吟くんと比売ちゃん

吟くんと比売ちゃん


(U-20戦後の帰省時)


 山で動物たちと暮らしている。

 こう言えば微笑ましい実り豊かな生活をしていると思われがちだが、実際のところ山の中での日々なんて猛獣、虫害、天災、怪異、不法侵入者、密猟者との戦いだ。

 愛くるしい小動物や懐いてくれる大型の獣も勿論いるが、弱肉強食が基本の世界なので油断していると毒蛇に噛まれるとか猪に突進されるとかは序の口である。

 こと我牙丸吟に至っては、ここいらの山々を昔々から司ってきたというなんちゃら比売命(ひめのみこと)なる女神に未来の伴侶としてツバまで付けられているからさあ大変だ。

 ちなみに正式な名前は名乗られたのが幼い頃すぎてよく聞き取れなかった。でも比売と呼んだだけで嬉しそうな顔になるからそれで良いかと考えている。


「おひさー吟くん! 比売ちゃんってば吟くんと長いこと会えなくて超寂しかったー!」


 目をきゅるんと潤ませた毛並み艶々の雌熊が楽しげに抱きついてくる。

 これは比売の本体ではなく彼女の神使だ。神性を削って器に間借りする形で顕現している。言葉も人間ではなく熊としての言語を使っているが、我牙丸は動物の言葉と日本語のどっちもイケる特殊バイリンガルなので意思疎通は余裕だった。


「和歌山の外で比売ちゃんの他の女神に浮気したりしてない? まあこれだけ牽制してればそんな気を起こす馬鹿もいないよね!」


 がうっと大きく口を開いて我牙丸の着ている熊の剥製ごと頭を口に含み、人の肉や骨など簡単に噛み砕けるであろう牙でやわやわと甘噛みの愛情表現をしてくる。

 傍目には巨大な熊に小さな熊が首を食いちぎられる瞬間としか映らないだろう。剥製の隙間からヨダレがドバドバ侵入してきて肌細胞にまで染み込むようだ。

 これをブルーロックに旅立つ前にもやられたからか、向こうで霊的に鼻の効く奴等や目の良い連中と初めて対面した時は必ずドン引いたような形相で凝視された。

 特に『視る』力の極めて優れた潔曰く、人間で例えると体中の皮膚という皮膚にべったりとキスマークを付けられまくった卑猥な耳なし芳一みたいな状態であったらしい。

 さらに付け加えるなら、そのキスマークの上から「予約済み」とか「私のダーリン」とか「彼女専用」とか語尾にハート付きで書かれているような有様でもあったという。

 なるほど。とんでもないハレンチ野郎だ。


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