剣士と名無しの狐神
「ん?」
ゾロは目の前の光景に首を傾げる
到着した島にいつも通り上陸し、酒場を探していた筈だった
だが彼の目の前にあったのは、一軒の神社だった
「こんな所に神社なんてあったのか」
ゾロは呟きながら周囲を見回す
木造の建物は故郷で見たものと同じ建築様式
側にある小さな祠には狐を模した石が安置され、黄色と青の花が供えられている
祠の反対側には沢山の絵馬が奉納されてあり、「世界平和」「白馬の王子様をつかまえる」といった様々な願い事が記されてある
不意に、その中の一つがゾロの目に止まった
書かれていた内容は「うまい肉を食う」
「うちの船長みたいな願い事だな」
ゾロがそう言いながらフッと笑ったその時だった
「へー、アンタの船長も肉好きなのか」
すぐ真後ろで声がした
ゾロが刀に手をかけながら振り向くと、そこにはタキシードを纏った若い男が立っていた
「てめェ、何者だ?」
「そんな殺気立たなくてもいいぞ。おれは単にここの住人なだけだから」
男はそう言いながらゾロに笑いかける
その姿に敵意は感じられない
ゾロは刀から手を離し、警戒を解いた
男はゾロに微笑みながら、絵馬の一つを手に取る
そこにはびっしりと願い事が書かれてあった
「ここには沢山の願いが集まってくる。そして、願いの数だけ幸せがある。アンタには何か願いはあるのか?」
そう言ってゾロを見つめる
「願いというか、野望はある。だがそれは神に祈ってどうにかなるもんじゃねェし、祈る気もねェ」
ゾロは男の目を真っ直ぐ見返して言った
「神社で神に祈る気がないなんて、随分な事を言うんだな」
クツクツと笑う男にゾロは「信じてもないしな」と言うと、男は「なるほどな」と返した
「しかしまァ、なんだ。せっかくだし、一筆書いてみたらどうだ?」
男は不意にそう言うと、いつの間にか持っていた絵馬と筆ペンをゾロに手渡す
「は?何言ってんだ。だからおれは神にh「これも何かの縁だと思って。なんなら、さっき見たみたいなのでもいいぞ」
そう言って笑う男に促され、仕方なくゾロは筆ペンを握り絵馬に向かった
三十秒ほどで書き終わると、絵馬と筆ペンを男に返した
絵馬には力強い筆跡で「世界一の大剣豪になる」と、そしてその下に小さく「アイツらの夢を見届ける」と書かれていた
「なるほど、いい願いだな」
男は絵馬を見ながら微笑む
「この願いの先にアンタの幸せがあるなら、願い続けろ。そうすれば、きっと叶う」
「“きっと”じゃねェ、“必ず”だ。それとこれは願掛けじゃねェ」
ゾロは腕組みしながら男に言う
ゾロにとってこれは“願い”ではない
これは“誓い”であり、“宣言”だった
ゾロの言葉に男は一瞬目を丸くしたが、すぐに「そういやアンタ、神には祈らないんだったな」と笑った
「でもまっ、アンタの願い…いや野望は確かに受け取ったよ」
そう言って男が微笑んだ直後、不意に風が吹き荒れた
ゴウゴウと木々が大きく揺れ、葉は男の姿を隠すように飛び交う
「それじゃ、今日は楽しかった。幸せになれよ、ゾロ」
男はそう言うとゾロに背を向け、どこかへと歩き始める
その後ろ姿には、白く太い九本の尾が揺れているのが薄く見える
「待て!てめェ、名前は…」
ゾロが呼び止めると男は立ち止まり、ゾロの方を振り返る
そして、
「おれは英寿。誰も知らない、神の名だ」
そう言って指を狐の形にして笑うと、さらに激しくなった風の中に消えていった