反逆竜の瑕瑾
Nera日常というのは決してバカにできない。
毎日、同じような繰り返しの出来事だとしても二度とそれは起きない。
大きな川の流れと称される時間は、未来に向かって流れていく。
そして人の縁も刻々と変化していくが、時には当時のまま進展がない時もある。
「お父上様ぁ!!まだウタ捕まえられないのかえぇ!」
世界政府の創設者の子孫である天竜人のチャルロス聖は憤慨していた。
“世界の歌姫”ウタを娶ろうとしたらその幼馴染に殴打されてしまった。
なんで殴打されたのか未だに疑問に思っているし、許してはいない。
海軍本部の准将に手を出そうとする愚息ではあるが、無駄に頑丈だった。
数か月で復帰した彼は、父親にウタの捕縛について声を荒げて訊ねていた。
「落ち着くだえ。既にウタの潜伏場所は割れているえ」
「では、何故未だに捕まえられないのだえぇ!!」
「アラバスタ王国があるサンディ島は広いえ!」
「わちしのウタを匿うアラバスタ王国を滅ぼせばいいんだえ!!」
父親であるロズワード聖の説明を聴いてもチャルロスは納得できなかった。
ウタを奴隷にした暁には子守唄&拷問で遊ぶおもちゃとして活用するつもりだった。
ところが、捜索せず悠長に遊んでいる海軍や役人、アラバスタ王国に激怒したのだ。
「もういいえ!!わちしが自ら探しにいくえ!!」
「待てチャルロス!!ウタ捕縛作戦が遅れているのは理由があるえ!!」
「わちしは世界でもっとも優先される天竜人だえ!わちしが指揮を執れば楽勝だえ」
「……行ってしまったえ。あそこは海軍大将ですら躊躇う激戦区というのに」
自らウタ捕縛作戦の指揮をしようとしたチャルロスは奴隷と護衛を呼び出す。
世界の頂点に君臨する自分は、優秀という謎の万能感に突き動かされたようだ。
妹のシャルリア宮と遭遇しても挨拶すらせずに勢いよく豪邸から飛び出していった。
チャルロス聖がそれから4日後に海難事故で死亡したのは、幸いといえよう。
ロズワード一家が下界に追放されたが、死んだ彼は地獄を見ずに済んだのだから。
だが、それを上回る大事件がアラバスタ王国を擁するサンディ島で発生していた。
「アラバスタ王国軍よ!!匿っている大罪人のウタ及びルフィを差し出せ!!」
「ウタ元准将もルフィ元大佐もこの地におらん!!」
「我々は確固たる証拠を持って動いている!!言い逃れはできんぞ!!」
「ならば国中を探してみろ!!ウタの潜伏場所を把握しているのだろう!!」
ウタの潜伏情報から数か月経過しても誰も彼女を発見できなかった。
今日も世界政府の役人とアラバスタ王国軍の兵士が至る所で揉めていた。
そもそもアラバスタ王国は、長期の内戦で疲弊しており、復興の途中であった。
全ての元凶であるクロコダイルは、ウタとルフィのおかげで野望を阻止された。
なので英雄を侮辱された挙句、犯罪者として引き渡せと詰め寄られるなど…。
これほど屈辱的な事はなく、アラバスタ王国の民衆は世界政府に失望していた。
「これは天竜人が絡む特級事項だ!アラバスタ王国が消滅する危機と思え!!」
「ならば、探せばいいさ。四皇と七武海、賞金稼ぎに発見される前にな!!」
“世界で最も愛される女”と称されたウタは、大罪人になっても今なお大人気である。
海賊界の頂点の一角、“赤髪のシャンクス”の娘という事であらゆる勢力が動いた。
ウタを捕まえて世界政府に引き渡せば、10億ベリーの賞金が出る。
これには、賞金稼ぎもリスクよりハイリターンに賭けて動き出していた。
それどころかビッグマム海賊団や百獣海賊団もアラバスタ王国近海で活動している。
海賊界の頂点である大海賊団もボスと同格である大海賊の弱点を見逃すはずもない。
「大変だ!カイドウが王都のアルバーナに出現したと報告があった!!」
「「なんだと!?」」
「海軍大将の黄猿が応戦しているが劣勢!!至急援軍を請うとの事です」
王国兵の伝令によって大海賊が王都を襲撃した事実が発覚し一同は恐怖した。
天竜人に危害を加えられた事件で世界政府最高戦力の海軍大将が動き出す事態。
それだけで大事なのに凶悪な大海賊まで出現したという情報は混迷を極めている。
世界の均衡は崩れておりアラバスタでは海軍本部の中将が戦死する激戦区であった。
「ボス!!我々も捜索に参加してなくてもよろしいのでしょうか」
「ここで兵力を失うわけにはいかん。指示があるまで待機せよ」
「ですが、お子さんがボスを待っているかもしれないのですよ」
世界政府の脅威となっている革命軍もウタとルフィを探していた。
だが、彼らはサンディ島から少し離れた排他的経済水域に待機している。
通信兵を束ねる部隊長に捜索を促されても革命家ドラゴンは首を縦に振らなかった。
彼には、モンキー・D・ルフィという息子が居る。
猿と称された少年は、2歳上の幼馴染の女の子と一緒に海兵になって大活躍をした。
その活躍をこっそりと楽しんでいたドラゴンは昔と同じ様に私情を見せる事はない。
「だからといって私情で動いて大損害を被れば、我々の活動は水の泡となる」
例え息子やそのお嫁さんが犠牲になったとしてもやるべき使命がある。
息子が居ると発覚し、同胞から血の通った“人間”だと思われたのは伊達ではない。
革命軍の幹部でさえ隠し通してきた“弱点”を突かれても動揺する素振りは見せない。
だが、この場にいる全員が知っている。
ドラゴンこそがウタとルフィを誰よりも保護したいと思っている事に。
「それにメッセージを受け取った。彼らの意志を思うなら尚更だ」
あらゆる勢力がウタの潜伏情報でアラバスタ王国に押し寄せている。
だが、未だに発見情報すら無いので何かしらの対策をしているのだろう。
それか、そもそも巨大なサンディ島にいないかだ。
ドラゴンが左手に持っているガラスの瓶には紙きれが入っている。
歌姫ウタを簡略化したアイコンが描かれてたそれは、彼女からのメッセージだ。
「確かにそうですが…暗号文の意味が分かりません」
困惑する部下の意見はごもっともである。
手紙には、アラバスタの国旗、そして“とぐろマーク”が描かれているだけであった。
これで何を察すればいいのか一同は困惑するしかなかった。
ドラゴンは親しい誰かが解読できると賭けて構成員に見せたが未だに進展はない。
「あら、どうしたの?」
「ウタからのメッセージを解読できずに困っているのだよ」
「ふふふ、面白そうね。私にも見せてもらえないかしら?」
「構わん、ニコ・ロビンに紙を渡してあげてくれ」
「承知しました」
偶然通りかかった黒髪のミステリアスな女性の質問にドラゴンは無難な返答をした。
ボスの指示を受けた兵士がロビンと呼ばれた考古学者の女にメッセージを手渡す。
彼女の名は、ニコ・ロビンといい、“悪魔の子”と異名がある高額賞金首である。
世界政府が血眼になって捜索している女であるが、革命軍が保護をしている。
そんな彼女は紙きれを一瞥すると、何かを思ったのか懐のポケットに仕舞った。
「ドラゴン、暗号文を解読したわ」
「「「「はや!?」」」」
黒いドラゴンをモチーフにした大型ガレオン船、ヴィント・グランマ号。
その甲板で朽ちかけた紙切れの文字を瞬時に解読した女は、ボスに報告した。
一瞬で暗号文を解読したロビンに革命軍の兵士たちは驚愕して驚きの声を漏らす。
ドラゴンですら一瞬だけ眉を動かしており動揺しているのが確認できる。
「それには何て書かれているんだ?」
「ウタの居場所よ。どうやら私宛ね。嬉しいわ。未だに持っているなんて」
それでもすぐに暗号文の解読結果を質問したドラゴンはさすがというべきか。
即刻で質問したのは彼がそれだけ綱渡りで生きて来た証明であった。
それに対して簡潔に解読結果を説明したロビンも優秀と言えよう。
「こうやって解読結果を聞くとクローバー博士のお弟子さんだと実感できるな」
「誉め言葉にしては、つまらないわね。もう少し気を遣ってくれると助かるわ」
「すまん、人前で私情を見せるのは久しぶり過ぎてな…」
その女の師であるクローバー博士と認識があるドラゴンは昔を振り返っていた。
博士の死によって理不尽な世界に対抗する為に彼は【革命軍】を組織したのだ。
だが、ロビンの返答で見せた様に私情で物事を語るのは苦手である。
『ルフィ、ウタ……ようやく君たちを保護できる』
かつて彼の息子と幼馴染の女は、世界の希望として称された。
今では、あらゆる勢力に狙われており、そのせいで寝不足に悩まされていた。
それがようやく解消できると知って私情で取り乱すのは仕方が無いと言える。
「それでどこに潜伏しているんだ?」
「クソよ」
「ん?」
ドラゴンはルフィとウタの居場所をロビンに尋ねた所、とんでもない返答がきた。
これには歴戦の猛者である彼も困惑したが、彼女はむしろその反応で笑った。
「正確に言うと”島喰い”と呼ばれる大魚が出した“何もない島”という名のクソ島よ」
「……その島の”永久指針”はあるのか?」
「もちろんよ。その島に関しては私が2人に教えたのだから当然ね」
かつてニコ・ロビンは、ルフィに“何もない島”の”永久指針”を渡した事がある。
その指針に従えば、アラバスタ王国を擁する島の手前にある島に行く事ができる。
バロックワークス時代のロビンは、何を思ってか敵であるルフィに渡していた。
…てっきり破棄したかと思われていたが、意外な事にまだ所持していたのだ。
これには彼女もびっくりだが自分の贈与が大切にされていると知って嬉しくなった。
思わず彼の父に向かってポーチから出した“永久指針”を見せるほど興奮している。
「よし、その島に向かって出航だ」
「あら、口に出して良いの?」
「盗聴対策は完璧だ。それにこの船にはおれが信頼している兵士しかおらん」
「それじゃあ、残された兵士は信頼されてないのね」
「バカを言うな。リスク管理で分散させただけだ。同志はこの船以外にも居る!」
ドラゴンは暗に世界政府や海軍にも自分の同胞が居ると示唆していた。
しかし、そんな事はどうでもいいと思っているロビンは、彼らの再会を夢見ていた。
「しかし妙な話だな。何故誰もその島に気付かなかったんだ?」
革命軍の幹部であり発明家のリンドバーグは、ロビンに素朴な質問をぶつけた。
あらゆる勢力が大船団と人員で捜索してるなら、すぐに発見されると思ったからだ。
「その島はね。ログが5分で溜まるのよ」
「なっ…!!」
“偉大なる航路”にある島々は特殊な磁気を放っている。
その為、“4つの海”で使用する羅針儀が使えない為、“記録指針”という物を使う。
使用用途としては、まず円状の中にある指針が差す島を目指して航海をする。
そして島の磁気をログとして残すと別の島の磁気に指針が惹かれるようになる。
つまり、磁気を記録して次の島に目指すのが“偉大なる航路”の航海方法である。
ところが、磁気の記録は島によって時間差があり、場合によっては年単位で掛かる。
そんな“偉大なる航路”で活動する一同が絶句した様に5分という短さは異常であった。
「巨大なサンディ島に磁気を上書きされるから発見できなかったということか」
拡声器を使って意見を述べるカラスの一言によって一同が納得した。
潜伏先の磁気を拾っても向かう途中でサンディ島の磁気で上書きされる。
というよりは、島に向かう途中でログが溜まってしまって道を見失っていた。
世界政府は、確固たる証拠で動く為、地元民の裏話で動かなかったのだろう。
「クション!!」
「大丈夫か?」
“世界の歌姫”という異名があったウタは、花粉を吸いこんでしまいクシャミをした。
島中に響きそうな音で思わずルフィが心配しそうに彼女を見つめる。
だらしなく鼻水が垂れた歌姫の姿は、堕落した印象を抱かせるものであった。
さすがにプライドが許さなかったのか、ハンカチで鼻を噛んで失態を隠した。
「なんか言った?」
「別に」
歌姫が無様に転んでその際に舞った花粉でクシャミをしたなどと言えない。
ウタもルフィも分かっているからこそ追及などされないし、しなかった。
逃亡生活を得て夫婦の関係になった彼らは少しだけ距離感が掴めるようになった。
「さて、いくつか仕掛けを放ったけど…気付いてくれるかしらね」
「少なくともシャンクスは来ねェな!」
「分からないわよ。少なくとも私には死んで欲しくないと思ってるはずだしね…」
「それもそうだな」
海軍本部の准将であったウタの両親は海賊のせいでこの世に存在しない。
だが、彼女を一人前の少女に育てたのは立派な海賊であった。
世界から恐れられる大海賊”赤髪のシャンクス”は、娘にとってただの父でしかない。
ルフィの憧れの存在でもあるので再会の約束を果たす意味でも逢いたかったのだ。
「でも、まだシャンクスには帽子を返さねェからな!!」
「あら、”赤髪海賊団の至高の宝”に手を出してそれはないでしょ?」
「まだ、シャンクスを越えてねェ!!」
「ふふふ、あははははは!!」
「笑うな!!マジで言ってるんだぞ!!」
しかし、ルフィはシャンクスを越えたと思っていないようだ。
麦わら帽子を奪われない様に両手で抑える姿が滑稽だったのか。
ウタが笑ってしまい、ルフィは顔を真っ赤にして地団駄を踏んで抗議をする。
まだ17歳の青年は、子供っぽさが残っておりその初々しさが眩しくも思える。
「あっ、船だ」
「敵か!?」
「残念、革命軍よ。あんたのお父さんのお迎えが来たわ」
ウタから「船」という単語を聴いてルフィの顔つきが変わった。
海賊船なら撃沈して海軍の軍艦なら物資を略奪する気満々であった。
ところが、ウタの一言によってやる気を失った彼は地面に突っ伏した。
「ほらシャキッとしなさいよ」
「父ちゃんと何を話せばいいか分かんねェんだ」
「10年間一緒に居てくれた私の紹介でもしたら?」
「面倒だからやだ!!」
「しろっつうの!!」
「ぎゃあああああ!!」
ようやく安心できる相手を発見して気が緩んだのか。
海兵時代のようにウタはルフィを叱責し、ゴム人間の頬を引っ張り始めた。
愛によって痛みがあるルフィは叫んで許しを請うが意味はない。
これがスキンシップの一部であることは、本人たちが一番理解している。
「……素直じゃないわね」
「ああ、おれは不器用だ。頑張って息子に笑顔を見せたいのだが上手くいかない」
一方、ドラゴンは息子とその嫁に逢うのに躊躇っておりロビンから呆れられていた。
自分の悪名で彼らに迷惑をかけたくないせいでずっと見守るしかできなかった。
そのせいで彼は未だに弱点である子供を迎えるのに違和感があり動けなかったのだ。
「ドラゴンさん」
「サボか。どうした?」
「この単眼鏡で砂浜を拝見してください。きっと面白い物が見えますよ」
かつてゴア王国の近海で保護した少年はしっかりと成長していた。
少なくとも取り乱している自分に気分転換を促せるほどの成長を実感させる。
珍しく作り笑いをしたドラゴンはサボから単眼鏡を受け取ってそれで砂浜を見る。
「ん?何をやっているんだ?」
「ルフィとウタの喧嘩ですよ。ウタには相変わらず勝てないみたいで安心しました」
ドラゴンの視線の先には、待ちに待ったルフィとウタが砂浜に居る。
だが、何故か紅白のおさげでしばかれて痛がる息子を見てしまい困惑した。
サボから説明を受けても、何故そうなったか理解できなかった。
「意図がさっぱり分からないのだが…」
「愛情表現ですよ。寂しがり屋の2人はじゃれ合ってないと落ち着かないんです」
「やけに詳しいな」
「盃を交わした義弟と義妹ですから」
「ああ、そうだったな」
革命軍参謀長のサボは、ルフィとウタと盃を交わして義兄弟になった仲である。
ところが、ある事件で砲撃を受けたショックで記憶喪失に見舞われた。
皮肉な事にそのおかげで順調に誰かを守ろうとする兵士として成長する事ができた。
もし、記憶があったら治療中に無理に動いて寝たきりになっていた事だろう。
「さて、行くか」
「残念ですが向こうから来ましたよ」
「なに?」
何はともあれドラゴンは息子を溺愛していたので無事な姿を見て安心した。
腹を括って父親としてルフィとウタを迎えるべきと考えて行動に移そうとした。
その矢先、サボの一言によって出鼻を挫かれたと知り、思わず声を漏らす。
「はい!!先に着いた!!私の勝ちよ!!」
「あっちむいてホイをしてから競争だなんて卑怯だぞ!!」
「出たァ!負け惜しみィ!!」
ヴィント・グランマ号の船首楼に紅白の髪の女が乗り込んできた。
遅れて麦わら帽子を風で飛ばされない様に右手で抑えた青年も乗り込んだ。
どうやら2人は船に乗り込むのを競っていたようでウタが勝ったようだ。
納得できないルフィが再び地団駄を踏んでいたが2人の風物詩といえる。
「ルフィ、ウタ」
「なんだよ!?」「なによ!?」
「これから焼肉をするのだが、一緒に食べるか?」
「「食べる!!」」
久しぶりに逢った親子の会話が焼肉のお誘いという事実。
しかもあのドラゴンが焼肉を誘っているのだから驚きより滑稽さが勝る。
両手を挙げて喜ぶルウタ以外の笑みは、純粋におかしくて笑われていた。
少しだけドラゴンが顔を真っ赤にするが、すぐにルフィとウタを座席に案内する。
こうして無事にルウタを保護した革命軍はアラバスタ王国近海から全力で離脱した。
「ふう、やっぱりお風呂はいいわ。身も心も綺麗になるから」
宴会から5時間後、久しぶりに入浴したルフィとウタは、そこで欲望を発散させた。
夫婦になった彼らは、お互いの身体を密着させて入浴を楽しんだようだ。
念入りに汚れと匂いを落としてお揃いの香りに身を包んでおり幸せそうであった。
そしてバスローブを着て正義のコートを羽織った2人は密室に待機している。
「待たせたな」
「あれ?ニコ・ロビンも来るの?」
「親子のやり取りに興味があったの。別に良いでしょ?」
「ああ、問題ないぞ」
ドラゴンが入室するついでにニコ・ロビンも入って来た。
てっきりドラゴンと三者面談をすると思っていたウタは思わず質問をした。
するとロビンは、好奇心旺盛なのか興味本位か分からない返答をする。
そんな適当な返答であったがルフィの承諾もあり無事に参加する事となった。
『何を話せばいいか分からんな』
革命家ドラゴンは息子とその奥さんに対してかける言葉が見つからなかった。
これからの保護生活や計画、自分の野望など話す事は山ほどある。
しかし、建前上とはいえ無関係を振舞っていた影響を引き摺っていた。
「ウター!疲れたー!」
「もう甘えん坊なんだから…膝枕する?」
「するする!」
ドラゴンが頭を悩ます一方でルフィとウタはお構いなしに自由に行動をしていた。
座布団に座っているウタの太腿に頭を乗せたルフィは幸せそうだ。
まるでそこが自分の特等席と言わんばかりにリラックスをしている。
ウタは愛する夫の頭を優しく撫でており以前と違って母性が溢れていた。
「あらあらお二人さん、見せつけてくれるわね」
「なによ。言いがかりでもしに来たの?」
「ラブラブカップルで微笑ましいと思ったの」
「カップル?そんなんじゃないわよ」
ルフィが全てを捨てて天竜人から救ってくれた事はウタの人生を大きく変えた。
その事で泣いたり絶望したり後悔だってしたが最終的に結論は出ている。
モンキー・D・ルフィと添い遂げて来世も一緒になろうと約束をしている。
だからこそ、ウタはただのカップル扱いされて不満があった。
「ルフィにとって私は肉。私にとってルフィは歌。それでいいのよ」
あまりにも気持ちがデカすぎてウタは簡潔な表現しかできなかった。
だが、それは的を得ている。
全てを失った2人は、唯一残った存在と一緒に居るだけで幸せだと気付いたのだ。
「そうか、もう子供ではないのだな…」
「なによドラゴン、まだ子供扱いするわけ?」
「そうではない。子は大人が想像するより成長が早いと感じてな」
ドラゴンが最後にルフィとウタを見たのはいつだったのか。
全く覚えていないが、小さな2人が喧嘩していたのを覚えている。
『親の罪は、あくまで自業自得だ。息子まで引き摺る必要はない』
【子は親の弱点】と認識していた男は、息子を独りぼっちにさせてしまった。
その事に思う事はあったが、祖父やフーシャ村の人々に任せるしかできなかった。
関わりさえ露見しなければ、フーシャ村のルフィとして生きていける。
しかし、寂しがり屋の彼がどうなるのか心配していた。
「ルフィを放置してしまった情けない父親だが、1つだけ言わせてくれないか?」
「…息子と一緒に居てくれてありがとう」
ところが、息子は女の子と楽しく遊んでいるのを目撃した。
少し前は赤子だったと思えるほど無力な息子が一人で友達を見つけた。
その事実は、ドラゴンが持つ価値観に多大な影響を与えた。
「なあ、息子って誰のことだ?」
「あんたの事だよ!!」
「ええ!?」
「他に誰か居ると思ってんの!?」
未だにドラゴンの息子だと自覚がないルフィの一言で空気が変わった。
義姉ちゃんムーブに切り替わったウタは思わずツッコミを入れてしまった。
びっくりするルフィを見てドラゴンは改めて無事に成長したのを嬉しく思っている。
右手で口元を抑えてクスクスと笑うロビンはこの場に参加してよかったと感じた。
『さて、話が盛り上がった所で本題に入ろうじゃないか』
「「本題?」」
だが、家族団欒を楽しむ時間が惜しいほどの事態が迫っている。
再び革命軍のボスの顔になったドラゴンはルフィとウタに向き合って発言した。
さきほどとは違って真面目に話を聴く気になった2人はドラゴンの顔を見つめた。
「まずアラバスタ王国の惨状に関してだ」
アラバスタ王国の話題が出た瞬間、ルフィとウタは後ろめたさから顔を背けた。
自分たちのせいで王国が酷い目に遭っているが、そのおかげで革命軍に保護された。
目の前の安息の為にかつてお世話になった国を見捨てたのを2人は後悔している。
「君らが革命軍に保護されたと全世界に知らしめれば、騒動は収まるだろう」
「だが、あそこに居る勢力1つでも我々は相手をする事はできない」
要するにドラゴンは、アラバスタ王国を見捨てろと暗にルウタに伝えていた。
それどころか2人を保護した事実を革命軍は隠蔽する気満々であった。
「理不尽な暴力から守るには力だけでは足りん。ましてや世界が相手ならな」
「分かってるよ。全部、私のせいなんだから…」
「いつか起こる事が早まっただけだ。むしろ君は今でも希望であり続けている」
「私が?」
「ああ、残した歌と音楽、ウタグッズは決して無駄にはなっていない」
ウタは天竜人に目を付けられたせいで世界が惨劇に見舞われたとずっと悩んできた。
実際、世界の均衡が崩れているのでそれを誰も否定できやしない。
ただ、以前と違うのは絶望的な状況でも民衆はウタの唄を歌っていた。
“力なき者たちの代弁者”として活躍してきた歌姫の影響力はまだ残っているのだ。
「だからウタを狙う者たちが後を絶たんのだ。存在が大きすぎるからな」
「そうね…それほどやらかしたもんね」
「違うぞウタ!!あのだえだえ言ってる奴が悪いんだぞ!」
ウタがネガティブになると必ずルフィが喰らいついてくる。
幼馴染が今を生きる原動力になっている青年は彼女の心の変化に敏感だ。
膝枕されていたはずの存在は、いつのまにか女を抱き寄せて頭を撫でていた。
立場が逆転しているが、それを認めているから逃亡生活で生き延びる事ができた。
「そうだ。天竜人がこの世に君臨している限り、未来は暗い」
「いずれ権力は腐敗するものだが、この世界はずっと腐敗したまま続いてしまった」
「我々はそんな世界を変えようとしているが、まだ仲間も力も足りない」
ドラゴンは淡々と現状を述べていくが明るい話は一切なかった。
しかし、あまりにも革命を起こすボスとしては情けなかったのだろう。
息子であるルフィが眉間に皺を寄せて不機嫌そうに口を開いた。
「じゃあ、おれたちがもっと強くなればいいんだろう!!」
「あれ?私も入ってるの?」
「当然だ!!だってウタの居る場所がおれの居る場所なんだもん!!」
海軍に所属して世界の広さを知っているはずのルフィは豪語した。
海軍大将、四皇といった世界の頂点でも臆することは無かった。
それを聴いてドラゴンは、かつての自分の想いを思い出していた。
ドラゴンは世界の現実と非情さを知って私情を殺して暴力に手を出してしまった。
だが、息子は若き自分の意志を継いで世界を変えようとしている。
『やっぱり親子ね。“Dの意志”はしっかりと受け継がれているわね』
一瞬だけであるが、ドラゴンの口角が上がったのをニコ・ロビンは見逃さなかった。
かつて彼女は、Dの名を継ぐ巨人海兵に逃された事がある。
何故、あの時自分を救ったか分からなかったが、今なら分かる気がする。
「父ちゃん!!ウタと一緒に楽しく冒険できる世界の為にもっと強くなる!!」
「その言葉、忘れるなよ?」
未だに父親の実感がないルフィだが、ウタのおかげで父に覚悟を述べる事ができた。
立派な宣言を息子から聞かされた父親は親バカのように意見を肯定する。
かつてウタは歌姫としてルフィは英雄として世界に希望を与えていた。
自分とは違った道で新時代を創ろうとしていた彼らをドラゴンは認めている。
「ウタ、一緒に修行して今度こそ誰にも邪魔されないように冒険しような!」
「冒険したいだけでしょうが!それにこれ以上筋肉をつけろって言うの!?」
「嫌なのか?」
「ルフィが望むならどこにだって行ってあげる。そう約束したでしょ?」
だからこそ、あらゆる勢力がウタとルフィを追い求める。
かつては、海賊王が残した“一繋ぎの大秘宝”を求めて多くの者が海に出た。
今では、あらゆる勢力が彼女たちを追い求め続けてしのぎを削っている。
そんな存在を保護した革命軍は、これから多くの受難が待ち構えている事だろう。
「よし!!修行をする記念で焼肉パーティをやるぞ!!」
「さっき喰ったばっかりじゃない」
「もしかしておれに負けるのが怖いのか?」
「なんですって!?私がルフィに負けるわけないでしょ!!」
気が緩んだのか、ルフィの挑発に乗ったウタは止まらない。
この瞬間、革命軍の食料保管庫から肉が消える事が確定した。
ついでに海王類も何匹か死ぬ運命になったが、これからを考えれば些細な事である。
革命軍に保護されて余裕ができた彼らは未来に向かって全力で進んで行く事だろう。
「ルフィの腹と好奇心は限界を知らないのよ!!じゃんじゃん肉を持ってね!!」
動機は不純であるが、腹が減っては戦はできぬ。
それを体現した超新星たちは、革命軍の兵士を振り回していく事になる。
ただ彼らを見守って未来を語り合う兵士たちはいつも嬉しそうな顔をしていた。
ルフィとウタの行く末の答えは、日常で隠れていただけで既に存在していたのだ。
END