名前
ぼくは、いったいなんなのでしょうか。
どうやら「始まりの浜」だとかいう場所で目が覚めたぼくは、名前とか、住んでいた場所とか、家族とか、そういうものをいっさい覚えていないのです。
唯一、残っていたのは、「ファステリ」という単語。
名前のような、そうでないような響きです。
いえ、名前にしても聞き覚えはありませんし、自分の名前だという実感はまったくないのですが。
それでも、なんだか、素敵な響きがしたのです。
大切、だった、ような気さえしてきます。
だから、ラベンと名乗る男性は怖かったけれど、意味はわからなくても、きっと素敵な意味を持つと言われたことはとても嬉しかった。
なにもわからなくて、ふわふわとおちつかなくて、どうにもふあんでしかたなくて。
とてもこわいことがあったような、すごくきらいなことがあったような、くろいものがいくつもあって。
でも、ファステリ、という単語には、なぜだか安心して、それが、今の「ぼく」を辛うじて成り立たせているものでした。