加筆まとめ⑩

加筆まとめ⑩

果たされた約束

目次◀︎

虚夜宮


 凄まじい風圧に髪が舞い上がる。カワキは濃い霊圧が渦巻く中心をじっと見据えていた。


「……よォ」


 視界を遮る砂埃の中から声が掛かった。砂埃が晴れ、ノイトラの姿が露わになる。


「どうだ、初めて見る十刃の刀剣解放は」


 頭部には三日月のような角、左目は牙のように尖った仮面の名残が覆う。そして何より目を引く特徴は——四本の腕。

 酷薄な笑みを浮かべたノイトラの問いにカワキは素直な感想を口にした。


『……興味深いよ。ぜひとも詳細な情報が欲しいところだ』

「ハッ! そんな余裕も今だけだ。てめえはこの四本の腕に斬り殺されて終わる」


 武器を見せつけて威嚇するように、四本の腕が鎌を構える。オーソドックスな鎌の形状は、まるで物語に描かれる死神の持つ鎌のようだった。

 ——ドッ! と砂を蹴って、ノイトラが踏み込んだ。


「てめえが俺より弱えェからだ、女!!」


 ノイトラが仕掛ける。四本の腕それぞれに握られた鎌から斬撃を繰り出した。

 カワキは突進してくるノイトラを避け、観察に徹した。先程とは反対に、ノイトラの猛攻がカワキを襲う。

 防戦一方のカワキを挑発するように笑いながら、ノイトラが鎌を振りかぶった。


「何だ! 避けてばっかじゃ俺は殺せねえぞ!! それとも怖くて逃げてるだけか! あァ!?」


 舞い上がった砂埃が両者の視界を遮る。

 煙る視界の端を筒状の何かが横切った。四つの筒が宙を舞う。


「……あ?」

『大気の戦陣を杯に受けよ(レンゼ・フォルメル・ヴェント・イ・グラール)』


 姿は無いまま、清澄な詠唱が響き——


『——“聖噬(ハイゼン)”』


 空間が削れた。

 ノイトラの腕を巻き込んで、銀筒が囲む空間が瞬時に消滅する。


「! ……小細工を……ッ!」

『……やっぱり硬いな、流石だ』


 腕一本を失い、動揺した、ほんの一瞬。

 体勢は低く、ノイトラの視界から外れるように移動したカワキが姿を現す。


『だけど——弾が通らないほどじゃない』

「ガ……ッ……!」


 横合いから飛来した幾筋もの光の弾丸がノイトラを貫いた。

 血飛沫が高く舞い上がる。


(……こいつ……さっきより霊圧が……)


 ノイトラは帰刃したことによって霊圧が跳ね上がった筈だ。にも関わらず、カワキは容易くノイトラに傷を与えた。

 気が付けば、ノイトラに合わせるようにカワキの霊圧も上がっているようだった。


『嘘は良くないな。君は強いけど私の方が強かったらしい』


 カワキは考える余裕も、追求する時間も与えない。ノイトラの台詞をなぞるように言葉を返すと、一気に攻勢に出た。

 痛みで姿勢が崩れた隙を逃さず、ここぞとばかりに畳み掛ける。


「く……そ……ッがァッ!!」


 仰け反ったノイトラが姿勢を戻すと同時に、舌先から虚閃を放った。眩ゆい閃光、しかし、カワキは光より速かった。


『虚閃か。つまらない延命だ』

「腕一本持ってったくらいで調子に乗ってんじゃねえぞ!!」


 言うや否や、ノイトラの背から五本目、六本目の腕が生える。見ると、捥げた腕も元に戻っているようだった。

 カワキが微かに目を見開く。


『君の仲間……ウルキオラは破面の大半は超速再生がないって話を肯定したけれど』

「あァ? そういや、てめえはウルキオラとも戦ったことがあるんだったな」


 ウルキオラの眼球越しに視た光景を思い出し、ノイトラが呟いた。

 カワキは返事をすることはなく、間違い探しでもするようにノイトラの様子を注意深く観察している。


『……超速再生じゃないな。他を治さない理由がない。腕に限定した再生か』


 撃たれた箇所が治っていないことから、冷静に考察を重ねるカワキ。

 六本に増えた腕を見て溜息交じりに言葉を吐き出した。


『君って本当に嘘吐きだな』

「馬鹿が。ガキじゃねえんだ。嘘吐きだのなんだの喚いてんじゃねえよ」

『別に責めている訳じゃない。腕しか再生しないなら、やりようはある』


 ノイトラは鼻で笑って武器を構えた。


「ハッ! 今度こそてめえは終わりだ! この六本の腕に斬り殺されてなァ!!」


 ノイトラの攻撃が鋭さを増した。剣閃は速く、そして重い。腕が増えた分だけ捌く攻撃の数も増加する。


「ハハハハハハッ!!!」

『……っと、危ない』


 形勢が逆転し始めた。有利を保っていたカワキがじわじわと防戦に追い込まれる。

 隙間の無い斬撃の網の中、捌き切れない一閃にカワキが傷を負いかけたその時——


「よし!! 代われ!!!」

『あっ』


 嬉々として飛び込んできたのは更木剣八だった。あまりに突然の乱入に、カワキもノイトラも目を丸くする。

 唐突に始まった鍔迫り合いに肩を竦め、カワキは不満を滲ませながらふいっと目を逸らして呟いた。


『彼に合わせて銃を弄ったんだけれど……約束は約束、仕方ないか……』

「ぐ……ッ! ま……待て!!」


 更木の刀を弾き返しながら、ノイトラが退がっていくカワキに吼える。

 鬼気迫る形相。何かに追い立てられるように必死な叫びが砂漠に木霊した。


「どこへ行きやがる! まだ終わってねえだろうが!!」

『私は嘘を吐かない。約束は守る』

「ふざけんじゃねえぞ! 逃げる気か、女ァ!!」


 血走った目がカワキを睨みつける。

 逃げるなと叫びながら、遠ざかるカワキを追いかけようとするノイトラ。

 しかし、この時間を待ち望んでいた更木がノイトラを通さなかった。


「てめえの相手は俺だ! さっきの続きといこうぜ!!」


***

カワキ…一護並の霊圧を自前の蛇口操作でいい感じに誤魔化している。帰刃ノイトラに合わせてちょっと霊圧を解放した。約束だから交代するけど、消化不良。絶対に嘘は吐かない正直者。


ノイトラ…人間、それも女に追い込まれて若干トラウマが発症している。剣ちゃんと戦ってたらカワキに割り込まれ、カワキと戦ってたら剣ちゃんに割り込まれ……好き放題されてブチギレている。妥当な怒り。


剣ちゃん…カワキがちょっと劣勢になったので即座に「待ってたぜェ! この瞬間をよぉ!!」した。交代は本っっ当に渋々だったので、ずっとウズウズしながら待ち侘びていた。


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