勇者と魔獣 決着編①
chapter11. 受け取ったものを(上)
「っ!!っ!!ッッッッ!!」
……強い…‥!
先ほどから、カズサの攻撃に苛烈さが増しているのを、アリスは体感していた。
脇や腕から、顔や首を中心に狙ってきていた。こちらを本気で潰すつもりだ。
「さっさと倒れろ……」
銃身による打撃を織り交ぜ、カズサは接近戦に持ち込んでくる。
ガンっ!!
「ぅっ!」
ガッ!!
「ぐあっ!!?」
「もう、いい」
ドガガガッッッッ!!!
ふたたびの掃射、その衝撃にアリスは倒れる。そのままシャットダウンしそうだった。
───しかし途中で弾切れ。
アリスは、体勢を立て直す。
「……なんで」
「カズサの攻撃は中程度のダメージです。
なのでまだ戦闘不能にはなりません───、うわっ!?」
闇を覆う白い煙幕。
「勇者だったら私をさっさと退治しなよ」
どこにいるのかわからないカズサは、移動しながらの銃撃で言う。
「……それをしたら、ハッピーエンドに到達できなくなります」
「もうそんなの無理だよ。
私は、アリスを敵だって思ってる」
「私は、カズサを友人だと───」
「っ───うるさい!!!!!!!!!」
視界ゼロのアリスの鼓膜に、聞きなれない、大音量の怒声が響く。どんな銃声よりも強烈で、一瞬立ち止まる。
「友人?ハッピーエンド!?ていうか何が勇者だ、会って一日も経ってないのに友達?そもそもなにを主人公ぶってんの?どうせうまくいかない。後悔する。どこかで覚めて、痛々しく思えてくるに決まってる」
「……カズサのようにですか?
あなたの、昔のように」
「そうだよ。……だから早く諦めて」
「いやです」
「なんで。どうせ身悶えするだけだよ」
「その未来も、今のままではやってきません」
アリスは、煙幕の中、武器に手を伸ばす。
「───光よ!」
闇夜に沈む箱庭空間に閃光と爆風が迸る。
コンビニ内の棚は消し飛び、壁のガラスは全滅する。
「な、にを」
「戦いやすくなりました!」
これで風通しはだいぶよくなった。
カズサはアリスを視認し、走ってくる。
まっすぐな軌道ではない。
左右にフェイントを振りながらの移動。
CQCスタイルに移行。近くにモノがないので、今度はノーガードだ。
「つっ」
投げられた手榴弾を爆発前にキャッチする。
空中へ飛ばす。
雨降る夜の空に、炎の花が舞う。
浮かぶカズサの顔は、仮面みたいな無表情だ。
○
仮設テント内。ヨシミはベッドの上で、膝を抱えていた。
頭が痛い。痛くて死にそうだ。
砂糖が欲しい。
辛い、しんどい、砂糖が欲しい。
カズサに謝りたい。
謝っても無駄だ。
ナツやアイリに起きて欲しい。楽になりたい。
欲しい、欲しい欲しい。砂糖が。
辛い。
辛い。
辛い。
辛い。
さとうがほしい。
辛い。
……つらいのは、カズサのほうだ。
自分たちの下手な芝居に巻き込んで、傷つけて、しまいには攻撃までさせた。
……カズサは、本当に何も悪くないのに、きっと今、辛い、なんてものでは済まない思いをさせている。
『やだ……もっと早く……。
私が、ごめん……』
あんな風に、きっと無意識に、謝らせて。
『あ、あ……』
あんな悲鳴をさせたあとに、平気そうに引き金を引かせた。
中毒症状から抜け出せなくとも、脳を浸す甘さを塗りつぶすには、十分な苦痛だった。
ごめん、許して、やり直したい。
そんなので済むことではない。
私たちはもう、きっと、直せない。
私達から、壊して。
トドメを、刺させてしまった。
だから、さとうがほしい。
「ちっくしょう……!!」
ベッドから這い出せない無力さに、砂糖に頼る弱さに歯噛みする。
そのたびに甘さに逃げたくなってしまう。
でも。
『カズサさんが、皆さんのところに、案内してくれたんです』
セリナは、そんなことを言っていた。
あれだけのことをしたのに、させてしまったというのに。
『カズサさんは、とても……はい、平気そうにしていましたが、話を聞く限り、皆さんのことを、まだ大切に思っているのだと思いました。
だからきっと、間に合います』
セリナは、そう言って、任務に出た。
自分は、間に合って欲しいと願いながら、無理だろうとも、思っている。
身勝手に思う。
どうしたら、いいのだろう。
「……どうしたの?」
と、可愛らしい声が聞こえた。
見上げると、
「!?」
白いフードにガスマスクを被った、顔の見えないだれかが、花束を持って立っていた。
○
アリスは、こんな時に、敵対者に対して、聞きたいことを思い出した。
「カズサっ」
「否定してボコボコに叩き潰す。……アンタは小鳥遊ホシノにたどり着くために邪魔だ、敵だ。……勇者なんて馬鹿馬鹿しい、そんなものになれるわけない、だって同じだ、そうに決まってる……」
怨嗟のような言葉を口に出しながら、カズサは攻撃を続けている。
おそらくは無意識だろう、アリスはそう考えつつ、眉間を狙った彼女の銃を、両手でつかみ止める。
「また投げる気?…………あんたなんて、もう、ああ、もう、ッ、うるさい……」
「……こちらを、見てください」
カズサの顔は、こちらを向かない。
「……聞き忘れてたことが、ありました」
「あんたと話すことなんて、もうない」
「あなたの、なりたいものの話を」
空気が凍る。
「カズサは、どうして、アリスが勇者になりたいという話をした時、目を合わせなかったか。どうして、昔の後悔しか話さないのか」
カズサは、確かに、こう言っていた。
『今はもう、こんなの黒歴史』と。
ならば、逆にいえば、
「なりたいものがありますよね」
「…………………」
「カズサ」
無理やりこちらを振り解き、撃ってくる。
アリスは、銃火にかき消されないよう、声を張り上げて言う。
「カズサは、自分をキャスパリーグと言いながら、少し、イヤそうに見えました!昔には、戻りたくないというように!」
「世迷言……っ!」
「それは、なりたくない自分が、それだからではないですか……他になりたいものが、あるからではないですか!?」
黙れ、と怒鳴るカズサを見て、やはりそうかと、アリスは思う。
「別にっ……なりたくないものがあるからって、なりたい自分がある訳じゃない!そんなもの私にはない!」
「嘘です!」
「嘘じゃないっ!何一つ、……ぜんぶ、全部、何もかもが、もう、何も、どうでもいい!!私はもう嫌ったし、遠ざけたし、壊した!!何も、……わた、しが、ぜんぶ、……」
「カズサ!!あなたの言ってることは、さっきからずっとわかりません!!」
「理解なんていらないッ!!!!」
絶叫とともに、機関銃の勢いはさらに増す。
避けられない。ゆえに。
───勇者は、己をぶち込んだ。
○
「……えっと……大丈夫?」
自分が彼女を凝視していたと気がつくヨシミ。
いや、だって、ガスマスクの上にフード被ってて、花を持ってて、声が可愛いとか、ちょっと設定盛りすぎじゃないか。
「まさか幻覚……?」
「幻覚に本人確認する人、割といるよね……。
安心して、私は実体。人間だよ。
本名は明かせないけど……名乗るなら、フラワーガスマスク仮面かな」
ガスマスク仮面って頭痛が痛くなる単語だ。
「ったたた……!」
本当に頭痛が痛くなってきた。
「寝たほうがいいよ」
「……それは、ちょっと」
ヨシミは、ベッドの上で膝を抱える。
ガスマスクは、花瓶を、小さな棚の上に置く。
「綺麗な花」
「そうでしょ?」
こちらに合わせて語尾を上げる少女は、「寝れないのは、どうして?」と聞いてくる。
「もう治らないものって、どうやったら治せるか、なんて……悩んで」
「それは、自分で壊してしまったもの?」
見透かすような彼女の言葉に、ヨシミは、うなずいてしまう。
「それも、人との関係……勝手だよね」
そうなのかも、と言ってくれる突き放し加減が、ありがたかった。
「……でも……花瓶を落として、治ってくれって思っても直らない。人間関係なら、なおさら」
こじれさせて歪めさせて、そのうえ、最後の引き金を引かせてしまった、自分達とカズサの関係を思った。
こんなのもう、どうすればいいか。
「…どうすればいいか、わからない。どうにもできない。謝ったって、もう、」
どうにかなればいいと、苦しむ二人も思っている。それが身勝手だと知っても、なお思わずには、いられなくなっている。
「散々間違って、アイツのためって思ったことは、自分のためでしかなくて、」
「うん」
「どんどんどんどん、転げ落ちてって、ううん、自分たちで、もどれないとこまで、落ちていって…………」
「……うん」
「もう、どうしたら」
ぐるぐるする頭の中には、謝罪と、悔恨と、……楽になりたいあさましさが、ある。
今でさえ捨てられない砂糖へのファストパス(腕章)が、その証明。
「あ、……ごめん。こんな身内話」
「謝らなくていい。聞いたのは、私」
可憐な声で、柔らかく言うガスマスク。風体は怪しいが、きっと、いい子なのだろう。
「ねえ」
彼女と、目が合った気がした。
「……なに?」
「あなたは、それを、治したい?」
「治し、たい」
「やり直したい?」
「やり直したいよ……。
どうしようもないくらい身勝手だって分かってるけど、……どうにかして、もう一度アイツと、みんなで、スイーツを食べたいよ……」
砂糖なんかに手を出してしまって、いまさら望む権利なんてないって分かってるのに、望んでしまう。
でも。自分たちからできることはないのだ。
何をしたって、どうしたって、もう無理だ。
それはもう、自問自答して、わかりきってる。
「……どうすればいいか、あんたはわかる?」
見ず知らずの人に聞くくらい、ヨシミは弱りきっていた。
小柄で強気な少女は、もう、その気丈な外殻を、自分に対してすら保てなかった。
「ごめん。……ただのうわ言。忘れて」
うつむくヨシミ。
それに対して、初対面のガスマスクは、少しの逡巡のあと、ぽつりと言った。
「祈ってみたら、いいと思う」
「祈る……?」
「うん。
……きっとそれは、自分のためと他人のためがごちゃ混ぜになった、身勝手なことかもね。
でも、その人の幸せを……その人との幸せを、自分の想いが通じることを、祈ってみて」
祈られた側は呆れたり怒ったりするかも。
それは、たぶん、あなたの友達もそう。
だけれど……それだけでも少しは。
虚しくは、なくなるよ。
そう言って。
「トリニティならやり方は知ってるでしょ?」
幽霊のようにするりと、部屋を出ていった。
ヨシミは瓶を見る。
そこには、ピンク色の花が、活けられている。
どこまでも見透かしたような、少女だった。