化け物が生まれた日

化け物が生まれた日


「本当に大将2人も必要なのかねェ〜」

「仕方ないでしょ。この記事が正しければ四皇ご本人の追撃を切り抜けてる。2人でも足りるかどうか…」

「嫌だねェ〜未来ある若者の芽を刈り取るのは。」

「そうも言ってられんでしょ。」

 新世界のとある島へ向かう軍艦の甲板で海軍大将"黄猿"と海軍大将"青雉"は話し合う。今回2人に出された命令は、現在逃亡中のルフィとウタの討伐。たかだか2人を討伐する為に3人居る海軍大将の内2人も出払うのは前代未聞である。だが、彼らはそれに見合うだけの実力を持ち、大罪を犯した。島へ向かう軍艦の中、2人の大将とそれに従う海兵達の顔には厚い雲がかかっていた。

◇◇◇

 新世界のとある島でルフィはウタの膝枕で眠っていた。その顔は世界中に狙われてるとは思えない程安らかであり、その身体にはその歳に見合わない量の傷跡が付いていた。

「ッ!!」

「来たか…この気配は…青雉と黄猿か?」

 見聞色の覇気で接近する敵の気配に気付き、ルフィは飛び起きる。ルフィより一足先に気配に気付いたウタはルフィに縋り付くように密着し、ルフィはそのウタを優しく抱える。

「軍艦15隻…バスターコールよりも豪華だな。」

 見聞色で敵の位置を把握し、ルフィは苦笑いをする。バスターコールとは軍艦10隻と5人の中将によって行われる掃討作戦だ。その規模は軍艦の砲撃により島が1つ地図から消えるほどである。それよりも大きい戦力が自分達に向けられてるという事実にウタは恐怖する。小さな無人島であるこの島では到底逃げ切れるものでは無いだろう。

「大丈夫だ。ウタ。なんとかする。だから、ウタは逃げる方法を考えててくれ。」

 震えるウタを左手で抱えながらルフィはウタを落ち着かせる。ルフィの言葉にウタは小さく頷き逃げる算段をたてる。ルフィが武力を担当し、ウタが頭脳を担当する。元々軽く分担しており、逃亡後に生活の中で身に付いた役割分担だ。

 不意に周囲が冷気に包まれる。不味いと思ったルフィはその場で飛び上がる。その判断は正解だった。先程までルフィ達がいた場所を中心として森が凍り付く。あのままあそこに居たのならば、ルフィ達ももれなく氷像になって居ただろう。ルフィがゴムの身体の下半身を高速回転させ、少し飛行すれば先程までルフィ達が居た場所をレーザーが通り過ぎる。ルフィは未だ凍結現象が続く森と遠くからひっきりなしに飛んでくる光弾に、明確な殺意の高さを感じる。着地をすれば氷像になり、飛び続けられる程ルフィの能力は飛行能力が無い。ルフィは飛行しながら脚の体温を増加させていき地面に着地する。ジュッ!という音と共に氷が蒸発する。

「やっぱり一筋縄じゃいかないわけね。」

「青雉…」

「にいちゃんとすら呼ばれなくなったか。」

 凍った森の中から海軍大将青雉が出てくる。比較的柔らかく話しかける青雉に対してルフィは冷たく睨み付ける。

 何も予備動作は無くルフィの右腕が青雉の腹に打ち込まれる。青雉は苦痛に顔を歪めながらもその腕をしっかり掴んで離さない。

「アイスタイム」

 青雉は掴んだルフィの腕を起点にし、その能力を使うが肘まで凍った所で氷結が止まる。このままでは埒が開かないと判断した青雉は腕を掴みながらルフィに接近する。左手でルフィを掴みながら右手に氷の剣を生成する。ルフィは左腕をウタに巻き付ける事で左手の自由を確保する。

 ルフィの右手と青雉の剣が交錯し芯の用意されてない氷の剣は容易く折れる。残ったのは右手が振り切られ、両手ともフリーとなった青雉と、右手は凍りつき自由度が落ち上段に構えられただけの左手のルフィ。ガラ空きとなった胴体に青雉は狙いを済ませる。

「両棘矛」

 氷の棘がルフィとウタに襲い掛かる。だが、その棘が2人に刺さる事は無かった。未来視の見聞色と自身を上回る武装色の覇気に青雉は内心で顔を青褪める。戻ってきた右手を流動する事で回避し、即座に距離を取る。だが、完全には交わしきれて無かったのか右頬から血が滴る。

「氷河時代」

 青雉は地面に手を着きもう一度能力を使う。ルフィの足元まで進んだ氷結現象は、ルフィに届く事なく水蒸気を発しその視界を白に染める。閉じた視界の中で四方八方から黄猿のレーザーが飛んでくる。ルフィはそれを未来視で読み、必要最低限の動きで回避し安全に出れるルートを模索する。

「氷の壁を鏡みたいにする事で光のレーザーを反射してるみたい。それに、ルフィの熱気が届かない範囲で壁を作ってる。閉じ込められるよ。」

 ルフィよりも見聞色に優れるウタがその見聞色で捉えた情報を伝えてくる。情報よりも冷静なその声がルフィの身を奮い立たせる。少し時間がかかったが、安全な出口を見つけたルフィは閉じ込められる前に全力でその方向に走る。だからこそだろう。回避出来ない未来がルフィを襲った。

 ルフィの左目を黄猿のレーザーが吹き飛ばした。

「ぐッ!?」

「ルフィッ!?」

咄嗟に内部を武装色でガードしたが元々柔らかくデリケートな部位だった事もあり、ルフィの右目は空洞になっていた。だが、同様してる時間は無い。即座に距離を詰めてきた黄猿の天叢雲剣をルフィは左手で受ける。だが、ルフィの視界はウタと黄猿が半分を占めており、左目のかけた状態では明確な死角が出来上がっていた。左から攻撃しようとしてくる青雉を見聞色で感知しルフィは即座に身を捩って回避し、距離を取ろうとするが2人の大将がそれを許す訳が無い。光速の連撃と冷気による凍結がルフィとウタの身を襲う。ルフィは右腕と両足を自在に振るい、自身の身を盾にする事でウタに攻撃が行かないようにする。だが、それも限界が来る。

 ルフィの防御をすり抜けた黄猿の攻撃がウタの腕に突き刺さる

 その瞬間、ルフィから途轍もない程の覇王色の覇気が周囲に撒き散らされた。不意の衝撃によって2人の攻撃に隙間が出来る。それを見逃す程ルフィも甘く無くその隙を使って距離を取る。上げられた顔に映るのは怒りの表情。未だに圧力の衰えない膨大な覇王色の覇気に2人は冷や汗を隠せないでいた。

 悪魔の実の能力には覚醒というより上位の世界がある。その効果は実によって様々ではあるが、その条件として挙げられるのはいつでも一つだった。心身が能力に追いついた時、能力は覚醒し能力者を次のステージに引き上げる。

 今までのルフィには力は充分足りていた。だが、精神が足りなかった。逃亡の中、世界に欺かれ、騙され、誰も信用出来なくなった。ただ1人で戦い続けたルフィはその精神をすり減らし過ぎていた。しかし、"ただ1人を絶対に守る"という強い意志は悪魔の実の覚醒に足りなかったあと一歩の強い後押しとなった。ウタに傷を付けられた事がトリガーとなり、ルフィのただ一本の思いはその身体を次の世界へと押し上げる。

 それはまさに、異質な光景であった。青雉も黄猿もかつてはルフィと交流があった。その為、ルフィの能力を超人系だと思っていた。だが、目の前で起きている光景がそれを否定する。ルフィがその両腕でウタを抱き抱えたかと思えば、腕の付け根から皮膚を突き破り新たな腕が2本生えてきた。上半身は肥大化し赤く染まった傷跡が浮き上がる。全身から黒い蒸気が噴き出しルフィの顔を覆い尽くす。その蒸気の隙間からは右目の赤い眼光が覗き、左目のあった空洞には御伽噺に出てくる人魂のような炎が浮かび上がる。元と変わらない下半身に肥大化した上半身。新しく増えた2本の腕と顔全体を覆う黒い蒸気。真っ黒に染まった身体に浮かび上がる赤い傷跡と炎が浮かび上がる空洞の左目。そこに現れたのは文字通りの化け物であった。

「ガアアアァァァァ!!!!」

 雄叫びとも絶叫とも呼べる声が島全体を包み込む。

「こいつは…」

「撤退した方が良さそうだねェ〜」

 目の前で起きた現象に同様を隠せない2人だが、それでも即座に最前手を考え行動に移す。黄猿は撤退の為の合図を送り、青雉は追撃を防ぐ為の壁を用意する。化け物は下側の両腕でウタを大切に抱えている。そして、上の両腕がブレる。今までに無い衝撃が2人を襲う。氷の壁はいとも容易く破壊され、2人でも認識が出来ない速度でゴムの腕が振るわれる。2人は同時に撤退が難しそうだと判断すると、青雉が黄猿の前に立ち攻撃を受け止める体勢をとり、黄猿は八咫鏡の準備をする。直後に襲ってくる両腕を青雉は、ワザと自身の身体を広げる事で受け止め、チャージが終わった黄猿は光の速度で前線を離脱する。

「大将青雉!!早く!!」

 後詰め用の海兵達が囮となり、戦場に残った青雉を離脱させる。海兵達がどれだけ束になろうとも一瞬で吹き飛ばされる。だが、彼らは向かっていく。その状況に心苦しい物を感じながらも青雉は前線を離脱する。

 2人の大将が離脱した後、暴れ回った化け物は突如消滅した。生き残った2人の大将は海軍元帥に事の顛末を報告した。その後、化け物は世界各地で見られるようになり、世界経済新聞によってその正体がばら撒かれる事となる。

Report Page