動き出す黒腕と英雄たち
時を遡り、ルフィたちがシャボンディ諸島から逃げ出した日の海軍本部───
「センゴク、何かの間違いではないのだな?」
「・・・・・・ああ、何度も穴が開くほど報告された文書や世経の記事、送られてきた映像は確認した。間違いなどではない・・・彼らは天竜人に叛逆したのだ」
沈痛な空気が元帥室に流れている。
元帥室にいるセンゴクもガープもおつるも喋らずにいた。
「・・・・・・センゴク、どうするんだい?あの子たちの処遇は」
「・・・・・・天竜人からの圧力もかかっている、そして情報の隠蔽ももう不可能だ。捕らえるしかあるまい」
「わしが行く、いいな?」
疑問符を問いてはいるがその声には自分以外の誰にも行かせないと言わんばかりの威圧感があった。
一瞬瞑目したのちにセンゴクは答える。
「いいや、ダメだ。お前を動かすわけにはいかん」
「・・・理由はなんじゃ。わしを納得させる理由があるんじゃろうな?」
ガープの額に青筋が立ち、空気が張り詰める。
センゴクはいたって冷静にガープを動かせない理由を話す。
「先程、新世界で“赤髪”を監視している船から連絡が入った。“赤髪”がこの海に向かうような素振りを見せたようだ」
「・・・・・・・・・」
ガープは無言を貫き、センゴクを睨み続ける。
それに臆さずセンゴクは話を続ける。
「今の“赤髪”は最強の海賊と名高い。それに対抗できる戦力は今の海軍にはあまりいない。その内の一人である貴様をあの3人を捕らえるために使うわけにはいかん」
ガープが歯軋りをする。
センゴクの言い分は最もだ。赤髪のシャンクスはある日を境に急速にその実力を伸ばし、四皇と呼ばれる存在・・・海軍ですら迂闊に手を出してはいけない存在へとなった。
“赤髪”の前では三大将やガープといった海軍の最高戦力でなければ戦うどころか前に立つことすら許されない。
それが動き出した中で対抗できる存在であるガープを動かすわけにはいかなかった。
「・・・・・・ならばどうする・・・ルフィたちを捕らえるために誰を動かす?」
「適任がいる。もうじきこの部屋に───」
ガープとセンゴクが話していると部屋の扉が開く。
その音に反応して、全員が扉に目を向ける。
扉から入ってきたのは・・・ゼファーだった。
「来たぜ、センゴク。何の用だ?」
「白々しい、何故呼ばれたなどわかっているだろう?」
「まあな・・・だがお前の口から聞かねェとおれは動かねェぞ」
「・・・・・・シャボンディ諸島で起こった天竜人暴行事件の主犯、モンキー・D・ルフィとその家族を・・・ゼファー、お前が捕らえろ」
ゼファーが苦虫を噛み潰したような表情をする。
わかっていたことだがそれでもこの命令は受け入れたくないものだった。
「はぁ・・・・・・ああ、わかった。だが部隊の編成はおれがさせてもらう。これが最低条件だ、いいな?」
「ああ、任せる」
「じゃあさっさと編成して向かう・・・と言いたいところだが今の海の荒れ方じゃあ無理だな。天候が収まり次第向かうとするがそれでもいいな?」
「構わん、好きにしろ」
今のマリンフォード近海は荒れに荒れている。この中で航海をするのは命を捨てることと同意だ。
世界政府としてはすぐにでも向かってほしいところだが無理に航海して多くの海兵を失うわけにはいかない。
センゴクと打ち合わせ、腕を組み俯くガープを一瞥しゼファーは部屋から出ていった。
「・・・・・・あいつならば手酷い真似はしまい。お前はここで待機してもら───」
その時電伝虫が緊急用の電伝虫が鳴り響く。
「どうした?・・・・・・わかった、急いで向かわせよう。随時連絡を頼む」
「何があったんだい?」
新世界の四皇を監視している船からの電話だった。
その内容は“赤髪”と”百獣”が接触する恐れがあるとの報告だった。
「赤髪はともかく何故百獣海賊団が・・・」
「戦力の増強が目的かねェ・・・あの子たち、特に麦わらの坊やは相当な実力を持っている。あの海賊団の在り方を見れば捕らえに向かうのも頷ける・・・もしくは赤髪が動いたから動いたっていうのもあるかもしれないね」
「センゴク、今度こそわしが行くぞ、いいな?」
「・・・任せた。部隊も貴様の好きにするといい」
「ほう・・・ではこの溜まった鬱憤はあの小僧共で晴らしに行くとするかのう」
ガープもゼファーと同様に部屋から出ていく。
残ったのはセンゴクとおつるの二人。
「ままならないものだねェ・・・優劣をつけるわけじゃあないけど、よりにもよってあの子たちがこんな目に遭うとはね・・・」
「・・・私の判断ミスだ。彼らだけで行かせるべきではなかった」
「五老星とも協力して細心の注意を払った結果があれだよ。気に病むんじゃないよ」
「・・・・・・そうだな、そうするしかあるまい。海兵たちの士気が下がっている今、元帥である私が情けない姿を見せるわけにはいかない」
密かに期待していた海兵たちに巻き起こった悲劇、その悲劇のきっかけとなる指示を出してしまったセンゴクの内心は大いに荒れていた。
だが、それはおつるや他の海兵たちも同様だった。
特に士気の低下は著しく、海軍本部内は陰鬱とした空気が流れている。
「さて、あたしはこの空気をなんとかしてこようかね。あんたもいつまでもそんな顔をしてるんじゃないよ」
そう言っておつるも部屋から出ていった。言葉通りおつるも今のこの空気は耐え難いものがあるのだろう。
センゴクもしばし考えたのちに今の自分にできることをするために部屋から出ていった。
ーーーーー
「クザン!!行くぞ、付いてこい!!」
「付いてこいって言いながら引き摺るのやめてもらっていいですかね!?」
少し前、センゴクの部屋から飛び出したガープは早速そのままクザンの部屋に行き、首根っこを掴み、その勢いのまま海軍本部を引きずり回っていた。
「ちょっ、ガープさん!凍ってる!建物凍ってるから引き摺るのやめてくれ!?」
「なんじゃい、能力を使わんきゃいい話じゃろう?まあ付いてくるのなら離しても問題ないじゃろ」
クザンの必死の訴えの結果、ようやくその手が首から離れる。
体の各所を確認しながらクザンがガープに話しかける。
「痛くはねェが疲れたな・・・それで、なんでこんな真似をしたんすか?」
「新世界で“赤髪”と“百獣”が接触する恐れがあるとの報告があった。接触を阻止するために部隊を編成していたんじゃ。その候補を見つけたから連れてきただけじゃな」
「・・・・・・ガープさん、おれは」
「わしの憂さ晴らしじゃ、付き合えクザン」
先ほどまでの大騒ぎから一転して真面目な顔でクザンを見つめるガープ。
苦い顔をして口を開こうとしたクザンもその顔を見て口を閉じる。
「・・・いいのかよ。ルフィたちの事件のことは知ってんだろ」
「当然じゃ。わしが知らんはずがないじゃろう」
「じゃああんたがすることはあいつらを捕まえることじゃないのかよ」
「・・・・・・言ったじゃろう、憂さ晴らしじゃと」
その表情を見たクザンの体が凍りつく。
その顔には怒りや憎悪といった感情が混ざり、まるで悪魔のような顔となっていた。
「この苛立ちを晴らすためにはお主の力が必要なんじゃ。お前さんの溜まった鬱憤も晴らせるいい機会だと思うが・・・・・・どうじゃ、わしと一緒に来んか?」
「・・・・・・ふぅ〜〜・・・いいぜ、おれも結構腹ァ立ってんだ。その誘いに乗らせてもらうかね」
「そうかそうか!!思う存分暴れるといいわ!!わしが許可する!!!さて、あとは誰を連れて行こうかのう・・・」
喜色の笑みを浮かべるガープの後ろでクザンはその笑みが作られたものだと気づく。
その笑みの裏には天竜人や動けない自分への怒りや憎しみが煮えたぎっているのがわかる。
(ガープさんの内心はやっぱあの表情が全てか・・・・・・おれは海兵だが、ガープさんの怒りをぶつけられるお前らには軽く同情するぜ・・・・・・まぁ───)
内心ではそう思うクザンだが、クザン自身もその奥ではガープほどではないが今回の事件や今までの天竜人の横暴に対する怒りが溜まっている。
(同情はするがあいつらを狙うってんなら容赦はしねえ・・・それにおれの憂さ晴らしでもあるからな)
「何をしておる、次の仲間を探しに行くぞ」
「ああ、はい」
二人は部隊を編成するために軽く話しながら海軍本部を練り歩く。
談笑してる穏やかな様子とは裏腹にその二人の間には張り詰めた空気が流れていた。
ーーーーー
「集まったな」
ガープがクザンを回しているのと同時刻。
ゼファーは自身の教え子を一つの部屋に集めていた。
「はい、ゼファー先生」
「我々を集めて何をするのでござ・・・・・・するんですか?」
「・・・・・・あの事件についてはお前らも知っているな?」
部屋にいるゼファー以外の人間が目を見開く、顔を顰めるなどの反応を見せる。
やはりもう殆どの海兵には知れ渡っているようだ。
「あの事件はおれが担当することになった・・・そこでだ。お前たちの中から志願する者を連れて行こうと考えている」
「!!!」
「あくまで志願する者だけだ。おれが行くからといって無理に付いてくる必要はない・・・・・・お前たちの気持ちは痛いほどわかるからな」
教え子たちをゼファーは見渡す。
俯き歯を食いしばる者、手を強く握りしめて前を見つめ続ける者、不安そうに周囲に目を配る者、そしてじっとこちらを見つめてくる者。
「悪いが今すぐここで決めてくれ。決まり次第、船の準備に取り掛かる」
「私は行きます」
「拙者・・・自分も行かせてもらいます」
誰もが躊躇う中、じっとゼファーを見つめていた二人は躊躇なく任務につくことを決めた。
「ルフィたちは私たちの弟弟子です。彼らを捕らえるのであれば他の誰でもない、私たちが捕らえたいんです・・・」
「例えその事件に対して思うところがあっても自分は海兵です。それならばあなたの教え子らしく海兵としての責務を果たします・・・それに」
最後に二人は・・・アインとビンズは口を揃えてこう言った。
「「ゼファー先生一人にこの重荷を背負わせはしません」」
今度はゼファーが目を見開く番だった。
そしてそんな二人の声を皮切りに他の海兵たちも決心を固める。
残りの海兵たちが次々にアインとビンズの後ろに並び敬礼を行う。
そんな彼らを一瞥しアインは口を開く。
「私たちはゼファー先生に付いていきます。例え、何があっても」
「・・・・・・・・・すまねェ」
こんな任務に付いてこようとする教え子たちを誇りに思うと同時にこんな任務に巻き込んでしまうことを申し訳なく思う。
「・・・よし、それじゃあ準備に取り掛かる。各々必要なものを船に積み込め。しばらく帰ってこれると思うな、大事なもんは全部持っていくことを推奨する・・・散れ」
『はっ!!』
部屋から出て行く教え子たちを見つめる。
表情は皆芳しくないが士気は思ったよりはありそうだ。
「・・・さて、ビブルカードを持ってくるとするか」
シャボンディ諸島にいることはわかってはいるが万が一協力者が現れ、シャボンディ諸島から出港してしまったら流石に捕らえるのが困難になる。そこでビブルカードの出番だ。
海兵の中でも師であるゼファーと祖父でありガープに元帥であるセンゴクなどの一部の者しか持たされていないルフィとウタのビブルカード。本来なら本部で厳重に管理するはずなのだが政府からの指令で信頼のできる者数名に預けるよう指示を受けている。
その理由は定かではない。そしてゼファー自身も興味はない。だがこんな時に役に立ってしまうのが少し笑えてしまう。
一度自室に戻り、大事に保管してある二枚のビブルカードを取り出す。
「・・・少し焦げてんな・・・大丈夫かよあいつら・・・・・・大丈夫なわけねェか」
ビブルカードを懐にしまい、部屋を出ようとしたその時、机に置いてある二つの写真立てが目に入った。
一つは自分の最愛の家族の写真、そしてもう一つは何年か前に撮った今回の任務に同行する教え子たち、ルフィにウタ、そしてミライまで写った集合写真だった。
思わず集合写真を手に取り、じっと見つめてしまう。
写真の中の教え子たちは皆屈託のない笑顔を、ルフィとウタはミライを抱きながらゼファーを囲み、幸せそうな笑顔を浮かべていた。
それを見てグッと自身の中で何かがこみ上げてくる。
深呼吸を一つ入れ、心を落ち着かせる。
「おれは海兵だ・・・だから天竜人に叛逆したあいつらを捕らえなきゃならねェ・・・・・捕らえなきゃ、いけねェんだ・・・なぁ、二人とも・・・おれは間違えてねェよな・・・?」
当然写真は何も返事はしない。
何も変わらない笑顔を返してくるだけだった。
手に持った写真立てを戻そうとしてその手を止める。
一瞬迷ったのちに二つの写真立てを荷物に入れる。
心に迷いを抱えながらゼファーは今回使う軍艦の元へ向かっていった。
ーーーーー
そんな彼らの思いは予想外なところで堰き止められることとなる。
予想してはいたがその予想をはるかに超える海と空の荒れようにガープの部隊とゼファーの部隊は思わぬ足止めを食らうこととなった。
ゼファーの部隊は出鼻を挫かれ、ガープの部隊は苛立ちと焦りをあらわにした。
結局船を出せたのは部隊を編成した日から一週間後だった。
この一週間によってルフィたちは思った以上に次の島に向かうことができ、逆にゼファーの部隊はとんでもないタイムロスとなってしまった。
だが海が荒れなければ彼らに追いついてしまい、追いついた島で三人を巡り、CP0、革命軍との戦いが巻き起こり、ルフィたちを捕まえるどころではなかったことをゼファーたちは知らない。
そしてこの戦いがなくなった結果、ルフィたちとゼファーたちの運命を大きく変えたことを今はまだ誰も知らない・・・
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報告書
新世界行き特別部隊 隊員名簿
隊長 ガープ
副隊長 クザン
選抜兵 スモーカー
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志願兵 コビー
ヘルメッポ
たしぎ
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叛逆者捕縛部隊 隊員名簿
隊長 ゼファー
副隊長 アイン
選抜兵 ビンズ
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志願兵 なし