜い…8時起きだったし、マスターは護衛の仕事に行っちゃったって聞くし。帰ってビーチで優雅に過ごしたいよ。」
そう呟く少女をレンジャー服の精悍な女性騎士が嗜める。
「何を呆けている、メリュジーヌ。先のレースでの失態を挽回する機会を陛下から賜ったというのに、またしくじるつもりか。」
「レース結局陛下のせいで目茶苦茶になったじゃん、あの時大変だったんだよ。バーゲストはメイドやってて知らないんだから。」
「ウミヌンノスが出現したのは、マスターがゴールした後だろう。言い訳するな。…今日は陛下も視察に来られる。みっともない姿を晒すなよ。」
「分かってるよ、後が怖いからね。
はぁ~ぁ、さっさと終わらせよっと。」
「まったく…うん?。メリュジーヌ、貴賓席を見てみろ。」
「なに?………あっ!!」
「凄い熱気ですね…。」
「うん、俺もびっくりしてる。この間の本戦に全然負けてない。」
スタート地点を一望出来る場所に設けられたVIPのみが入ることの出来る貴賓席、藤丸とAAの姿はそこにあった。
何を隠そう藤丸がAAを連れていきたかった場所とはこのアースマンレース会場であり、前回の本戦を直に見られなかったのをAAが残念がっていた事を風の噂で聞いていた藤丸は、「せっかくなら予選から観に行こう。」と彼女を連れ、事前に購入していた貴賓席に陣取った。
ちなみに中心街からここ西部までかなりの距離がある為、最近バーゲストの補佐の為大型免許を取得していた藤丸は、NFFサービスにレンタカーを借りた。
(ホテルに迎えに来てくれた時、真っ白なオープンカーに乗ってきたのはびっくりしましたが、顔を真っ赤にして「晴れてるし、風を感じれた方が良いかと思って…。」と言ってたのは、何だか可愛かったですね。)
そんな事を思っていると、立香が見知った顔がいる事に気づいた、
「あ、あそこの木陰にメリュジーヌがいる。」
「隣にはバーゲストもいますよ、今回はレースに参加するのですね。」
「メリュジーヌー!バーゲストー!頑張ってー!」
向こう側で手を振る二人に立香は声を返す。
私も手を振って返すと、バーゲストはともかく、アルビオンには困惑の表情を向けられた気がした。
「アースマンレース予選会、スタートまであと5分です。選手の皆様はスタート地点へ集合願います。」
「…もうすぐ、始まるね。」
「はい、なんだかわくわくしてきました…!」
「…ねぇ、AA。」
「?」
「レースが終わったら、どうしても伝えたいことがあるんだ。」
「………!」
「……聞いてくれる?」
「…はい、勿論です。」
「アースマンレース予選会!スタート!」
レースが、始まった。
「はぁ…はぁ…。」
凄かった。ただその一言だった。
会場から湧き上がる歓喜と情熱に当てられて、私と立香は、柵から身を乗り出して、喉がカラカラになるまで叫んで、1位がゴールを駆け抜けると理由はわからないけど、二人で抱き合って、喜んだ。今私は、椅子に倒れ込んだ私の為に下のラウンジに飲み物を取りに行った立香の帰りを待っている。
だんだん熱が抜けてくると、立香の伝えたいことがあるという言葉を思い返した。
「私も伝えたいことがあるのに…先手を取られてしまいましたね…。」
正直しまったと思った。私の伝えたいことが意味をなさなくなるかもしれない、もっと早く言えば良かったという後悔だけが残るかもしれない。怖い、立香の言葉が怖い、昨日ちゃんと覚悟を決めたのに今更尻込みし始めている。
(伝えられるのでしょうか…?本当にこの言葉を…立香に__。)
コツン…コツン…
足音がしたのでバッっと振り返る。
目の前にいたのは、モルガンだった。
「酷い顔だな、聖剣の守護者が聞いて呆れる。」
「…………………立香は、今いませんが。」
「我が夫への挨拶は既に済ませている。貴様と違ってな。」
「嫌味ですか?私が立香と二人きりだからって。」
「本心すら伝えられぬ貴様が私と同じ土俵に立っていると?メリュジーヌの方がまだ歯応えがある。」
「……………っ!。」
「まったく情けない。姿形がどれだけ変わろうと貴様の本質は猪だ。」
「猪なら猪らしくぶつかって砕ければ良いものを。」
「___話しすぎたな、私は戻る。」
「おまたせー。ごめんAAちょっと遅くなっちゃって。」
「立香。」
「………?」
戻って来た立香に正面から私は向き合った。
(モルガンに発破を掛けられるとは…いや、相手にそんなつもりは無かったかもしれませんね…でも。)
____やっと覚悟が決まりました。
「…さっき、あなたはどうしても伝えたいことがあると言って、私はそれを聞くことを了承しました。」
「…うん。」
「でもごめんなさい!私にも、どうしてもあなたに伝えたいことがあるんです!だから…。」
「先にそれを伝えたいです!いいでしょうか!?」
立香は、首を縦に振って了承した。
伝える…!届ける…!本当に伝えたかった事、一番言わなければいけない事、心が砕けようが、全てを__!
「私は…あなたに…!」
「マースーター!♡」
ドンッ!
「うわっ!、メリュジーヌ!?」
「今日は応援に来てくれてありがとねマスター!♡この後ボクの壮行会がブリスティンホテルであるんだ!ほらほらいこいこ!」グイグイ
「待っ、待ってメリュジーヌ!悪いんだけど今日はAAと…!」
「そ、その通りです!立香は今日私と一緒に過ごしているのです!引き下がりなさい!」
「えー?、なんでー?マスターはボクの恋人だよ。恋人を優先するのは当然でしょー?」
「それはあなたが勝手に…!」
「ていうか、なんでマスターといるの?村正と遊んでればいいのに。」
「!?」
「あ!もしかして村正に飽きちゃって、あんなにほったらかしてたマスターに鞍替え?意外と節操ないね〜。ボクはこんなに一途だってのに♡」
「ち…ちがっ…。」
「メリュジーヌ!!!」ゴンッ!
あまりにもな発言に藤丸から折檻の拳骨が飛んだ。
「あいだっ!何するのマスター!」
「………今の発言は聞かなかった事にする。次言ったらこれだけじゃ済まさないから、今日はもう戻って。」
「っ!………ごめん、悪かったよ…。じゃあね。」
毅然と言い放つ藤丸に気圧されて、メリュジーヌはその場を去った。
「はぁっ…はぁっ…。」
違う、絶対に違う…!
「AA?」
私は…私は……!
「…っ!ごめんなさい!立香!」
「え、AA!?」
___私は、その場から逃げ出した。
「…ここ…何処でしょう…。」
気が付くと、知らない海岸にいた。
「まぁ…一人になりたかったですし、丁度良いです…。」
水平線に沈む太陽を見つめながらうずくまる。
なぜ逃げ出してしまったのだろう。
アルビオンの言った事なんてお得意の煽りだ。自分は絶対に思って無い…無いのに…。
「あぁ…ああぁぁ…。」
また涙が溢れ出した。自分が周りにどう見られてたのか思い知って、浮かれていた自分を恥じて。
アルキャスの言った通りだ。自分の事しか考えてなかった、どんなに時間が経っても立香は変わらないと本気で思い込んでた。
でも現実はこれだ。立香は心を透明にして、私を守ろうとして、立香自身が一番辛かったはずなのに…!
伝えたかった事はもう届かない、約束は自分から破った。
もう…もう___!
「キャスター!!!!」
「……………えっ?」
「はぁ…はぁ…やっと見つけた…!、キャスター…!。」
耳を疑った。それは奈落の虫打倒の時、彼が叫んだ名。私の本来のクラス。数多のサーヴァントと契約する彼にとってクラス名で呼ぶ事は唯一無二の信頼の証だった。
「立香………どうし」
「まだ聞いてない。」
「……?」
「キャスターが伝えたかった事、まだ聞いてない。それに俺が伝えたかった事も言えてない。それが叶うまで俺は帰らないし、君も帰さない。」
「でも私…」
「構わないから言ってくれ、キャスターが言ってくれなきゃ俺も約束を果たせない。だから言ってくれ!」
「___っ!」
目を見据えて、真っ直ぐに向き合う。
最後のチャンス、誰もがそう思うだろう。もう止まらない、今度こそ_!
「立香…私は…!」
「立香に甘えてしまっていました……!」
「会いに行かなかった事も、隠れて村正さんと遊んでいた事も、あなたの気持ちを無視してしまった事も…全部全部彼女の為と言ったら許してくれると思って…!全部終わらせて会いに行くまで、きっと変わらず待ってくれてると思って…!」
「でもそんなのは願望でした!許されることじゃありませんでした!それなのに立香は、私にぶつけるべき感情を心を透明にして抑え込んで、私を守ろうとして…!あなた自身が一番辛かったはずなのに、そんな事をさせてしまって…!」
「本当に…!本当にごめんなさい!!」
泣きながら全てを告白した、これで本当に全て。後は…立香の言葉を待つだけ。
「全て…言ってくれたんだね。」
「…はい。」
「…じゃあ次は…俺の番だ。」
「…実は俺、2日前君に会いに本部に行ったんだ。」
「…えっ?」
「会長室のドアの前で、俺の為に水着を作ってくれたって話が聞こえてきて、俺怒っちゃったんだ。ならどうして会いに来てくれなかったんだって。」
「…………。」
「それから、自分の中に黒くて、身勝手な感情が湧いてきて、どうしていいか分からなくて、何よりキャスターには絶対に見られたくなくて。だから心を透明にした。」
「さっき君は、私を守ろうとしてって言ってたけどそれは違う。自分はそんな感情を持つ人間じゃないって、嘘をついて…キャスターを騙そうとした。ごめん…!」
「そ、そんなことは!」
「でも!そんな感情要らなかったって、今は言える。」
「…?」
「昨日、言ってくれたでしょ?俺と一緒に行きたいと思った場所に連れて行ったって、それを聞けて嬉しかった、俺の事ちゃんと考えてくれてたんだって。そして何より__。」
「君と一緒に過ごす夏を、待ってたかいがあったって、心の底から思えたんだ………!」
「本当に……ありがとう!!」
「………立香ぁ…!」
泣いている立香に近寄って、胸に倒れ込んだ。
鼓動が聞こえる、暖かい。
(私の命だ、私の命がこんなに近くに感じられる…。)
ふと遠くを見ると、ブリスティンホテルから花火が上がっていた。
「立香、花火。」
「…ほんとだ。」
花火が彩る夜空を、二人は手を繋いで見上げた。
「…キャスター。」
「…なんですか?」
「今日……楽しかった?」
「…はい、楽しかったです。」
「_____良かった、嬉しい。」
翌日、正常化委員会本部。会長室は喧騒の真っ只中にあった。
「朝帰りしたと思ったら立香独占させろってどういうことだコラァ!あんま欲張ると出すとこ出すぞコラァ!」グイー
「別に独占なんて言ってません…!村正氏にもう一日休暇取って貰おうと思っただけです…!」グイー
「ちょっ!ちょっと!ちょっと待って!無理!メカエリチャンになる!B攻撃のメカエリチャンみたいになるー!!」
あの後、あまりにも遅くなったので、二人はブリスティンホテル内にある藤丸の為に用意された最高級スイートに宿泊。藤丸の名誉の為伝えておくが、相部屋といっても中は凄まじく広くベッドも2つ、そして何より彼自身が手を出そうとしなかった為本当に何も起こってない。(マスター!嫌わないで!とメリュジーヌが号泣しながら部屋に突撃する事件はあったが)朝食を終えた後、車で本部に戻ると般若のような顔で仁王立ちするアルキャスが待ち構えていた。
傍から見れば完全に朝帰りな二人をアルキャスは問い詰めるがAAはどこ吹く風、更には村正の休暇を一日延長し引き続き藤丸に護衛してもらいたいと提案。とうとう堪忍袋の緒が切れたアルキャスとAAに藤丸は左右から腕がちぎれそうなくらい引っぱられていた。
「そもそもニ日間だけって話だったでしょ!?皆待ってるんだから早く立香返して!」グイー
「あなたは数週間ずっと立香と一緒だったではありませんか…!やっと私も仕事が終わってゆっくり出来るんです。もう一日オマケしてくれてもバチは当たりません…!」グイー
「あなたDay1以外遊びまくってたでしょうが!何一仕事やりきったみたいな雰囲気出してんじゃー!」グイー
「そこまでだ、二人共!マスターを離してやれ。」
村正の静止で二人は手を離しようやく藤丸は開放、腕はなんとか無事だった。
「あ、ありがとう村正…俺、腕くっついてるよね?」
「付いてるから安心しろ。で、悪いがもう休暇はいらねえよ、用事は済んだからな。」
「そうですか…。」
露骨に残念がるAAを見てアルキャスはある提案をした。
「…今日、お昼みんなでBBQする予定なんだ。……村正さんとあなたも来る?」
「よろしいのですか?」
「大丈夫だと思うよ。じゃあノクナレアに伝えてくる。」
踵を返してアルキャスはドアに向かった。
「そうだ。立香、AA。」
「「?」」
「この間は…ごめんなさい。」
「「…もう気にしてない(ません)。」」
「ありがと…じゃ先行ってる。」
「儂(オレ)も先降りるぞ、準備できたらロビーでな。」
ガチャッ。バタン
「じゃ、俺達も準備して行こっか。」
「そうですね、ところで立香。」
「なに?」
「3日前、私に何の用事だったのですか?」
「うん?…あっそうだ!報告書作るからハワトリアの事でAAに聞きたいことがあったんだ!。」
「そうだったのですか…。」
「でも…先に予定入っちゃったな…。」
「私はいつでも構いませんよ。それに…時間はまだ少しあります。」
「だって____。」
もう少しだけ夏は続くのだから。
これは、巡礼の旅が終わったずっと後のお話。
別に世界の命運はかかってないし、大切な人とすれ違ってしまった二人が仲直りするためだけの旅。
けれど、私にとっては間違いなく。
”命と向き合う旅”だった。