前日譚

前日譚


こいつは困ったなぁ、とゴミ箱に座って両の手を見る。パンパンに綿の詰まった手が更にピンク色のふわふわで包まれている。シュークリームを食べるときには細心の注意を払わないと、とまで思ったところで口を開けないことに気付いた。


 ドレスローザという国では玩具と人間が共に手を取り合い暮らしてるとか。そんな話を聞いてふらりと立ち寄ったのが1週間前、そのあとまあ色々あって、笑顔にバツをつけたような海賊旗を掲げた奴らに追いかけ回される事になったのが5日前。そして今日、人混みに紛れていた時に脚に触れる感触がして飛び上がったらこの有様だ。背後から少女の「待ちなさい!契約を…」あたりまでは聞こえたけれど、「そのグレープをタルト生地に盛り付けてから来ておくれ!」と叫んで逃げた気がするのできっと理解してくれたと思う。


ショコラは5日前に既に国を出て、今は隠れ家で待っているはずだから心配ない。あの子は強い子だから。さて、と自分の姿を路地裏で割れた瓶に映す。目はボタン、口は可愛らしく弧を描いたまま動かないし、首からは目盛りのついたリボンがふらふらしているし、試しに手足を動かしてみればおおよそ人間では不可能なほどぐるっと回った。通りに顔を向ければ、先ほどまでつむじが見えていた人々が見上げるほどに大きい。今の私はどこからどう見ても可愛らしいぬいぐるみだ。温情か、背中に背負っていた愛鋏は裁縫用の裁ち鋏になっているものの、変わらず背中に括り付けられているけれど。

まじまじと自分の体の変化を見ながら、思わず口をついて出たのは「…これ、クロに見せたらなんていうかな!」真面目な弟のびっくりした顔。想像するだけで面白いし、何より可愛い。一番良い反応を引き出すべく、小一時間ほど姿見と化した瓶の前で所謂「可愛らしいポーズ」の研究をして、愛する弟の元へと向かうことにした。





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