(単発SS)(ダブルハットトリックを達成したマゾ犬のご褒美で靴を大量に買うデートに付き合ってくれる中学生くらいの兄ちゃ)
音楽のように滑らかな声で、少年は言った。
「──お前がこれを履いた俺に踏まれたいと、そう思う靴を選べばいい。今日のお前はちゃんと『取って来い』ができた。頬擦りもさせてやるし、舐めても良いぞ」
たちまち男は堪らない気持ちになって、ずくりと腰のあたりが重くなる。
男が女王様と仰ぐ少年の、微笑みもしない目元が僅かに細められ、見咎めるようにこちらを眺めてくる。
前を寛げていたコートのボタンを慌てて閉めて質量の膨らみを誤魔化し、男は「申し訳ありません!」と謝りながら、靴屋の椅子に優雅に腰掛ける少年を残して女性物のコーナーへと走って行った。
「粗相をちゃんと隠せるイイ子だな、犬。お漏らししなくて偉いぞ」
優しい声が鼓膜をよしよし撫でる。
背後から与えられた甘やかなそれは、慈しみと共に男を人として扱わぬ確かな高みの目線を感じさせる台詞で。
女王のサディズムと聖母のバブみの両方を脳髄に打ち込まれた男は、背骨さえ突き破って飛び出しそうな興奮と幸福とが体内で暴れ狂うのを感じた。
足がもつれてその辺の棚に突っ込みそうになるのをなんとか回避するも、拍子に壁鏡に映った自分の顔は見苦しいほどだらしなく蕩けきっている。
人生で初めて出来た恋人との性行為に期待を膨らませ胸を焦がす童貞のような表情だ。
男はむしろ学生時代から女性に不自由したことがなく、欲求不満からはかけ離れた日々を送っていたのに。少年と……冴と出会ってからは途方もない彼の魅力に心を占領されている。
まるで冴の瞳にはフレイヤやアフロディーテが棲んでいて、目を合わせるたびに女神たちが男の情欲めがけて戯れに火矢を放っているみたいに。
「あの、冴、これ。これで俺を踏んで欲しい。いや踏んで下さい。踏み躙って下さい。踏み潰して下さい」
数分後、吟味に吟味を重ねた男が恭しく持参したのは一足のハイヒールだった。
頭、というよりは本能に突き動かされるように喋っている、その真っ赤な顔よりなおも赫いハイヒール。
つるりとしたエナメルがLEDのライトを照り返すそれは、まさに雄を弄ぶ雌のためにあるような鋭い爪先とヒールを有している。
これを履いた冴に蹂躙される。甘美な予感に男の鼻から血が垂れた。