動く人形と船の妖精

動く人形と船の妖精


『ねぇ、寝る前にいつもの冒険のお話し聞かせて!』


『ああいいぞ。それじゃ空に浮かぶ不思議な島の話でも─』


『…それ前にも聞いたことある。』


『ありゃそうだったか?じゃあ年中雷が落ちる島の話とか一度入ったら出られない魔の海の話なんてのもあるぞ。』


『うーん…もっとかわいい話とか無いの?』


『そいつは中々難題だな。ならクラバウターマンの伝説なんてどうだ?』


『くらばうたーまん?』


『ああ、クラバウターマンってのは別名船の妖精なんて言われていてな。レインコートを着て木槌を持った姿をしてるんだ。船の一大事に現れて危険を教えてくれるそうだ。』


『へぇ…この船にもいるのかなぁ?』


『どうだろうな、残念ながら俺たちはまだお目にかかったことは無い。そう簡単に見つからないから伝説なのさ。』


『ふーん。なら私が見つけたら一番乗りね!その時はみんなに教えてあげる!』


『ははは、楽しみにしとくよ。さぁ夜更かしは体に悪いぞ?そろそろ寝る時間だ。』


『うん、おやすみシャンクス!』


『ああ、おやすみウタ。』


───────────


─私が初めてその声を聞いたのは双子岬を出発した直後だった。


[ああ、びっくりした!船長さんは無茶苦茶するなぁ。]


え?と思って周りを見渡しても私にしか声は聞こえて無いようだった。戸惑う私に声の主は続けた。


[あれ?ひょっとしてぼくの声が聞こえるの?]


…やっぱり誰も気付いてない。かつてシャンクスから教えてもらった話を思い出して私は恐る恐る尋ねた。


[あなた、もしかして…メリー号?]


[うん。その通り!そう言う君は船長さんと一緒にいるお人形さん?ぼくのことはメリーって呼んで!]


[…ありがとうメリー!私はウタ!]


こうして私とメリーは友達になった。なぜか私もメリーも互いの声が聞こえるようで私は10年ぶりの会話に喜んだ。四六時中とはいかないけれど波の穏やかな夜や港に停泊中のとき私たちは冒険の話をしては大いに盛り上がった。



でも、どんな物でも限界はある。


元々遊覧船のメリーはグランドラインの過酷な環境や激しい海戦に耐えられるような造りじゃない。仲間たちが修理しても焼け石に水で、だんだんボロボロになっていくメリーを見るのは自分の事の様に辛くなった。


そして─



(空に浮かぶ島…本当にあったんだ。)

ここは上空10000メートルの世界、通称空島だ。空島へ来た日の夜にキャンプフャイヤーが終わったあとで私は万一野生動物に襲われないよう一人メリー号に戻ったのだが…


コーン…コーン…

コーン…コーン…


敵襲!?…いや、違うこの音はまるで─

そっと音の鳴る方へ移動すると、そこにはレインコート姿の小さな子供が木槌を片手にメリー号を修理していた。


[わっ、見つかっちゃった!]


くるりとこちらを向いて子供は言う。


[驚かせちゃったかな、ごめんね。この姿でははじめましてだねウタちゃん。]


[うん、こちらこそはじめまして、メリー。]


よく知ってる声に安心するのと同時に私の中で一つの疑問が浮かんだ。これまでメリーと話す事はあったが今回の様に人の姿をしてるのは初めてだ。いったい何があったのだろう?と考えているとメリーはポツリと呟いた。


[…じつはね、ぼくはもうすぐ走れなくなるんだ。だけどもう少しだけみんなを乗せてあげたくて、だから出てきたんだ。]


そんな、ここまで一緒に航海してきたのに。

これからも一緒に冒険できると思ってたのに。

…私と会話できる唯一の相手なのに。


[安心して、いきなり沈んだりはしないよ。冒険に最後まで着いて行けないのは残念だけど、みんなの事は無事に送り届けてみせるからね。]


[…メリーは強いね。私とは全然違う。]


辛いのはメリー自身のはずなのに朗らかに笑うメリーを見て私は─

私もいつか体に限界が来て仲間達と別れることになるのだろうか…そう考えてしまう。

そんな私の心を読むかのようにメリーは言った。


[大丈夫、きみも知ってるはずだよ。みんなきみを見捨てたりなんかしない。だから─ぼくの代わりにみんなをよろしくね。それでいつかきみが本当のきみに戻れたら、ぼくの話しをしてくれると嬉しいな。]


[気付いてたの!?]


[今のきみは本当のきみじゃないってことはわかってたよ。きみはぼくに似てるけど本当は逆で、ぼくはモノがヒトのカタチをしてて、きみはヒトがモノになってるんだね。ぼくには無理だけど、みんななら絶対きみを元の姿に戻してくれるはず。]


鋭いでしょ?と笑うメリーの顔を見ていると、私の不安も消えていった。


[ありがとうメリー。あなたとの約束、絶対守ってみせる。]


そうだ。友達が、仲間が覚悟を決めて頑張ってるのに私がくよくよしてちゃいけない。


[メリー、私からも恩返しさせて。こう見えて釘打ちくらいなら出来るから!]


[直すの手伝ってくれるの?ありがとう!]


こうして─木槌の音は2つになり、明け方にはメリー号の修理は完了した。メリーは最後にとびきりの笑顔でお礼を言って、気付いた時には消えてしまった。



─それからメリーはもう喋らなくなった。修理で力を使い切ってしまったからなのか、まだ何かするべき事の為に力を溜めているのか、私にはわからない。

それでも私は今日もメリーに語りかける。


私と同じように、声は出せなくても伝わるものがあるはずだから。


[ねぇメリー、次の島はね─]


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