吾子の寒声・2
控え目に空気を揺らす咳の音で目が覚めた。ふっと瞼を持ち上げてひとつふたつ瞬けば、指一本分の隙間も開けずに並べて敷いた布団が不規則に揺れている。雪見障子の向こうから射し込むしろい月の光が羽毛布団の藍色を冷たく照らしていた。
けほ、けほ、と断続的に響く咳はこども特有の高い声をそのまま音にしたようでしんとした部屋によく響く。手探りで行燈を灯すと、ぎゅっと堪えたような息の音がした。
「修兵」
どうした、と、一言。原因なんて理由まで含めて痛いほどによく分かっているけれど、修兵に問うのはこの言葉が最適な気がした。
「けん、せい」
「苦しいか」
修兵が頷くまでの逡巡はたっぷり数十秒はあった、と思う。行燈の柔らかい橙色に照らされたまろい頬はひと目でそうとわかるほどに赤く、呼吸は荒い。けほ、こほ、咳は激しさを増すばかり。身を起こして触れた頬は予想以上に熱かった。
「――暑いか」
「さむい……」
けんせい、と舌足らずにこちらを呼んで縋ってくる指先は酷く冷たい。手足が冷えていて寒気を訴えている時はまだ熱が上がる――卯ノ花から聞いた子供の基本的な風邪症状を思い出し、拳西はくっと眉を顰めた。ゆっくり風呂に入れてやって葛湯も与えたが、冷え切った身体をきちんと温め直すには至らなかったらしい。朝方出掛ける時から間違えていたのだ、と己を殴りたい気分だった。
「……あっためるもん持ってくるから、少し待ってろ」
言って布団から出ようとした拳西の袖を小さな手が引く。ごめんなさい、と落ちた声は咳混じりに掠れて震えていた。
「おるすばん、出来なかった」
「……謝る必要なんてねえよ。ちゃんと出来てた。お前はいい子で待ってた。俺が間違えただけだ」
「けんせー……?」
しっとりと汗ばんで額に張り付いた前髪を退けて、苦しくないように配慮しながら頭を撫でる。相変わらず続いている咳に揺れる背中の頼りなさ、袖口から滲みてくる指の冷たさ、熱のせいで虚ろな光しか見せない目の昏さは拳西の咎だ。
「お前はいい子で留守番が出来てた。それは嘘じゃねえ。……何も気にしなくていい、目ェ閉じとけ。大丈夫だ」
少しずり落ちてしまった布団を肩まで上げてやって、今にも泣き出しそうだった目を掌で覆う。けんせい、と呟いたそのまま、修兵は数秒経たぬうちに眠りに落ちた。
「……ごめんな」
届かない謝罪を落とし、修兵の指先を解いて立ち上がる。ふと見やった手のひらは、修兵が零した涙で微かに湿っていた。