名人の唇がつやつやな理由

名人の唇がつやつやな理由


「マイティコフレ一番くじ?」

スマホを見ながら項垂れている名人は自分へ画面を向けた。コンビニでよくある一番くじの販売予告だ。

「これ…マイティアクションイメージのコフレが一番くじになって…」

「うん」

「僕がコフレ入手してどうしろって言うんですか〜! 男性もメイクするのはわかってるけど僕はしないし、でも欲しいし、でも使わないのに買うのは申し訳ないし〜!!」

床でダダをこねる名人。ファンは大変だなあ。糖分補給中の大先生が同い年の奇行を冷ややかな目で見ている。

「ポッピーは女の子だし、中身使ってもらえばいいんじゃないの。空になったら洗って飾るとかさ」

「あーごめんね貴利矢。ポッピーはバグスターでしょ? 肌テクスチャに成分がうまくのらないときもあるから、基本はコスチュームチェンジならぬメイクチェンジなんだ」

「そっかあ。あと女の子っていったら小姫ちゃん?」

「ふざけるな小姫に化粧品を送っていい男は俺だけだ……! 研修医、どうしてもというならさつきとみずきに引き取らせるぞ」

「僕が惨めだから嫌だーッ!」

非モテのコンプレックスを刺激された名人はさらに暴れる。天才ゲーマーMのファンがこんな姿を見たら炎上は間違いない。ここがCRでよかった。

自分は床でスンスンと泣き出した名人から離れ、こっそりLINEを送る。勤務中に私用のメッセージなんて悪いドクターだよな。



「貴利矢くんが来てくれたー!」

「急に連絡きたからびっくりしたよ!」

退勤後に足を運んだのは幻夢コーポレーションの社長室。机には名人が見ていたコフレが『サンプル』と印刷された箱の中に並んでいる。出迎えてくれたクロトがコーヒーを、シロトは俺がちょうどいいと思う量のシュガースティックとガムシロップを出してくれた。

「実物見せてくれなんて無茶言ってごめんな」

「大丈夫だよ。貴利矢くんのお願いだもん」

「ずっと仕舞ってたからねー。私たちもメイクしないし、パパはその辺ラヴリカに管理されてるし」

「社長さんは化粧するの?」

「写真に映るときなんかはするよ」

「適当だとラヴリカが怒るから」

正宗社長の意外な一面を知ってしまった。それはともかく、自分は並んだコフレを見つめる。どれもマイティやゲーム内のアイテムが可愛く取り入れられている。

「いいなあ……」

見ていると胸がきゅっとする。自分はこう見えて可愛いものが好きだ。だって自分は……あれ? なんで好きなんだっけ。いつも思い出せないし、思い出そうとしたことさえ忘れてしまう。

「貴利矢くんが欲しいなら全部持って帰っていいよ?」

クロトが箱を俺の方へ押した。

「使う人が持ってた方がいいよね」

シロトもニコニコと笑う。

「……でも自分、やっぱ悪いよ。欲しいから自分で買う。見せてくれてありがとな」

「じゃあ一緒に買いに行こう。私たち、貴利矢くんが欲しいのが当たりますようにーって祈るよ」

「近くのコンビニで扱ってるはずだからすぐ行けるよっ」

「そのあとは……そうだ、ファッションゲームのバグスターがいるはずだから付け方を教わるのは?」

「そうだね、きっと永夢も気づいてくれるよ!」

二人がそんなことを言うから自分はらしくなく赤面した。



そして今日の俺はマイティ型ケースの中にあるリップバームをつけている。この時期はインフルエンザやら花粉症の始まりやらで院内だとマスク必須だから見てもらうことはできないけど。

チャンスは大先生のCR入りと共に正式実装されたおやつの時間だ。マスクを外す。普段はお菓子と絆創膏を入れているポーチを机に出し、マイティ型ケースをさりげなくはみ出させる。マイティのトゲトゲ頭がちょこんと覗いて可愛い。

目ざとい名人はすぐに気づいた。

「それ、貴利矢さん、くじ引いたんですか!? …お口のないマイティなのにリップバーム…」

「内緒〜…って、やなこと言わないでよ名人」

「やっぱり僕も欲しいなあ〜…」

「……じゃあさ、名人」

自分は昨日いっぱい練習した言葉を紡ぐ。

「自分と一緒に使って、2倍早く減らそうよ。そのあとケースあげるから!」


そんなわけで、自分と名人の唇は、お揃いのつやつやになった。


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