厳しさと暖かさ
「なっはっはっはっは!!ミライに怒られたのかムジカ!!そりゃ災難だったなァ!!」
夕食を家族全員で準備する中、事の顛末を聞いたルフィはからからと笑う。
その様子は心底楽しそうだ。
「うん……あのときのミライねえ、すっごくこわかった……ごめんなさい」
「ううん、私も大人気なかったから。それはそれとしてパンケーキじゃなくてもイタズラはして欲しくないんだけどね……」
普段の悪戯っ子としての振る舞いはすっかり鳴りを潜めしおらしくなっているムジカと、反省しつつも譲れない部分はしっかりと主張するミライ。
そんな姉の様子を間近で見ていたマストもまた、いつもらしからぬ未だ萎縮した様子で口を開く。
「ホントあの瞬間の姉ちゃんはおっかなかったぞ。おれ、怒られてねェのに冷や汗止まらなかった」
「ふふ、マストがそう言うなんて相当だね。ミライ、これからは怒るんじゃなくて叱るようにね?どっちも似てるけど、怒ってる人って大体話を聞いてもらえないから。私も経験あるからよく分かるんだ」
「分かってるよ……ごめんねムジカ、ママ」
マストの言葉を拾いつつ優しく諫めるのはウタだ。両親のケツを叩くことが多いミライも、やはりこういうときは敵わないと痛感する。
普段はルフィと砂糖を吐きそうになるほど甘ったるいやり取りをしているウタだが、なんだかんだ6児の母である。
我が子に対し、然るべきタイミングで然るべき言葉をかける能力はちゃんと持っているのだ。
「それにムジカも。食べ物を粗末に扱うのはダメよ?パパが食べてくれたから良かったけど、これが船の上なら叱るだけじゃすまないかもしれないよ?」
「そうだぞ、食い物の恨みはコエーんだ。おれも船の上じゃしょっちゅうサンジに蹴られてるからな!!」
今度はムジカに向き直り反省を促し、それにルフィも同調する。
食料の入手手段が限られる船の上において、真っ当な食事を提供出来るかどうかは死活問題だ。
そんな環境下で食べ物を粗末にすると言うのは自殺行為に等しい。
……この男の場合粗末にすることよりも勝手に食い散らかす方が問題だしそもそもの説得力が皆無だが、ムジカへの忠告としては外れていないのでいいだろう。
因みにさしものルフィもタタババスコまみれパンケーキは結構ひーこら言いながら食べていたのだが、その事を知るのはウタだけである。
「うん、ボクもうにどとやらない。あんな恐いミライねえ、もう見たくないもん」
「ムジカはいい子だね。ちゃんとはんせいできてえらいよ」
「げんきの出るぎしき、する?」
未だしょぼくれるムジカを、それぞれ違った方法で励まそうとするライトとララ。
普段はムジカに振り回されている気のある二人だが、なんのかんの言っても上の兄姉である。
「まァいいじゃねェか。反省してるんならよ、これ以上おれからムジカに言うことはねェよ!!ああそれとなミライ」
「ん、何パパ?」
「――――――流石に覇気まで飛ばすのはやりすぎだぞ」
ざわっ――――――
ルフィがいつもとはまるで違う真剣な声色で言った直後。
巨大な覇気の嵐がミライの体を叩いた。
「――――――ッ!?」
一気に動悸が起こり、全身が粟立ち、冷や汗が流れる。
受けた時間としては一瞬。ミライ以外の皆がピンピンしているところを見ると、この父は自分だけに正確に覇王色を飛ばしてきたらしい。
思わず襟を正したミライの眼前には、静かながらも底知れぬ威容を備える海賊王としてのルフィがいた。
「……今おれがお前にやったのは、お前がムジカにやろうとしたやつだ。お前は強いから大丈夫だけど、ムジカはそうじゃねェ。力ってのはちゃんと使わねェと意味がねェんだ」
「……」
「いいかミライ、お前が持ってる力は簡単に人を殺せるんだ。お前はそれを妹に向けた。例え冗談でも、その事はちゃんと受け止めなきゃならねェ」
「……うん」
遊びのない態度の父が紡ぐ言葉に答える。
そうだ。そもそも覇気とは戦うための技術。そしてそれを修めようとした理由は何だ?家族を守るためだったはずだ。
その力を戦う術を持たないムジカに向けるなど本末転倒、姉失格だ。授けてくれた父は勿論、鍛え上げてくれた師匠にも面目が立たない。
軽い気持ちで自分のやったことがとんだ大惨事になり得た可能性を思うと、今更ながら背筋が凍る。
そしてその事を本気で咎めてくれる父にもまた、やはり勝てる気がしないと思うのだ。
「……でもミライは賢い子だからな。もうやらないって父ちゃん信じてる。ムジカも姉ちゃんの事信じてるだろ?」
「もちろんだよ!!だってミライねえはホントはとってもやさしいもん!!ライトもララもそう思うでしょ?」
「うん!!おねえちゃんはすごくやさしくてかっこいいよ!!」
「ミライねえ……やさしいしあたまいいから好き……ニヘヘ」
「っ……」
ルフィは一転して優しく声をかけた。ムジカもまたそんな父の言葉に、未だ引きずりつつも元気に同意する。ライトとララも、同じようにミライに言葉をかけた。
暖かな思いやりと愛情を向けてくれる家族を前に、思わずほんの少しだけ視界が潤む。
「……すっげェ。おれも覇気は自信あったけど、やっぱ父ちゃんはケタ違いだ」
「おとーさん、すごい!!」
一方で、気圧されながらもいたく感嘆するマストと無邪気にはしゃぐセカイ。
生まれながらに天性の覇気の才を備える二人。故に、いくら自身に向けられてなくとも父の放ったそれの凄まじさを肌で感じ取ったのだろう……その裏にある慈しみの感情も。
「……ホントにごめんねムジカ。それとパパもママも、ありがとう」
「だいじょうぶだよ!!ボク、ミライねえがおねえちゃんでよかったっておもってるから!!」
「ムジカの言う通りだ!!お前が家族思いの優しい奴だってこと、おれもウタも皆も分かってる!!」
「そうそう!!それにミライはまだ子供なんだから、間違えそうになったらちゃーんと助けてあげるよ!!」
「……うん!!」
両親と妹に励まされ、ミライは破顔しながら返事をする。
すっかり元通りになったらしく、その表情と声色は晴れやかだ。
「はい、これでお説教は終わり!!さ、ご飯食べよ!!」
「うお!!そうだメシの準備してたんじゃねェか!!うっかりしてた!!」
「おとうさんがごはんを忘れてた……!?」
「どうしよう……しょくよくの出るぎしきする……?」
「いやいらないと思うよララ……たしかにめずらしいけど」
「うっひょー!!メシだ!!」
「ごはん!!ごはん!!」
先までの神妙な雰囲気は消え失せ、賑やかな食卓が戻ってきた。
一家の団欒は暮れていく。
頼れる両親。
気の置けないマスト。
かわいい盛りのライト、ララ、ムジカ、セカイ。
そんな家族たちを、ミライはどこか誇らしげに見つめるのであった。
「ありがとう……皆」