端切れ話(名状しがたき贈り物)

端切れ話(名状しがたき贈り物)


監禁?編

※リクエストSSです。最後の方にスレ主が書いた絵が置いてあります




 アパートでの生活にも慣れて来たある日のこと。

 同居人であるエランにお買い物メモを渡すのは、スレッタの大切なお仕事の1つになっている。彼は記憶力がいいので口頭でも問題ないとは思うが、仕事帰りに買い物をしてくれる彼に、わざわざ頭の運動をさせたくはなかった。

 なのでスレッタは毎回必要なものをメモに書いてエランに渡していた。最近では、ちょっとした絵やメッセージを付け加えたりしている。

「きみは絵が上手だね。分かりやすかったから、商品をすぐに見つけられた。ありがとう」

 以前調理器具であるピーラーの絵を補足として描いたら、彼はこんな風に褒めてくれた。それが嬉しくて、たまに買い物メモの補足をするフリでちょっとしたイラストを描いたりしている。

 スレッタは絵が得意な方だ。とはいっても本格的なものではなく、極めてコミック的なデフォルメの効いたものだった。

 動物を書いたらマスコットキャラのようにコロコロしたものになるし、人を描いたら少女漫画のようにキラキラしたものになる。動物はともかく、今のところはメモに人物を添える予定はないので、スレッタの腕前は完全には披露されないままである。

 それはそうとして、メモの端に直接ペンで絵を描くのは、なんだかとても贅沢な気分になれる。地球だと紙はとても安価なので、毎日メモを使い捨てにしても問題ない。これはすごい事だと思う。

 なので今日も遠慮なくせっせとイラストを描き上がる。そうしていると、たまに色を付けたくなる衝動が湧くこともある。

 あまり物を増やしたくないので、色付きのペンなどを買う予定はない。その代わり活躍するのはスレッタの持つ端末だ。

 無料でダウンロードできるイラストソフトがあるので、それを使ってカラフルな絵を描く。わざわざ絵具を買わなくてもいいので大助かりである。

 エランが仕事に出たすぐ後に描くこともあるし、彼が帰る直前に描いていることもある。

 ちょっとした空き時間ができた時、さらに気が向いた時に端末を取り出すのだ。スレッタが絵を描く時間はまったくの不定期だった。

 その日、エランは休みだった。朝食を食べた後、少し部屋で休むと言った彼と別れ、スレッタはお気に入りのソファに座って端末を操作していた。

 端末購入の際に付いてきた付属のペンで画面を擦ると、その部分に色がついていく。スレッタは鼻歌混じりで別の色を追加したり、あるいは架空の水で色を伸ばしたりして、自分好みの色彩にしていった。


「すごいね。綺麗な絵だ」

「わっエラン、さん!」

 いつの間にダイニングに来ていたのか、気付けばエランが背後に居て、ジッと端末画面を見つめていた。

 マグカップを持っているから、コーヒーのお代わりを入れに来たんだろう。彼はスレッタの驚きように目をぱちりと瞬かせると、すぐに目を伏せて申し訳なさそうな顔をした。

「驚かせてごめん。でも、とても綺麗な色が見えたから、気になって…」

「い、いえ、大丈夫です」

 大袈裟に驚くのはスレッタの癖のようなものだし、別に見られて困る変な絵を描いていた訳でもない。さすがにそんな絵を描くときは自室に籠る。

 それよりもエランに言われた『綺麗』という言葉にスレッタはときめいた。彼はあまり可愛いとか綺麗とか、女の子が喜ぶ言葉を使わない。たまに使ったとしても、スレッタとは関係ない…例えば景色くらいなものだ。

 だから自分の生み出したものを『綺麗』と言われるのは、とても嬉しい気持ちになった。

「最近、ちょっとした空き時間に絵を描いてるんです。簡単なものですけど、専用のアプリを使えば色も塗れるんですよ」

 そう言って、実際に画面上で色を選択して塗ってみる。無料のソフトなので機能は制限されるが、それでも筆で塗ったような自然な仕上がりにすることができる。

 技術的な差こそあれ、色自体は過去のライブラリ作品と比べても遜色はないと思う。

「これで簡単なの?まるで本当の画家の絵のようだけど」

 目の前でチョコチョコと色を塗って見せると、エランはほう…、と息を吐いて、本気で感心しているように褒めてくれた。

 いや、本気なのだろう。彼はあまりおべっかを使わない、正直な人なのだから。

「えへへ、…えへへへっ」

 そんな風に言われてしまえば、自分としてはもはやニコニコするしかない。むしろ嬉しすぎて傍目から見たらニヤニヤしているかもしれない。

 ちょっと危険だ、と思ったスレッタは、話題を少し変えてみることにした。

「エランさんは、どんな絵を描くんですか?」

「僕?」

「はい。よければ教えてください」

 何となく写実的な絵を描くイメージがある。彼は何でもできる人だから、それなりに上手い絵をさらりと描きそうだ。けれどスレッタの言葉に戸惑ったようにエランは口ごもり…。

「その…よく分からない」

 絵を描いたことがないから。と返事をした。


「描いたこと…ないんですか?」

「僕の記憶の範囲では、そうだね」

 スレッタの言葉に頷いたあと、エランは少し考えて更に補足をしてくれた。

「ペイル社での学習には芸術に関するものはなかったんだ。学園の授業でもパイロット科には機械製図の項目もないし、必要ないと判断されたんだろう。技術的な技法も特に教わりもしなかった。ペイルに行く前のことは…まだよく思い出せないけど。絵を描く暇があったら外に遊びに行っていたと思う」

 子供の頃のエランはアクティブに行動していたようだ。今の落ち着いた彼とは少しイメージが違うが、小さなころの男の子はそんなものなのかもしれない。

 それよりもペイル社でのことがスレッタは気になった。まれにエランはペイル社に引き取られた後のことを話してくれる時があるが、なんだか無味乾燥で、子供の成育環境としてどうだろうと思うエピソードがよくあった。

 スレッタは先ほどの得意になった気持ちもへにゃりと萎み、眉も同じように下げてしまった。けれどそれは一瞬で終わりにして、すぐに笑顔になるとエランに提案してみた。

「じゃあ、今描いてみませんか?」

「いま?」

「はい。モチーフは何でもいいんです。思い出のものでも、想像したものでも。見本が必要なら家の中のものでも何でもです。エランさんの持ってるマグカップでもいいですよ」

 そう言いながら、スレッタはエランに自分の持っている端末を渡した。イラストソフトは立ち上げたままにしているので、そのまま線の太さの変更、色の付け方などの基本的な操作を教えてみる。

 エランは戸惑っているようだったが、拒否の姿勢は見せなかった。スレッタに言われるがまま、何度か付属のペンで綺麗な字を書いたり、何もないキャンパスに色を付けたりしている。

 大体の操作方法を覚えた彼は、やがてこくりと頷いた。

「じゃあ…描いてみる」

「はい。楽しみにしてますね」

 スレッタはその様子に微笑みながら頷き返した。なんだか今のエランが、幼い子供のように見えていたからだ。

 実際に彼は絵を初めて描くのだから、その印象は間違っていないのかもしれない。

 たとえ少しばかり下手でも、笑ったりせず、いい所を見つけていっぱい褒めてあげよう…。

 お姉さん風を吹かせながら、スレッタはニコニコと絵を描くエランの様子を見守っていた。

 エランはすぐに描き始めずに、ゆらゆらと付属のペンを遊ばせ、何を描こうか考えているようだった。

 スレッタはその間もジッと見ていたかったが、気が散っては悪いと思って台所の掃除でもしていることにした。

「エランさん、わたしは近くで作業してますから、何かあれば気軽に呼んでくださいね」

 こう言っておけば声を掛けやすくなるはずだ。彼が頷くのも見て、スレッタはまずはシンクをピカピカに磨き上げようと腕まくりをした。


 それから程なく、時間にして10分も経っていないだろう。エランが声を掛けてきた。

「スレッタ・マーキュリー。とりあえず、1つは描けたよ」

「わ、本当ですか。見せてもらってもいいですか?」

 シンクの掃除も終わり、食器を拭き上げようとしていたスレッタは、いそいそとエランのそばに近寄った。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 端末を差し出してくれるので、期待に目を輝かせながら覗き込む。すると。

「………」

 名状しがたき物体が、そこにいた。

「どうかな」

 少し落ち着かない様子のエランが感想を聞いてくる。

「………」

 スレッタはなんと答えていいのか分からずに、暫しの間固まった。

 その物体は、歪な丸いボールの下にブラシのようなものが付いていた。

 ボールの中にはやたらと目力の強い───よく創作で出てくる砂漠の地域の壁画の、力強い目に反して何の感情も伺わせないアレに似た───独特の目が1つだけ描いてある。

 おそらく、これは顔だ。しかし、体と思わしき部分は謎の物体が付いている。ワシャワシャと先の長さが不揃いに描かれたブラシ。そうとしか思えないものが歪なボールにくっ付けてある。

 一応色も塗ってあるのだが、ほぼすべてが茶色にコーティングされ、ブラシの一部分だけが何故か赤く塗られていた。

 せっかくの色付きなのに、絵に描かれたモノの正体看破をする役に立っていない。それどころか何だか毒々しく、見ていると不安になってくる色使いだった。

 どうしよう…と思ってエランを見ると、彼は期待の眼差しでこちらを見ていた。心なしかいつもよりも目がキラキラしている。

 うぐ…っ!とスレッタは謎の精神ダメージを受けた。よく分からない物体だとしても、彼の最初のイラストなのだ。何かコメントを…できれば誉め言葉を口に出してあげたい。

 どこから来るのか分からない謎のプレッシャーに押されるように、スレッタは声を出してみた。

「わ、わぁ。よく描けてますよえらんさん!これは、えっと、すぐに名前が出てこないですけど。でも、見本も見ずに描けるなんてすごいですよ~」

 探り探りで褒めていく。もしこれの正体がスレッタを見本に描いたものだったら号泣しよう。そう心に決めていた。

「ありがとう。もう一カ月以上前の事だけど、案外覚えているものだね」

 エランの口からヒントが出た。一カ月以上前…。おそらく旅をしている最中だ。

 こんなモンスターに出会った記憶がないスレッタは、つい「一月前くらい、ですか…?」と声を出してしまっていた。訝し気な声音に得心がいったようにエランは頷く。

「確かに色々とあったから、もっと前に感じるかもしれないね。でも確かに一月と少し前だよ。きみと一緒に子犬を拾ったのは」

「!!」

 特大ヒント…!と言うかむしろ答え…答え…?が出た。それ以外に選択肢がない。

「あの時の、わんちゃん…ですね……?」

「うん。ちょっと足を長く描きすぎたかもしれないけど。町の近くの森で拾った子犬だよ」

 言われてみればあの時に抱き上げた子犬は茶色かった。もっと薄いクリーム色だったような気がするが、まぁ誤差とも言える。

 ブラシのようなワシャワシャは、子犬が足を動かす様を表しているのだろう。コミカルな作品では偶に見る手法だ。

 答えを得ると、きちんと犬に見え…見える…かもしれない…と思えることができた。でもこの赤色は何だろう。子犬は怪我をしていただろうか。

「エランさん、この赤色は…?」

「ああ、それは子犬のお腹が虫に刺されていたところだよ。丸く腫れて、赤くなってたから」

「そう…なんですね?」

 なんと赤い部分は足ではないらしい。心なしかその部分だけ先が丸みを帯びているような気もする。微妙な描き分けの違いを、スレッタは気づくことができなかった。

「もう少し描いてみようかな。スレッタ・マーキュリー、端末を暫く借りていても大丈夫?」

 エランがやる気になっている。こんな彼は珍しいので、スレッタは一も二もなく頷いた。説明されれば納得はできるし、似たような絵を見せられても大丈夫だと思えた。

 実際に見せられた時の、精神的ダメージを考えていなかったのだ。

 その後は、怒涛の未知なるイラストが待っていた。


 次に見せられたのは、スレッタの苦手な芋虫や、見たことはあっても食べたことのない魚介類の卵のイラストだった。

「ふぁッ!!…エランさん、これって旅の途中で見た…?」

「そう。きみが僕に作ってくれた花冠と、勝負した時のバスケットボール。ボールには砂が付いていたから、それも描いて…。あ、ごめん。バスケの方は忘れてって言ってたよね。そっちは消しておくよ」

 次に見せられたのは、血だらけで目が一つ目の怪物と、同じく一つ目で全身紫色の怪物だった。

「ひェッ!い、いえ…エランさん、片方はじぇいそんさん…ですか?」

「いや、グエル・ジェタークとシャディク・ゼネリだよ。そろそろ人にも挑戦しようと思ったんだ。シャディク・ゼネリの方は彼に似合うと思う色を塗ってみたけれど、ちょっと濃く塗りすぎたな。でもグエル・ジェタークの方は忠実に描けたと思う。確かにジェイソンとは体格が似ているね」

 そんなことを言いながら、筆が乗った彼は次々とクリーチャーを作り出していく。コツを掴んだと思ったのか、主に犠牲となるのは学園での生徒たちだ。

 ミオリネは全身を水色で塗られたうえで目を三角に吊り上げていたし、セセリアは顔の半分以上を牙の生えた大きな口で占領されていたし、ロウジはハロだと思われる歪な大きい丸にぺったりと忍者のように張り付いていた。

 そんな感じで、気が付けばどんどん奇妙な作品が量産されていた。

 すでに一時間近くは経過しているだろうか。スレッタはすっかり慣れないツッコミに疲れてしまった。

 エランもたくさん描いて疲れたのか、あるいは満足したのか、次で終わりにすると宣言した。

 今のところ彼の描いたイラストについての予想は全部外れている。次もきっと驚くんだろうな…。そう思っていると、最後の絵が描き上がったようだった。

「できたよ。スレッタ・マーキュリー」

「…はい」

 当初の目的だった褒めることを忘れ、身構えながら端末を覗き込む。すると飛び込んできた絵に、スレッタは目をパチッと見開いた。

「ぁ…。これ…わたしとエランさん、ですか…?」

「そう、よく描けたと思う」

 そう言ってはにかみながら差し出された端末には、ピンクの髪の女の子と青い髪の男の子が並んでいた。

 一つ目は山を描いたような細い曲線になっている。あの虚無を形にしたような瞳を閉じるだけで、随分と印象が可愛らしくなる。

 仲良く笑い合う彼らに、スレッタは心奪われたように見入ってしまった。

「…どうかな?」

「───素敵な絵です。エランさん」


 何も考えずにするりと出てきた誉め言葉に、彼は嬉しそうに目を細めた。






番外編SS保管庫
















◇オマケのエラン画伯◇

※エラン画伯の実力はスレ主がダイスで決めました。dice1d100=1(100分の1。つまり最低値)という結果になっています

Report Page