名牝エコーサランドラ
(前編)
20XX年3月24日
この日、ある馬のドキュメンタリー番組が動画サイトへアップロードされた。
去年20歳で天寿を全うしたエコーサランドラという牝馬の一生を一時間にまとめたものだ。
彼女の誕生日に合わせて投稿されたその動画は、一日で百万回以上再生され、未だに根強い人気がうかがえる。
またどこかで、インターネットを通じて名牝の姿がモニターに映し出される――――
「北海道日高町。この町の小さな牧場で、その馬は誕生しました。」
女性のナレーションとともに画面に映し出されたのは、放牧中の一頭の馬。
「太陽の光をあびて美しく輝く、少し小柄な栗毛の馬体。エコーサランドラという名がつけられたその牝馬は、後に日本競馬の様々な記録を塗り替えることとなります。」
血統は……と、続けて説明が入る。一言でまとめると、良血からはほど遠い、といったところだ。
次に映し出されたのは、生産牧場のスタッフへのインタビューである。
「とても大人しい子でしたね。あととても頭が良かったです。こっちが言ってることをちゃんと理解してるような、そんな素振りがありました。」
「なにかエピソードなどはございますか?」
「そうですねぇ……。印象深かったのは、セリから戻ってきたときでしたね。サランドラの前で、同僚としゃべってたんですよ。勝ちあがって無事に繁殖入りしたらいいなーって。そしたら、普段はとても大人しいサランドラが取り乱したように落ち着きがなくなったんです。他のスタッフからの噂によると、サランドラの前で繁殖の話をするとそうなるらしいんですよ。」
「それは……人の言葉を理解してるっていうことですか?」
「いや、さすがにそれはないでしょうけれど(笑)。スタッフの話してる雰囲気とか、なにかの単語に反応してるって感じじゃないでしょうか?まあともかく、そういう意味でどこか鋭い馬、というか、頭の良さがありましたね。」
今度は別の男性のインタビューに変わった。元調教師、という肩書が書かれている。
「サランドラはもう最初から他の馬と全然違ったよ。とにかく速い。あんまり速いもんだから、調教相手にも困った。他の馬の中で一番速い馬ってことで、エコージョージをね、調教相手に選んだんだけども、最初は相手にならんくて。サランドラの調教というより、あれはジョージの調教だったね。ジョージが成長してようやく同じ土俵に立てたといった感じ。」
「エコージョージといえば、同世代で無敗でクラシック三冠をとりましたね。」
「サランドラ以外には負けんかった。普段の調教相手の方が段違いに強かったからね。」
「三歳の有馬記念のときにエコーサランドラとエコージョージの両方が出ましたけれど、あのときはどうでしたか?」
「そんなの走るまでもなく一着サランドラ二着ジョージに決まってるだろうと思ったね。オーナーの意向もあってサランドラは牝馬三冠路線にしたけども、ジョージが三冠とれたのはそのおかげだよ。」
有馬記念のレース映像が映し出される。女性のナレーション解説が始まった。
「エコーサランドラとエコージョージが初めてレースで戦った有馬記念。エコーサランドラは単勝1.5倍の一番人気。自身にかけられた国内レースのオッズの中で、このレースが最も高いものとなりました。一方で、エコージョージは二番人気。三冠馬同士の対決ですが、レコードを連発するエコーサランドラの方が優勢という見方が強かったようです。」
レースは終盤。三着以下と大差をつけて、サランドラとジョージがしのぎを削る。逃げるサランドラ、追い込むジョージ。だが、最後はサランドラが加速。数馬身の差をつけてサランドラが先にゴールした。
「エコーサランドラはレコード勝利をおさめました。エコージョージもまた前年までのレコードを破るという、お互いに驚異的な能力を発揮したレースと言えます。」
この後、動画は二頭の四歳時代のレース映像をふりかえっている。大阪杯、天皇賞(春)、宝塚記念、そして凱旋門賞。どのレースでも一着エコーサランドラ・二着エコージョージが続く。そして馬主へのインタビューへとシーンが移った。
「四歳になってからは共通のレースに出走させていましたが、それはどういう意図があったのですか?」
「どちらの馬も相当強い馬だという認識がございましたが、調教師からそれでも力の差があると聞いていましたので、それならクラシックは別々の路線で行こうかなと。古馬で同じレースにしたのは、そうでもしないとサランドラの対抗馬がいないじゃないかという思いでそうしました。ジョージはクラシック三冠馬という実績で種牡馬価値は十分高まったと思いましたし、サランドラと別路線にしたら逆にサランドラから逃げたという悪い印象が生じる可能性さえありましたしね。」
「初の日本馬の凱旋門賞、しかも一着二着を独占したわけですが、その点いかがでしたか?」
「感無量でした。ただ、この二頭だったらそうなるんじゃないかなという気もしていたので、驚きはなかったです。」
「同じ年の有馬記念で二頭とも引退ということになりましたが、もっと長く走らせるという気はありませんでしたか?」
「それはありませんでした。二頭が勝ちすぎたら競馬がつまらなくなってしまいますから。それよりも種牡馬として、あるいは繁殖牝馬として、子孫を残してほしいという気持ちが強かったです。」
二頭合同の引退式の様子が映し出される。
「この合同引退式で、エコーサランドラの最初の相手がエコージョージであることが発表されました。この合同引退式は、ファンからは三冠馬の結婚式と呼ばれました。」
「しかしこの後、エコーサランドラにある問題が発生します。」
ナレーションとともに現れたのは、サランドラが繁殖牝馬時代を過ごす牧場のスタッフだった。
「種付けの少し前の頃でしたかね。数日間だんだんサランドラに落ち着きがなくなってきて、種付けのために馬運車に載せようとしたときはついに暴れだしました。普段は落ち着いた馬だったので驚きました。種付け場所で暴れられたらまずいのではないかと思い、困って調教師や厩務員に問い合わせたら、ジョージの姿を見せれば落ち着くかもしれないということでした。なんとか馬運車で移動させて実際にジョージの姿を見せたら、たしかに落ち着きを取り戻していました。
しかし、本当の問題はこの直後に起こりました。サランドラが落ち着いたということで、改めて種付け準備にとりかかりました。あちらの牧場の方で用意してた当て馬をサランドラに見せたんです。そしたらサランドラが強く暴れ始めたんです。先ほどとは異なる本気の暴れっぷりでした。それで、またジョージを連れ出してきてサランドラに見せて落ち着かせました。そして、次は当て馬なしで種付けを始めて無事に終わらせることができました。」
女性のナレーションが再開する。
「このエピソード、皆さんはどう思うでしょうか?ファンからは、サランドラがジョージに恋していたのではないかともっぱらの噂です。」
「レースで大活躍したエコーサランドラでしたが、繁殖でも素晴らしい活躍を見せました。サランドラは亡くなるまでに毎年エコージョージの子を出産し、合わせて14頭の子どもを産みました。この子どもたちは驚くことに全頭が牝馬で、全頭が重賞レースを制覇し、数頭がGIレースを制しました。それにしても、なぜ繁殖相手が全てエコージョージだったのでしょうか?馬主に伺ってみると……」
馬主が再び映像に登場した。
「また暴れたらというリスクとか、ファンもこの配合を嬉しく思っていることとか、また私自身、サランドラとジョージの子、特に牡馬、が見たかったことなど、総合的に考えて、最初の数年間はジョージを相手にしました。そしたら牡馬が全く産まれず、また既に産まれた子どもたちが問題なく勝ちあがって重賞を、はてはGIをとるもんですから、もうこのままの組み合わせでいこうかなと。そういった経緯です。」
動画では、今度はサランドラの娘たちへ焦点が当てられる。しかし、ここではこのへんにしておきましょう。
エコーサランドラ。全てのレースをレコード勝利し、牝馬三冠・凱旋門賞勝利・GIはここまで語られなかったものも含めて10勝。
日本競馬史上最強の戦乙女であり、友人であり唯一のライバルでもあったエコージョージに恋した一途な乙女……。
エコーサランドラの恋物語は、彼女の子孫の活躍により未だ終わりを迎えることはありません。
ところでこの牝馬の正体は……神のみぞ知ることです。
――――――――――――――――――
(後編)
「うぼぇぇぇぇぇぇえええええぇぇっぇえ」
脳内で発狂して脳内で吐瀉物をまき散らした。大人しい子でとおってるので極力表には出さないようにしている。そっちの方が餌とか良いものくれそうだし。
そんなことより、無理無理無理無理。馬と種付け?しかも牡馬?えっ?俺の童貞……いや処女か?は牡馬によって喪失するわけ?想像するだけで生理的に無理すぎる。
だが現実は非常だ。
俺が牡馬だったら気性難っぷりをアピールして去勢という方法もあったかもしれないが、牝馬ではどうしようもない。
俺は不慮の事故で死んだりしない限り、いつかは繁殖牝馬になって馬のオスのあれをこの体のあれにつっこまれる。
もうそれは確定事項なのだ。ダビスタやったことあるから分かる。むしろ繁殖牝馬にならなかった場合の方が悲惨なことも、なんとなく想像がつく。
人間の男からサラブレッドの牝馬に転生してそれほど経たないうちに、自分の運命は悟った。
俺はもう神を信じない。もしまた人間に戻れたらお賽銭に一円玉しか入れてやらねぇし、馬券で負けたら全部神のせいにする。ダビスタでしか馬券買ったことないけど。
調教が始まってからは現実逃避のために走った。
走ると少しでも辛く厳しい将来を忘れられそうで気持ちがいい。ずっと走っていたい。これにムチがなければさらに良いんだけどね。
あ、最近いいことが一つあった。
調教相手で馬の友人ができた。ジョージとかいうらしい。
俺よりでかい……他の牡馬と比べてもでかいが、見かけによらずシャイなやつだ。
そんなんだと陰キャだと思われて友人できねぇぞ。
まあ、俺も友人とかいないんだけどね。馬式のコミュニケーションってどうやるのよ。
とりあえず、放牧中とか暇なときはジョージの近くにいることにした。
ぼっちも二人あつまりゃ陽キャよ。ウェーイ。
ジョージは最初の頃こそ俺の走りについていけなかったが、だんだんついてこられるようになった。
周りの会話を盗み聞きする限り、俺めっちゃ速いらしい。まじか。神のこと見直そ……いや、見直さねぇわ。まだ賽銭箱10円玉クラスってところだ。
新馬戦は余裕だった。逃げて、馬なりで、そのままゴール。えっ?レースってこんなもんだっけ?
なんかレコードもとってるらしい。へぇ。なんか良い気分になってきた。そこの観客、カメラで撮影するときフラッシュをたくな。
その後の条件戦もOP戦も、桜花賞すら余裕の大差勝ちだった。というか、ジョージと併せ馬してるときの方がまだプレッシャーを感じる。
…………あれ?もしかしてジョージってめちゃくちゃ強いの?
こんにちは、無敗の牝馬三冠馬です。隣にいるのは無敗のクラシック三冠馬です。
さっきまで三冠馬同士の併走(いつもの調教)やってました。
…………なんかいろいろおかしくないか?
ちなみに次の有馬記念でジョージと初対決らしい。
ただの公開調教じゃん。出来レースだよな~ジョージ~。
そんなことを思いながらジョージとスキンシップをとる。
正確には体の痒い所をジョージにこすりつけてる。馬の体ってほんと不便だよなこういうの。
ウナコーワクールほしい。いや、四本足じゃ使えないか。
なんかいろいろあったけど、引退式です。ジョージと一緒に。
なんか凱旋門賞勝ったりしたけど、正直そんなことはどうでもいいんですよ。
問題はこれからの俺の人生…じゃなかった馬生。
オス馬からぶすりと俺の体を貫くあれとか、その後の出産とか……。
なんだこの鬼畜変態プレイ!同人誌でもあんまり見かけないぞ!たぶん!
「エコーサランドラの初年度の相手は、エコージョージです。」
あ?なんだって?ジョージ?種付け相手?
マジ?という視線をジョージに向ける。特に反応はない。そか。たぶん聞き間違いだな。
「ファンの皆様、ぜひとも、歴史的な三冠馬同士の子どもの方も暖かく応援していただけましたら幸いです。」
前言撤回。確定っすね。そうか……ジョージとねぇ……。
うーーーーん…………いや、何も知らない相手よりはマシかもしれないけど……。
俺にとってジョージは……なんだろう……友人……いや、……ペットみたいな存在かな?
体は俺より大きい、というか他の牡馬と比べても大きくて威圧感(?)がある。他の馬があいつに近寄ろうとしない程度には。
まあそこらへん、俺は元人間だからよく分からないんだわ。
見た目に反して性格は穏便。俺の脳内ではでっかい捨て犬みたいなキャラと判定されている。
うーん、まあよく知らんやつよりはペットみたいなやつの方がまだまし…なのかな?
とりあえず、考えるの、もうやめよ?
さて、現実逃避していたらついにその日がやってきた。
この馬運車に乗ったら種付けされる。
見た目はただの種付けかもしれないが、精神的にはアブノーマルなホモホモしい超絶鬼畜プレイだ。
…………だが、俺には秘策があった。
俺は凱旋門賞すら勝っている、超絶名馬だ。
繁殖牝馬としての仕事をこなさなくても確実に功労馬としてちやほやされることができる。
そうならなかったら今度こそ神を恨みながら来世では動物愛護団体で過激派になって競馬廃止運動やってやる。来世なんてあるのかだって?またまた~。前世人間ですよ俺は。
ともかく、何をしてもこの人間たちに俺は×せない。
それなら暴れまくればいい!
ふふふ……哀れな人間たちめ……。
あ、食事は減らさないでくださいね?
そんな感じでしばらく暴れていたが、だんだん疲れてきた。
その隙に馬運車で連行される。
ドナドナ……
さすがに馬運車で運ばれているときに暴れるほど度胸はない。
交通事故、ダメ、絶対。サンデーサイレンスもそうだそうだと言っています。
さて、そんなこんなで新しい場所に誘拐されたわけですが、今度は同じ失敗はしない。
馬運車から絶対に出ない!その一心で暴れまくる!
うおおおおおおおおおおおおおおお
としばらくやっていたら、ジョージが来て見られていた。
なんかどことなくジト目されてるように見えなくもない。絶対に気のせいだけど。馬にジト目ってあるん?
ともかく、ジョージがジーっとこちらを見てくる。
その様子はまるでご主人を待つペットの大型犬のようだ。
うぅ……しかたねぇ……腹くくってやんよ!
ジョージ!痛くしたらただじゃすまさねぇからな!やさしくだぞ!やさしく!
そんなことを思いながらしぶしぶ外に出る。
人間たちが種付けの準備をせっせと始める。
俺は今断頭台の上にいる気分だよ。周りの人間たちは死刑執行人に見える。
そんなときだ。俺の目の前にオス馬が現れた。
ん?どういうこと?
…………んーーーーー???
体格はジョージくらいかな?平均よりはでかい方だね君。で、意味深に俺の前にいる。
えっどういうこと?って周りの人間の様子を見る…………。
は?もしかしてこいつから種付けされるの?ジョージじゃなくて?
…………騙したな?
お前らぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁ騙したなぁぁぁぁlっぁっぁぁぁっぁぁぁ
これには温厚な俺の怒りが有頂天になった
この怒りはしばらくおさまる事を知らない
ちょとsYレならんしょこれは・・?
お前ら凱旋門賞キックでボコるわ…
450kgの肉体で出来ている馬が人間に遅れをとるはずはない
俺パンチングマシンで100とか普通に出すし
汚いなさすが人類きたない 元人類だからよくわかる
そんな感じで本気で暴れていると、またジョージが連れ出されてきた。
あ?そんなんで騙されねぇぞ俺はよ?さっき暴れてたとき「当て馬」って言葉が聞こえたぞ?ジョージが当て馬になってんだろ?
……「当て馬」?
いやそうか、さっきの馬は当て馬のつもりだったのか。なるほどな。
いや、当て馬なら「こいつ当て馬ですのでよろしく!発情して待っててね!」って言ってくださいよ……馬相手に言ったら正気を疑うけど……。
なるほど、ならまあ許す。
大人しくしていると、牝馬の本能ってやつか知らんが、感情面と反して体の準備は徐々に整っていく。
そして………………
………………
人生初めての変態プレイの感想ですが、思ってたよりはなんかこう、少なくとも肉体的ショックは少なかったですね。
馬の体だからそういうものなのか、それともジョージが優しくしてくれたのか。
まあ、交尾を忌避したくなるほど肉体的ショックが強かったらそれ生物としてはさっさと淘汰されてそうだし……。
なんだろう、終わってみたら、なんで今まで自分こんなことを怖れてたのかな?って、これまでの馬生は何だったのかという気分になってきた。
もしかしたら人間の童貞喪失もそんな感じなのかもしれないな。
いや、まだ出産が控えてるか……痛そう。いや痛い。間違いない。
出産するときの呼吸ってひっひっふーだったっけ?
まあ、もういいや。とりあえず、俺は名馬のはずで競馬はブラッドスポーツなので、きっと人間たちがうまいこと頑張ってなんとかやってくれるでしょ。
俺はそれに従っとけばいいってことよ。
あっ、何かを期待してる人(?)がいたらごめんな。
たぶん、俺の今回の人生……じゃなかった、馬生、その最大の壁なんだけど、どうやら大したことなかったっぽい。
次に壁にぶち当たるとしたら……ジョージ以外と交尾するときとかかな?
さすがにどこの誰とも分からん奴からブスリされるのはちょっとね。
まあ、それは来年以降の話、ということで。
それでは、次に身の危険が生じるまで、皆様ごきげんよう。