(単発SS)(凛ちゃん……)

(単発SS)(凛ちゃん……)





「ああ、そういやアイツらに無理矢理された時も確かに外国人のは柔らかめだったな」


 食卓の空気がドライアイスの冷たさで満ちた。

 冷暖房の設定温度は変えていないのに、みんな凍り付いたまま箸も指も動かせなくなっている。

 父は飲みかけの緑茶を湯呑みと唇からダバダバとこぼし、母は魚の切り身をほぐしていたところでピタリと止まっている。凛は喧嘩中の兄と同席する気まずさから早めに平らげようと茶漬けにしていた米とおかずのラスト一口を茶碗に残したまま小さく口を開き、全員が全員、フリーズドライされたまま中数秒が経過した。

 お茶の間のテレビからは、やや低俗なバラエティ番組の「へぇー日本人だけやたら硬いってマジなんすねー」という若手芸人の相槌が響いている。


「兄ちゃ…………おい、クソ兄貴」


 衝撃のあまりちょっと昔に戻りかけながらも、今の自分を取り戻して真っ先に声を上げたのは凛だ。喉はめちゃくちゃ震えている。頬には冷や汗もあった。兄と同じ瞳の色が混乱とショックに揺れている。


「アンタそれは、どういう……っていうか何歳の時に……相手はちゃんと逮捕……いやそもそも何で家族に連絡が来てねぇんだよ!!」


 言いたいことは纏まらず、最終的に最も指摘したい部分で声を張り上げる。そうだ。海外で未成年が無理矢理チンコ触らされるなんて、そこで終わってもそこから進んでも事件でしかない。性犯罪だ。

 なのにリアクションからして両親もそれを知らされていないし自分も初めて聞いた。会ったことの無いスペインのサッカー協会の連中に不信感が募る。まさか隠蔽したのか。兄をいやらしい目で見てあろうことか屹立した股間まで押し付けた男がサッカー協会のお偉いさんで、「スペインで無事にサッカーを続けたければ……わかるね?」みたいな脅しをまだ海外では無名だった頃の兄に仕掛けたのか。

 そうやって口封じをしたなら兄は本当に『最後』まで犯られてしまったのかもしれない。サッカーと貞操なら確実にサッカーを選ぶ人だ。


「宿舎に入ってすぐだから、最初はまだ13歳だったな。別に連絡するほどのことでもねぇだろ。後からもっと色々あったし、いちいち話してたら国際電話にキリがねぇよ」


 何でも無いことのように兄は淡々と語る。

 凛は目の前が真っ暗になった。脳に対する刺激を感じる。情緒をぐちゃぐちゃにされた。


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