「台湾侵攻」の前提は新統一戦略、習氏が指名した書き手

「台湾侵攻」の前提は新統一戦略、習氏が指名した書き手

編集委員 中沢克二

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD1723I0X11C22A2000000/

中国共産党の内部事情に通じる関係者は、党トップの総書記として3期目入りした習近平(シー・ジンピン、69)による最高指導部人事の内幕を明かした。注目点は、早くも4期目も視野に入れる習が自ら指名した異例の「居残り組」の役割である。

「(1955年生まれの67歳という)同い年3人のうち、(首相である)序列2位だった李克強(リー・クォーチャン)、4位だった汪洋(ワン・ヤン)を追いやって、5位だった王滬寧(ワン・フーニン)だけ(最高指導部の)政治局常務委員として残し、しかも格上げした。この不思議な人事には、4期目入りを狙う習の政治戦略上、隠れた重大な意味がある。王滬寧の使命は、まさに『台湾統一』の前さばきだ」

序列4位に上がった王滬寧の栄えある居残り人事は、香港における「『一国二制度』の死」が誘発した。2019年に香港で起こった民主化を目指す大規模デモの後、香港国家安全維持法が瞬く間に制定・施行され、自由な香港は事実上、消滅した。

中国の一地域に「高度な自治」を保証する一国二制度は、英国からの香港返還を実現した鄧小平の時代、台湾を平和的に統一する重要戦略として紡ぎ出された経緯がある。だが、習時代に入ってからの一連の強硬姿勢の結果、台湾側の民意が劇的に変化しており、その失敗は明らかだ。

対台湾で「一国二制度」に触れず

中国側も壁に突き当たった事実を意識している客観的な証拠がある。習本人さえ、台湾統一という大きな課題を実現する手段として一国二制度に直接、言及する機会がなくなったのである。22年10月に習が読み上げた第20回共産党大会報告もそうだった。

習にとって、これはマイナスばかりではない。政治的に鄧小平時代のくびきから完全脱却し、自らの色で台湾統一戦略を打ち出す好機でもあるからだ。その重責を担わせようと、白羽の矢を立てたのが王滬寧だ。

王滬寧は、3月に開幕する全国政治協商会議のメンバー入りが発表され、同会議トップ就任が確実視される。政治協商会議は、台湾を中国サイドに引き寄せる「統一戦線工作」の一翼も担っている。

この枠組みのもと、王滬寧は共産党の対台湾政策の最高意思決定機関である中央対台工作指導小組の副組長に就く方向だ。その上の「ビッグボス」である組長は、もちろん習である。では習の3期目の対台湾政策づくりで王滬寧はどんな役割を担うのか。

「先鋭的な米中対立もあって(習の)武力による台湾との統一が差し迫った危機として語られがちだが、いきなり武力行使に踏み込むわけではない。まず、鄧小平の一国二制度から脱却する習時代の理論的な新しい統一戦略を打ち出し、それを基礎に台湾に圧力をかける段取りになる」

中台関係者は、武力での統一を選択するかどうかを決める前提となる理論が、新たな統一戦略に盛り込まれるとの見方を披露する。

王滬寧は、さきに96歳で死去した江沢民(ジアン・ズォーミン)、第20回党大会における「宮廷政治劇」の主人公だった胡錦濤(フー・ジンタオ、80)、そして習という3代の総書記に大過なく仕えてきた稀有(けう)な人材だ。知恵袋といってもよい。

安全保障に関しては、習も経験豊かな王滬寧のアドバイスを重んじる場面が多いという。米大統領として何を言い出すか予想しにくかったトランプとの首脳会談の際、常に隣に座って助言したのは、安保を担当する重要文書の書き手だった王滬寧だった。

何よりも王滬寧が重宝されるのは、上海にある復旦大学出身の国際政治学者としての経験も生かし、時の為政者が気に入るような文面を整えられる才覚である。部外者には何を言いたいのか伝わりにくい文章でも、絶妙な筆づかいで党の最高指導層を納得させることが、この組織では最も重要なのだ。

台湾政策は「王滬寧・王毅」のコンビで

政治局委員に抜てきされた王毅(ワン・イー、69)は習と同い年だ。「68歳になれば新たに昇格できず引退する」という従来の党内の年齢制限規定を破る異例の人事である。そして外交トップを意味する中央外事工作委員会弁公室主任にもなった。

外交・安保面で王毅の直接の上司は全権を持つ習だ。とはいえ台湾統一や対米関係が絡む安保政策に限っては、王滬寧も王毅の上役になる。なぜなら王毅は、王滬寧が副組長となる中央対台工作小組の事務を仕切る秘書長に就くからだ。7人だけの政治局常務委員の王滬寧と、24人もいる政治局委員の王毅の権限には格段の差がある。

27年に4期目入りを狙う習は、今後5年の間に台湾統一問題でどうしても何らかの成果がほしい。この目的のため、外交・安保政策づくりで台湾政策を絡めた新しい意思決定、組織形態を探っている。かつて台湾問題を専門的に担当した王毅の抜てきも、さらなる権力集中を狙う習戦略に関係する。

関係者の間では「王毅は、純粋な内政とされてきた台湾問題にも目配りできる総合的な司令塔としての外交トップになった」と噂される。王毅の上には、米国という大国との関係、安保政策に精通した王滬寧が座る。台湾に絡む外交・安保は習の下での「ダブル王」体制となるのだ。

台湾では24年1月、任期切れとなる総統、蔡英文(ツァイ・インウェン、66)の後任を選ぶ選挙がある。与党の民主進歩党(民進党)、野党の国民党とも1年後に迫る総統選に向けた選挙モードに入った。

さきの台湾地方選で大敗した民進党は、党主席を辞任した蔡英文の後任に次期総統選の候補として最有力となった現副総統、頼清徳(63)を選び、体制の立て直しを目指す。国民党の内部でも「前哨戦」が本格化した。

地域独自の政治構造に左右される地方選と大きく異なり、総統選では台湾の命運を左右する対中政策が争点になり、正面から議論される。「もし国民党が政権をとれば、台湾は『自由なき香港』になってしまう。それでよいのか」「いやいや、民進党が政権に居座れば、台湾は戦争に巻き込まれてしまう。危ない」。双方の舌戦は熾烈(しれつ)だ。

第20回共産党大会で習は、究極の権力を意味する「極権」を手に入れた。台湾への武力行使が現時点で差し迫っていないとしても、習さえ決断すれば直ちに実行できる体制が整ったのは明らかだ。

22年夏、当時の米下院議長、ペロシの台湾訪問の際、中国は台湾を取り囲むように設定した軍事演習区域にミサイルを撃ち込んだ。こうした経緯もあり、台湾側は軍事侵攻への警戒を強める。同年2月に始まったロシアによるウクライナへの全面侵攻も台湾に衝撃を与えた。

中国大陸と台湾を隔てる台湾海峡にある台湾の離島、澎湖諸島にも、これまでとはレベルが違う大きな緊張が走る。台湾軍が主力戦車を投入し、中国軍の上陸を阻止する実戦的な防衛訓練が頻繁に実施されている。

マッカーシー米下院議長は4月にも訪台か

「習近平はいつ台湾に攻撃を仕掛けてくるのか?」。台湾の市民らの日常的な会話、親戚や知人同士の旧正月の宴会で、最初の話題はたいてい、何をするかわからないイメージの強い習の「真意」だという。

これまでにも中台関係はたびたび緊張したが、一般人の関心がここまで高まることはなかった。中台両岸でビジネスを展開する外国企業も、いざという場合に備える具体的な退避計画、事業継続計画の策定を引き続き迫られている。

中国は、独立色の強い民進党政権が2期8年で終わることを望んでいる。だが、中台関係は極度に緊迫しており、新たな台湾統一戦略を打ち出すタイミングは難しい。その中身についても、単なる台湾への威嚇だと受け取られた場合、国民党を後押ししたい中国側の意図とは反対に、民進党へ塩を送る結果になりかねない。

「構えはみせても当面、様子を見るしかない。(新たな台湾統一戦略の)発表時期は未定だろう。かなり先になるかもしれない」。最近はこんな見立てもある。習プラス「ダブル王」となる対台湾の新体制の側も悩んでいるのだ。

中台関係ばかりか、日本の安保にも影響を与えるのが、準備中だとされる米下院の新議長、マッカーシー(57)の訪台だ。「4月にも」という見方もある。実現すればペロシの訪台時と同様、中国が軍事演習に踏み切る可能性が強い。ペロシの時は沖縄県の与那国島に近い日本の排他的経済水域(EEZ)内にも中国はミサイルを撃ち込んだ。

4月の台湾は、総統選に向けた与野党の候補者選びが佳境を迎えているころだ。米国の野党、共和党のマッカーシーの訪台が実現すれば、総統選にどう響くのか。習をトップに「ダブル王」体制となる中国の出方、台湾の与野党と有権者の反応も絡む。予断は禁物である。(敬称略)

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