【君を忘れない】
【君を忘れない】
『出た、負け惜しみー♪』
『今度会った時、どれくらい強くなっているか見てあげるー!』
『あーぁ、もどれたらおいこせるとおもったのになぁ……いつのまにかルフィのほうがせがたかくなってたんだね』
『ありがとう、ルフィ……っ!!』
『キィ!』
……………………………………
「お前 誰だ?」
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「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ハァ……、ハァ……っ!!」
深夜のゴーイングルフィセンパイ号にて船室にて大量の汗を掻きながら飛び起きた。
過呼吸一歩手前まで乱れた呼吸を繰り返しながら思い出すのは先程 見た悪夢のことだ。
つい先日、十二年間の呪縛から解放され、取り戻す事が出来た幼馴染であり、ずっと自分を傍で支え続けてくれた大切な仲間――――その存在をまた忘れてしまった。
「ウタ……」
つい何時もの癖に自身の肩に手を伸ばすが、ここ十二年で馴染んだ感覚が無い事に一瞬だけ驚き、すぐにそれは安堵に変わる。
自分はまだ彼女の名前を呼べる、この肩に彼女の姿をした人形はいない、それはつまり彼女は玩具にならず人間のまま存在している何よりの証明だ。
「……………しっ!」
暫く自分の掌を見つめながらボーっとしていたルフィだったが、気合を入れ直すと共に立ち上がるとハンモックから飛び降りて寝室から出て行き、ある場所を目指して歩き出した。
向かう先は中央マストで何時もの習慣で夜の見張りをしていたゾロの元だ。
自身の両翼の一端を担う男の姿を確認すると迷わず彼の元へと足を運んだ。
「よっ、ゾロ!今、暇だな!」
「ルフィか、何か用か?」
自身の姿を見るなり暇だと断定されて来たことに一瞬だけムッとなったゾロだったが、実際 暇だったのと、ルフィの様子が何時もと少し違う事に感づいた事により、単刀直入に用件を聞く。
ゾロの言葉に軽く深呼吸をした後、至って真剣な眼でゾロと目を合わせる。
「ゾロ、俺を思いっきり殴ってくれ!」
「はぁっ!?」
突然の船長の乱心につい反射的に背を預けていたマストから身体を放し、ルフィを凝視するゾロ。
言われた直後は意味が分からず驚いてしまったが、以前にも似たような事があったと直ぐに思い出し、少し冷えた頭で原因を言い当てる。
「……ウタのことか?」
【ウタ】、麦わら一味の最古参メンバーであり、ルフィの最初の仲間。
先日のドフラミンゴファミリーの特別幹部であった少女【シュガー】の持つホビボビの実と言う恐るべき悪魔の実の能力によって、十二年間 玩具の人形に変えられただけでなく、大好きな歌を奪われ、父親や自分を育ててくれた家族同然の海賊団の仲間達からは勿論、可愛がってくれた人達や、目の前に居る幼馴染の少年の記憶からも忘れられた存在。
フランキー達からドレスローザの闇、そこに秘められた真実を聞いた際にウタが玩具に変えられた人間であったと聞いた瞬間、麦わら一味からは撤退という文字は消え、本来の目的であった筈のSMILEの工場破壊はついでと成り下がり、打倒ドフラミンゴとウタの救出が本命となった。
自分達の大切な仲間が十二年間も人である人生と声を奪われ、大切な人達の記憶から消される地獄を味合わされていると聞かされた時はゾロは勿論、一味の仲間全員が怒りと闘志に燃え上がった。
特にルフィの怒りは凄まじく、ウソップ達の健闘により、シュガーが気絶し、ホビホビの能力が解除され、ウタの記憶を取り戻した瞬間、覇王色の覇気を垂れ流し、ドフラミンゴと対峙した際は己の限界を見誤る程に猛り狂っていた。
そして、ドフラミンゴと決着をつけ、人間に戻ったウタと再会した時、顔中を涙と鼻水とグチャグチャにしながらウタを抱きしめて彼女に詫びる姿が、ウタの存在がルフィにとってそれだけ大切な存在である事を十二分に示していた。
そのウタのことで何があったのかと言葉と視線で問いかけると、ルフィの表情がスンと抜け落ち、淡々とした口調でルフィが見た悪夢を打ち明けられる。
「あぁ、アイツを忘れる夢を見た」
「………っ!!」
その言葉にゾロは目を見開き、同時に己の浅慮に苛立ち唇を噛み締める。
完全に失念していた、十二年間、玩具として過ごし、誰からも忘れられたウタが苦しんだのは間違いない。だが、それに負けない痛みを……忘れてしまった側も味わっている事に考えが至らなかった。
ルフィにとってみれば自身の手が届かぬ所で大切な幼馴染が奪われ、海賊王を目指した原点とも呼べる記憶を望まぬ形で消されたのだ。
孤独を何より恐れるルフィが、仲間や友、兄弟との絆を大切にしてきた彼が一度はそれを失ったのだ。
しかも、最悪な事につい最近までそれに気付くことすら出来ずに忘れてしまったのだから猶更だ。
ルフィが打ち明けて来た事実の重さをゾロが受け止めていると、ルフィは一度、麦わら帽子を深く被り、静かな声で呟く。
「すっげー怖くておっかなくってよ……、ウタの名前を覚えてる事、ウタが人形じゃないって事に安心してさ……でも、そんなんじゃ駄目なんだ」
帽子から手を放し、顔を上げたルフィの瞳にそれまで以上に強い意志と決意が込められた焔が灯る。
「忘れた俺でさえ、こんなにしんどいんだ。コレから先、ウタはもっと苦しい想いをすることになる。そん時に俺がウジウジしたまんまじゃ、アイツが笑えねぇ」
それは船員《クルー》の命を預かる船長の顔、そして大事な存在を守ると決めた漢の顔であった。
「だからよ、ゾロ!今、ここで弱虫な俺をぶっ飛ばしてくれ!!」
先程までの真剣な表情から一変、しししっと軽快に笑いながら言われた言葉にゾロの口角が自然と上がる。
そして、深く息を吐きだし、右腕を持ち上げ、其処に最大限の力と覇気を込めていく。
「了解、船長《キャプテン》」
言った瞬間、ゾロの全力の拳がルフィの頬を捉え、ぶっ飛ばされたルフィの身体は危うく海に落ちそうになったが、寸前で腕を伸ばしてルフィの姿を模した船首に捕まり、慣れた様子で腕を縮ませて選手の上に着地した後、その上にドカリと座り込んで何時もの能天気な笑顔を浮かべる。
「サンキューゾロ!すっげー効いた!!」
「そりゃ、どうも」
満足げに笑いながら礼を言う船長に対し、ゾロもスッキリとした顔で応えた。
「そんじゃ、俺は寝る!じゃあな、ゾロ!!」
呑気に手を振りながら軽やかな足取りで寝室へと戻っていった。
その後ろ姿を見届けた後、ゾロは満足そうな顔で再びマストに背を預ける。
船長が腹を決め、全力で仲間を支え、護る為に力業でも悪夢を断ち切った………二年前の頂上決戦の時の義兄エースを救えなかった後悔を断ち切った時の様に。
ならば自分も同じように腹を決めるだけだ、仲間を助け支えたいと思っているのはルフィだけではないのだから。
「よかったな」
ゾロは一言だけマストの上に居る人間に対して言葉を残した後、静かに目を閉じる。
マストの上では一人の女性が涙を零しながら膝を抱えていた。
彼女がいる場所とゾロがいる場所は大分、離れていたが、優れた聴覚と跳び抜けた見聞色の覇気を持つ彼女にとってはルフィとゾロの会話は丸聞こえも同然であった。
誰もいない場所で嗚咽を漏らしながら、ポツリと呟いた。
「……………ありがとう」
人目を忍んでこっそりと眠れない夜を過ごしていた自分を気遣って見て見ぬ振りをしてくれた剣士と、自分の為に悪夢を吹っ飛ばして振り切った船長に対してか……あるいは両方か。
その答えを知るのは彼女を照らす月明かりだけであった。
=終わり=
マストに居る女性の名前は敢えて明かしませんが、皆さんの想像通りの人物だと思います。
因みに翌日に殴られて腫れ上がった頬を見て、「へんなかおー!」と笑って、軽くルフィと口喧嘩する歌姫がいたとか何とか。
ついでに言えばこのやり取りをコッソリ除いていたバルトロメオは無事に気絶しました。
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