厄介な恩人⑤

厄介な恩人⑤


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「あたし、拓海がそんな風に思ってたなんて考えたこともなかったから、答えられなくて。今日学校でみんなに相談しようと思ってたんだけど、慣れないこと考えてたら風邪ひいちゃった」

昨日の放課後の出来事を話し終えたゆいは苦笑いで言葉を切る。

既知の内容とはいえ、 友人の甘酸っぱい恋バナを前のめりで聞いていたここね達も我に返った。

話を聞くばかりではここに来た意味がない。ゆいの悩みを少しでも解決に向かわせるために3人は集まったのだから。


「そんなに悩むってことはその、拓海先輩とお付き合いするのも選択肢にあるってことよね?」


ここねは恐る恐るといった様子で確認する。

ここねとらんの当初の予想では恋愛に興味を持てずあえなく拓海を袖にするのではと懸念していたのだが、知恵熱を出すほど思い悩んでいるなら交際に発展する可能性は十分にある。

「う~ん、どうなんだろ。 昨日からずっと考えてたけど、恋人になった拓海……っていうか幼馴染じゃない拓海っていうのが想像できないんだ。物心ついたときから拓海はずっと幼馴染だったから」

「そ、そうなの……?」


それに対するゆいの答えは煮え切らないものだった。

明確な答えを出せないから悩んでいるわけだが、そう言われては第3者から言えることは少ない。

幼馴染も恋人もいないここねにこそ想像もつかない領域だ。

申し訳程度に聞き返してみても、ゆいはコクリと頷いただけ。

早くも困ってしまったここねから助けを求める視線を向けられ、今度はらんが遠慮がちに口を開く。


「拓海先輩が良い人なのは確かだし、お試しで付き合ってみるっていうのもアリなんじゃない? 上手くいったらそれでいいし、無理そうなら改めてお断りするってことで~……」


らんの提案は客観的に見て、決して悪い選択肢ではない。

想像できないのなら体験してみればいい。

正式な返事を先送りにして『恋愛とは如何なるものか確かめさせてほしい』という風に伝えれば拓海も納得してくれる、と思う。

「……それは、違うと思う」


だがそれは酷く不誠実に感じた。

昨日の拓海は怖いくらいに必死の形相で、きっと並々ならぬ不安を押し殺して告白してくれたはずだ。

それをいい加減な形でOKして、不安を抱き続けながら自分と接してほしくない。

相談を聞いてもらっている立場で心苦しいが、ゆいにとってその選択は“ナシ”だった。


「ごめんね、折角考えてくれたのに」

「いや~こういうのはお互いの気持ちがイチバンだからね。ゆいぴょんが違うって思うんだったらきっとそうなんだよ」


気負わせないよう明るく返すらんだが、代案があるわけではなく再び頭を捻る。

恋愛は大昔から物語の題材として事欠かないテーマの一つ。1000年以上も語られ続けるほどに千差万別なのが恋愛なのだ。

らんが漫画で触れたことのあるラブコメディに絞っても実に多様。

客観的にどうであれ当人の主観こそが絶対であり全てと言っていい。

「みんな悩みすぎだ、ここねとらんまで知恵熱を出しそうだぞ」


苦笑したような声と共に、3人の前に山盛りのりんごを乗せた皿がごとりと置かれた。

いつの間にかあまねが相当な数のりんごをカットし終えていたようだ。


「わっ、こんなに……」

「元々ゆいなら傷む前に食べきれると思って多めに持ってきたんだが、今は2人にも必要だろう?」

「あまねんありがと~」

「お見舞いに来ておいてなんだけど、私達もいただくわね」

「どうぞどうぞ!……って、あたしが言うのもおかしいね」


小休止とばかり、4人は一斉にりんごを齧った。

普段あまり働かせない方向に頭を働かせたせいか、甘みが全身に沁みるような錯覚を覚えてギュッと目を閉じる。


「ん~っ、デリシャスマイルー!」

「美味しい……!」

「流石あまねんのトコのフルーツだね!」

「そこまで喜んでもらえるとなんだか面映ゆいな」


功労者のあまねは照れたように笑いながらも思案を巡らせた。

ここねと同様に幼馴染と呼べるような異性はいないが、『幼い頃から近い距離にいて、それ以外の関係は想像もつかない異性』という条件であれば2人の兄が該当する。

兄達にはかなり失礼な仮定になるが、あまねがもし実の兄から告白されようものなら戸惑うのは当然だ。

ゆいと拓海はそれに近い関係を築いてしまっているということか。あまねはそう解釈した。

それならば。


「なあゆい。一度品田のことは置いておいて、将来付き合う相手はどんな人がいいか考えてみないか」

「ふぇ?」

「まずはゆいの理想とする男性像を考えて、その後で品田がそれに合致するような人間かどうか判断してみよう」

「う~ん……?」

未だりんごを頬張っていたゆいは唐突なあまねの言葉に首を傾げつつ、ひとまず口の中を空にしてから腕を組む。

恋人というのは兎も角、自分が家庭を築く未来については少しだけ考えたことがあった。

祖母よねの言葉を頼りに生きてきたゆいが、自分自身の経験から言葉を繋いでいかなければならないと気付いた時のことだ。

やがては我が子や孫に自分の言葉を伝えていくのだという決意の中、ふと子供がいるならば勿論父親もいるということに思い至った。

それでついあたしの旦那さんはどんな人かな、と考えてすぐに気が早いと放棄したのだが今改めて向き合ってみるのもいいだろう。


「やっぱり一緒に美味しくご飯を食べてくれる人が良いけど……お料理上手な人だと嬉しいな。一緒におむすび作って、お互いの好きな具の話とかで盛り上がれたら楽しそう。いや、これはできればでいいんだけど!」

真っ先に出てくるのが食事関連な辺りは流石ゆいと言うべきか。

『お料理上手な人が良い』という自分の言葉に慌ててフォローを付け足したのは、友人の父が四苦八苦して娘の弁当作りに勤しんでいたのを思い出したからだろう。

この場にいない他人にまで気遣えるのは彼女の美点だが、今遠慮されては話が進まない。

そう考えたあまねは続きを促した。


「気にするな、あくまで理想の話なんだから欲張りなくらいが良い。他には何かあるか?」

「他には……優しい人かな。あたしうっかりしてることも多いからそんなときフォローしてくれる人だと助かるかも」

「あ、それ分かる。女の子をさり気なく助けてくれる男の人はカッコいいと思うわ」

「なるほど~。らんらんはお姉ちゃんだし、お兄ちゃんみたいな人とか憧れるなあ」


これまでこういった話をする機会がなかっただけで、プリキュアも恋に恋するお年頃の女の子だ。

一度興が乗れば恋バナに花が咲き始める。

こうして周囲が盛り上げていけばゆいも話しやすくなるだろう、そうほくそ笑んでいた時だった。

「じゃあ、あまねんはどんな人がタイプなの?」


脈絡なく、あまねもそれに巻き込まれた。


いや、脈絡がないということはない。

そもそもこの話題の言い出しっぺはあまねであって、3人が抽象的ながら男性の好みを口にし始めた以上あまねにも同様の質問が飛んでくるのは寧ろ自然な流れだ。

迂闊にも油断していたとしか言いようがなかった。

「あ、ああ……私か。そうだな、トレーニングに付き合ってくれる人、だろうか?」


実はあまねも恋人とやってみたいことを夢想しなかったわけではない。

その中で、幼い頃から習っている空手のトレーニング相手をしてもらえたらいいなと想像したことがあった。

咄嗟にその想像上の光景が再び脳裏に浮かんだのだが、対戦相手の顔があの時より明瞭で、頭から離れない。

あれは、あの茶髪の少年は。


「おおっ、スポーツマンかぁ」

「あまねは空手を習っているものね」

「わ、私のことはいいんだ。今はゆいのことだ」

動揺しているあまねを他所に盛り上がる面々を、強引に軌道修正する。

そうだ、私のことは後回しで構わない。

自分に言い聞かせて心を落ち着かせたあまねは改めてゆいに向き直った。

「ゆい。君が今挙げた特徴だが、全て品田に当てはまっているとは思わないか?」

「うぅ……」

ゆいはりんごのように顔を赤くして下を向く。

品田のことは置いておいて、とは言われても今日1日中考えていたことがそう簡単に忘れられるはずもなく。

『一緒に美味しくご飯を食べてくれる人』、『お料理上手な人』、『優しい人』と口にする度に拓海がそうじゃないかと心のどこかが訴えてきていた。

そこに第3者からの指摘まで加わるとまるで逃げ場が塞がれたような感覚に陥る。

羞恥心と不安を感じて、ゆいは愛用の抱き枕をギュッと抱きしめた。

「君の言っていた通り、YESと答えてもNOと答えてもこれまでと同じ関係ではいられないかもしれない。だがそれは、品田の告白がなくともあり得ることだろう」

それでもあまねは、優しい声で追撃する。


「品田が幼馴染のまま卒業したくないと言ったのは、ゆいより先に高校生になって、一緒にいられる時間が少なくなるのを恐れているからじゃないのか?」

「それは……」


ゆいより1つ年上の拓海が1年早く中学生を卒業して高校生になるのは当たり前のことだ。

勿論これまでだって拓海はゆいより1足先に小学生、中学生になっている。

ゆいが幼稚園の年長で、拓海が小学1年生だった9年前。

ゆいが小学6年生で、拓海が中学1年生だった3年前。

毎朝の通学先が違って寂しさを覚える日が多かった。

それでも家に帰ればすぐに会えるのだから、来年にはまた同じ場所に通うのだからと引きずることはなく、その日の給食の献立に意識を移したものだ。

しかし高校や大学となれば話は違う。

必ずしも拓海と同じ進路に行けるわけではない、というより拓海との学力や得意分野の差を考えればゆいにはほとんど不可能に近い。

拓海が1年前に感じた危機感に、ゆいはようやく気が付いた。


「……怖いって思ったんだ。拓海が幼馴染じゃなくなったら何がどう変わるのか分からなくて。あたしは、気兼ねなく拓海の近くにいられる昨日までの関係を手放したくなかった。今日だって何話せばいいのか全然分かんないのに、拓海にお見舞いに来てほしいって思った」



「あたし、拓海のこと好きなのかなあ……?」


消え入るような声量だったが、確かにそれを聞いたあまね達は高揚した気分で顔を見合わせる。

ここねは両手で口を覆い、らんはあわあわと口を開けたままここねとあまねの顔を交互に見た。

あまねは満足気に口角を吊り上げたと同時、胸にジクジクした嫌な感覚があることに気が付いた。

望んでいた結末まであと少しだというのに苦々しい気持ちが拭えない。その理由にはもう、見当がついている。

奇しくもおいしーなタウンで生まれた最初と最後のプリキュアは、同時に自らの想いを自覚したのだった。

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