割れ鍋に綴じ蓋
「アオイが俺を可愛いって言うのは俺がアオイより弱いから?」
これはあくまで確認だ。俺は自分にそう言い聞かせながら「ふたりっきりだね」とハートが付いてそうな声を出すアオイに問いをぶつけた。
アオイは少し驚き、それから何故か表情を蕩けさせる。
「馬鹿にしてんの」
「まさか。スグリが色んな顔見せてくれて嬉しいの。嫌ならかっこいいにするけど」
「言葉だけ変えても意味ない」
「そう?」
アオイはそれしか言わなかったが、目が『可愛い』と言っていた。その様子を見た俺の顔も雄弁だったのか、アオイは笑みを深める。
「わたしの脅威にならないから可愛いと思ってるんじゃないよ。むしろとびっきりのスグリを見せてくれるなら、何されてもいい」
「何言ってんの。そんなの許さない」
俺は強く睨む。それなのにアオイは怯むどころか恍惚とした表情を見せた。
「可愛いなぁ。ほんっとに可愛い。スグリの中のわたしは高い高い壁で。それは崩れないのかなぁ。崩れたらどうなるんだろ。失望?呆然?それとも一周回って愛してくれる?」
「何言ってんだ、おめ…」
様子のおかしいアオイにどん引く。どん引きながら――俺は笑みを抑えられなかった。
得体の知れなさが、理解のできなさが、いい。とてもいい。
いつからか、打ち砕かれた己などより遥かに大きな穴が自分の内側にあった。それに気づいた。いや気づかされた。
穴は虚無ではない。飢餓だ。
アオイとはこのような存在である。俺はそれを規定する事で自分の穴を埋められる。安寧を得て、ゼロになる。
憧れや期待では駄目だ。理解や納得では足りない。様々なアオイを知り、知り尽くす必要がある。
その為には今のアオイは都合がいい。
「可愛いなぁ」
俺の思惑に気づいていないのか、気づいた上で俺を可愛いと思うのか。
今の俺には見当もつかない。だがきっと、アオイを知り尽くしたら俺もアオイを可愛いと思うのだろう。