合理的我儘
「なぜですか…王女よ…なぜ…?」
「…」
目の前で、打ちひしがれている少女を見る。その姿は、自らを魔王だとリオ会長に宣告されたアリスを思い出させる。
「私は……あなたの…使命を…」
「…」
さて、俺の意識が外に放り出されていないということは、俺の仮説は正しかったのだろう。ゲーム開発部の皆と先生、准尉には心配をかけてしまっているかもしれない。が、原作通りとはいえ力を貸したんだから、これぐらいの自由は許してもらおう。
「私は……「Key」…なぜ、まだここに?」
「ちょっと話そうか」
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俺が思うに、精神へのダイブは使用者の思考に大きく影響されているんじゃないだろうか。原作でゲーム部はアリスが光の剣をぶっ放したタイミングでダイブから解放された。そこに外側からの操作は関係していない。アリスが心を閉ざしているから出るのが少々困難だったが、心が開かれた途端、全員で戻りたがってたゲーム部及び先生は外に放り出されたわけだ。さらに言えば、帰還が困難になるという話もあった。これらは外部から精神世界への干渉が困難な事を示唆している。とすると、ゲーム部や先生とは逆に「まだここにいたい」と念じている人物はどうなるのか。それがこの結果だ。
「さて、どこから話したものか…」
「随分寛いでますね…先程まで敵対していた、さらには一度自分を病院送りにした相手に対して」
「王女に自らの使命を否定された以上、現時点で君は俺と敵対する意味がない。アリスが自分の使命から逃れられない状況にならない限りな。そうだろう?」
「…」
台座周辺の盛り上がった部分の上で、ケイの隣に腰掛けつつ話す。
「それで、何の用ですか?」
「んー…鍵ではなく、王女の侍従、いや、勇者の従者としての再就職のお誘い、といったところか?」
「?」
ケイが怪訝そうな顔を向けてくる。
「まず、俺はアリス…AL-1Sのあり方を歪めた。君にとっては許し難い行為だ。それは俺も理解しているが、とりあえず俺の話を聞いてほしい」
「…」
「君の役目は、王女を支え、世界を滅ぼすことだろう?」
「はい」
「しかし、その二つの役割はそれぞれ少しずつ独立している。もし片方だけでも、実行できるならそれに越したことはない。合ってるか?」
「…はい」
原作での描写を見るに、ケイに王女という人格に対する忠誠心や親愛の情が存在するのは明白である。アリスが使命から逃れられられず、いずれ自分が必要とされる確信こそあったものの、アリスが自分を否定した事を受け入れていた。また、船に乗り込む時には「アリスの死を望まない」という趣旨の発言をしていた。最後にはアリスが勇者になりたいことを理解し、そして世界を滅ぼす道具は不要であるから、自分が消えることに問題はないと判断を下して消えた。結局、自分達が果たすべき世界を滅ぼす使命よりアリスが優先されたのだ。
もし、アリスが言った「ケイが望む存在」を「世界を滅ぼす存在」以外で定義するとしたら「アリスを守り、その望みを叶える存在」なのだろう。ありきたりな結論でしかないが。というか、外の世界をまるで経験していないケイが、それ以外の願望を持つのはそもそも困難である。
王女への忠誠の優先度は「世界を滅ぼす」という使命を超えているのではないだろうか。好意的に解釈するなら、アリスの意思に反し世界を滅ぼそうとしたのも、彼女の存在意義からして当然だし、使命から逃れるのが本来困難なことであるなら、ケイの立場からしても将来のアリスのことを考えても妥当な選択だ。アリスが「王女という存在である」こと自体を完全に否定するとは全く考えていなかったのだろうが。
…設計ミスじゃないのかなコレ。鍵があくまでツールである以上、使用者たる王女に刃向かってはならないというセーフティなのかもしれないが。あるいは王女が自分の存在の根本を否定することが万に一つもない異常事態だった?にしてはあまりにも人間としての情緒がありすぎる。もうちょいサイコパスだったら状況はだいぶ変わっていただろう。
…ロマンもへったくれもなく「そうデザインされたから」で結論づけてしまうのは、我ながらちょっと悲しい。
「大前提を話しておく。何となくわかってるとは思うが、もうアリスが自らの、そして君の使命を認めることは決してない」
「…それでも、使命からは」
「逃れられない、か?だが、現時点で既にアリスは自らの使命の否定、君への抵抗に成功した。君としても、本来想定してない挙動のはずだ。使命から逃れられないというのもかなり怪しい話になる」
「…」
ケイにとっては不愉快な話だろうが、我慢して聞いてくれている。
「だが、アリスが『世界を滅ぼす使命』『自らが王女であるという事実』を認めずとも、君の存在を認め、君の力を求めるなら、それに力を貸すことに異存はない。世界を滅ぼすこととはまた別ではあるが、しかし重要なタスクだからな。合ってるか?」
「…王女が、求めるのであれば。しかし、王女は…」
「確かに、現時点だと君を認めないだろうな。まあ、帰ったらちょっとアリスと話してくるつもりだから、認めさせるとするならその時だな」
話してみると、やっぱり「世界を滅ぼす使命」を背負っただけの真面目な子なんだよなあ…。
「…なぜ、このような事を?」
「あー…」
俺たちがこの世界に介入している時点で、原作と同じ流れになるかは少々怪しい。この前のエデン4章なんて凄まじい展開になったしな。とすると、最終編で原作通りケイとアリスが力を合わせてアトラ・ハシース攻略の足がかりを作ってくれるかも、少々微妙だ。俺もアリスたちにガッツリ関わっているからな。ならば、この時点でケイと何かしらの友好関係を築き、最終編で協力してもらう方が確実だ。無論、ケイが消滅しないようにするつもりもある。
…そうすればついでに、最終編後アリスが悲しむ顔を見なくて済むし、何やかんや最後は我々寄りの存在になったケイが死ななくて俺も満足。そう、だからこれは合理的判断に、感情的な利益がついでに存在するだけの話なのだ。俺の職務には反さない。
「…必要な事だから、だな。ついでに俺の我儘」
「…そうですか」
そうと決まればアリスの説得だな。さて、どうするか…。現時点で先生がケイを生徒として認めるかはちょっと確証が持てない。もし先生にバレればアリスの身を案じて止めてくる可能性もある。秘密裏に進めないとだ。
…最後に、余計な一言かもしれんが…
「それと、どの口がと思うかもしれんが」
「?」
「よく頑張ったな。お疲れ様」
俺も、ほとんどのキヴォトスに住む人々も、ケイの使命を認めることはできない。だから、こうしてケイの努力を認めるような事は本来言ってはならないのだが…ケイをたぶらかして最終編で協力してもらうのに必要な措置だ。自らの努力を王女に全否定され、打ちひしがれている様を前のアリスに重ねてしまって、手を伸ばしてしまいたくなったのもあるにはあるが、それはあくまでついでだ。
「…私を止めに、王女を奪いに来たのではないのですか?」
「人聞きの悪い言い方だな…否定はせんが。確かに、俺が君の使命を認めることは絶対にない。それでも、君が真面目に使命を果たそうと頑張ってきたのはわかっているつもりだ」
「…そう、ですか」
…安っぽい言葉だな我ながら。
「あ、そうだ」
「…何ですか?」
とりあえず、ケイにそれなりに心を許してもらった…と思う。ということで、ここからは純粋に俺の興味だ。
「この精神世界って、もしかして色々できたりするのか?」
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「…はい、どうぞ」
「うおーすげー!紅茶がガチで出てきた!」
「騒がしい…」
俺の前には、ケイが出してくれた紅茶がある。すげぇな…さすが精神世界。給湯器も茶葉もなかったのに。
「じゃあ失礼して…うむ、普通の紅茶」
「王女の紅茶に対する味のイメージが反映された結果ですね」
「結構色々出せるんだな…」
「要するに、自分がある程度好きにできる夢のようなものですので」
「なーるほどねー…」
…待てよ
「じゃあアレ、ドラゴンフルーツとか出せる?」
「いきなり何を言っているんですか…出せますけど」
「すまん、興味あるから頼むわ」
「…」
何も言わずにスッとドラゴンフルーツの見た目をしたフルーツを出してくる。やっぱこの子、アリスと一緒に製造されただけあって普通に人間としての感情も、コミュニケーションを好ましく感じる思考回路も持ってるんだよな…モモイのゲーム機のデータを削除した時もちょっとノリ良かったし。使命が優先されるだけで。前世の二次創作で見たゲーム開発部参加IFみたいな和気藹々とした未来もコレなら十分あり得るだろう。
そして俺は今、元々従者として設計されたケイの奉仕気質と、王女に拒絶されて絶賛傷心中の精神状態につけこみアレコレ実験してる最中である。いや、中々にこれが面白い。
これまたケイに用意してもらった包丁で適当に切って…(料理10だが不恰好に切るぐらいはできる)
「うーん…味がしない!」
「王女に味のイメージがありませんから」
「なるほど、じゃあ今度買って行ってみるか」
生成物:スターフルーツ
「やっぱり味しないな」
「先程も言った通り王女が食べたことがありませんから」
生成物:スターゲイジーパイ
「名前だけ言って召喚したけど…何、この、何?」
「星を眺める、というのであればパイに目玉がついているのかと」
「うーん実にグロテスク」
生成物:ウナギゼリー
「ただのウナギ型のゼリー…うん、美味しい」
「ウナギの入ったゼリーなんて想像できませんよ…」
生成物:店
「部室の近くのゲームショップか。結構細かいところまで生成されてる?」
「正確な記録ではなく、イメージで補っている部分も多いですがね」
生成物:人間
「…なるほど、普通に動いてるな?」
「夢の中で人が出てきても、動いているものでしょう?」
生成物:風
「現象も可能なのか。イメージがある以上当然ではあるが。あ、涼しい」
「王女が経験したことのある範囲なら、ある程度の調節も可能です。風速100mにもなるとイメージが先行して実際よりもさらに激しい突風が吹き荒れることになるかもしれませんが」
生成物:刃物 それで自分の腕を刺してみる
「夢なのに痛い」
「刃物が刺されば痛いものでしょう?」
etc…
「戻らなくて良いのですか?」
「え?…あ、やっべ、思ったより時間経ってた」
「…私としてはどうでも良いのですが、外は中々に荒れてますよ」
「マジ?」
「先生と呼ばれていた人間が、あなたの体を抱えて大声で呼びかけています。同時にあなたの救出方法を他の人間達と相談しているようです。王女と一緒にいた人間達もその周りで呼びかけていますね」
…帰ってから怒られないといいなあ。
「…ちなみに今先生どんな感じだ?」
「明確に声が掠れているのがわかるようになってから…およそ10分程度経ったところです」
「…外の様子見れたりする?参考までに」
「何の参考ですか?」
「…別に俺が曇らせが好きな訳じゃなくてな?いや、人並み程度には嗜むけど決してそのためではなくて、自分が倒れてるところをリアルタイムで見るという貴重な体験をしてみたいというだけでな?」
「『曇らせ』というものがそもそも何なのかわからないのですが…まあ良いでしょう」
どれどれ…うん、割と騒ぎになってるなぁ…。ケイに会うことを知られるわけにもいかず、准尉に最低限言伝残しただけで何も伝えず残ったからさもありなんか。いや、そうしてみるとそもそも准尉にも何も言わず残った方が良かったのかもしれん。准尉はうまく誤魔化してくれたようだ。
アリスの視線があっちこっち行ってる。俺の精神の保護のため機械に繋がれたままのようだ。だいぶ戸惑っているのだろう。…それにしても、寝ている自分をリアルタイムで見るのなんか面白いな。
「おー寝とる寝とる」
「呑気ですね」
「別に命の危機というわけでもないからな。よし、もうそろそろ帰るか」
「王女も非常に狼狽えているので、早く戻った方が良いかと」
「それにしても、意外だな。アリスが気分を悪くしているのなら、さっさと戻るよう言ってくるかと思ったんだが」
「…王女に、どのように仕えるべきなのか、わからないのです」
「そうか…。ちなみに、他の奴らは?」
「再度のダイブを試みているようです」
「あ、やっぱりそうなるか。俺としては君と話してる最中に誰かに介入されることも考えていたんだが、皆来ないのか?」
「王女が私を否定した以上、私が表に出ることに意味はありません。そのため、我々がいるのはデータベースの最奥部です。ダイブする場所を見つけるのは困難かと」
「あーなるほど。(そういやパヴァーヌ後、結局エンジニア部もケイを発見できてなかったしな)ちなみに、俺は戻れるんだよな?」
「出口自体はわかりやすいですし、パスは繋がっています。こちらから外に出るのは簡単です」
「安心した。とりあえず、俺が外でアリスと話して、君に呼びかけたら表に出てほしい。それじゃあ…」
「また会おう!」
「…はい」