『反逆竜にて』
ローの潜水艦、イワンコフの軍艦。
それに並ぶかのように、黒い船が横に並ぶ。
船首へと伸びるかのような竜の造形は、いつかの父の船を思い出しそうだ。
…あの船と違い、目の前の船はひたすらに黒いが。
世界政府最大の敵、革命軍。
その本艦が、目の前にある。
まずイワンコフが飛び乗り、次にルフィが手を伸ばした。
その後、上から伸びた手が私と赤子に優しく巻き付く。
そのままゆっくりと上げられ、甲板に足をつけた。
その後、ローも上にワープしてくる。
周りには、武装した革命軍の兵士たちが整列している。
その列は、後ろ側の船室に伸びている。
「ン〜フフ…久しぶりっチャブル。」
「お久しぶりです、イワンコフ様。」
イワンコフが進んでいくのに合わせて私達も後ろについていく。
常に私もルフィも周りに警戒をしている。
今のところ敵意は感じられないが、鈍りに鈍ってしまった私の見聞色はあまり役に立てなそうだ。
口惜しい。今までどれほどルフィに守られていたかが身にしみてしまう。
「久しぶりだな。牢屋の中はどうだった?」
「……………。」
二人の男女が先日の扉の前にいた。
どこかで見たような顔だ。
「ええ。悪くはなかったわよ?是非お礼もしたかったチャブルけど…今日はいないみたいね。」
「幹部が3人集まってるだけ奇跡だ。肝心なやつがいないがな。」
前のはだけた女性とイワンコフの会話が続く。
「そうねェ…。彼はいつ?」
「参謀総長は、ただいまこちらに全力で向かっていると…おそらくもうじき。」
「あらそう…じゃあ先ドラゴンに会っちゃうかしらね。」
…その名が出た途端、背中に悪寒が走ってしまう。
革命家ドラゴン。世界最悪の犯罪者。
それが、目の前の扉の向こうにいるということか。
「さて…失礼するっチャブル、ドラゴン!」
扉が、開かれた。
「………久しいな、イワ。」
船室奥に、その男は座していた。
あの顔の入れ墨、間違いない。
あのドラゴンだ。
後ろにいるローも、気を張り詰めているのが分かる。
…ルフィは、今のところ動じていない。
「あー、うー?」
「あ、ちょっと…?」
突然腕の中の子が手を伸ばし始めた。
慌てて止めようとするが、中々やめてくれない。
「ン〜フフ……久しぶりねェドラゴン。少し痩せたかしら?」
「そうか?お前は元気そうで何よりだ。」
「あらそう?フフ…キャンディたちにも、あとで挨拶してあげてくれるかしら?」
「勿論だ…さて。」
男が立ち上がり、こちらに歩いてくる。
一歩歩く度、床がきしむ音と共に自分の中の緊張が高まる。
冷や汗が止まらない。
ローも刀をいつでも構えられるようにしている。
…ルフィとこの子だけが、平然とした様子を見せていた。
やがて少しずつ歩いてきたドラゴンが……ルフィの前で止まった。
「久しぶりだなルフィ。」
え?
「おう。」
は?
「おい待て麦わら屋、お前こいつに会ったことあるのか!?」
「そうだよルフィ!私も聞いてないよ!?」
どういうことだ。
ルフィがこの男と会ったことが……
「だってこいつ、おれの父ちゃんらしいんだもん。」
……………。
『ハアアアアアアアアア!?』
「うー?」
「あら、ヴァナタにとってはジージっチャブルよベイビー?」
「…やめろイワ。」
〜〜
ルフィの話は、かつての海軍本部に遡った。
あのときルフィは東の海での謹慎が明け、コビー達と共にガープ中将のもとで修行後の休憩をしていたらしい。
『そういやルフィ、お前おやじに会ったそうじゃな?』
『ん?おれに父ちゃん?』
『ルフィさんのお父さん…?気になります。』
『へー…つまりあんたの息子なのかガープ中将。』
『なんじゃ直接聞かなかったのか?ローグタウンで会ったと言っておったぞ?』
『あの町か?会ったっけなァ…?』
『しょーがないやつじゃの。えー…こんな顔じゃ』ピラッ
『ん?……え…?』
『は………?』
『あ、このおっさんなら会ったぞ!これがおれの父ちゃんか!』
『うむ!なんじゃそんなことも教えてなかったのか!』
『ま、待ってくださいガープ中将!これがルフィさんの!?』
『こ、こいつ革命家ドラゴンじゃねェのか!?』
『ん?コビー知ってんのか?』
『世界最悪の犯罪者ですよ!革命軍トップのドラゴン!』
『政府を倒そうっていうイカれたリーダーだぞお前!』
『へー、そうなんだ。』
『あれ?これ言っちゃまずかったかの…ぶわっはっは!今のなし!』
『エエエエエ!?』
『分かった。』
『それでいいんですか!?』
『おーい、ルフィー?』
『あ、ウタが呼んでる!じゃあコビー!じいちゃん!』
『おう!さっきのことは忘れとけよ!』
『分かった!』
〜〜
「…って感じだ!」
「……えぇ……?」
「嘘だろお前。」
そんなこと知らなかった。
まさかルフィとガープ中将の間がそんな危険人物だったとは。
目の前のこの男がルフィの父であのガープ中将の息子…全くイメージが湧き上がらない。
「無理もないわ、ヴァターシ達も先日聞いたときは驚いたもの。」
「全くだよ…素性のしれないリーダーが人間なのに安心したやつも多いがな。」
「………。」
どうやら革命軍にも既に話は広まってるらしい。
「というかあんた、ローグタウンのも初耳なんだけどルフィ!?」
「いやだってよ、あの町だって…!」
〜〜
「ふ~…腹減ったなァ…。でも雨のせいで飯屋もしまってるみてェだしよ…。」
「…………。」
「…うお!おっさんいつの間に隣いたんだ!?」
「……オヤジ同様海兵か。」
「ん?おう、おれは海兵だけどそれがどうしたんだ?」
「…それもいい。」
「…?何いってんだ?」
「…フフ…頑張るといい…それがお前のやり方ならな。」
「お、おう…?何が言いたいんだ?」
「気にするな…男の船出を見てみたかっただけだ。…ではな。」
「あ、まだ雨だぞおっさん!…行っちまった…。」
「ちょっとルフィ!そんなとこいた!」
「あ、ウタ!」
「ほら早く行くよ!これ以上ひどくなったら船も出せなくなっちゃう!」
「おう、分かった!」
〜〜
「…って感じなんだよ。」
「えぇ……?」
「お前な麦わら屋………。」
なんということだ。
私はこの男と危うくばったり会うところだったのか。
「あらあらかわいいことするじゃないドラゴン…息子の様子でも見たかったチャブル?」
「よせイワ…。」
なんだろう…あの世界最悪の犯罪者のイメージが崩れそうになる。
「ンン……さて、そろそろ本題に入ろうか。」
…目付きがまた鋭くなる。
父親の顔が隠れ、革命軍リーダーとしての顔が見える。
「お前達の身に起きたことは把握している。あの事件以来、革命軍もお前達を追っていた。」
「なんでだ?」
すかさずルフィが問いただした。
父親を前にしても、一定の警戒は解いていない。
「理由はいくつもある。世界に広まった反政府の感情の中心であるお前達を海軍や海賊の手に渡すわけに行かないのも事実だ。」
淡々と、革命家が答えていく。
その感情の乗せられない意見に震えかける。
「ンフフ…あくまでそれも一つ…父親として心配だったのも本当でしょう?」
しかし、横からイワンコフが言葉を指した。
「…子を心配しない親がどこにいる。」
…しかもちゃんとそれも本当らしい。
「オヤジからも連絡が一度来た…もしものときは頼むとな。」
「じいちゃんが?」
なんと、あのガープ中将も働きかけていてくれたのか。
…何故息子といえ革命家トップと繋がってるかは触れないでおこう。
「あともう一つ大きなものがあるが…それは本人が来てからでいいだろう…さて。」
ドラゴンが一度会話を止め息を吐いた。
「これが本題だ。…お前達二人、革命軍に来ないか?」
いよいよ来た…というところか。
ここに呼ばれ、そして関係を知って予想はしていた。
革命軍。世界政府妥当を目指す組織。
それに私達が加わるのは、確かに大きな意味があるのだろう。
私達にとっても宿木としては不都合は少ない。
しかし、それとこれとは話は別だ。
「いやだ。」
「…私も。」
それでも、私達は海兵だ。
海軍に、かつての友も部下も先輩もいる。
例え追われる立場となっても、正面から敵対する組織に入ることはできなかった。
…本当なら、この子のために安堵の場を探すべきだと分かっている。
この子には本当に申し訳ない。
…それでも、譲れなかった。
「…そうか…だがまだ答えは保留にしてくれないか?」
また息を吐いてドラゴンが言う。
「実のところ参謀総長がお前達に会いたいという話でな…答えはまたその後に聞かせてくれ。」
「さんぼーそーちょー?」
革命軍参謀総長。
その役職は聞いたことがあれど、どんな人物なのかは全く知らない。
何故私達に会いたいと言うのか。
私達が会えば答えが変わるのを期待できるような人物なのか。
その答えは、目前に迫っていたらしい。
「ドラゴンさん。コアラより連絡が。」
「繋げろ。」
どうやら別のところからの連絡らしい。
「コアラか。そちらはどうだ?」
『ドラゴンさん、もうすぐこちらの部隊もそちらに着きます。』
「フム…確かに船が近いわね。」
「あいつはそこにちゃんといるか?」
『はい…ただ中々大人しく…あ、ちょっと!』
なんだか慌ただしい。どうしたのだろう。
『すみませんドラゴンさん!彼飛び出して行っちゃって…そっちの船に今着地を』
…その後は、勢いよく開いた後ろの扉の音でかき消された。
「ハァ…ハァ………!」
後ろで息を荒げるこの男が参謀総長だろうか。
「…あなた…」
「…おま…」
─私達の言葉は、両腕を広げて私達二人に抱きついてきたその男に遮られた。
「お、おい!」
「な、なに…!?」
手術のときのローを除けば、ルフィ以外の男に触れられるなど久しい。
一瞬動揺した心は、しかし何故かすぐ落ち着いた。
…なぜだろう。あまり警戒できない。
「ごめん…!ごめんルフィ…ウタ…!」
何故この男は謝る。
何故私達を知っている。
分からないことだらけの私の目に、その男が背負う鉄パイプが目に入った。
…鉄パイプ?
「………え?」
…男を見返す。
その髪も、目も、顔も、帽子も…よく見れば見覚えがある。
『おれ達は必ず海へ出よう!!!この国を出て、自由になろう!!!』
そんなはずはない。だって彼は。彼はあのとき海に…。
「………サボ?」
先に声を出したのは、私だったのかルフィだったのか。
「…そうだ!おれだサボだ!…遅くなって、すまなかった…!」
私達の目の前にいたのは…かつて死んだと思っていた、サボだった。
to be continued