勇者と魔獣 崩壊編

勇者と魔獣 崩壊編



chapter5. 苦い秘密


ゲヘナの救急医学部・トリニティの救護騎士団を中心に結成された同盟だけではない。

意思と技能、または最低限の戦闘能力を持つ人間は、救急活動に駆り出されている。

だがその中でも、同盟に所属する生徒だけに託された任務があった。


夕刻。


トリニティ学園に仮設された数百ものテント。その一つ一つに、大量の中毒患者が寝かされている。

横たわる誰もが、「砂糖」を求め、宙に手を振り回し、叫び、うめく。

ロボットもヒトも、天使も悪魔も関係なく、平等に苦しんでいる。

どのテントでも、起こっていることだった。


「う、うう……」

「汗、拭きますね」


「お身体に不調はありませんか?」

「ジュース、喉、喉渇いた……」


「うっ、おえ……っ、あ、ごめんなさ、」

「大丈夫!謝らないでくださいね!」


ゲヘナもトリニティもミレニアムも関係なく、色とりどりの制服の人間たちが看護している。

そのほとんどが、同盟の生徒だった。


というのは。

ミネとセナが、同盟結成当初に、

「患者の世話を素人にやらせたらテントはすぐに崩壊する」「看護をするのは最低限、精神力と技能を持つ人間でなければならない」と、断言したからである。


そのおかげか、テントの秩序は保たれている。

……それでも、あまり経験のない人間にも頼らなければ立ち行かないのが実情だった。


臨時同盟の生徒達は、心身をやすりで削られるなか、現状を歯がゆく思いながらも、看護を続ける。


「は、ぁっ、ふーーっ、あ、っ……!?」

「大丈夫ですよ。ゆっくり、ゆっくり、息を吸って下さいね」


鷲見セリナも、無力を感じながら、患者たちに寄り添うひとりだった。

セリナは三人の生徒を看護中だ。

アビドスの腕章を付けてはいるが、本当は、トリニティ学園所属の生徒のようだ。


「は、あっ、はっ…………!」


ふわふわした髪の少女は、目を開き、こけた顔に脂汗を浮かべている。

その横の、黒い髪の、大人しそうな少女は、苦しみに胸を抑えていた。


「さむい、あつい……」


隣にいる、小柄の金髪な少女は、青い顔をしていた。だが意識ははっきりしており、こちらを見て、「……わたしは、大丈夫だから」と、強気な顔を見せた。


「伊原木さん、汗、拭きますね」

「ヨシミでいいよ。てか、本当に、大丈夫。二人を……」


どう見ても平気な顔ではなかった。


「どうか、無理はしないでくださいね」

「その気遣いも要らないってばッ!」


怒鳴られタオルを取られる。


「ちっさいからって舐め、……ごめん」

「大丈夫ですよ」


笑いかけつつ、ヨシミからタオルを受け取る。


「禁断症状ってヤツかあ……あー、本当、なんで止められなかったんだか……」


冗談めかした響きだが、どこか暗い。


「これ、独り言だから、聞かなくていいけどさ……あの砂糖、本当美味しかったの」


セリナは、ナツとアイリの容態を見守りながら、ヨシミの独り言を聞く。


「あれ、今まで食べたどんなスイーツよりも美味しかった。……必死こいて争奪戦してたのが、馬鹿らしくなるくらいだった」


「アイツも来てれば良かったのに〜……なんて思ったりもしたけど、……やっぱ食べさせなくって正解だったかも」


ぽつり、ぽつりと、ヨシミは語る。


「アイツが食べてたら、禁断症状でキレて、あたり一帯が死屍累々になってただろうし……伝説のキャスパリーグの大復活、ってヤツか」


「……あー、こんなこと言ったら怒られるか、アイツに」


「……アイツというのは、杏山さんのことですか?」


この三人のもとへ自分達を案内したのは、フードを被った彼女だったのを思い出す。


「あ、嘘。もしかしてカズサの知り合い……って、反応したらダメ。独り言って設定だったでしょ」


そうでしたね、と苦笑すると、ヨシミは、また、独り言を続けていく。


「私らは、カズサに酷いことしたんだ。

 ……ううん。ひどいじゃ、済まないか」




カズサは、宇沢レイサと共に夜道を歩く。


「宇沢は、どうしてここに?」

「最近、治安が悪いので!」


言うと思った。


「私の出番というわけです!!」


うるさい。

いつもの三倍増しでうるさい。


「そう言えば……」


レイサは辺りをキョロキョロ見回し、


「あなたこそ、どうしてこんなところに?

 スイーツ部の方たちは?」


銃床でぶん殴ってやろうかと思った。

が、流石に情けなさすぎて我慢した。


「……絶交ってやつだよ」


ショックを受けたような顔をするので、おかしくなってしまう。


「そう……なんですか?」

「なんで宇沢が傷ついたみたいになってんの。縁を切ったのは私だよ?あの子達といるのが、いきなり無理になって、やめただけ」

「……そう、ですか……」

「いや、そんな大した理由じゃないから。

 ……あんなの、誰だって無理になるでしょ」


必要以上に冷たくした言葉へ、と星形ヘイローの少女は、おずおずと聞いてくる。


「何が、あったんですか?」


……まあ、良いか。


思い、カズサは答えることにした。

たぶん、心の身辺整理のために。


「皆に、避けられるようになった」


理由はわからなかったが、アイリとヨシミとナツで、スイーツ店に行くことが増えていた。


「何かしたんじゃないかなって思った。理由探しもしたよ。でも全然分からなかった。

 仲良く、出来てるはずだった」



「そのころさ、あんまカズサと予定が合わなくって……」


ナツとアイリも含め、自分が担当する患者は、だいたいが死んだように寝静まっていた。


「ごめんね、休みたいはずなのに」

「いいえ。私のことは、心配なさらず」


いつでも他のテントに駆けつけられるように準備しながらも、セリナは、ヨシミの話を聞いていた。


「ありがとね、セリナ。……私達、カズサがいなかったから、仕方なくの三人で、すごく美味しいスイーツ屋を知ったの。……で、ちょっと経って、このスイーツは違うな、って気付いたんだ」


「最初はナツだったかな。舌触りからしても製法からしても、今まで食べてきたものと変わりはないのに、飽きないのはおかしいって」


「……私たち、二週間も同じ店の、同じスイーツだけを食べてた」


バカすぎるでしょ、と苦笑するヨシミ。


「びっくりしちゃった。いくら美味しいからって、そんなぶっ続けで食べてて全く飽きないのってヤバイのに、まったく気付かなかった」


聞いて、胸が痛くなる。

彼女達は、スイーツが好きで、それを楽しんでいたのに、いつの間にか、麻薬を好んでしまっていたと。

そればかり、食べていたと。


……だから。


「慌てて他のも食べようってなった。

 アイリが好きなチョコミントだったかな。

 あれさ、味、強烈でしょ?」


「たしかに、そうですね」


……おそらく。


「私、そこまで好きってわけじゃないけどさ、たまになら、って食べてみたよ」


そこで起こったのは、


「……何も、味がしなかったんだよ」


「……!」


「自業自得なんだけど…さ…キツかった」


何も、言えない。


「アイリはそこで泣いちゃった。大好きだったのにって。…‥だからもう、あそこの店は行かないようにしよう、って決めたんだ」


まあ次の日、財布持って店の前にいたんだよ。

笑えない話だよね、とヨシミは笑う。


「……私たち、アレが麻薬だなんて気づいてなかった。でも、ヤバいものだってのは分かったし、あのスイーツが欲しくて欲しくて、でももうスイーツじゃ足りなくって、だから、あの甘さが直接欲しくて……欲しい欲しい欲しい欲しい欲しいよ暑い熱い凍るうあああああああ!!!!!!!!!」


「ヨシミさん、落ち着いて……!お水です」


「……あ、私また、ごめん。

 ……でー、えっと、私たち、もう、あの時にはダメだったんだけど、それでもなんとかカズサだけは……って」


「どうしたん、ですか?」


そこでヨシミは、苦しげに頭を抑えた。





「予定合わなかったのもあったんだけど……三人が私をハブって、ちょっと経ってさ。

 誘われなくなったのなんでかなって、思って、……後をつけてみることにした」


「なるほど。尾行ですねっ!私みたいな!」


本当そういうの後悔するからやめた方がいい。


「……まあ、それで、あの子達三人、仲良く駄弁りながら路地裏に歩いてってさ。

 どうしてたと思う?」

「仲良くあなたの悪口を……?」

「それならマシだよ」


暗い路地裏。陽の当たらない、日陰を好む人間の生息地。

『平凡』からかけ離れていたところ。


「あそこで」


……ナツやヨシミ、アイリには似合わない所のはずだったのに。


そこに、

「三人は、」


入って。

入るだけで、

胸が。

潰れそう、だったのに。


「……っ、」

「喋りたくないなら無理しないでください。

 平凡な杏山カズサのはずです。

 強くなくても良い、平凡な……」


心からの気遣いなのだと、カズサは思う。

だがもう、それは無駄だ。


「ねえ宇沢。私、もう『平凡』じゃないよ。

 それを、捨てちゃった」


思わずこぼれた笑みのまま、カズサが言うと、

レイサは顔を曇らせる。

笑ってるのに、なんでだか。


「今の私は、キャスパリーグ。アンタが会いたがってた、魔獣に戻った……というより、変われないのがわかったから」


だから、挑戦状も、受け取るよ。


「哀しそうですね」

「そういうの、本当やめて」

「だってキャスパリーグは、そんな顔をしません。……無理してますか?」

「分かったような口聞かないでよ……」

「なんとなくは分かりますよ!連絡する相手もされる相手もいなくなって寂しいとか、自分だけ残されてしんどいとか!!」

「それ、自分のことじゃないの」

「あははは……」


レイサの困ったような笑顔。

こっちが困る。熱血タイプの人間は好きではないのだが、そういう人間のこういう顔も、また、好きではない。

見てるだけで、喉の裏側がかゆくなってくる。


「ねえ」

「はい?」


でももう、苦手な奴でも良かった。

少し気を、張りすぎた。


「私のことが分かるから、なんなの」

「スーパースターにしてヒーローにしてアイドルの私ですが……今だけはこうして隣にいましょう!今のあなたは、暴れるだけ暴れて、どこかに消えてしまいそうですからね……。

 とりあえず、どこかで休みましょう!」


ああ、宇沢のことは、本当に苦手だな。


「……わかった」



「……私達はカズサを外すことにした」


外すというのは仲間外れのことか、と、セリナは胸が痛くなる。

それをどんな心情で決断したかなど、ヨシミたちの話を聞かされていれば想像するのは簡単すぎた。


「事情をマトモに話せるか分からなかったし、話したところで、どうにもならない。

 初めは先生にモモトークしようと思ったけど、こんな、こんなことで頼って、……ガッカリされたくなかった。そんなことないって、分かってるのに」


後悔をにじませ、声が小さくなる。


「……ああなるなら、カズサに話して、強がらずに先生に相談すれば良かった」


「杏山さんと、何があったんですか?」


「何かあった、というか。

 私たちが、したんだよ。

 私ら三人だけで行動するようにした。

 理由を聞かれても、はぐらかしてさ。

 ……ダサすぎて、流石に言えないし」

 




「理由を聞いても、何も言ってくれなかった」


「嫌われてるって、思った」







「まあ、私たちだけ転げ落ちていけばいいか、って思ってたんだけど、……どこかで、どうにか止まれるって油断してた。

 でもすぐにお菓子じゃ満足できなくなった。

 財布がヤバいし、食べてないと落ち着かないってなった時、噂を聞いて、……飴玉を、買った」


飴。

ゲートウェイの食品よりアビドスシュガーを多く含んだ、中度中毒者の「常用品」だ。

それ以上になると、「砂糖」になる。


「あれも美味しくて、後ろをついてきてたアイツに、見えるように。ナツと、タイミングを測って、その場で食べた」


「……っ、どうして、そんなことを」


「決まってるじゃん。カズサと絶交するためだよ。……カズサって、「平凡な」日常に、憧れみたいなもんを持ってたみたいでさ。

 でも、スイーツ部は、アイツの望んだ場所から、もう、かけ離れてた。

 ならせめて、最後に、アイツだけは」


って、思ったの。


「まあそれも、無意味だったのよね、多分」


平凡な少女たちの。

平凡な情動が。

まったくもって最良ではない。

最悪に近い、賢いとは言えない判断が。


「本当、ばかだ」


ヨシミの笑顔が、あまりにも哀しげで。

セリナは泣きたくなった。


chapter7. 砂糖菓子の弾丸が砕くのは



「アリスさん。私は警備しなくてはならないので行けませんが、これをお守りがわりに」

「ありがとうございます、スズミ!」

「アリスちゃん、また来てね!」

「はい!行ってきます!」


いったん救護騎士団本部で装備を整えた後、アリスは再びスイーツ店エリアに戻ってきていた。


……カップラーメンを忘れてしまいました!


こんな時にも、お土産クエストは大切だ。

本筋だけを進めていると、重要なものを取り落としたりしてしまう。

アイテムや、人とのコミュという、楽しみを。


「楽しむ」というのも不謹慎な状況かもしれないが、そんな中だからこそ笑顔でいるのが勇者ではないでしょうか。

と、アリスは考える。


無口な勇者もカッコいいが、ヒーラー職も兼任するなら、笑顔の勇者の方がいいだろう。


少し急げば、彼女にも会えるかもしれない。


……カズサには、聞きたいことがあります!


……おや?


夜道を歩くアリスは、超視力のアリスアイで、道の先に、見覚えのある人影を発見した。


「カズサ!……と、話し相手の方は……?」



道すがら。

宇沢レイサは、杏山カズサが擦り切れていると心底から痛感していた。


「どこで、休みましょうか」

「どこでもいいよ」


あれだけ捨てたがっていた過去───「キャスパリーグ」を、自称するなんて、本当に、どうしてしまったのだろう。

あなたは、『平凡』なのでしょう。

あなたは、私に守られる対象になったはずだ。


「お腹、空いてませんか」

「まあ、ちょっとは」


だけど、戻ったというのなら、それも良い。

……ですが、今のあなたとは戦えません。


キャスパリーグに、泣く子も黙り、泣く不良も襟を正してしまうような、そんな、光り輝く怪猫に戻ったというのなら。

どうして。

どうして、杏山カズサ。

あなたは、暗い目で、笑っているのですか。


「そこで、座りましょう?」

「……うん」


……本当に本当に、宇沢レイサにとっては、それが心配だった。

今の彼女は、チリのように消えそうだ。

だが、いつまでも彼女の側にいられない。

こちらにも、果たす正義と責任がある。

なんとかして、元気づけてあげたかった。


「……調子が狂いますね!本当に。

 良いですか杏山カズサ!」

「え、急に何」

「私がその話を聞いて、何もせずにいると思っていますか!」


そう。

スイーツ部の人たちは、自分とカズサの縁を、どうにか繋いでくれた。

恩人だ。

だからどうにかしてあげたい。

自分に、それができるかは分からないけど。


「ですから……はい!」


だから、己の正義に従い。

宇沢レイサは、迷いなく。


手を、伸ばした。


「どうぞ!」




………………………………………、




…………………………、



……………、


「……」


「。あ



 、


あ、あ」


ああ


あああああああ





絶叫が聞こえた。


瞳が、銃火を捉える。

矛先を視認した。


「!!」


勇者は走り出す。


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