加筆まとめ⑩

加筆まとめ⑩

援軍到着

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虚夜宮


 砂漠に倒れるカワキ達の許に破面の一行が現れた。

 中心に立つ破面はヤギの頭蓋骨のような仮面、その背後に連なるのは人間の頭蓋骨の形をした部下と思われる者達だ。

 中心に立つ破面——ルドボーンは、地に伏した面々を確認して「……三人とも僅かに息がある」と、静かに鍔を押し上げた。


「採取を開始する」


 高く構えた刀が陽光を受けて煌めいた。

 その鋒が振り下ろされる直前——何者かが砂を踏み締める音に、刀が止まる。

 ルドボーンが顔を上げると、死神の姿が視界に入った。名を問い質すルドボーンに死神達は堂々たる佇まいで答えた。


「護廷十三隊四番隊隊長、卯ノ花烈」

「同じく副隊長、虎徹勇音」

「隊長…………!」


 驚きに声を震わせたルドボーン。卯ノ花は静かな声で告げた。


「私たちは皆の傷を癒しに来ただけ、貴方がたと争うつもりはありません」

「……そちらの滅却師だけでも引き渡して頂けませんか」


 隊長が相手となれば分が悪い。しかし、ルドボーンには卯ノ花の言葉を聞き入れる訳にはいかない理由があった。

 第8十刃——ザエルアポロより、稀少種である滅却師の捕獲を厳命されていたからだ。何もせず撤退は出来ない。

 ピクリと眉を動かした卯ノ花に向かってルドボーンは言葉を続ける。


「“滅却師の回収は確実に行うように”……との命を受けております」

「お断りいたします。彼女もまた私たちの患者……渡すわけには参りません」

「…………」


 にべもなく断った卯ノ花。その三歩後ろに控えた勇音は険しい顔で刀に手をかけている。


「…………」

「…………」


 戦うべきか、退くべきか——……。耳が痛いほどの静寂が満ちる中、ルドボーンは逡巡の後、決断した。


「退くぞ」


 踵を返したルドボーンと部下達の背が、陽炎のように揺らぐ。響転によって、その場を立ち去るルドボーン達。


「待……!」

「勇音」


 勇音が逃がすまいと一歩踏み出しかけ、卯ノ花の呼びかけにたたらを踏んだ。

 怪我人達から視線を動かさず、卯ノ花が諭すように言葉を紡ぐ。


「私たちの役目は、血を流すことではなく止めること。逃げる者まで追うことはありません。さあ、治しますよ」


 卯ノ花の視線の先に居る、倒れた怪我人の数は三人――


「カワキさんも、茶渡さんも……そちらの破面も」


◇◇◇


 体に走る痛みと他人の気配に、カワキの意識が浮上した。纏まらない思考で、まずは現状を把握しようと動く。

 ゆっくりと鈍い蒼色が開かれ、乾燥した喉から掠れた呻き声が上がった。


『……う……』

「目が覚めましたか?」


 カワキの傷を治療していた卯ノ花が、顔を覗き込んで訊ねる。

 意識を取り戻したばかりのカワキは居る筈がない人物の姿に、一瞬思考を止めて、絞り出すような声で訊ね返した。


『…………な、ぜ……』


 声に出してみると途端に思考にかかっていた靄が晴れていく。

 ——何故、虚圏に隊長格の死神が居る?

 カワキの疑問を察した卯ノ花が、治療を続けながら事情を話した。


『————そうか……助かったよ……』


 卯ノ花が話し終えた段階でカワキの治療の進み具合は3割といったところだった。

 傷は深く、まだ重傷者に分類される状態で、痛みを無視してカワキが起き上がる。

 卯ノ花が眉を寄せて諌めた。


「まだ治療の途中ですよ。あなたは重傷者です。無理に動いてはいけません」


 諫言を聞かずに、カワキは体を起こすと傷口とそこに残った霊圧を検め始めた。

 滅却師にとって虚の霊子は毒だ。カワキは耐性があった為、命は取り留めたが早期に正式な治癒術式を施す必要がある。


『いや……もう平気だ、後は自分で治す』

「そうですか……。……良いでしょう」


 卯ノ花は先の尸魂界での一件で、カワキが滅却師特有の治癒能力を高い水準で扱うことができると知っていた。

 本人がそういうのなら……と、カワキの言葉に頷いて、並べて寝かせた他の二人の治療を進める。


「では、私は残りの方々の治療に専念するといたしましょう」


 各々がやるべきことに専念する沈黙で場が満ちる。

 ある程度治療が進んだところで、カワキは喉の渇きを思い出してガサゴソと懐から水筒を取り出した。


⦅さっきの戦いで壊れなくて良かった⦆


 治癒術式を展開しながら、カワキがごくごくと取り出した水筒の中身を呷る。

 内容物を察した卯ノ花が、カワキに向き直って至極真っ当な注意をした。


「……あら。カワキさん、いけませんよ、その水筒の中身……」

『生き物にとって水分補給は必須行為だ。それに、一息ついて休息を取ることで作戦立案が捗ることもある』

「アルコールは水分補給にはなりません。ですが……お止めしても無駄ですね」

『話が分かるね。そうだ、私は止められてもやめないよ。……一護たちも早いところそう理解してくれると良いんだけど……』


 真面目な現世の少年たちの苦労は察するに余りある。

 心底当然のことだと思っている風に言葉を紡ぐカワキに、卯ノ花は何も言わずに眉を下げた。

 深くは聞かないことにして、話を変えるように「それにしても……」と切り出す。


「貴女も、茶渡さんも……本当に酷い怪我でした。それ程の強敵だったのですか?」

『ああ、第5十刃にやられた』

「! 相手は十刃でしたか……」


 卯ノ花はカワキの言葉に息を呑み、納得したように言った。

 カワキは傷の大半を癒やして、少し前の記憶に思いを馳せて言葉を漏らす。


『まったく……己の無力を痛感したよ』

「貴女が無力だなんて……」

『事実だ。……茶渡くんに庇われた』


 腑に落ちないという表情で、蒼の双眸が目覚める様子がない茶渡を捉えた。

 ただ不思議に思ったことを口に出すようにカワキが言葉を紡ぐ。


『あの時、私を庇わなければもう少しマシな傷で済んだだろうに……どうしてあんなことを……』

「……さて。それはご本人に訊いてみないことには何とも……。ですが——」


 答えを求めた訳ではないことは、卯ノ花にも解っていた。だが、幼い子どもが純粋な疑問を口にするようなカワキの様子に、思わず言葉が口を衝いて出る。

 じっと続きを待つカワキの視線。卯ノ花は、あくまで推測であると前置きをして、カワキの疑問に一つの見解を示した。


「これは私の想像でしかありませんが——友とはそういうものでしょう」

『————……友……。そう、か……』


 ぱちぱちと瞬きを二つ。

 カワキの中で納得のいく答えを見つけることが出来たのだろう。海の底に光が差すようにカワキの瞳が瞬いた。


『…………悪くない気分だ』


***

カワキ…卯ノ花さんの治療でHP29に、自己治癒でHP96までに回復した。水筒の中身は燃える水。この辺から徐々に友情を認識し始めた。


卯ノ花さん…志島家について知ってるし、カワキが末裔だと気付いているので好感度がとても高い。治療がかなり進んでるのでカワキの飲酒は黙認することにした。


ルドボーン…前門の卯ノ花、後門のザエルアポロで板挟みの可哀想な破面。カワキの回収を諦める英断、見事なり。


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