動き出した歯車

動き出した歯車

66タカ

「失礼するぜー」

「ようこそゴールドシップ君。珈琲でいいかい?」

「んーアタシは紅茶派なんだけどな……で、稀代の天才アグネスタキオン先生は凡才なゴールドシップちゃんになんの用事で?」

「君が凡才なら世の中の人間のほとんどは非才になると思うねぇ。君の体について聞きたいと思って呼んだのさ」


──ゴールドシップ

今私の目の前にいる彼女はあまりにも異質である。一切の故障が無くクラシック二冠を始めとするGⅠ6勝を成し遂げたウマ娘。

しかし戦績だけなら彼女を上回る者は存在する。無敗三冠の皇帝が最たる例だ。

だが、かの皇帝といえどウマ娘の運命ともいえる肉体の変質に逆らうことができなかった。

しかし彼女は、肉体が変質していない。

毛が一つも生えていない彼女の白い手…

1年ほどしか走っていない私ですら手足の毛質が変化したのだ、4年も走り続けたのに何の変化もないのはありえない事である。

ならば彼女の体質を調べる事ができれば────


────────⏰────────


「──ふゥン…特に問題が無いみたいだねぇ。骨が他より頑丈なくらいか」

「だろー?先生はアタシの事宇宙人かなんかと勘違いしてたんじゃねぇの?」

「…君の姿を見れば疑いたくもなるさ」

「ひっでぇ」


何もなかった。多少差はあれどごく普通のウマ娘の体だ。

そう、普通…まるでデビュー前のウマ娘を調べたみたいだ。

…私の求める結果を得る事ができなかった。


「時間を取ってすまなかったね。では私はこれから研…」

「先生」



「…アンタはなんでウマ娘を元の姿に戻そうとしてるんだ?」



「…変わった事を聞くねぇ君は」

「変わっているのはアンタだろう先生。ウマ娘を戻すなんて考えてるのはアンタしか見た事ねぇよ」


…当たり前だろう。

ウマ娘も人間も、誰もがウマ娘の変質に疑問を抱いていない…私だって学生の頃までは当たり前の事だと思っていたのだ。

だが…


「彼女達が元の姿に戻れれば再び人としての人生を歩めるだろう?」


完全に変質した肉体は不自由過ぎる。

走るのに適した姿と誰かが言っていた。だが、目の前の存在がそれを否定している。

結局の所走る事に関しては差異が無いという事になるのだ。


──だが、完全に変質してしまうと変質前に可能だった大半の行為が不可能になってしまう。

四足歩行になり動きが制限されウイニングライブを行う事が不可能になる。

指を失い物を掴む事ができなくなる。

脳が縮小し思考能力が低下する。

発声機能が衰え言葉を発する事ができなくなる。

眼球の位置が変わり視野が広くなるが物を立体的に捉えるのが困難になる。

内臓の構造が変わり寿命が人間の三分の一程度に減少し、植物や果実などの食物以外の摂食が困難になる。


…あまりにも不自由過ぎる。メリットに対してデメリットが多過ぎるのだ。

だからこそ私は元の姿に戻せる何かを見つけなければならない。

彼女達も疑問こそ抱いていないが人としての生活を続ける事を望んでいるだろう。

だからこそ────





「誰もそれを望んでいないのにか?」





「────────は?」




「アタシ達ウマ娘は自らの運命を受け入れて走っている」


「例え自分が自分でなくなったとしても」


「走るという本能のまま走り続ける。それがウマ娘」


「アンタがやろうとしている事は彼女達への冒涜だ」


「──ウマ娘を無礼るなよ先生」



「────────」



『そんなかおをしないでください』

『わたしはきにしていないので』



「そんな…」


そんな運命…


「そんな運命……認める訳ないじゃないか……っ!」


認めない…認めるわけにはいかない!認めたくない!


「何故私達は自分達の本能の末にこうなる!?」


────手袋を脱ぎ捨てる。体毛に覆われた自らの腕を


「何故私達はただ『走りたい』という思いだけで人としての人生まで失わなければならない!?」


────本来の自分を忘れたかのように呑気にしているだけのかつての同期達を見た


「何故寿命を極端に減らされなければならない!?」


────30も生きていない彼女達が衰え死にゆく姿を見た


「何故私のような半端者は人と同じ寿命のまま同類が死ぬ様を見なければならない!?」


────置いて行かれ涙を流すウマ娘を見た


「何故話しあうことのできる言葉を失わなければならない!?」


────喋ることができず唸るだけの友を見た


「何故考えることのできる頭脳を失わなければならない!?」


────私の言葉が理解できなくなった友を見た


「何故好物を口にすることも許されない!?」


────ドーピングに該当するとして好物を禁じられた友を見た


「何故物を持つ手を失わなければならない!?」


────指を失った手でマグカップを持とうとした友を見た


「何故感情を顔に出す事が困難にならなければならない!?」


────昔のように嫌がる事も笑う事もできなくなった友を見た


「これが運命だと!?残される者はどうなる!ただ指を咥えて友が変貌していく様を見ていろとでもいうのか!?」



────────⏰────────



「──すまなかったねぇ。柄にもなく感情を吐き出してしまった」

「おう…まさかここまで重い物だとは思ってなかったわ。ごめん」

「…私ってそんなに重いかい?」

「え、うん」

「えー!?」

「自覚無しかよコイツ」


…感情的になった事でようやく理解できた。

私はウマ娘を元に戻したいのではない…ただ再び彼女と言葉を交わしながら生きていたいだけだったのだ。

かつての自分の目的さえも捨てさせるほど彼女の存在は大きい物だった。


「感謝するよゴールドシップ君。君のおかげで自分の原点を知る事ができたよ」

「お、おう…?」

「どうやら私は思っていた以上に彼女の事が好きみたいだ」

「そ、そうか…ま、何か掴めたみたいだから結果オーライだな。悪いな先生試すような真似をして」


…やはり彼女は私が求めている物を知っている。

だからこそ試したのだろう…私がそれを知るに足る人物であるかを。


「…じゃあ、お詫びを貰わないとねぇ」

「いいけどよぉ、教え過ぎると航時法に引っかかるからヒントだけだぜ」

「航時法?まぁいいか。ほらほらはやく教えたまえよーはーやーくー!」

「急かすなって!あと急かし方キt「何か言ったかい?」ナンデモナイデス」


「はぁ…『受け入れる事』。それだけだ」

「受け入れる…」

「あぁ。走れば走るほどウマ娘の肉体が変質していく理由、それはアタシ達に宿るモノが肉体を上書きしているからだ」

「…ウマソウルか」

「そうだ。宿主の心がウマソウルを受け入れていない場合、ウマソウルの力が増していくたびに宿主の肉体を自身に都合の良い肉体に書き換える」

「だから受け入れろ、と?」

「受け入れる事ができればウマソウルは宿主の肉体を書き換えずに力を増す…実際に見ただろ?」


…なるほど。ウマソウルという概念は知っていたが「自身にも宿っているのだろう」程度の認識でしかなかった。

あくまで概念上の存在だと思っていたが…実際に変質せずに引退してみせた彼女の言葉ならば、実在するのだろう。

彼女はいい加減な存在だが相手に不利益になる嘘だけはつかない。


「まっ、教えれるのはこれだけだな。あくまで変質を止める方法であって治す方法じゃあない」

「それだけでも十分だよ。カンニングはつまらないからねぇ」

「じゃ飽きたから帰るわ。珈琲美味かったぜ」



「──お礼の一つも言えずに行ってしまったねぇ」


すっかり冷めてしまった珈琲に口を運ぶ……苦い。

長年珈琲を飲んでいるがやはり紅茶が恋しくなってくる。

だがこの珈琲の味を忘れない為にも紅茶を飲むつもりはない。

…作り方も好みの味も忘れてしまっているであろう彼女に振る舞う為に。


「彼女のおかげで道は開けた────さぁ、実験を始めようか」





「────ま、この程度の改変なら許してくれるだろうよ」

「死ぬ気で頑張っても間に合わなかった…なんてつまらねーエンドは嫌いだからな」


『【訃報】 元競走ウマ娘──────── 死……………













…………元競走ウマ娘アグネスタキオン 末期状態の元競走ウマ娘────────の完全治療成功』


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