勇者と魔獣 邂逅編

勇者と魔獣 邂逅編




chapter0.キャスパリーグ

……弱い。

投げられたのはアイスじゃなくて錠剤だ。

……話にならない。

ミサイルなんて避けるまでもない。弾道は、私の方を向いていなかった。

 それは、私への気遣いなんてものじゃない。

そこまで尊重し合うって関係でもないし。攻撃も、口撃も、まぁやり合ってたしね。

だからこれは、単に、撃つのが下手なだけ。

下手に、なっただけ。薬のせいで。

……ここまで酷いと笑えてくる。

そもそもおかしな話だ。ヨシミとアイリが突っ込んできて、ナツが後ろで援護してるって何?

なんでだろうね。なんで?決まってる。

■■■■■■。

■のせいでおかしくなった。

大好きなお菓子を食べている皆を見過ごした。

角砂糖を食べ出すまで誰も止められなかった。

放課後に誰も集まらなくなるまで時間はかからなかった。

私のせいだ。

……だから、ケジメをつけなくちゃ。

息を吐き、スコープを覗く。

ヨシミは酷く痩せ細っていた。

弾く。

ナツの目は爛々としていた。

弾く。

アイリのあんな顔、見たくなかった。

弾いた。

戦場には私だけが残る。

転がってる皆を見下した。

あは、昔みたい。どころか昔そのものじゃん。

普通こういうのって、手が鈍って、私のほうがボコされるって流れなのに、そうはならない。

染みついたクセが暴力の最適解を弾き出した。

スイーツ部を相手にしても、私はこうなんだ。


ああ。

もう、ダメだ。


chapter1.黒い嵐 


トリニティから、アビドス方面への経路へつながる大通り。スイーツ屋が立ち並ぶエリアに入ったアリスは、ある光景に立ち止まる。

それは、無数の生徒を薙ぎ倒す一人の少女だ。

フードを被った少女は、手に持つ銃でスケバンを撃ち倒し、銃身や銃床や拳で敵を痛烈に打撃し、離れた生徒へ全弾命中させ、弾切れを起こすと落ちている小銃やサブマシンガンを己の武器とし、それら全てを使いこなし攻撃の手を重ねていた。

……嵐のようです!

気づけば少女の周りに、数十人の生徒が跪くように倒れていた。だが、黒い服の少女の背から数人のスケバンが迫っているのを見て、アリスは走り出そうとした。

「あぶない───」

「……ああ、まだいるの」

猫耳の少女は、振り向きもせず、落ちているグレネードを投げ、敵へ炸裂させ、鎮圧した。

……ネル先輩のようなスーパープレイです!

「あ?……まだ敵……」

思わずの感嘆は、どうも声に出ていたらしい。

ススと汚れだらけの少女は、こちらを見ると、それが当然のように、殺意に染まった瞳を向けてくる。

「誰?……何の用?砂糖でも売りに来た?

 あいにくだけど、甘い物はもう嫌いになったんだ」

無表情で銃口を向けられる。だがアリスは、少女を見据える。中毒患者のような恐慌ではないが、その瞳は、ひどく濁っていた。

「喧嘩なら買うよ。ちょうど、暴れ足りなかったとこだし」

「戦闘するつもりはありません。今のアリスはヒーラー系勇者。人命救助が最優先ですので」

「ヒーラー……勇者……?というか……救助?」

何を言ってるのか全く意味がわからない、という顔をする黒い少女。

対してアリスは、純真な笑顔でこう答えた。

「まずは、ここに倒れている方々を!」



chapter2.天性の勇者


「はぁ……」


瓦礫だらけの大通り。

杏山カズサは、自分が薙ぎ倒したスケバンを運び、ため息を吐く。


『救助に協力してもらえませんか?』

『いや、……これ、ぜんぶ私が倒したヤツらだから。助けられる方も嫌でしょ』


一人で救助活動をさせるのは流石に気後れしたので、しぶしぶ手伝うことにした。


「この子はどうするの」

「ありがとうございます、カズサ。

 ここに寝かせてください」

アリスは、気絶した生徒たちに処置を施していた。包帯を巻いたり安置姿勢にしたりする程度だ。ときおり端末を見ていたが、あれは診察をしているそうだ。

とはいえ、

「……これ、どうすんの。まさか放置ってわけにも行かないよね」

「ご心配なく!知り合いのヒーラーたちに援護を頼んでいます!」


───後ろ。大勢の足音と、エンジン音。

「……またアイツら……」

傷だらけの銃を構える。

だが、近づいてくるのは、確かな足取りで歩く少女たちだった。


「救護が必要な方は!」

「氷室セナです。

 した…新鮮な負傷者はどこですか」


先頭に立つのは、救護騎士団のミネ団長と、セナという……生えているツノからして、ゲヘナの人間か。

彼女たちは、後ろに控えていた生徒たちに指示を出し、迅速に救助活動を始める。


「ぐ、う……寒い、さむいあまいもの……」「喉、喉が渇いた…サイダー飲みたいよう!」

「救護!」

「ぎゃあっ!?」

「給水!」

「ごく!?……ごくごく……味がしな……」


ミネ団長はスケバンの救護をしていた。

救護でいいのかなアレは。


「くっ……ゲヘナでもいい、あの砂糖を、ちょうだい、砂糖が欲しいの……!!」

「中毒した……負傷者。名乗れますか?」


発言が物騒なゲヘナの方がまともに見えた。

……まあ、良いか。


「ちょっとこっちに来てくれない?」


カズサは、連盟の生徒数名に声をかける。


「どうしましたか?」

「まだ要救助者がいる」


弾穴だらけの看板をまたいで入った店には、三人の少女が横たわっていた。

彼女たちの左腕には、三角形の真ん中に太陽が描かれた、お揃いの腕章がつけられている。


「ええと……この人達は、アビドスの?」

「違うよ。トリニティの生徒。……」


『ごめん、許して……』


脳裏に刻まれた懇願を噛み潰す。


「何にも関係ない人。この子達だけは、ほんとに被害者だから。お願い、運んであげて。……ちょっと私、疲れたから」

「……わかりました」


うなずいたピンク髪に、「協力ありがとうございます。お休みしてくださいね」と言われた。


「あ、これを」


なぜかハンカチを渡される。

カズサは、スイーツ店の床に座り込んだ。

……本当に疲れた。

もうこのまま、眠ってしまいたいくらいに。

だが、全くもって眠くない。

マグマのように粘りついた激情が、己の胸を焦がしている。

たまらなく嫌に感じられたソレが、今はとても心地よかった。

そんなわけはないのは分かっている。

けれど、そうであって欲しい。 


……小鳥遊ホシノ。

倒した生徒たちの何人かに砂糖の出所を聞くと、その名前が返ってきた。

理由かは知らないし、どうでもいい。

そいつをめちゃくちゃにしてやらないと、気が済まなかった。

……天井を見上げて、息を吐くと、錆の味。

唇に手をやると、赤い液体が指についた。

ハンカチで拭う。

「……うん。あの子達を、任せられる」



少し経って外へ出ると、中毒者たちのほとんどが救護車に運ばれているところだった。

アリスは、ミネ団長と会話していた。


「いいですか、アリス!」

「はい師匠!」

「救護の魂です……救護の手を、躊躇わず差し伸べなさい!!」

「はい!アリスは救護魂を獲得しました!ヒーラー系勇者としてのスキル獲得です!」

「よろしい!その調子で全ての要救護者を助けますよ!」

「はいっ!」



「アリスちゃん可愛い……」

「ミネ団長も心なしか穏やかだねー」


近くにいた、先ほど、スイーツ部の三人を頼んだ、ピンク髪の彼女に聞いてみた。


「ミレニアムから、この事態の解決のために一人でやってきて……みんな初対面で、ピリピリしてたのに、すぐ仲良くなっちゃったんです」


あちこちで治安が悪化している中で、あれだけ明るさを保っているだけでも奇跡だ。

……カズサには、少し、まぶしかった。


「無神経だけれど。無理せず、頑張ってね」

「はい。ありがとうございますっ」


そんな笑顔を真正面から見ることは、今のカズサにはきつかった。


「───搬送、完了しました!

 帰投します、集合してください!」


「行かないとですね。……これから、あなたはどうされますか?」


ここに残るよ、と嘘を吐く。


「店がぜんぶ潰れたって訳じゃないし、荒事には慣れてるから」

「ですが…………」

「私は、大丈夫だから」

「……わかりました。ですが、救護が必要なときは、モモトークでご連絡ください」


ピンクの少女と、臨時連盟の連絡先を交換した。彼女の名前を知る。


「24時間、いつでも駆け付けますからね」


微笑んで、セリナは去って行った。

アリスを見れば、セナとミネ団長に手を振っていた。


「アリス、いつでも救護の心を!」

「はい!」

「アリス。した……負傷者の連絡は忘れずにお願いします」

「もちろんです!」


数日で、あの仲の良さ。相性もあるだろうが、あれはアリスの本質かのだろう。

カズサは、そういうのが苦手だが。

だが、こんな時には、光になるのだろう。


『つまり、これから起こることは、全部、』

 

震える銃口と、不安定な声を思い出して。


……本当、殺してやりたい。


水分不足でボロボロの唇をまた出血させながら、銃を強く握った。




chapter3.  まぶしい虚像


救護車を見送ったアリスが視線を感じて、振り向くと、カズサがいた。


「お疲れ様」


ペットボトルを差し出される。


「喉、渇いたでしょ」

「アリス は ミネラルウォーター を 手に入れた!ありがとうございます!」

「その言い方……ああ、ゲーム好きか」

「はい。ゲームは、アリスに色んなことを教えてくれました!世界への興味、人間関係、炎上、諍い、世の理不尽さ、アイデアの奇抜さ、苦難と希望……。

 そして、誰かと共に作るゲームは、プレイするゲームは。とても、楽しいということを」


そうやって語るだけで、アリスは、ゲーム開発部での、楽しい日々を思い出す。あふれる思い出で、頭がいっぱいになる。


「ゲームと。ゲームを通して、色んな人と出会えて。……アリスは、幸せです」


カズサはなぜか困ったように笑っている。

それが泣き顔のように見えた。


「どうしたんですか?」

「なんか、羨ましいなって」

「?」

「なんでもない。…勇者みたいに前向きだね」

「勇者を目指して旅してますから。

 この状況も、きっと解決してみせます」

「……どうやって?」


カズサの声が、低く、冷たく尖る。

……返答次第で、何か、良くないことが起きそうな質問だった。


「それは、」

「それは?」

「仲間を、増やすことでです」


アリスは、素直に答えることにした。


「リオやヒマリ、ミネやセナ。

 カホ、フウカ、アカリ、さすらいのツルg、テントにときどき現れるフラワーガスマスク仮面…………ともかく色々な人たちに力を貸してもらいながら、学区を回り、アビドスへ進んでいます。いつもはフウカ、シズコ、ハナエ、アリスの4人パーティですが、今回は、アリスひとりのおつかいクエストですね」


すると、「正攻法だけど、時間がかかりすぎるんじゃないの?」と指摘された。

正論だ。

しかしアリスには、そうしなくてはいけない理由があった。


「ここまで来る道中に、ミレニアムだけでなく、ゲヘナ、百鬼夜行にも、アリスは足を運びました」


「それで?」


「程度の差はあれ、どこの区域にも、砂糖の毒素に蝕まれる人々はいました」


「……そっか」


「でも、なにもできませんでした」



それは、一番最初から、そうだった。


モモイが怒りっぽくなっていた。

ミドリが感情を表に出して、ユズのゲームする頻度が、減っていた。

ゲーム部の部室にはいつも菓子の空き袋が散乱していて、しかも、それが日に日に多くなっていった。

それに気づいた時には、既に手遅れだった。

部室に、菓子の人工的な匂いが蔓延していた。


『ん〜美味しい〜!!』


モモイ、食べすぎでは?


『いいのいいの!

 ……いいから袋かえして早く』


え、


『あ、あれ……?ゲーム、より……お菓子…………あ?え?あっ、え?』


……ユズ?


『これも食べよ〜!』

『お姉ちゃん!!!!!!!!!!!』


!?


『お菓子食べ過ぎ独り占めしないでよ!!私もお金出したでしょねえっ!!!』


み、ミドリ?急にどうしましたか?


『ちょうだい!お姉ちゃんでしょ!』

『うるさいうるさい!!私はお姉ちゃんだからたくさん食べていいんだッ!!!!』


ばくばく。がぶがぶがぶ。

どさっ。


『……あ、あれれ?なんか、

 くらくらして』


ばたん。びちゃり。


モモイ、モモイ!

大変ですミドリ!モモイが昏倒状態です!保健室に連れて行きましょう!


『あっは!!』


え、え?


『ははははははははははは!!!!!』


『お姉ちゃんにバチが当たったんだッ!!このお菓子は全部私のものお〜!!!』


っ、なんで、食べ、


『わ、わたしも……』


ばりばりばりばりばりばりばり


ぁ、


むしゃばりばりばりばりばりばりばりばり



ばりばりばりむしゃごくごくびちゃべちゃ

ばたん


ユズ?


ばたん


『……ミドリ?え、え』


吐瀉物と、甘ったるい飲料の匂いと、ユズがほったらかしにした対戦ゲームの敗北サウンドが混ぜこぜになって、現実を理解させてくる。


…‥あのとき。


無理矢理にでも昏倒させていたら。みんなは、人が変わったように争わず、離脱症状も軽く済んでいたのかもしれない。


眠る皆の細い腕にある、かきむしりの跡。

それを見て、さんざん落ち込んだ。


「勇者になりたいと言いながら、大切な人の異変を見過ごしてしまいました。

 ですが、」


苦しむ人が、泣く人が、怒る人が。

日に日に、増えていく。

なのに自分は、憎しみが膨れ上がってしまうのを見るだけ。

無力感に潰れそうだった。

でも、元に戻りたいだけなのに、それが捻れて、取り返しのつかない選択を皆がしてしまうのは、もっと嫌だったから。


「誰もが、苦しんでいることは同じでした。……それに、抱いている願いも。

 日常を、取り戻したいと」

「……それと、各校を回っていくやり方に何のつながりがあるの?さっさと本丸に乗り込んだ方が良いんじゃない」

「共に歩む仲間が必要ですし、各校へ向かい、協力をお願いするのが安全です。連邦生徒会の力や、電子的なネットワークで召集すると、向こうの幹部に知られてしまいます」


短期決戦ならばそれでも良いし、こちらの士気的にもそうしたいのは山々だ。

しかし、敵対戦力の強さを考えると、そうするしかないのが現状だろう。

それに、


「アリスは、そうしたいです。時間がかかってでも、多くの人を、出来る限り助けながら、行きたいです」


アリスは、言い切って、カズサを見る。

ピンクがかった紫の瞳が、逸らされた。


「……ならアリスは、アリスが来なかったことで間に合わなかった人がいる、ってことも忘れちゃダメだね」


そう言って、カズサは口を押さえる。


「ごめんアリス。私、嫌なこと言った」

「いいえ、大丈夫です。ここまで来る中で、多くの方に、同じことを言われました。そして言った後、誰もが、カズサと同じように謝罪をしていました。

 だから、そう思うのは当然のことで。きっと、勇者が背負うことですね!ですがその上で、アリスはハッピーエンドを目指します!」


「───」


一瞬だけ、フードの少女は目を丸くした。

そして、こちらに背を向けた。


「どうしましたか?」

「今からご飯食べよっか。……ゲームのイベントでもあるでしょ。どこかの街でご飯を奢ってもらえるヤツ」


どうするの、勇者さん。

その震え声は、どこか、笑っているようで。

アリスは、嬉しそうに、「はい!」と頷いた。



chapter4 苦い過去


ミネラルウォーターとカップ麺を持ち、コンビニを出る。

元スイーツ店だった廃墟へ戻り、確認済みのポットに水を入れると、カズサはスイッチを押した。


「だいたい二十分、ですね」

「ちょっと時間が空くね。休憩しよう」


椅子を立て直し、対面して座ると、どっと疲労感が襲ってくる。


「眠そうですね」

「ぶっ続けでやり合ってたから……」

「カズサは無双ゲーのように強かったです」

「無双ゲー?」

「並み居る敵を蹴散らすタイプのゲームです!カズサもスケバンや生徒をバッタバッタと薙ぎ倒していましたね」

「ま、まあ。あのくらいなら慣れてるし」

「まるで黒い嵐みたいでした!」


嵐、か。


「昔は別の名前で呼ばれてたよ」

「どんな名前ですか?」

「……キャスパリーグ。泣くスケバンも泣き止ませる恐怖の怪猫、なんてさ」

「明かされる衝撃の過去、ですね……」


聞きたいです、とアリスは言う。


「さっきはアリスの話ばかりしてしまいましたから、次はカズサのお話を、知りたいです」


「別に、面白くともなんともないよ。

 いや、マジで黒歴史」

「黒歴史の積み重ねたのが大人と言う、とモモイは言っていました!」

過言だよ。

「ぜひ聞かせてください!」

目を逸らす。

さっきから眩しくて見てられない。

アリスは好ましい人間だ。でも、カズサにとっては苦手なタイプだ。希望を語り、理想へ邁進する。そんな人間は正直言って嫌いだ。恥ずかしいし、イライラする。


でもまあ、もう、良いか。

自分はどうせ、何もないし。


……なんとなしに、虚ろな空を見上げた。


「本当に、痛いヤツだったんだよ───」




「おおお……!!」

「結論。昔の私はカッコつけるのをカッコいいと勘違いしてた馬鹿でした」

「ありがとうございました……つまり昔のカズサは自他ともに認める伝説級のURスケバンだったんですね!」

「そのまとめ方本当にやめてよね??」

「カズサにはスーパースケバンの称号を授けましょう!」

「え、舐めてんの?」

「スケバン語録ですね!」

「はぁ……」


絶妙に噛み合わない感じ。

知り合いを思い出す。

勘弁してほしい。

……そういや宇沢、どうしてるんだろ。

この子と会ったら割と波長が合いそうだが。


まあ元気なイメージしかないから、大丈夫か。

「何、大丈夫って……」

何も大丈夫じゃない。だって、私は、


『ごめん、』

謝罪と、トリガーを引いた瞬間の『当たる』という安堵に含まれる射倖感と、自分の行為がもたらした結果を思い出す。

……もう、何もかもが手遅れだ。


「……ねえ、アリス。聞いていい?」

「なんでしょうか?」

「アリスは勇者になろうとしてるんだよね。……でも、それを自分の手で可能性を失くしたら、どうする?」


すると目の前の少女は、「そうなりかけたことが、あります」と、静かに言った。


「え?」

「アリスは大事な人を、傷つけてしまったことがあります」


こんな人一人殴ってなさそうな子が、そんなことをしたことがあるのか。


「そのうえ、自分が魔王だとも言われました」

「……アリスは、どう思ったの?」

「本当に、魔王なんだと思いました。大切な人たちの命を、守るどころか奪ってしまう。そうしないためには、アリスがいなくなるしかない、とも思いました」


……でも、そこで自分が消える選択をできてしまうのは、アリスが勇者の素質を持つことの証左なのだろう。


「ですが」


そこでアリスは、気丈な笑顔を見せた。


「アリスに、『勇者になれる』と言ってくれた人がいました。……アリスが傷つけた人も、言葉をくれたのです」


そうして、勇者になりたいと、心から望みました。


そう言い切ったアリスの青い瞳は、あまりにも澄んでいて、目を逸らす。


「勇者とか魔王とか、……夢物話としか思えないけど、アリスの話は現実なんだ」

「はいっ。本当の話です」

「そうなんだ。アリス、よかったね」


そこでポットが「解説しましょう!沸騰とは!!」と叫び出した。


「お湯が沸いたみたいだね。食べようか」


会話が中断されたことに、フードの少女はひどく安堵した。


 

chapter5. お別れと再会


……美味しかった!

カイザーの社長が「柴関ラーメンに通い詰めその製法を独自に解析し、作り出しました」と生産者表示するだけのことはある。

モモイたちが治ったら、食べさせたいくらいだった。


「ごちそうさまでした。これ、いくつか持って帰っていいですか?」

「いいでしょ。どうせ出回ってないヤツだし、店の人も助かるんじゃない?」


カズサはスープまで飲み干していた。

どうやら相当お気に召したらしい。


……あ、そういえば。


「カズサは、これからどうしますか?」

「……どうもこうも。ここに残るつもりは、あまりないかな」


その言葉にホッとする。いつ誰に襲われるかがわからない危ないところに置き去りに、なんてことにならなくて。


「では、どこへ向かいますか?」

「『対策委員会』だっけ?そこにカチ込んで、小鳥遊ホシノをブッ飛ばす。向こうも脳味噌砂糖漬けにしてんだったら、こっちの方が強いんじゃないかな」


本気で言っているというより、自棄になっているようだった。


「カズサ、それは現実的ではありません」

「アビドスは広いなんて知ってる。でもさ、そうしてやらなくちゃ気が済まない」


それもありますが、とアビドス砂漠の砂糖の持つ性質について話す。


「……歩いている中で熱兵器でも撃ち込まれたら、周囲が砂糖だらけになってしまいます。そうなればおしまいです」


アリス自身は影響を受けない。でも、カズサは機械ではないのだ。


「それ専用の装備がないといけない、か。

 それはあるの?」

「現在作成中、完成間近だそうです」


重いため息があった。


「そんなの待ってられない。ダルいこと言ってる暇あったら、私は行く」

「ですがカズサ……」

「私は、勇者とは行かないよ」


見透かされたような言葉に息を詰める。

その間に彼女は、立ち上がった。


「ねえ、アリス。私は不良だよ。

 ……カッコつけることがかっこいいと思ってる、喧嘩が強いだけの馬鹿」

「それは聞きました。でもそれは、黒歴史の、過去のカズサですよね?」


「……違ったよ」と、暗い笑みを浮かべた。


「私はどこまでも、馬鹿だった。喧嘩が強いだけで、手遅れだった。キャスパリーグっていうのは、黒歴史じゃなくって、私の本質。変えられない、落とせないシミだよ。 ……アリスは人を助けるためにアビドスへ向かってるけど、私は違う。

 ただ、小鳥遊ホシノをぶちのめしたい」


小鳥遊ホシノ。アビドス対策委員会、委員長。

この事態を起こした元凶。

皆の怒りは、その矛先を彼女へ向けている。

それは、正しい怒りだ。


「倒したアビドスの『転入生』どもが言うには、幹部は小鳥遊ホシノだけじゃないらしいから、そいつらもまとめてやっちまいたい。

 こうして私が苦しんでる間にのうのうと甘い汁を啜ってるのが許せない。あの子達をめちゃくちゃの砂糖漬けにしたってのに笑ってるなんて有り得ない。まあ私には関係ないんだけど。ケジメつけさせたって終わらせるわけがない

 だから私は、アリスとは行かない。こんな状況で人を助けるとか、ご大層なことをほざいていられる余裕はないんだ」


「ですが、それではカズサが……」


「黙ってよ」


絶対零度の声に、なにも言えなくなった。


「私のことはもうほっといて。……アリスみたいなまっすぐな馬鹿、見てると寒気がするの。恥ずかしくて、うざったい」


突然の豹変に、心臓部を抉られたような苦しさを覚える。


「こんな酷いことしか言わないヤツと、旅なんてしたくないでしょ。私もしたくない。きっと私は、あんたの理想を邪魔する」


いっそ嘲笑すら含んだ声をぶつけて、背を向ける彼女は、しかし。


「……皆を救ってハッピーエンドにできる勇者に、アリスはなれるよ」


本音かどうかわからない言葉を残して、キャスパリーグは去っていった。

日暮れの廃墟には、勇者がひとり残される。

あっという間の、お別れだった。





影絵の街に、銃撃の音が響く。

アビドス方面へと向かうカズサは、三角に太陽のマークが刻まれた腕章をつけるスケバン軍団を薙ぎ払っていた。

……ああ、楽だ。

こうして闘っている間は、余計なことを考えずに済む。

昔に浸って、沈んでいればいい。

同類を倒して満足していた、馬鹿な頃に。


ほら。


「……ああ、」


馬鹿になれば、本当に楽だ。

その意味では、中毒者と同じかもしれない。

───蹴散らし終わると、端末を操作して、ナントカ同盟へ連絡する。

その時だった。


「……おや?」


聴き覚えのある、呑気な声が耳に入る。


「騒ぎを聞きつけやってきましたが……ここで会うとは奇遇ですね、杏山カズサ!」


こんな状況でも熱血馬鹿は据え置きだったことに、少女は心底から息を吐いた。


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