加筆まとめ⑥
カワキの報告見えざる帝国
着替えを済ませたカワキが任務の進捗を報告すべく、玉座の間へと歩みを進めた。軍靴がコツコツと規則的な足音を立てる。
服も、靴も、帽子も。すべてが白一色で統一された衣装の中で、肩にかかった外套だけが、深い影のような色で目を惹いた。
「帰ったか、カワキ」
同じ軍服に身を包んだ金髪長身の男が、廊下でカワキを出迎えた。
『……ハッシュヴァルト』
久しぶりに対面したハッシュヴァルトを前に、カワキの無機質な表情がほんの少しバツが悪そうに崩れた。
カワキはハッシュヴァルトの顔を不躾にじっと見つめる。
強引に切り上げた会話や、この男に連絡を繋ぐなと言ったことや、出発前ギリギリになった連絡役への報告を思い出す。
「何だ、その眼は? 言いたいことがあるなら口で言ったらどうだ」
『……私はこれから陛下に報告に行く』
「知っている」
今は説教を聞いている時間は無いぞ、と伝えたつもりだが、カワキの発言の意図がきちんと伝わったかは怪しい。
愛想のない態度のハッシュヴァルトは、視線だけでカワキの姿を一通り確認した。
「……。……怪我は無いようだな」
『? ……あぁ、破面の現世侵攻について聞いたのか。私は無傷だ』
「そうか。では、その前の……瀞霊廷内に侵入した時の傷は?」
『もう癒えた。……破面の現世侵攻もそうだけど、尸魂界の報告にはその辺りの話は記載がなかったのか?』
ハッシュヴァルトが微かに眉を寄せる。その表情を見たカワキは、しくじった、と心の中で舌打ちをした。
「………その件について、後で話がある。今日はこちらで過ごすと聞いた。食事の際にでも時間を作れ」
ハッシュヴァルトは腕を組んで、心做しか辟易とした態度のカワキに、つらつらと言葉を続ける。
「心配するな。お前が“報告”の意味を理解できるまで、幾らでも説明してやる」
『結構だ。間に合ってる』
カワキが間髪入れずに素っ気ない断りの言葉を告げる。ハッシュヴァルトはカワキの反応を予想していたようだった。眉一つ動かさない。
「カワキ」
名を呼ぶ声は、この場に他の者が居たのならば、駄々を捏ねる子供を叱る親のような声色だ、と感じただろう。
だがこの場に指摘する者はなく、当人達もその自覚はなかった。沈黙を貫くカワキに、ハッシュヴァルトは瞬きと共に小さくため息を吐いて踵を返す。
「……陛下がお待ちだ。行くぞ」
◇◇◇
カワキはハッシュヴァルトに続いて玉座の間に足を踏み入れた。
奥で待つのは、カワキと同じ色の外套を羽織った男。カワキが口上を述べる。
『ただいま帰還いたしました、陛下』
「――よく帰った、カワキ。さあ、この父にお前の話を聞かせてくれ――…我が最愛の娘よ」
『……仰せのままに』
カワキは淡々とこれまでの出来事を報告した。できる限り無駄を省き、削り、簡潔に……有り体に言ってカワキの報告は情報が欠け過ぎていた。
『……破面との交戦では、一体は無力化に成功、後に残ったもう一体と共に虚圏へと撤退。以上です。二度目の侵攻については尸魂界側の報告をご覧ください』
今までの戦いが結果のみで示され、詳細の大部分が抜け落ちている。既に提出済の報告書と大差ない内容だったが、それでもユーハバッハは満足気な顔で聞いていた。
『以上が、私からの報告となります』
報告を終えたカワキに、ユーハバッハは「そうか」と笑みを浮かべて頷いた。
仕事を終えた顔で退出の挨拶を述べようとするカワキを、ハッシュヴァルトが鋭い緑色の目で見据える。
「カワキ、陛下の御前でその報告は何だ。陛下に対して言葉を惜しむな。お前には、まだ語るべきことがある筈だ」
ハッシュヴァルトの言葉はカワキの身を案じてのものだった。しかし、カワキにはその意図は伝わらなかったようだ。
涼やかな顔こそ変わらないものの、湖面のような蒼い瞳に不満がありありと浮かんでいた。
「不貞腐れていないで報告を続けろ」
『……簡潔にまとめただけだよ。不貞腐れてなんかいないし、言葉を惜しんだつもりもない』
「屁理屈を捏ねるな。報告は“簡潔に”ではなく“詳細に”語れ、と言っているんだ」
「――構わぬ」
ただの一声、ただの一言――押し問答はその一手で呆気なく終わりを迎えた。
「カワキ。怪我はもう癒えたのか」
『はい。問題ありません』
「ならば良い。力の9年が終わるまで残り数年だ。現世での暮らしを楽しむと良い」
愉しげに笑むユーハバッハが、カワキに言葉をかけた。
「今後も期待している」
『――…はい。陛下のご期待に添えるよう尽力いたします』
カワキは型通りの答えを返して深く一礼する。今度こそ退出の挨拶を述べて、玉座の間を後にした。
◇◇◇
ハッシュヴァルトの認識では、カワキは護衛を名目として、諜報活動の為に現世へ送り込まれた筈だった。他ならぬ陛下――ユーハバッハ直々の命令で。
だというのに……先程の様子ではまるで――
(陛下はカワキの報告をそこまで重視していらっしゃらないように見えた……これは一体どういうことだ?)
真意を図りかねたハッシュヴァルトは、ユーハバッハに直接訊ねた。
「よろしかったのですか? カワキは他にも有益な情報を得ている筈ですが……」
「構わぬ。情報など、もののついでだ」
ユーハバッハは上機嫌を隠すことなく、くつくつと笑う。
初めて聞かされた話にハッシュヴァルトの整った顔が不審で翳った。動揺は一瞬。すぐに感情を押し殺したような抑揚の無い声で問いを重ねる。
「……“情報はついで”、ですか? 陛下がカワキに期待する役割は、間諜とは異なるということでしょうか」
「疑問か? なに、今は解らずとも良い。計画は順調に進んでいる。お前も、いずれ理解する日が来よう」
その言葉は、今はこれ以上のことを語るつもりはない、と示しているようだった。
ハッシュヴァルトは、追及は無意味だと理解し、重ねて問うことはしなかった。
いつか、強引にかき消した不安が蘇る。音を立てて揺らぐ心に蓋をして、静かに目を閉じると、恭順の言葉を口にした。
「――すべては陛下の御心のままに」
***
カワキ…報告がクソ雑。ハッシュヴァルトからの説教の理由に心当たりがあり過ぎて絞りきれない。見えざる帝国で着てる軍服はオーソドックスなものだけど、マントは陛下とオソロの黒マント。反省とは無縁の生き物。説教される時の態度が悪い。
ハッシュヴァルト…カワキが無事だと確認して安心しつつ、報告がクソ雑なのでプチ説教タイムに突入。この後にも抜かりなく説教タイムの予約をしておいた。帰省した今回もカワキと一緒にご飯を食べるつもりだと思われる。
陛下…カワキの報告がクソ雑でも元気そうだからOK! まあ、説教はその辺で……と止めに入った。堂々たる親バカの姿は、スレ主の予想の遥か上を行く。顔が黒幕面なせいで周囲から激しく誤解されている。親心が三分の一も伝わらない。