加筆まとめ⑥

加筆まとめ⑥

地下救護牢にて②


 チャドとガンジュの治療が済んだ。

 完全には癒せていないが、まあ、今はこの程度で充分だろう。そう考えて、カワキは石田の治療に移った。


⦅――滅却師最終形態。キルゲは“その脆さ故に失伝した”と言っていたけど――…ああ、本当だ。これじゃ早晩、神聖弓(ハイリッヒ・ボーゲン)も作れなくなるだろうな⦆


 眠る石田のそばに椅子を寄せて、その顔をじぃっと見つめる。治療の手は止めない。


⦅馬鹿だなぁ。たった一度の戦いのために力を失ってしまうなんて。そうまでして復讐がしたいのか⦆


 カワキには自分が力の全てを捧げてまで何かを成し遂げることなど考えられなかった。ましてや、動機は家族の仇討ち――そんなことをして何になるんだろうとさえ思う。

 だけど所詮は他人のすることだ。深く考えるほどの興味はなかった。ただ無知な子どもの失敗を赦す、穏やかな海のような瞳で石田を見る。


 ――もう少し。あとほんの数年。自分を鍛えて開戦の刻を待っていればよかったのに。


⦅石田くんなら混血統(ゲミシュト)でも聖兵に――…いや…もしかすると星十字騎士団に選ばれたかも。そうしたら、もっと大勢の死神を仕留められたのに⦆


 惜しかったね、と胸の内で呟いて石田の治療を終えた。ほどなくして石田が目を覚まし、体を起こす。顔を包帯で包まれたガンジュが上から覗き込んだ。


「オウ! 目ェ覚めたか!」

「…う…、わああああああッ!? なななな何だ君は誰だ!? 強盗かこの野郎!!」

『それだけ大声を出せるなら身体は問題ないね』


 カワキは向かいのベッドに腰掛けて、絶叫する石田を見遣った。石田が戸惑った声を上げる。


「…えっ…!? カワキさん!?」


 戦闘能力を失っていても囮くらいにはなるだろう。そう考えて石田を治療したが、これなら期待通り役に立ってくれそうだ。

 ガンジュが上段からだんっと飛び降りる。


「イヤイヤ、牢屋ん中でケガ人相手になに強盗すんだよ」


 ガンジュが目元の包帯をグッと持ち上げる。


「俺だ俺!」

「ガ…ガンジュ君!? 生きてたのか! 良かった! 君あまり強くなさそうだからてっきり…」

「そのセリフ…そのままテメーにお返しするぜ…」


 驚きを隠さず、ガンジュの無事を喜んだ石田。イラッとした様子でガンジュが返す。

 「…それにしても…」と、深刻な面持ちで石田が話を切り出した。


「どうして僕ら三人共、ケガを手当てされてるんだ? 僕らは侵入者で…死神達の敵だ。尸魂界側に僕らを治療する理由なんてない筈なのに…」


 石田は死神達の意図が読めない行動に不安を覚えたようだった。治療のいくらかはカワキがしたが当の本人は何も言わない。壁の近くに置かれた椅子に腰掛けたチャドが、石田の疑問に横から答えた。


「…状況が変わったんだ…」

「茶渡君!!」

「カワキの話と看守達の会話を聞いていてわかったんだが…」


 チャドの存在に気付いた石田が驚きの声を上げる。チャドはそのまま静かに話を続けた。


「瀞霊廷内で隊長が一人暗殺されたらしい。犯人は不明…。旅禍(おれたち)はその最重要参考人というわけだ」


 少し驚いた石田だったが、すぐに自分が置かれた状況を理解した。


「…取調べの為に生かされたってことか…」

「そういうこった。手錠で霊圧を封じられてなきゃ、俺の「石波」でこんな牢スグに抜け出せるんだけどよ…」


 ガンジュが壁の方に頭を向けて、目を逸らしながら言う。持ち上げた両手に嵌められた手錠がガシャッと音を立てた。


(そうか…これで霊圧を封じて…。――いや…こんなもの無くてもどうせもう僕の霊力は…)


 石田は眉を下げてどこか淋しげな眼差しで自分の両手を見つめる。カワキは無感情にその姿を視界の端に捉えていた。

 思い出したようにガンジュがカワキの方を向いて訊ねる。


「…そういや…お前ならこの状況、どうにかできんじゃねえか?」

『ん? ああ…時間までまだ余裕があるんだ。それまでは下手に動くよりここに居た方が良い。――…動くべき時は今じゃない』


 カワキは一護の修行が終わる頃に脱獄するつもりだった。そこまでの事情は知らない他の者達は、カワキの答えに疑問符を踊らせている。


「とにかくだ! 俺達は生き残りはしたが牢に入れられ、霊圧は封じられ、状況は最悪だ! だが一つだけ確実なのは…」


 ガンジュが力強い視線で石田と目を合わせる。


「敵さんがこっちを殺す気がない以上…他の連中も必ず生きてるってことだ!!」

『隊長殺しの真犯人が口封じに旅禍(わたしたち)を殺し回る可能性もあるけどね』

「それも考えられるが――俺達がこうして捕まっているということは…戦闘に向かない井上も既にどこかで捕まっていると見た方がいい」


 カワキが冗談には聞こえない口調で恐ろしい可能性を上げた。すぐにチャドが希望を持てる方向に話を持っていく。

 続くチャドの声には、一護への確かな信頼と確信が宿っていた。


「俺は一護を待つ。一護は必ずここへ来る。それまで俺達にできることは、傷を癒し次の戦いに備えることだ!」


 カワキは無機質な蒼い瞳でチャドを見ていた。石田とガンジュが引き締まった顔でチャドに強い視線を返す。


「待とう 一護を…!」


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