勇敢なる海の戦士

勇敢なる海の戦士


 もう無理だ。生まれて初めてルフィはそう思った。

 ちゃぶ台返しはルフィにとっては十八番だった。今まではそうやってクロコダイルもシキもかつての上司でもあった青雉もすべてを退いてきた。

 天竜人を殴り飛ばした。百獣海賊団も返り討ちにした。迫りくるビッグマム海賊団の軍勢も振り払った。

 すべてはウタの笑顔を守るため。

 そのためならどんな相手だって苦にはならかった。たとえ何百回裏切られようとも彼女の笑顔を守るためならそんなことは大したことではなかったのだ。

 だが今回ばかりはそんなルフィですら絶望してしまう状況だ。

 黄金の砂浜

 テゾーロが作った最も悪劣な領域。無限の黄金の中で餓死しながら死ぬ。それだけならルフィは何度もくぐり抜けて来た窮地だ。

『選べ、歌姫の心か、体か。それとも全てか? これぞ、IT's A ENTERTAINNNNNMENNNTT!!!!!! アハハ! アーーッハッハッハッハッハ!!!』

 醜悪なる黄金の主が誘う悪魔の取り引き。ウタは今だその男の手の中にある。テゾーロはルフィに選択を突き付けていた。

 テゾーロの奴隷として生き長らえさせる代わりにウタの心を捧げるか

 ウタの心を守る代わりにテゾーロの能力によってウタの体を黄金像として捧げるか

『それとも、その砂丘で餓死して歌姫は俺に総てを捧げるかだ!』

 ただ強大な敵ならよかった。ただ武力で訴えてくる敵ならよかった。

 テゾーロは今までの敵とは違う。こちらの警戒を見事にほどき、油断させ、そして最後にはウタを奪われた。もともと疲弊した体に更なる武力を叩き込まれ体は傷だらけだ。

 だがそれ以上に心が動かない。

『では、聞こう! 英雄モンキー・D・ルフィ。お前のわがままでこんな生き地獄に叩き込んでおいてどこに歌姫の笑顔がある!! 笑っているのかもな…だが!!』

 腕が動かない。

『お前が守っている笑顔はフィンガーランド・ウタの本当の笑顔か?』

 体が動かない。

「知ってたさ…」

 そうだ、知っていた。

「わかってた…」

 ウタの笑顔はあんなものじゃないことぐらい。

 ウタの笑顔はいつだってウタの歌声と同じぐらいみんなを幸せにしてた。

『ルフィ……私ね? ようやくわかったの! みんなもシャンクスもエースも、だーれもいらない。わたしなーにもいらない』

「あぁ・・・」

『平和もいらない。このコートも邪魔だよね? ……ねぇ、ルフィ? 私ね、ルフィがいれば何にもいらないの♡』

「あああ・・・」

『ねぇ、ここでずー----っと一緒に暮らそう? ルフィのためなら私なんだって、するし、されてもいいんだよ?』

「ああああああああああああああああああ!!!!!!」

 ウタの笑顔がよみがえる。愛情はある。だがそれだけだ。

 陰鬱で媚びへつらい、ルフィを主のように扱うその眼差しがルフィの心を、折る。

「おれが! おれが!! 奪ったんだ!!!!!」

 頭をぶつける、ぶつける、ぶつける、ぶつける。

 血が出ようとかまわない。頭が吹き飛ぼうがかまわない。

 大事だった幼馴染の心を体を壊した大罪人を罰するために。

 ウタはすでに心身ともに限界を当の昔に越えていた。人を信じやすい彼女は何百回も裏切られ失望され、ルフィ以外を信じられなくなっていった。その結果、彼女は自ら考えることを放棄し、ルフィに文字通りすべてをゆだねるようになっていったのだ。

 それをテゾーロは暴き、ウタの心を完膚なきまでに破壊した。テゾーロは最後の一手を押したに過ぎない。

「……おれだ、おれのせいだ!!!!!!!」

 喉が張り裂けようと慟哭する。

 どうすればいい? ルフィは初めて心の中でつぶやいた。今までのように隠すでもなくさらけ出すのでもない。心の中で思案する。

 だが、思いつかない。

 その時、

「ー----------うぉおおおおおおおおおおお!!!!!! この距離はしぬううううううううううううう!!!!!!!」

 空から誰かが落ちてきた。

「やべぇ!」

 咄嗟にルフィは腕を伸ばし、その人物を助ける。 

「た、助かったああああ!!!! ありがとう…! って、あー---!!! 見つけたぞ! ルフィ!!!! やっぱりここにいたか!」

「お、お前は…」

 忘れるはずはない。その長い鼻に嘘くさい笑い方。海賊だが自分とウタにとっては友達でもある、はずのー

「ウソップ!? なんでここに!?!?」

「ふっ、そりゃあおれ様は勇敢なる海の戦士だ! 数々の伝説を打ち立てこれまで野を超え海を越え、メリーと部下たちとともに旅してきたんだ。そりゃ当然、どこへだって現れるさ・・・」

 ふふんと格好をつけながら笑ったウソップの足はガタガタと震えており、ルフィの目からも明らかに強がりであることが分かった。

「ウソップ・・・! いや、すまねぇ・・・。おれを探してこんな場所に来ちまったなんて・・・」

 嬉しかったが、その心は引っ込める。探しに来たというなら恐らく自分とウタを狙いに来たのだろう。逃亡していてよくある話だった。助けた民間人に襲われるのなんて。ましてや相手は海賊だ。いくら友達かもしれないとはいえ、油断など言語道断だ。

「うん? おいおい、ずいぶんと情けねぇ面してるじゃねぇか、ルフィ。ドイナカ村でおれ様を愚かにも捕まえようと言い放ったあの時の気概はどこいったんだよ?」

「ごめん、今そんな気分じゃねーんだ」

「ほー-うっ、てことは海兵モンキーDルフィ様は海賊を前にして、怖気づいてしまったってことか。まぁおれ様のようなすごい海賊の前じゃぁ仕方のないことだな!」

 うんうんとわざとらしく首を縦にしウソップは腕を組む。

「……何が言いてぇんだよ?」

「いや~べっつに? ただそれじゃあプリンセス・ウタが不憫だなって思っただけさ。邪魔したな、ルフィ。どうもおれの助けなんて必要なさそうだ。なんったって、お前、ウタのことを助けるの諦めたんだろ?」

・・・・・・・は?

「おい、ウソップ」

「いやー、来て損したな! こんな腰抜け野郎のためにわざわざ来る必要もなかったな。まぁいいや。おれはおれでウタと部下たち助けてさっさと帰るからよ! そこで干からびてろよ」

「ウソップ、お前!!!!」

 ルフィは反射的にウソップの胸倉をつかむ。

「なんだよ! 違うのかよ!? じゃあなんでさっきからおれの目を見ねーんだ! おまえはよう!」

 ウソップはルフィの胸倉をつかみ返して激昂する。

 その怒りようはかつてキャプテンクロと対峙していた時のものと酷似していた。

 ルフィはその怒りに一瞬身じろぎし、それをウソップは見逃さなかった。

「お前らがらしくねーことぐらいモニターで見てたら一発でわかるんだよ!! なんたってこれは海の戦士の友情だ! だからルフィ、一つ秘策を授けてやるよ。ウタを助けるための勇敢なる海の戦士の秘策をよ」

「そんなものあるのかウソップ!?」

「あぁあるさ、だからそれをー-授けてやるよ!!」

 次の瞬間、ルフィは地面に倒れる。頬には衝撃と痛みが伝わる。あまりにも突然の事態でルフィは気が動転し、受け身も取れずに盛大な倒れ方をした。


「ー決闘だ、ルフィ。おれが勝ったらこのキャプテン・ウソップ様の助けを借りやがれ、このクソバカゴム野郎!!!」


 あまりにも突然の宣言にルフィは呆然となる。いったいこの男はなにをいっているのだろうか。

「いっとくが、おれは本気だし、同情なんかしねーぞ。勇敢なる海の戦士として誓ってやることだ。そこに嘘はねぇ」

 ウソップがそういうや否や、口の中に突然激痛が走る。タバスコだ。それもただのタバスコではない。小さい女の子なら気絶するには十分すぎるほど強力な辛さだ。

「決闘はもうはじまってるぞ、ルフィ。それともなにかこのままおれの勝ちでいいのか?」

「んだとぉ!?」

 咄嗟にルフィは臨戦態勢に入る。だがそれすらウソップに見透かされており、目に強力な刺激物が入る。

「くっくくせぇ! 腐った卵か、これ!?」

「それだけじゃねぇぞ! 必殺・火薬星!!」

 ルフィの顔面にかかった腐った卵を火元にいくつもの火薬が爆裂する。

 そしてそのままウソップは武器を構え、ルフィに狙いを定める。

 咄嗟にルフィは次の攻撃を防ぐために顔の前で腕を交差させるが、

 それすら、ウソップは見抜いており、足に粘着性のあるもちのようなものでルフィの機動力を奪う。

「顔の次は足元がお留守になる…今のルフィらしいといえば、ルフィらしいな。どうしたんだよ、ルフィ!? 普段のお前ならこんなの簡単によけられるぞ!」

「くそぉ・・・!」

 実際ウソップの言う通り、海兵時代なら初手からすべての攻撃を避けそのままウソップを拘束することなど片手ですら事足りた。だが今はそれはできない。

 度重なる休まぬ戦いとテゾーロとの闘い、さらにルフィの心を折ったことにより、ウソップの攻撃をまともに食らい続けている。

「なんで今までよけられたか教えてやるよ、ルフィ! それはお前が海兵だったからだ! 仲間がいたからだ! ウタがいたからだろ! だから戦えられた! 違うか!!」

「くっ・・・そうだ」

 ルフィの動揺は意に介さずウソップは続けてもち球をルフィの右手に命中させる。「お前がバカみたいに突っ走ってる間にウタやほかの海兵が頭こねくりまわしたおかげで敵を倒せた!!!! そうだろ!?」

「そうだ…」

 ルフィは反撃のために左腕を伸ばすが、すでにウソップは射程外におり、さらにルフィに追撃をする。

「お前ってやつは一人で料理も航海も嘘も剣も歌も治療もなんでもできるやつだったのか? 違うだろ!? お前がせいぜいできることなんかウタの笑顔を守ることしかないだろ!?」

「そうだ・・・!」

 それでもルフィはめげずに腕を動かし、足を動かし、反撃を試みる。そして力任せに足の拘束を破壊する。

「だったら、おれ様を頼りやがれ!!!!! 今までの裏切りなんか全部忘れろ!!! お前はオレの友達だろ!!!!!!!!!」

「そうだぁ!!!!!」

 動く。走る。駆ける。振りかぶる。殴る。



 決着はついた。



「し、しぬかとおもったー------!!!!!」

 ウソップはちびりながらその場で崩れ落ちる。やばいやばいやばいやばい。まじであっぶなー、あんなピストルみたいなパンチで殴られてたらあたまふっきとんだって。やばいやばいやばばばばば。

 ぐったりとルフィは前に倒れ掛かる。もともと体力は限界を超えている。そこにきてウソップとの戦闘によって完全に体力を使い果たしたのだ。

「たっく…世話が焼けるぜ…これ先に渡さなくて正解だったぜ」

 そういってカバンからウソップが取り出したのは海賊弁当。肉と米のみで構成された世界一頭が悪いがうまい食べ物だ。

 さて自分の分を先に食べようかと逆光の鼻歌を歌いながら弁当を開けるとー

「にくうううううううううううう!!!!!!」

「えぇ! 復活はやあああああああ!!!!!」

 そこからは怒涛の勢いで弁当二つとも平らげルフィの体は見る見るうちに回復していく。そんな光景を初めて見たウソップは若干、というかかなり引いた。「そこは回復するなよ、人ととして」というのが後の彼の証言である。

「ウソップ、ありがとう。おれちょっとどうかしてた」

「気にすんなってそんなのお互い様だろうが。おまえはバカなんだから考えるのはこの天才ウソップ様に任せて、おまえはプリンセスウタを助けることに専念すればいいんだよ」

「シシシッ。そうだな! やっぱりウソップはすっげー海賊だ! おれ、あとちょっとで忘れるところだった。なんでおれがウタを守りたいのか。なんであいつを笑顔にしたいのかを」

 ルフィは被っていた麦わら帽子を眺める。その眼には様々な愛が宿っており複雑な色をしているなとウソップは思った。

「そうだな! それでこそルフィだ! とはいえ・・・ここってどうやってでればいいんだろうな?」

「ん? なんか脱出方法あるみたいなこといってなかったか?」

「・・・・すんません、あれ嘘です」

「なにいいいい!? あれ、嘘だったのか!?!? じゃあなんでここにきたんだよ!?!?」

「・・・いきおいです」

「バカかお前!?!?」

「お前にだきゃいわれたかないわ!!!!!!」

 ギャーギャーと二人が騒いでいると一人の小柄な男が近づいてくる。

「ちょっといいかい、お二人さん。ここをでてぇんだって?」

 このギャンブラーとの出会いが二人の脱出劇を大きく変えるのを二人はまだ知らない。








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