加筆まとめ⑧
家宅捜索黒崎家
「よい……しょっ……と」
カワキと井上は、カーテンが閉じた窓をずるりとすり抜けて一護の部屋を訪れた。
ベッドには負傷した一護が横たわり、傍の床では一護の妹達が毛布に包まり眠っている。
包帯を巻かれて規則的な呼吸を繰り返す一護に、井上は訪問の言い訳をするように苦笑してわしわしと頭を掻いた。
「え……えへへ……。……来ちゃった」
カワキは井上の隣で一護を覗き込んだ。
⦅霊圧は安定している。負傷しているけど命に別状はなさそうだ。良かった⦆
簡単に一護の状態を確認して、カワキは部屋をぐるりと見渡した。
室内にカワキの探知網に引っ掛かる不審物は無い。伏兵の類も居なかった。
少なくとも、一護の部屋に妙な仕掛けはされていないと確認して、カワキはほっと一息ついた。
『……井上さん、私は席を外しているよ』
「えっ……、そっか……ありがとう」
井上はカワキの発言を自分に気を遣ってのことだと思い、はにかんで礼を言った。
敢えて勘違いを正す必要は感じなかったので、カワキは訂正することなく、一護の部屋を後にした。
◇◇◇
『さて。一護の傷は井上さんが治すだろうから、私がやるべき事は……』
まずは他の部屋の確認だなと、カワキは黒崎家の内部を捜索することにした。
一護の父・黒崎一心は元は隊長格、伏兵や罠が仕掛けられていて気が付かないとは思い難いが、念の為だ。
カワキは武器を手に、一護の部屋に近い場所から順番に確認していく。
『……異常無し。次だ』
腕輪に監視機能が付けられている可能性がある以上、カワキの正体を知られるわけにはいかない。
そこで、監視を警戒した表向きの目的は「不審物の確認」とした。しかし――
⦅そう都合良く手に入ることは無いだろうけど……何かしら、痕跡や手掛かりの一つでも得られれば上々だと思おう⦆
カワキの裏の目的は「黒崎真咲の調査」である。
黒崎真咲は石田宗弦と親戚関係にある。見えざる帝国の情報が漏れている可能性が無いとは言えない。
カワキは不審物の確認がてら、棚や引き出しの中まで漁って痕跡を探す。
――と……ここまでの全てが隠れ蓑だ。
カワキの狙いは見えざる帝国の為の諜報活動では無い。
隠された目的は、滅却師の力と虚の力の関係――「滅却師の虚化の可能性」を探ることにこそ、カワキの真の狙いがある。
⦅彼女は陛下の聖別こそ逃れられなかったけど、内なる虚を抱えたまま生きていた。そして虚は一護の中に居る……興味深い⦆
死神は虚化によって魂魄の限界を超えた力を得ることができるという。
カワキの観測範囲では、これは真実だと思えた。これを滅却師で試せないものか。
その一助として、黒崎真咲の情報を知りたいと思った。
――力が欲しい、今より強くなりたい。
どれだけ力を得てもカワキが満たされることはない。それどころか、更なる強さが欲しくてたまらないのだ。
底無し沼のような渇望が、いつもカワキを前へ前へと駆り立てる。
そんな己の心が求めるまま、更なる強化手段の一つとして虚化は興味が尽きない。
住居部分は勿論、医院の方まで探索範囲を広げて見て回る。
『……これといって見当たらないな……』
罠も、伏兵も、そして……手掛かりも。
不審な仕掛けがないことは喜ばしいが、黒崎真咲についての情報が得られなかったことは残念窮まる。
そう上手くはいかないかと胸の内で呟くと、動かしたものを元に戻して、カワキは物憂げに溜息を吐いた。
⦅陛下が虚を奪えなかったのなら、聖別への対策の参考になるかもしれないと思ったけれど……無いものは仕方ないな……⦆
――聖別への対策。
カワキが己の目的を隠した理由はここにある。
それこそ謀叛を疑われて当然の行動だ。見えざる帝国の者であっても知られるわけにはいかない。
薄いヴェールを重ねるように、その狙いを幾重にも真実で覆い隠したというのに、目当ての獲物が無いでは骨折り損だ。
『――……ここも異常無し。……戻るか』
カワキは最後の部屋の確認を終え、踵を返した。一護の部屋に残した井上も今頃は別れと治療を済ませた頃だろう。
怪しまれる前に戻らなければならない。
⦅ここに手掛かりは残されていなかった。それが判っただけ収穫だと考えよう⦆
◇◇◇
カワキが部屋に入ると、涙を浮かべた瞳で一護を眺める井上の姿が目に入った。
『井上さん、用事は済ん――……? ……泣いているの?』
きょとんとした顔で瞬きを繰り返して、カワキが訊ねた。
井上は慌ててカーディガンの袖口で目元を擦り、不器用な笑顔でカワキを迎える。
「だ、大丈夫っ! 大丈夫だから……!」
『……私が確認した限り、この家に不審なものは何も無かったよ』
――あの脅迫が本物でも今すぐ何かあるわけではない。まだ道は引き返せる。
そういう意図が込められた発言だったが井上はついぞ逃亡は願わなかった。
「……あたし、行くよ……カワキちゃん、今まで……ありがとう」
『…………ああ』
井上は涙目だったが、カワキは指摘することはしないで、ただ相槌を返す。
それ以上、何も言うことはなく破面から指定された場所へ共に向かった。
◇◇◇
「来たか。時間通りだ」
ウルキオラは指示に従いやって来た井上とカワキの姿に、そう言葉を発した。
腕輪を回収して黒腔を開くと、井上へと声を掛ける。
「来い、女。藍染様がお待ちだ」
「……はい……」
『…………』
井上が黒腔へ向かってゆっくりと歩みを進める。その足取りは重く、別れの哀傷を感じさせるものだった。
カワキは静かに佇んで、その様子をじっと見守っている。作り物めいた表情が動くことはない。
そんなカワキを、ウルキオラは油断なく見据えて考える。
(本来、奴はこの場で始末しておくべきだろうが……大人しくしているうちが華か。暴れられては面倒だ)
ウルキオラは、カワキに己と同じ何かを感じていた。
眼しかなかった昔の自分と同じで、言葉が無くとも、表情が変わらずとも、伝わるものがあった。
――眼だ。
――あの蒼い眼が、訴えてかけてくる。
カワキは何を言うでもないが、闇の中で輝く蒼が言葉以上に鮮明に物語っていた。
――あの女、ここで俺を殺すべきか天秤にかけて迷っているな。
――……俺と同じだ。
藍染から命じられた任務を完遂することだけを考えるなら、ウルキオラはカワキを始末するか、生かすなら今日あったことを口止めせねばならない。
だが――ウルキオラはどちらの選択肢も選ばなかった。
黒腔が閉じる直前、カワキに言った。
「今日のことを仲間に伝えたいなら好きにしろ。どのみちお前らの前に勝利はない」
ジリジリと背中を刺す殺気に、カワキの気が変わらないうちに帰還すべきだと判断してのことだった。
「志島カワキ、か……」
閉じた黒腔の内部でウルキオラがポツリと呟いた。
虚圏の空はいつも夜、青空は藍染が人工的に形成したものしか存在しない。
それとは違う、冷たい蒼色がウルキオラの網膜に灼きついていた。
***
カワキ…嘘を吐かないので建前も全部本当のことを用意する人。余計にタチが悪い。最後、ギリギリまでウルキオラを撃とうかどうか迷っていた。家探しの成果が無くて残念がっている。聖別対策の進捗はダメ。
井上…カワキが「逃げて良い」と言ってくれてるような雰囲気は感じ取っていた。でも頷いたら仲間の命が危うい上に、まずカワキvsウルキオラが始まってしまうので逃げなかった。優しくて強い女の子。
ウルキオラ…なる早で帰還しないとカワキが撃ってくるかも+カワキに言っても効果無いだろうと判断して口止めしなかった。本人の認識ではそう。実際はウルキオラも解らない何かの感情があっての行動だったのかもしれないけど、真相は謎。