勿忘草の君は

勿忘草の君は


府中の町はハロウィン一色。

商店街でもハロウィンフェスをやるらしいんだ。

最初あまり興味が無かった。

でも、トレーナーさんに一緒に仮装して行かないかって誘われたんだ。

それもさ、「これ、エースに似合うと思うんだ!」なんて言ってかわいい系の奴

ばっか進めて来るんだよ。

困っちまうよ。

そんなまっすぐな瞳で見られちゃ、断れねえじゃん。


そして、ハロウィンフェス当日。

結局、一緒に行くことになった。

トレーナーさんは狼男、あたしは赤ずきん。

この格好、あたしの柄じゃねえけどトレーナーさんが「かわいい!」って

やたら褒めてくれるんだ。

着ないわけにいかねえじゃん。

悪い気はしねえし、トレーナーさんと一緒にいれるしな。恥ずかしいけどさ。

二人で出店回ったり、他の連中と写真撮ったり撮られたり……

なんだかんだで楽しんでたんだけど、ふと気付いたんだよ。

これ、デートじゃないか?って。

そう思ってからは大変だった。

それまでは肩組んだり手を繋いだりなんて特に意識することも無かった。

でも、意識してからはダメだった。

トレーナーさんの顔も見れない。

胸が坂路の後みたいに高鳴る。

手を繋ぐのも、さっきみたいにしっかり繋げない。

あたし、どうしちまったのかな?


思えば、これがまずかった。

上の空のまま歩いていたら、いつのまにかトレーナーさんとはぐれてしまった。

人混みに流されて気が付いた時にはもうダメだった。

すぐにスマホで連絡しようとしたんだけど、混線?だったかな?

そうなっちまってLANEでメッセージすら送れなかった。

あたしは途方に暮れちまって、まだトレーナーさんの温もりを感じる自分の手を

眺めることしかできなかった。

ああ、なんでこんな時は臆病になっちまうかな……。


「久しぶり、エースちゃん!」

そんな時、懐かしい声に呼び戻された。

「お?おお!久しぶり!上京以来だな!」

そいつはあたしの幼馴染。

昔、地元の小さな神社でよく遊んだ奴だった。

「なんだよ、来てたなら連絡くれよ!」

「ごめんごめん。私スマホ持ってないからさ。」

昔から何か古風で変わった奴だった。

そいつも、今日は仮装で参加していたみたいで巫女さんの格好に

狐のお面を被っていた。

そういや初めて会った日も巫女さんの格好してたな……。

ところでこいつの名前、なんて言ったっけ?

それだけはどうしても思い出せねえんだよな。


「ねえエースちゃん。もしかして、人探し?」

「ああ、トレーナーさんとはぐれちまってさ。」

「やっぱり!その人の居場所なら私、わかるよ!案内してあげる!」

「助かる!ありがとな!」

「じゃあ、私に付いて来て。近道が有るんだ。」

「おう、頼むぜ!」

こいつは昔から妙に勘が良い。

あたしが何を考えているかすぐに当ててくる。

でも、触れて欲しくないことは絶対に言わない。

あたしの口から聞くまでは絶対に。

でも、地元じゃないのになんで近道なんか知ってるんだ?

それに、なんでトレーナーさんを知っているんだ?

まあ、今は良いや。

こいつ、地元でもあたしの知らない道を良く知ってるからな。

こっちに来た時に見つけたんだよな、トレーナーさんの事も雑誌かなんかで

知ったんだろう、多分。

付いて行った先は、誰もいない路地裏。

誰もいない、提灯や灯篭が立ち並ぶ不思議な場所。こんな道有ったかなあ?

今は考えるのはやめよう。

まずはトレーナーさんと合流することが先だ。

あたしはそいつの後に続く。


「ねえエースちゃん。もしかしてだけど、トレーナーさんって実は

恋人だったりする?」

「ばっ、まだ、そんなんじゃねえって!!」

「ふーん、"まだ"なんだ?」

「おい、からかうなよ!」

「ごめんごめん、冗談冗談!」

くそう、本当に勘のいい奴め。

そうだよ、あたしはトレーナーさんを一人の男の人として好きだよ。

こいつには隠し事はできねえな……。

小走りにこいつを追いかけている間もトレーナーさんの顔が脳裏に浮かぶ。

早く、早く会いたい。

そんなことを考えていると、そいつは立ち止まり、右手である路地の先を指さす。

「エースちゃん、この先でトレーナーさんに会えるよ。」

「ありがとな、また世話になっちまったな!」

昔もよくこんなことが有った。

あたしが地元で道に迷うと、どこからか現れて案内してくれる。

こいつには世話になりっぱなしだな。

「気にしなくて良いからね。エースちゃんが好きだからやってるの!」

決まってこういうんだよな。

「そうそう、エースちゃんに渡したいものが有るの!」

「はい、これ上げる!」

そして、いつも唐突に何かをくれる。


そいつは布に包まれた何かを手渡す。

包みを解くと……それは花の装飾が施されたバレッタ。

紫がかった黒い金属製で花の模様は金や銀で装飾されている。

……これ、めちゃくちゃ高い奴じゃないか?

「な、なあ、これ、めちゃくちゃ高かったんじゃないのか?いいのか貰っても。」

「いーのいーの!頑張ってるエースちゃんへのご祝儀だから!」

「カナヤマビコ様にお願いして作ってもらったんだ!」

「あの人もエースちゃんに何か送りたいって言ってたし!

だから遠慮なく受け取ってね!」

「カナヤマビコ様ったら張り切っちゃってさ!」

「地金なんかも金銀多めに入れた赤銅で金箔に銀箔まで貼ってるんだよ!

すごいでしょ!」

カナヤマビコ様?もしかしてすげえ有名な職人なんじゃないか?

本当に良いのか?あたしなんかが貰っても……。

「大丈夫!エースちゃんに似合うから!着けてくれると嬉しいな!」

あたしの心を見透かすようにそいつは口を開く。

「ありがとな、大事にするよ。」

「それにね、その包みのハンカチ、私が刺繍したんだ!」

「バレッタと同じ、私の大好きな勿忘草の模様なんだ!」

まじで?こいつ器用だな……。

その包みを見ると、見事な花の刺繍。

そして、ほのかに香る花の香り。

「ありがとな、嬉しいよ。このハンカチも大事に使うよ。」

「ありがとね!さあ、エースちゃんの大好きなトレーナーさんが待ってるよ!」

そいつはあたしの背を押し、路地の先へ行かせる。

そして……


「エース!」

「トレーナーさん!」

あたしたちはついに再会した。

あたしの大好きな人。

「エースごめんな、はぐれちゃった……。」

申し訳なさそうに微笑むトレーナーさん。

この人の全ての仕草があたしの胸を高鳴らせる。

「あたしも悪かったよ、はぐれないようにしっかり手を繋いでおかないとな!」

あたしは、あいつのおかげで勇気を出せた。

今度は大胆に指を絡ませ、しっかりと手を繋ぐ。

少し顔を赤くしたトレーナーさんにますます顔が熱くなる。

でも、もう逃げない。

あたしはこの人が好きだ。

ありがとうな、お前のおかげだよ。

「ところでさ、どうやって俺を見つけてくれたんだ?

スマホも使えなかっただろ?」

「実はあたしの幼馴染が案内してくれたんだ!紹介するよ、こいつが……」

後ろを振り込むと、そこにいたはずのあいつはいない。

そして何より、あたしが出てきた路地も見当たらない。

いつもこうなんだ。

誰かに紹介しようとすると、風みたいに消えちまう。

でも、いつものことだ。

いつか、いつかは地元にトレーナーさんを連れて会いに行こう。

きっとその時には会えるさ。


トレーナーさん、今は説明できないんだ、すまん。

いつか、ちゃんと紹介するからさ。

ありがとうな、あたしの大事な友達。




ねえエースちゃん、初めて会った日の事、覚えてる?

初めて会った時の貴女は、お友達とはぐれて独りぼっちで泣いていた。

私が話しかけたときの嬉しそうな顔、今でも覚えてる。


ねえエースちゃん、貴女が上京する時の事、覚えてる?

私に夢を語ってくれたよね?

それでね、私、力になりたくて憑いてきちゃった。

お師匠様には叱られたけど、お社は守ってくれるって送り出してくれたんだ。


ねえエースちゃん、貴女が涙を流した日の事、覚えてる?

私ね、何もできなかった。

貴女の力になれなかった。

でも、貴女のトレーナーさんが力になってくれた。

悔しいなあ、私にも手助け出来たらなあ。


ねえエースちゃん、知ってる?

勘のいい貴女だからそのうち気付くと思うけど、貴女のトレーナーさん、

未来の旦那様だよ。

嫉妬しちゃうな、トレーナーさんに。


ねえエースちゃん、私の名前、気になる?

でもごめんね、教えられないんだ。

私の名前を教えちゃうと、連れて行かなきゃいけないんだ。

これは私もお師匠様も逆らえない決まりなの。

だから、まだ教えられないんだ。


ねえエースちゃん、いつかでいいから、お社に一緒に行って欲しいな。

お師匠様もエースちゃんの顔が見たいって言ってるんだ。

結構さみしがり屋なんだ、あの人。




エースちゃん、私ヲ忘レナイデ。

Report Page