『かわいい』の責め苦

『かわいい』の責め苦



「はぁ…」


キタカミで起こった恐怖(?)の事件も収束し、無事復学したスグリであったが、

スグリには新たな悩みがあった。

その悩みとは…


「ダメだよスグリくん、ため息なんかしちゃ。幸せが逃げちゃうよ?」


「あぁ…うん…ごめん」


「ブブーッ!そうやってすぐ謝る癖、良くないと思います!」


そう、今自身の目の前にいるこの少女

この人物こそ、スグリの目下の悩みの種であり、張本人なのだ。

このタロという人物、荒れていた頃の自身に対しても分け隔てなく接し、

今でもなお勉強を見てくれるなど、こんな自分を気にかけてくれる稀有な存在であり、ある種恩人の様な存在であった。


しかし…


「まぁ、ため息を吐いてる時の表情もかわいいと思いますけど」


「…」


ほらまたコレだ。と、スグリは心の中でごちる。

何を隠そう彼女は無類の『かわいいもの好き』なのだ。

だが彼女の言う『かわいい』には一般的なそれとは違うものも含まれる場合もあるようだ、と

以前より彼女と関わるようになってから、スグリは思い知らされることになった。


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ある日…


「スグリくんのわや~っていうの、かわいいですよね!」


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またある日…


「たまに見れるスグリくんのへにゃっとした笑顔かわい過ぎるんですよ~」


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そのまたある日…


「わっ…!髪下ろしてるの久しぶりに見た…!かわいい…!」


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とまあ、そんな感じで。

自身の何がどう彼女の琴線に触れたのかは知りもしないが、

あろうことか彼女はことあるごとに自分に『かわいい』という言葉を投げかけるようになったのである。

それもかなりの頻度で。


「……なあ、タロ」


「なぁに?スグリくん?」


「その、かわいいっての…止めてくんない…?」


「? どうして?」


「どうしてってそりゃ…俺、別に自分のことかわいいとか思ったこと無いし…」


事実、スグリは自身に『かわいい』要素を見いだせたことが無いし、

そもそもスグリは自分の容姿に対してさほど自信があるわけでもない。


それに…


「それに…俺、男だべ?それなのにかわいいとか言われても…」


そう、なんだかんだ言ってもスグリとて『男』なのだ。


どうせ褒め言葉を貰うなら『かわいい』より『かっこいい』を求めてしまうのが性というものだろう。

それ以前に人目を憚らずにかわいいかわいいと言われ続けるのは流石にちょっと、いや、かなり恥ずかしい。

他の何を壊されてもなお、僅かに残っていた男としての微かなプライドすら、正直へし折れそうだ。


「かわいいに性別は関係ないよ!そうやって区別しようとするの、良くないと思います!」


「そういう問題じゃ…」


「それにスグリくんはちゃんとかわいいと思うよ?」


ちゃんとって何だちゃんとって。


別にこっちは自分のかわいさに不安を抱いてるとかじゃないんだよ。と


ある意味カキツバタより話の通じない先輩に対して心の中で最早若干の苛立ちすら孕んだ様なツッコミを入れてしまう。

そしてついにスグリはある一つの『答え』を口にする






「んなことさいったら…タロのがよっぽどかわいいだろ」






そう、そうなのだ。


タロの、彼女の方こそ、自分なんかよりもずっと『かわいい』のだ。


事実彼女は学園のアイドルとしてかなりの人気を博しており、

彼女に想いを告げようとして玉砕したという男たちの話も何度か耳にしたことがある。

こんな自分よりも、彼女自身の方が遥かに『かわいい』筈なのだ。

にもかかわらずなぜこんなにも自分の『かわいい』に執着するのか、スグリには心底理解できなかった。

そんなスグリがずっと抱いてきた疑問であり、ある意味では答え。


ようやく吐き出されたその問に対する回答は…






「ブブーッ! わたしは 今! 『スグリくん』の話を しています!」






なんじゃそりゃ。






思わず声に出そうになったのをなんとか抑えることができた自分を褒めてほしい。


なんだそれは。


なんなんだそれは。


自分が溜めに溜め続けた疑問に対する答えか?これが…

これはあんまりにもあんまりではないか?

もしかして彼女にアプローチや告白をして悉く玉砕していった男たちもこのような気持ちだったのだろうか、と

スグリは誰とも知れぬ恋に破れた哀れな男たちに想いを馳せた。

そしてスグリは、きっとこれからも自分の欲する言葉や評価を貰えること無く、彼女の "『かわいい』の責め苦 " は続いていくのだろうと諦念にも似た確信を抱き…



「わやじゃ…」



きっとこれも『かわいい』と言われてしまうのだろうな、と思いながら



また、大きく息を吐いた。

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