加筆まとめ⑬
天蓋の下虚夜宮・天蓋外
————この掌にあるものが、心か。
『終わったね……強敵だった』
灰となって崩れ去ったウルキオラの姿を見届けて、カワキは軽く息を吐く。煙草の一本でも吸いたいところだが、そうもいかない。
生憎と、現世潜入ではカワキなりに人前での喫煙は控えている。偶にうっかりして同級生に目撃される事もあるが。
何はともあれ、ひとまず優先すべきは傷の治療だ。カワキが口を開く。
『井上さん、悪いけど腕を戻してくれないかな。他の治療は自力でやるから。あぁ、ついでだ。一護達の傷も後で診るよ』
カワキが「ついでだ」と言いながら一護と石田に目を向けた。
刀剣解放第二階層を見せたウルキオラの攻撃を受けたのだ。正式な治療術式で処置しなければ、耐性を持つカワキであっても影響が出るかもしれない。
完全な虚と化したように見えた一護には無用な心配かもしれないが、これは滅却師の血を引く二人にも無関係では無い話だ。
そう考えていたカワキに心配そうな表情の石田と井上が振り向いた。
「黒崎はまあ、置いておくとして……この中じゃ君が一番の重傷者だろうに……」
「そうだよ! カワキちゃんも黒崎くんも石田くんも、みんなあたしが治すから少し休んで——」
『重傷だからこそ、だよ。処置はキチンと行わないと』
「…………? どういうことだい?」
井上の言葉を遮って答えたカワキに石田が首を傾げる。明らかに言葉の意味を理解していない石田にカワキも首を傾げた。
『? そのままの意味だよ』
————混血統滅却師だろうと虚の霊子は毒だ。石田宗弦は彼にそんな基本的な事も教えなかったのか?
その事といい、血装といい……滅却師としての基本すら満足に教えない宗弦の意図はカワキにはわからない。
それはカワキが考える必要の無い事だ。一から教えてやる必要は感じなかったので訂正や指摘はしなかった。
「いつも井上だけに治療を任せてちゃ大変だしな。俺や石田は治療なんてからっきしだしよ」
「一緒にするな。僕はちゃんと麻酔も止血剤も持って来てる」
カワキの言葉を良いように捉えた一護と石田がいつもの調子で言い争いを始めた。それだけ元気が有り余っているなら、あの二人は暫く放置して問題ないだろう。
『……じゃあ、腕の治療を頼めるかな? 井上さん』
「あ、うん!」
◇◇◇
腕が元に戻ると、カワキは他の傷も治り切らないうちにギャアギャアと言い争っていた二人に銃口を向ける。
——ズドン! という音とともに素早い光が二人の足許を掠め、床に穴があいた。
「うおおおおおお!? あ……危ねえな! いきなり何すんだよカワキ!!」
『傷を診るから並んで』
「そういう事は口で言ってくれ! すぐに暴力に訴え掛けるのはやめるんだ! 君の悪い癖だぞ!」
カワキは心外だというような態度で首を振って溜息をつく。
正式な滅却師の治療術式を受けることができるのだ。これは滅却師の血を引く二人にとってメリットしか無い。
基礎知識に欠けた二人にはその事が理解できないのだろう……とカワキは面倒そうに生返事をして診察を始めた。
『————……一護に関しては蘇生の原理が解らないから何とも言えないけれど……二人とも、大きな問題は無さそうだ』
カワキの下した診断結果に、二人は顔を見合わせると「そうか」と、ほっと安堵の息を吐いた。
この分なら、カワキが本腰を入れて治療を行わなくても命に別状は無い。カワキは自分の治療と並行して、ほどほどに二人の治療を行った。
その途中、天蓋の下に残してきた面々の霊圧が揺らいでカワキが顔を上げる。
『! おや、この霊圧……』
「————! ルキア達だ!」
『相手は……確か、ヤミーと言ったかな。あの時の破面か……だけど妙だな……強さに幅があり過ぎる』
現世と虚圏という環境の差異を加味しても以前の破面と同一人物とは思えない霊圧だ。
訝しみながらもカワキは動かない。治療がまだ途中だったからだ。しかし、一護は命の危機にある仲間を放っておけなかったらしい。
「治療ありがとな、二人とも! ルキア達を助けに行ってくる!」
『あっ』
一護は外傷が治るとすぐに、霊圧の回復も待たず天蓋の下へ駆け出して行った。
「やれやれ……忙しない奴だ」
『……悪いけど、石田くんの残りの治療は頼むよ、井上さん。私もこの傷が癒えたら一護の後を追う』
「うん! 任せて!」
◇◇◇
虚夜宮
傷を癒したカワキが、井上達に先行して天蓋を降りると奇妙な光景が目に入った。
二本の黒い柱と、それぞれの柱の真上に浮かぶ同色の球体。柱の上に立つ人影から霊力を吸い上げる球体は、その狭間に何かの空間を開こうとしているようだった。
『これは——……黒腔? …………成程。今から現世に向かうところか』
二本の柱に立つ人影の正体は涅マユリ、そして副官の涅ネム。隊長格の霊圧ならばさぞや装置の稼働も捗ろう。
————間一髪だ、危うく一護を一人で戦場に行かせるところだった。
カワキは出発に間に合った事にほっと胸を撫で下ろして、黒腔が開こうとする空を見上げていた一護に声を掛ける。
『間に合って良かったよ。私も行く』
「……カワキ! もう動いて良いのか?」
『見ての通りだ。問題無いよ』
あちこちに血が付いた服こそ元通りとはいかないものの、一護が天蓋を降りる頃はまだ治り切っていなかったカワキの傷は、もうすっかり癒えた様子だった。
柱の上から見下ろしていたマユリが二つ返事でカワキの同行を了承する。
「構わないヨ。験体は多いに越したことは無い」
『それは良かった。良いデータが取れたらぜひ教えてくれ』
皮肉とも受け取れるマユリの言葉に顔色一つ変えずカワキはそう言った。
カワキの反応は予想と異なっていたようで、鼻白んだ様子のマユリが「フン」と鼻を鳴らすと卯ノ花は愉快そうに笑った。
声色に不機嫌を醸し出しながら、マユリが「……中の解説はしないヨ。来た時と逆に進めば現世だ」と説明に移る。
「……足場にだけは気をつけ給えヨ。中で足場を踏み外せば、現世と虚圏の間にあるどことも知れん空間に落ちて帰って来られなくなる」
マユリは一護やカワキを脅しつけるように歯を剥き出してニヤリと笑った。
「まァ、それはそれで面白い資料にはなるがネ」
言われるまでもないと、興味無さげな顔でぼんやりと黒腔を見上げるカワキ。
対して、一護はキョトンとした顔をして柱に立つマユリを見上げた。
脅しのような言葉を投げかけられたにも関わらず、どこか気が抜けて見える表情にマユリが怪訝そうに眉間にシワを寄せる。
「……何だネ?」
「……いや。そういや浦原さんも俺達を見送るとき、ちょっと高いトコ立って喋ってたなあと思ってさ」
『あぁ、確かに……浦原さんも足場がどうとか同じような事を言っていたな』
「そうだろ?」
「……ナニ?」
目を細めて低く唸ったマユリにカワキはおや……と首を傾げた。機嫌を損ねる事を言ったつもりは無かったのだが……何かが琴線に触れたらしい。
一護はマユリの様子に気付かず、へらりと笑って言った。
「あんた、技術開発局の二代目ってことは浦原さんの弟子か何かだろ? 似たとこあるよ、やっぱり」
「貴様……!」
気色ばむマユリが何か言い出す直前に、ちょうど良く黒腔が開いた。同時、カワキは勢い良く地を蹴って暗がりへ飛び込む。
一護を先頭に、カワキと卯ノ花の三名は闇の中を現世へ向かって駆け出した。
***
カワキ…そこそこちゃんと治療する。自分の治療だけはいつもパーフェクト。石田が滅却師の基礎知識すら無い、かなり危ない状態なのに、全然教えてくれないスーパードライ。「何か知らないけど涅マユリが殺気立ってるなぁ……」と思いながらも流した。
前ページ◀︎